22.ジュリー様殺害の真実
私は、コイラーン侯爵家のハウスメイドとして、毎日忙しく働いていた。
あれから2週間が経つが、薬の成分調査や手紙の裏をとる調査に時間がかかっているのか、私への解雇通達はまだ言い渡されていない。
もしかしたら、便利に使われるために、このままハウスメイドとして雇われるのかもしれないが、それもかなり残酷である。
ニール様はこの侯爵家の後継だから、ニール様が綺麗な令嬢と結婚して、お二人の子どもが出来て……を見ることになる。
ジュリー様には大変悪いのだけど、あの婚約話がなければ、私も全く期待せず、ニール様への気持ちを自覚することもなかったのだ。
「ココさんは、ほんっとうに、恋愛に関してはウジウジ鬱陶しいですわね!」
私の中のジュリー様は、この2週間、私のウジウジした気持ちを聞き続けて、完全に呆れている。
「それでしたら、貴族界の女仲人のジュリー様が私と誰かを引き合わせて下さいよ!」
「だから、ニールでいいでしょう!?」
「ニール様はダメですよ! 私、出来れば私のことを好きになってほしいのです! ちゃんと努力もしますから!」
すると、私の後頭部でバンと音がした。
振り向くと、呆れ果てた執事様が立っている。
どうやら書類で後頭部を叩かれたらしい。
「あなたはまず、一人で話さない努力をなさってください! 完全に独り言を言い続ける危ないメイドですよ!」
「す、すみません……」
「まあ、いいです。今から旦那様のお部屋でお話がございます。奥様と入れ代わってから来てください」
「……承知しました」
調査結果が出たのだろうか。
私はジュリー様と交代して意識の中に入った。
もしかしたら、平民の私がこの話を聞くのはあまり良くないのかもしれない。
幽体離脱して出て行くこともできるけど、それを執事様に言ったら、「それでは体を奥様に差し上げて一生戻って来ないでください」とか言われそうだ。
私の考えが伝わったようで、私(ジュリー様)はクスクスと笑った。
「言いそうですけど、この体はココさんのものですよ。私は真実が判明してラナが解放されれば、思い残すことは……いえ、少しありますわね……」
……そうですよね、ありますよね。
思い残すことが全くなく死ぬ人なんて、私の知っている中ではいない。
私は、最後の夜はジュリー様に完全に体を貸そうかな、とボンヤリ思っていた。
侯爵様の部屋で、侯爵様とニール様がすでに向かい合わせにソファに座っている。
私(ジュリー様)は、ニール様の隣に腰掛けた。
「すでに旦那様とニール様には報告済みですが、改めて奥様に申し上げます。奥様が飲んでいた薬は、飲み続けると徐々に体が弱まり死に至る、王国で製造も処方も使用も禁止されている『リンダー』という薬でした……」
執事様は、語尾を小さくする。
私(ジュリー様)は「そうですか……」と呟いた。
ジュリー様は、やはりギルバートに殺されたのだ……。
「薬と手紙が無くなっていることに気付いたギルバートは、逃亡を試みていましたが、すでに王国騎士団が拘束しております」
私(ジュリー様)は少しホッとしたように息を吐いた。
「ギルバートへ指示を出していたのは、ワーネキー公爵です。こちらも動かぬ証拠の手紙がありますので、ギルバートと同日に拘束いたしました」
淡々と事実を述べる執事様に、私(ジュリー様)は「やはり貿易成立の遅延が目的でしょうか……?」と尋ねる。
「そのあたりは取り調べ中ですが、ワーネキー公爵……いえ、もう爵位は剥奪されていますので……、ワーネキーは、貿易そのものの権利を手に入れたかったようです。隣国公爵家のご令嬢だった奥様を死なせたコイラーン侯爵家と繋がりのあるグローカル公爵とは付き合いをやめるだろうと……。なんとも浅はかですが……」
「……そうですか……」
私(ジュリー様)は目を伏せる。
そんなくだらない理由でジュリー様を殺したなんて、許せない。
もうワーネキーもギルバートも捕まっているけど、許せないよ……!
私(ジュリー様)は胸に手をあてた。
まるで、中の私にお礼を言っているかのようだった。
「ギルバートの言葉を信じてしまい、旦那様とニールに何も相談しなかったわたくしもいけませんでした。申し訳ありませんでした」
私(ジュリー様)は深々と頭を下げる。
「私もニールも、君の体調が悪かったことに気が付かなかった。本当に、本当に申し訳なく……」
侯爵様は頭を下げて涙ぐんでいる。
ニール様も、悔しそうに頭を下げている。
私はやはり、この場にいてはいけなかった。
だって、涙が止まらない。
私の瞳から、大粒の涙がボタボタと流れてお仕着せのエプロンにしみを作っている。
ジュリー様はきっと簡単に泣いたりしない。
侯爵様やニール様を余計に悲しませるから、泣いたりしないのに……!
「お母様、その涙は、ココですね」
ニール様はふっと表情を和らげる。
「……ええ。わたくしもこれくらい素直に生きれば良かったですね……」
私(ジュリー様)は泣きながらほほ笑んだ。
その後は、侍女のラナさんが完全に解放されたことや、細かい事後処理などの話が執事様から伝えられた。
霊は未練や目的がなくなると、次の生を受けるために、日本的に言うのなら成仏をする。
やはりこの世界は、生きている人たちの世界なのだ。
その日がいつ来るのかは本人次第だが、私はこの日の夜、ジュリー様に完全に体を貸した。
侯爵様やニール様と積もる話があるだろうと思ってのことだ。
幽体になった私は、特にすることもないので、個室の使用人部屋にいた。
体も目的もない今の状態は、なんて自分らしいのだろうと、そんなことを考えていた。
私が生きていても、あまり意味がない。
村娘Bだし、恋人もいない。
母はいるけど、私がいなくてもあの村には母世代の女性が多いので何とかなるだろう。
ジュリー様はこの王国の重要人物だ。
隣国との貿易も、隣国からしたら、王国の公爵が殺したに変わりはないのだから、もう上手くはいかないだろう。
でも、ジュリー様がいれば……
このまま、体をあげちゃっても、いいのかもしれない……。
きっと、誰もが、それを望んでいる……。
ニール様も……
すると、ドアがノックされ、簡素な使用人部屋にそぐわない、長身で銀髪グリーンアイの男性が入ってきた。
ニール様だったーー。




