表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/95

涼しげな紅茶を御所望ならば ―氷はここに―

 アメリアはうつつと幻の間を彷徨っていた。揺れ歪む感覚をかき集め耳に投じれば、いつの間にやら音が止んでいるではないか。一度気が付けば、体を支配していた夢遊感も一気に吹き飛んだ。


 窓からそよ風が吹き込む部屋の中、クシネは清々したという風に佇んでいる。


「ふぃー。終わったの。どう?」


 彼女は後ろ手に組んでアメリアを見上げる。床に平行する大きな杖は、のびやかな拍で揺れていた。そして寝台の上には、先ほどまでどこにもなかった氷塊が。アメリアの頭の大きさほどはあるだろうか。彼女は慌てて駆け寄った。


 透明な塊に顔を近づける。磨かれた硝子のような表面に自分の顔が反射して。おまけに冷気が頬を打った。


「す、すごい! すごい! ああ、冷たい……」

「急いで持っていったほうがいいの! 溶けちゃうの!」

「そ、そうですよね! ありがとう、クシネちゃん」


 そう話している間にも、徐々に水に還りつつある。角ばっていた面が丸みを帯びはじめていた。


 慌ててアメリアは氷を抱えようとした。が、当然冷たくて持てるはずがない。おまけに表面が氷はよく滑る、素手で抱えて葉揺亭まで運ぶには難儀だ。


「これ、どうやって持っていこうかしら……」


 全くもって想定外だ。何か容器の中に入れた水を凍らせるものだとばかり思っていたのだから。


 そう途方に暮れるアメリアを見ながら、クシネは意味深に笑っていた。ぴょんと一飛びして躍り出ると、明るく元気たっぷりの口調で話し始める。


「お姉ちゃん。実はその下に敷いた布はね、クシネのとっておきの商品なの! 水を通さない魔法の布、こういうときに便利便利! なの」

「あ、そうなんですか。たしかに、水が染み込んでないですね。不思議」

「そうそう。だからね、そのまま布に包めば持って帰るのも簡単なの。お姉ちゃんはクシネのお友達だから、特別にお安くしておくの!」


 アメリアは呆けた顔でクシネを見る。そうしている間に、小さな商売人は、杖をつかって床に投げ出されていた小銭入れを引き寄せた。彼女は自信満面の顔で、アメリアの返答を待っている。


 ……やられた! クシネの意図にに気づいたアメリアは、内心で敗北感と称賛とを同時に叫んだ。その齢で商売の世を生き抜いているだけある、さすがのやり手だ。これくらいのしたたかさ、どこぞのマスターも少しは見習ってほしい。完全なる趣味人たる己の主人にとばっちりの火を投げつけながら、アメリアは自分の財布を取りだしたのだった。


「今日もありがとうなの! 店長さんにもよろしくね、なのー」


 ぶんぶんと腕を振りご機嫌なクシネに見送られながら、アメリアは仮設の魔法屋を後にした。腕の中には、紺青の魔法の布に包まれた大氷塊。得た物は随分重いが、財布はかなり軽くなってしまった。


 しかし、念願の氷を手に入れたのだ、対価と考えれば安い、しばらく買い食いを止めればいい話だ。アメリアはそう思い直し、急ぎ足で葉揺亭に向かった。一体マスター、どんな顔するだろう。期待をどんどん大きく膨らませて。



 少女の夢と希望のたくさんに詰まった歓喜の泡は、帰り着くなり一気にはじけた。帰還した葉揺亭に客が居なかったのは幸か不幸か。今、内にいるのは店主とアメリア、カウンターの中で向かい合うように座っている。少女は足をぴたりとくっつけ、膝の上に手を重ね、肩を落としやや俯いて、説教開始時のお決まりの姿勢だ。


 そこまで悪いことをしただろうか、アメリアがもやもやと思い悩む傍ら、事の発端になった大事な氷塊が作業台の上で溶けていく。目の端でとらえつつ、これは不当な説教だと感じつつも、アメリアはなお顔を上げられないでいた。つい先ほどまでの調子はどこへやら、天上から深海へと突き落とされたような落差だ。



 何かいいことがあった時、アメリアが色々捲し立てて玄関から飛び込んでくるのはいつものことだ。元気で良いことだと苦笑しながら、マスターは彼女のちょっとした冒険譚を聞いていた。


