逆行
朝食の味は、ほとんど覚えていなかった。
味噌汁。
焼いた魚。
白いご飯。
見覚えのある食器。
目の前にいる家族。
どれも知っているはずなのに、細部が抜け落ちている。
三十二歳まで生きた記憶というのは、思ったほど役に立たないらしい。
僕は黙って箸を動かした。
テレビでは天気予報をやっていた。
画面の右上を見る。
月日。
曜日。
連絡帳と一致している。
それでもまだ足りない。
夢なら、日付くらい整合していてもおかしくない。
僕は味噌汁を飲みながら、テレビ画面の情報を頭に刻んだ。
ニュース。
番組名。
出演者。
天気。
最高気温。
学校へ行けば、さらに確認できる。
教室の掲示。
日直。
給食。
授業。
先生の話。
それらが自分の記憶と一致するか。
「ぼーっとしてるけど、どうしたの」
「眠いだけ」
「夜更かしした?」
「してない」
会話を短く切る。
余計なことを言わない。
昨日までの自分がどんな話し方をしていたのか、正確には分からない。
そこが怖かった。
三十二歳の僕には、十歳の僕の記憶もある。
けれど、それは映画のように連続しているわけではない。
断片だ。
学校の廊下。
運動会。
図書室。
先生の顔。
嫌だったこと。
嬉しかったこと。
家で怒られたこと。
逆に、昨日の夕食が何だったかは分からない。
記憶とは、そんなものだ。
だから下手に昨日の話をすれば、簡単に綻ぶ。
僕は食べ終えると、ランドセルを背負った。
肩に食い込む感覚が懐かしい。
玄関を出る。
外の空気が冷たかった。
道路。
電柱。
家。
自動車。
全部が少し古い。
でも「二〇〇四年らしい景色」と言われても、僕にはうまく言葉にできない。
看板のデザイン。
走っている車。
携帯電話を見ながら歩く人がいないこと。
コンビニの広告。
町全体が、自分の記憶より静かだった。
僕は登校班に合流した。
「おはよう」
「おはよ」
同級生が普通に話しかけてくる。
顔を見て、名前を思い出すまで一瞬かかった。
危ない。
僕はできるだけ相手の名前を呼ばないようにした。
「宿題やった?」
「やった」
「漢字のやつ?」
「うん」
「最後難しくなかった?」
「……ちょっと」
適当に合わせる。
三十二歳の記憶があれば、小学四年の漢字なんて簡単だ。
そう思った瞬間、少し嫌な感覚がした。
もし、今日からずっとこれをやるのか。
知っていることを知らないふりをする。
できることを、できないふりをする。
何年も。
高校までなら八年。
少なくとも成人するまでは。
長い。
十歳の僕にとっては、途方もなく長い。
でも、三十二歳の僕にとっても、八年は長い。
学校に着く。
昇降口。
靴箱。
教室。
黒板の右上に、日付が書かれていた。
連絡帳と同じ。
教室の後ろには月間予定表。
そこにも同じ年月。
僕は席に座ってから、筆箱の中の鉛筆を一本取り出した。
ノートの最後のページを開く。
目立たない場所。
そこに小さく書いた。
連絡帳 ○
テレビ ○
黒板 ○
月間予定 ○
四つ一致。
偶然とは考えにくい。
でもまだ、決定的ではない。
今日の日付が二〇〇四年だとしても、自分が本当に未来から戻ったとは限らない。
自分が三十二歳まで生きたという記憶そのものが、何らかの妄想である可能性は残っている。
だから必要なのは、まだ起きていない出来事だ。
僕しか知らない未来。
それが当たれば、かなり話が変わる。
問題は何を覚えているかだった。
担任が教室へ入ってきた。
「はい、席着いてー」
皆が座る。
僕も前を向く。
朝の会が始まる。
連絡事項。
提出物。
係。
先生の言葉を聞きながら、頭の中では別の作業をしていた。
二〇〇四年。
何があった。
アテネオリンピック。
新潟県中越地震。
イラク。
プロ野球再編。
新札。
大きな出来事はいくつか出てくる。
でも使えない。
大きすぎる。
何月何日だったか曖昧だ。
しかも、ニュースになるまで何か月も待つ必要がある。
もっと小さいもの。
数日以内に確認できるもの。
天気。
学校行事。
テレビ番組。
スポーツ。
何か。
僕は記憶を掘る。
だが、出てこない。
前世の僕は、二〇〇四年の毎日を記録していたわけではない。
今日の給食がカレーだったか、来週誰が休んだか、そんなことを二十二年後まで覚えているはずがない。
そこで気づいた。
未来知識という言葉に、自分で騙されていた。
僕が持っているのは「未来の記憶」ではない。
人生の記憶だ。
そして人生の記憶とは、ほとんどが穴だらけだ。
一時間目。
国語。
教科書を開く。
文章を読む。
先生が質問する。
「このとき、この人はどんな気持ちだったと思いますか」
何人かが手を挙げる。
僕は挙げなかった。
三十二歳だから答えが分かる、というものでもない。
むしろ昔より迷った。
作者の意図。
登場人物の感情。
授業で求められる答え。
それぞれ違う。
少し面白かった。
未来知識が役に立たない問題もある。
二時間目。
算数。
これは楽だった。
楽すぎる。
だからわざと一問だけ時間をかけた。
その瞬間、自分で嫌になる。
何をしているんだ。
わざと能力を落としてどうする。
でも、昨日まで普通だった子供が突然すべて即答し始めたら不自然だ。
僕はノートの隅に書いた。
目立たない≠手を抜く。
少し考えて、その下に追加した。
自然な範囲で上げる。
これもルールにしよう。
転生してまで、わざと馬鹿になる必要はない。
ただ、急激に変わらなければいい。
昼休み。
僕は図書室へ行った。
そこだけは、不思議と落ち着いた。
本棚。
紙の匂い。
ビニールで覆われた本。
貸出カード。
コンピュータ化されていない部分も多い。
僕は棚の間を歩いた。
そして、そこで別の確認方法を思いついた。
本だ。
二〇二六年まで生きた僕は、この先出版される本をいくつも知っている。
今ここに存在しない本を知っている。
これは証明になるだろうか。
いや。
自分の頭の中にだけある題名では、証明にならない。
出版されるまで待たなければならない。
それでも、一覧を作る価値はある。
題名。
作者。
おおよその出版年。
覚えているものだけ。
未来知識台帳の一部にできる。
そのとき、棚の端に一冊の本が見えた。
僕は足を止めた。
知っている。
昔、読んだ。
でも、いつ読んだ?
