終わりと始まり
三
今日は、一点の雲もとどめぬ空をしている。
王妃の処刑を進める一行がぞろぞろと続いて、王の親衛隊が加わる。彼らは二階をつなげた廊下の下の道をくぐり、王妃の住まいへと向かった。王妃は自分の部屋でじっとそのときを待っていたのだった。
「王妃様……」
到着した役人の声を部屋の中から聞いて王妃は、ハッと少し驚いたような顔になった。ついにこのときがやって来たのだ。外に出て皆の前に姿を現した。その姿は、白い装束に飾りのない銀の簪を一本だけ挿した質素なものだ。しかし、王妃の覚悟はすでに決まっていた。庭には満開の桜が咲いていて風がなびくたびに花びらが舞い降りて美しい。
芝生の上のむしろには、すでに器をのせたお膳が用意してある。王妃は、その前へすとんと正座すると、配下が読み上げる罪状を聞き入った。
「本日、三月二十四日、王妃京氏の王妃の位を廃し、平民に降格させる。王妃の務めは王を支え、民を慈しむことである。だが王妃京氏は役目を果たすことなく、己の身勝手さで王と朝廷を冒瀆した。ゆえに毒薬を与える」
たんたんと読み上げているが、配下の声が重く聞こえる。
武官や宮女が大勢、見守るなか、王妃の目は白い器に注がれた醤油色の液体を見つめた。
そのとき、風に運ばれた花びらが、ひらひらと器の中に落ちた。文章を読み終えた配下がくるくると罪状を巻き納めて一歩後ろへ下がった。
王妃は、立ち上がって、手を額の前で丸くかかげ、お辞儀を始める。座り込み、また立ち上がっては会釈する。それがあたかも天に向かって挨拶しているように周囲には見えた。しかし王妃の気持ちは陛下に呼びかけた。
……陛下、陛下の恩情により賜死にして下さったことを感謝いたします。恨んではおりません。憎んでもいません。なぜなら、私は幸せだったからです。李梗がいるだけで……。
会釈を終え、座り込み前をみると李梗が遠くからこちらを見つめていた。王妃が気付かないだけで最初からそこにいたのだ。李梗の目は、王妃が今まで見たことのない強いひかりが宿っていた。その表情に王妃は花のような微笑みをかけた。
ふいに吹く風が王妃の悩みを洗い流すかのように優しい風だった。
……母上様、どうしてそのように笑っておられるのですか。こんなにも優しいお顔を私に向けるのですか?
李梗には分からなかった。なぜ、もうすぐ死を迎える王妃が恐れや不安も見せずに笑うのか。その笑みが余計、李梗を苦しめ、とうとう肩を揺らして目からあふれ出す涙に感情を抑えることはできなくなった。
王妃はついに毒薬の白磁器を手に取った。李梗は見つめていたが、王妃が毒薬を飲んだのを見て、思わず顔をゆがめ、手を伸ばしかける。李梗の目に遠く映る王妃は、みそぎのようにしめやかな姿だった。次の瞬間、器がカランと音をたてながら王妃の手から落ちた。喉が焼けるように熱くなり、体が震えだす。口から血を吐いて倒れた。
王妃は、国王に輿入れしたとき重臣らが金の冠で広場に集結した豪華な婚礼で祝福されたことを思い出した。待望の我が子を抱いてあやした親子水入らずの幸せな日々。そういった光景が急に浮かんで、これがすべて終わってしまったのだと気付いた。