 だが、早々に彼の顔は暗くなる。そして、アメリアが得意気に包みを開封した瞬間、指を突き立て、そこに座れと命じたのだった。いつになく厳しい口調で、アメリアは凍り付いた。


 今。マスターは背筋を伸ばしてアメリアを見据えている。かっしりと腕を組みつつ、顔にはいつものような優しい微笑みを浮かべて。それなら、普段のお説教の時と同じだ。しかしアメリアがいつも以上に委縮している理由。至って簡単、目が全く笑っていないから。


「アメリア」


 優しくかけられる声はいっそ悪魔のささやきのようで、アメリアは大きく身震いした。氷よりもずっと冷たい心地だ。


 おそるおそる顔を上げる。やはり、マスターの漆黒の目に色は無い。ただただ、無間の闇が己をひどく咎めるだけ。


 しどろもどろになりながら、アメリアは精一杯の弁明をした。正当で酌量のある理由とは思えず、完全にわがままからの言い訳だと自分でもわかっていたのだが、一応。


「どうしても氷が欲しかったんですよ! あ、あとこの布も便利なんですぅ! ほらっ、全然水が通らないから、色んなことに使えて――」

「それはわかった。予想はつくが、出所を知りたい。……あの魔法屋だな?」


 含蓄のある詰問。絶対の主から放たれたその前で、嘘偽りを述べることが可能だろうか。少なくとも、人生経験の短い少女には無理な話だ。アメリアは小さく頷く。


 やっぱりな、とマスターは呟いた。平にない棘のある声で、アメリアの心にちくりと刺さった。そうだ、マスターはクシネのことになると途端に気難しくなる。彼が彼女の何を気に入らないのか知らないが、アメリアはそんなマスターが少々気に入らない。


 そして、クシネは言ってくれた。アメリアのことを「お友達」だと。友人なら、ここはかばってやるべきではないだろうか。アメリアは腹をくくってマスターに言い返す。


「でっ、でも優しい子なんですよ! 今日もここでやるとマスターが怒るからって、気を使ってくれて……」

「ああ、その通りだね。間違いなく叩きだしていた」

「どうして、ですか……?」


 けんもほろろなマスターの姿勢に、アメリアの声はもはや風前の灯火だ。だが、店主は微動だにせず、少女を見据えたままだった。あるいは、その先に居る魔法屋を睨んでいるのかもしれない。

 

 そんなマスターは、いやに丁寧な口調で語った。


「君にわかるように端的に言うならば、魔法の詠唱は周囲に影響を及ぼしやすいからだ。近くで聞いていてどうだった? どきどきしなかったか? まるで魂を抜かれるような、そんな感覚にならなかったかい?」

「なんで、わかったんですか」

「そういうものだからだ。他者からの魔力の干渉に免疫がないのに、強い力を受けてしまえば、心身が耐えられなくなる。特に君は過敏に反応しすぎて、そのまま続けていたら昏倒していただろうね。非常によろしくない」


 ただし、意識を飛ばすことは防衛反応として正当だから心配しなくてもいい。色を失い目を丸くしているアメリアに向けて付け加えてから、本題の、なぜ魔術を拒むかという問いに触れる。


「僕はね、この空間をあまりかき乱したくないんだよ。目には見えずとも、空間に流れている魔力の一つすら、調和と均整の大事な部品だから、さ。魔法とはこの世のことわりに働きかけ変化を起こす力だ。たった一つの呪文が、天変地異を起こすにつながることもある。もしここで魔法の干渉が起こり葉揺亭が砂に帰したら、君はそれでも氷が得られたと喜ぶのかい?」


 マスターは一切の冗談の無い顔をして言った。真摯な瞳に捉えられたアメリアは、ふるふると首を横に振った。


 理解はした。マスターは葉揺亭を守りたい、それは当然だ。アメリアにだって、大事な職場で家なのだ。だが、彼の言い分を納得したかは別の話だ。むしろ、全てを飲みこめというほうが無理だろう、それこそ魔法に免疫も知識も無いのだから。


 もやもやとしたものを抱え、しかし最愛の亭主の顰蹙をかったのは事実だから、アメリアはうつむいたままだった。忘れられた氷がどんどん姿を変え、一回りも二回りも小さくなっていた。溶けた水が、侵食するように作業台の上に広がっていく。