小学生だったか。
中学生だったか。
僕は奥付を開いた。
出版年を見る。
二〇〇三年。
当然、存在している。
少し拍子抜けした。
同時に、自分の記憶の雑さに寒気がした。
これを「まだ出版されていない本」だと思い込んでいた可能性だってある。
未来知識で金を動かすなら、こんな曖昧さでは危険だ。
十万円。
百万円。
千万円。
もし本当に増えたら、そのうち億単位になる。
記憶違い一つで、全部失うかもしれない。
僕は本を戻した。
未来知識には、確信度が必要だ。
何となく覚えているものと、絶対に覚えているものを同じ扱いにしてはいけない。
放課後。
家に帰ると、僕はすぐにテレビ欄を探した。
新聞を広げる。
一面。
日付。
二〇〇四年。
政治。
経済。
社会。
スポーツ。
広告。
朝から五つ目の確認だった。
これで現在の日付については、もう疑う必要はない。
僕は新聞をめくりながら、ふと思った。
もし未来を知っているなら、新聞は答え合わせになる。
今日の記事を読み、明日の記事を予測する。
そうすればいい。
ただし、具体的な記事を覚えていない。
なら逆にする。
覚えている未来の大事件を書き出して、実際に起こったとき照合する。
何月まで覚えているか。
順番は合っているか。
規模は。
原因は。
僕は自室へ戻った。
連絡帳では足りない。
見つかったら困る。
普通のノートを一冊用意した。
表紙には何も書かない。
一ページ目。
まず大きく、
記憶検証
と書いた。
その下に三つの欄を作った。
A かなり確実
B たぶん
C 名前だけ・曖昧
A。
Bitcoin。
Ethereum。
世界的な感染症。
大きな地震。
NVIDIA。
B。
Mt.Gox。
アベノミクス。
ウクライナ。
C。
Kioxia。
いくつかの株。
いくつかの事件。
書いてから、首を傾げた。
BitcoinがAなのは、本当に正しいか。
存在することは確実。
大きく上がったことも確実。
でも時期は?
二〇一三年だった。
たぶん。
それなら、時期だけBにするべきだ。
僕は書き直した。
Bitcoin:存在A/上昇A/時期B
少しだけ安心した。
こういう形なら使える。
未来を一つの情報として扱わない。
細かく分解する。
存在。
方向。
時期。
規模。
原因。
それぞれ信頼度をつける。
次にEthereum。
存在A。
上昇A。
時期B。
価格C。
NVIDIA。
企業A。
大幅上昇A。
コロナ後B。
価格C。
書けば書くほど、最初の「30歳で10億円」が雑な計算だったと分かる。
それでもいい。
あれは目標であって、予言ではない。
僕はノートを閉じた。
今日分かったことは二つ。
一つ。
今は間違いなく二〇〇四年。
二つ。
僕の記憶は、思ったより信用できない。
それでもまだ、一番大事な確認が残っている。
未来の出来事が、本当に起きるか。
机の上のカレンダーを見る。
明日。
明後日。
一週間後。
何か。
何でもいい。
僕は目を閉じた。
記憶を探す。
学校。
テレビ。
スポーツ。
ニュース。
天気。
何か一つ。
しばらくして、ある出来事がぼんやり浮かんだ。
大したことではない。
全国ニュースにもならない。
でも、もし記憶が正しければ、数日以内に確認できる。
僕はノートを開いた。
C欄の下に、その出来事を書いた。
そして横に日付を入れる。
最後に、一行。
当たれば、次へ進む。
鉛筆を置いた。
明日を知っているかどうか。
ようやく、それを試せる。