 その時だった。マスターがさっと立ち上がり、一転気力に満ち溢れた張りのある声で言った。


「さて、冷たい紅茶だったね」


 アメリアは胸を打たれ、視線を上にあげた。見れば、いつものような気さくな笑顔がマスターに戻っていた。もう目を見ても畏れは感じない。


「作ってくれるんですか!?」

「ああ、もちろん。目的達成のために君は手段を考えた、その行動は評価するよ。僕は努力する子は大好きだ。それに、せっかく手に入ったのだから、使わなければ損じゃないか」


 やった、と叫んで、ばねに弾かれたように弾みあがるアメリア。その額に、店主の指がぴしりと刺される。


「ただし、今後もあまりに火遊びが過ぎる場合は考え物だ。ああ、今日の場合は氷遊びか。とにかく……気を付けるように」


 再度の釘差しには、黙って頷いた。警告は素直に受け止めよう、愛想尽かされ解雇されては困る。葉揺亭はただ一つの居場所なのだから。



 さて、マスターは紅茶を用意する。困ったとき迷ったときにはシネンス、汎用性の高さには定評がある茶種だ。そう、彼は珍しく悩むような風にして、ポットの準備をしていた。慎重な手つきで茶葉を入れている。氷を溶かすと薄くなることを考慮し、適切な量を計算しているのだ。


 その間にアメリアには一つ指示が飛んでいた。木槌とのみを工具箱から出して、鑿はよく洗っておくように、と。何に使うかはおおよそ検討が付いていたから、一切の汚れも無いよう念入りに洗浄した。


 ぴかぴかの道具一式をマスターに手渡す。すると予想通り、彼は氷を割り始めた。大きな塊だった氷は、みるみるうちに砕かれ、グラスやポットにつかえず入る大きさになる。まだ大ぶりのものも残っていたが、既に必要な分は崩せただろう。茶が出来たため一旦手を止めて、とりあえず、金属製の水切り籠、コランダーにまとめておいた。


 蒸らし終わったポットを開けると、いつもよりも随分濃く、その代わり量が少ない紅茶が仕上がっている。そこにマスターは一粒の氷をつまんで、落とした。すぐにマドラーで水流を起こす、静かに、優しく。熱くも弱い渦に巻かれながら、氷はみるみるうちに溶けてなくなった。ポットに触れてみると、少し温度が下がっている。


 一つ、また一つと、様子を確認しながら氷を足していく。冷やし過ぎ薄くなり過ぎはいけない。亭主が気を張り詰めると、店全体が緊張の糸で縛られたようになる。


 頃合いかと思ったところで、マドラーで一滴手の上に取り、それを舌で見た。


「……よし、これくらいでひとまずいいだろう」


 ふう、とマスターは肩の力を抜いた。温度は室温よりほんのわずかに冷たい程、濃さはいつもより若干濃いめだ。


 空のグラスに氷が一杯に詰められる。透明の上に透明が重なったその物体は、光を反射して輝き、そのままでも十分魅力的に見えた。ここにただの水を入れて飲むだけでもいいし、この前のエードを注いだらとてもおいしそうだ。アメリアはきらきらと輝く目でグラスを眺めていた。

 

 宝石箱のようなグラスに、できたての冷茶が注がれた。まだ冷たいとは言えなかった茶液のせいで、氷は少し溶けてしまう。が、澄んだ琥珀色の液体には、涼しげな空気を纏って、一口大の氷の粒がぷかぷか浮いていた。アメリアの口から、思わず感嘆の音が漏れ出た。並ぶ二本のグラス。目の前にあるそれは、まさに自分が願ってやまなかったものである。


「きれい……」

「さあ、御所望の冷たい紅茶だ。どうぞ、召し上がれ」


 そう促されると、アメリアは飛びつく様にグラスを手にした。手を滑らせそうになるほど水滴を纏った硝子の器は、その清涼さを余計に際立たせている。


 夢にまで見た魔法の茶を、彼女はついに口にした。マスターのつくる紅茶の華やかな香りが口の中に拡がる。それでいて、熱いものよりずっと喉に潤いを与えてくれる。そんな気がした。


 しかしながら、舌を転がすと共に、彼女は眉を八の字に下げた。


「あの……なんか、渋いです。シロップもらってもいいですか? あとミルクも……」

「構わないよ。色々試してみた方がいい」


 そう言ってマスターは自分も試飲する。


「……なるほど、冷えると随分味が変わるね。茶葉の種類でも向き不向きがありそうだな。あとは香りが――」


 ぶつくさと一人で言いながら、次のポットを用意し始めた。氷はまだ残っているから、納得いく仕上がりになるまで何度でも試すつもりらしい。一度はまってしまうとところん凝り始める、マスターとはそういう人だ。


 アメリアは彼の姿を見て、くすくすと笑っていた。あれだけ魔法に対して不満げだったくせに、蓋を開けたら自分だって楽しそうじゃないか。


 なおアメリアの冷たいミルクティはなかなか具合が良かった。ミルクのまろやかさで渋みがかなり取れたのと、冷えているせいかシロップの甘味が引き立って。マスターにしたら甘すぎると言われそうだが。


 だからもう、すでに満足だったのだ。そこにマスターの呟きが飛んでくる。

 

「あるいは、ひと手間かけた方がおいしいかもしれない」

「手間? どんなですか?」

「例えばエードみたいに水で割ってみるとか――あっ、そうだ!」


 見比べていた茶葉の缶を勢いよく作業台の上に置き、代わりに冷蔵庫の扉を開け、一本の大瓶を取り出す。首が長い細口の瓶は、コルク栓で封がしてあった。


「炭酸水ですか?」

「ああ。これで割って、ティ・スカッシュとしゃれ込もうかってね」


 エードが果汁などを水割りにしたものなら、スカッシュは炭酸水で割ったものだ。飲みやすさは前者に劣るものの、刺激的な爽快感はくせになる一品である。


 弾ける紅茶、少し面白いかもしれない。マスターは無邪気な発想で、新しい商品の試作にかかった。先ほどよりも更に濃い紅茶液を作り、グラスの三分の一程度に注ぐ。ついで炭酸水を上から足してやった。気泡がグラスの中ではじけ、見るからに爽やかな印象を与える。隣で見ていたアメリアから、静かな歓声が上がった。


 今度は予めシロップを入れているアメリアをちらりと見てから、マスターは先んじてティ・スカッシュを口に含む。紅茶の気配はしっかりと、だが、炭酸の刺激にごまかされるせいか、先のような渋みは際立たない。ただ、代わりに炭酸水独特の苦みや酸味が感じられる。


 これはアメリアが正解だった、少し甘味をつけた方が絶対においしい。マスターが睨んだ通り、少女は飲むなり顔を輝かせていた。


「あっ、おいしい! 暑い日に飲みたいです、これ」

「うん、いいね。これなら応用も利かせやすい」


 例えば果物を浮かべる、あるいは果汁を入れてしまう。ハーブにも相性のよさそうなものが色々ありそうだ。めぐるましい発想は止まない。マスターは三つ目のポットを手に取った。だいぶ小さくなってはきたが、コランダーにはまだ氷は残っている。


「まだやるんですか?」

「ああ、次はミントを試してみるんだ。清涼感が合わさって、悪くないだろう? 一緒にオレンジを浮かべるのもいいかな。オレンジ・ミント、温かい紅茶でもおいしい組みあわせなのだから」

「……楽しそうですね」

「うん」


 何歳になっても、心はいつまでも少年のままに。そんなマスターの腹の底からの笑顔だった。新しいものを考えるのは、いつだって楽しくて仕方がない。冷たいお茶、実は以前より発想の中にはあった。だが、葉揺亭で過ごす中では氷を手に入れる機会に恵まれず、実践することができなかったのだ。



 身内で愉しく盛り上がっているところ、葉揺亭の扉が開いた。すわ来客だと二人で同時に玄関先を見て、二人で同時に顔を綻ばせた。


 逆光の中に浮かぶ姿。膨らむところは膨らんで、全体としてはすらりとしている体系が美しい。きっちり髪をまとめて、見るからに真面目そうな気配を漂わせている。そして彼女は、ジェニー=ウィーザダムは、少し日焼けした顔に喜びの色を作った。一節以上見かけなかったあたり、ラスバーナ商会の長に連れられて、異邦の地に行っていたのだろうか。


「お久しぶり!」

「ジェニー! ああ、全く、君は毎度毎度いい機会にやって来る! どうだい、今日だけの冷たい特別茶だ」


 マスターは飲みかけのグラスと、コランダーの中の氷を客人に見せつけた。きっと黄色い声を上げてくれるだろう、彼女も目新しいものが好きなのだ。


 が、マスターの予測は珍しく外れ、思ったほどの食いつきが得られなかった。ジェニーは少しだけ首を傾げるのみ。


「あら、氷? 冷蔵庫のアビラストーンでも割っちゃったの? 大変ねえ」

「……そうか、君にはさほど珍しくないか」


 彼女の立場を思い出す。庶民には珍しくとも、貴人にはそうでないことは、ままあることだ。特に、ノスカリア随一の有権集団、ラスバーナ商会の要人にしてみれば。


「ごめんなさいね。お屋敷にはいつも氷があるから。……でも、もちろん頂くわ。マスターのお茶は別格だもの」


 にっこりと笑いながら、ジェニーは珍しくカウンターの席を陣取った。



 カウンター席からはマスターの手仕事が良く見える。彼女はもうすぐ無くなってしまいそうなコランダーの中身を見て、目を光らせた。頬杖をついて、作業中の店主に語り掛ける。


「それにしても、氷が欲しいなら私に言ってくれれば良かったのに。会長のお屋敷……っていうか、うちの事務所でもあるんだけど、冷蔵庫には特大の蒼晶石そうしょうせきがあるから、製氷もできるのよ。……特別に分けてもらえるように手配しましょうか?」

「わあ! それいいですね! マスター、やってもらいましょうよ!」


 確かに、いつも氷が手に入るのは願ったり叶ったりだ。だが、忘れてはいけない。彼女が商会の頭脳だということを。マスターは作業を一段落させると、不敵な笑みを浮かべた。


「その言い方、どうせ、手間料だなんだでお高くつくんだろう? 君の魂胆は見え透いているぞ、大商会の幹部様」

「もう、察しが良すぎて困るわ! 大丈夫よ、お安くしておきますわ。マスターだから、特別に、ね。 それに、現状ノスカリアで氷を安定供給できるのは、うちぐらいなもの。あと、ここにしかない飲み物って言うのは、葉揺亭のうりではなくて?」

「……全く、誰も彼も商売上手だな! そう次々とよく思いつくよ」


 マスターは舌を巻いた。万能だと自負しているが、商才だけは自分にはない才覚だ。はてさてどうしようかと頭を抱えるように、後頭部で手を組む。


 別段、資金繰りに困っている訳ではないし、己の好奇心を満たすためには即決してしまっても問題は無い。何よりアメリアも喜ぶ上、彼女の火遊びを止むならば、対価としては安すぎるくらいだ。だから全く問題は無いどころか、いいことずくめなのだが。即買ったと言えなかったのは。


「なんか、負けた気がするんだよなあ」


 漏れ出た心の声を耳にして、ジェニーは顔を引きつらせていた。まさか、一応店の経営を握る主とあろうものが、損得勘定ではなく気分で取引を決めるとは。商売の世界で生き残るには、生き馬の目を射抜くことが必要なはず、理解出来ない。


 あの能天気なアメリアですら、この駆け引きは資金面で大丈夫なのだろうかと心配していたのに。本当に、クシネやジェニーの商魂たくましさを少しは見習ってほしい。唯一無二の従業員としては、そう思わざるを得ない。葉揺亭が潰れたら、困るどころではないから。


 女性陣が呆れ顔を見合わせる。それでも変わらず、どうしようか面白くないがと店主は悩むばかり。グラスに浮かんだ氷が溶けて揺れ、からりと涼しい魅惑的な響きを奏でた。


葉揺亭 スペシャルメニュー

「冷たい紅茶」

いつもの紅茶を氷で冷やして冷たくして召し上がれ。種類によっては少し渋みが強く感じられることも。

もちろん、甘味をつけたり、レモンやミルクをくわえたりといつものアレンジも可能。


なお、「冷蔵庫に入れて冷やしたら濁ってしまった」というのは、冷えすぎたせいではなくゆっくり冷えていったからである。

氷で一気に冷却してやれば、比較的きれいな紅茶になる。最も、濁っても味は変わらない。


「ティ・スカッシュ」

濃く出した紅茶を炭酸水で割った飲み物。暑い日に飲むと爽快感が心地よい。

少し甘さがついていたほうが飲みやすいかもしれない。シロップではなく、紅茶を冷やす前に砂糖を溶かしておくのもあり。

果物のスライスやベリー類を浮かべたり、香りのついたお茶で作ったり、アレンジも多様に出来る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※本作品を再構成・加筆修正を行った新版を2023年に公開はじめました。順次掲載していきます。  ストーリーは大きくは変わっておりませんが、現在本作品をお読みの方はぜひ新版をご覧ください  https://ncode.syosetu.com/n9553hz/ またはマイページから
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