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ちょろまかシスターの成り上がり ~口先三寸で孤児院を救います~  作者: ぜんだ ゆり


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 私とシヴァル様の話が一段落し、処刑場の奇妙な一体感も少しだけ落ち着きを取り戻した頃だった。


 解放されたばかりのジュディーちゃんを、兄であるジューダが涙ながらに抱きしめている。その光景を、皆が温かい目で見守っていた。


 その穏やかになりかけた空気を破るように、弟子のリーダーであるピーターが静かに歩み出た。彼の向かう先は、ジューダとジュディーちゃんの前。


 ピーターの登場に、ジューダはびくりと体を震わせた。

 そして、何かを覚悟したように妹の体からそっと腕を離すと、ピーターに向かって深く、深く頭を下げて沈黙した。


「……ジューダ。事情は横で見ていて知っているが、お前は先生を裏切ったな」


 凛とした、それでいて氷のように冷たい声が平原に響く。

 ジューダの肩が小さく揺れた。


「はい。返す言葉もありません」

「弟子の我々が先生を裏切るなどとあり得ないことだ」

「はい……どんな沙汰でも受け入れるつもりでいます」

「弟子の我々が先生を裏切ったなど、示しのつかないことだ」


 ピーターは地面に頭をこすりつけんばかりに平伏するジューダを、冷ややかに見下ろしている。

 そんなピーターの厳しい様子を、ジュディーちゃんも不安そうに小さな顔で見上げていた。


 ……確かにジューダは私を兵士に売った。

 でも、それはこの可愛い妹さんを助けるために、枢機卿に脅されて仕方がなくやったことだ。

 もう十分に罰は受けたはず。これ以上、彼を追い詰める必要はない。


 よし、ここは私の出番だ!

 得意の口先三寸で、この気まずい空気を丸く収めてしんぜよう!


 そう思って一歩前に出ていこうとした、その時だった。

 シヴァル様が私の手を強く引いて止めた。


「!」


 驚いて彼の顔を見上げると、彼は何も言わずにただ静かに首を横に振る。

 その目は、ピーターを、そして弟子たちを信じろ、とそう語っているようだった。


 私がためらっている間に、ピーターはさらに言葉を続けた。


「ジューダ。お前が行った罪から、俺はお前を殺さなければならない……」


 その言葉に、場の空気が凍り付いた。

 ジュディーちゃんが、わっと泣き出しながらジューダの体に強く抱きついて胸に顔をうずめる。

 ジューダも諦めたかのように力なく顔を伏せた。


「……せめてこの子のことを頼む」


 彼はそう言うと、最後の力を振り絞るように震える手でジュディーちゃんをピーターの方へ託そうとする。


 そんな!

 せっかく全て丸く収まりそうだったのに!

 シヴァル様の手を振りほどいてでも、私が止めなければ!


 私が再び声を上げようとした、その瞬間。

 ピーターの予想もしなかった言葉が響き渡った。


「俺たちはお前を死んだことにする」


 ……今、なんて?


 その場にいた誰もがピーターの言葉の意味を理解できずにいる。

 ジューダもジュディーちゃんを抱きしめたまま、呆然とピーターの顔を見上げていた。


「これからお前は、お前が行った罪そのものが罰となる生き方をしてもらう。それはもしかすると、一代で終わらないほどの壮絶な罰となるかもしれない」


 ピーターは、ゆっくりと、しかし力強い口調でジューダに語りかける。


「だが、お前は先生を裏切ってまで、その妹を助けようとした。ならば、彼女のために生きるべきだ。それがお前の贖罪の道だ」


「その道は一度死なねば歩めない。だからこそ、俺たちはお前を死んだことにするのだ。先生を裏切ったジューダは今日ここで死んだ。これより先は、ただひたすらに妹君のためだけに生きるがいい」


 そう言うと、ピーターは一歩前に出て、ジューダの肩にそっと手を置いた。 


「そして、もう一つ。ジューダ、お前は『死んだはずの弟子』として先生に付き従え。今度こそ、その命を懸けて先生をお守りするんだ」


「……俺が、ですか?」


 かすれた声でジューダが問い返す。

 そんな彼に、ピーターは力強く頷いてみせた。


「そうだ。俺たち他の弟子にはやるべきことがある。先生の影となり、その御身を守る。それは、すべてを捨てて『死んだ』お前にしかできないことだ」


 ピーターはジューダの肩に置いた手に、ぐっと力を込めた。


「頼んだぞ、友よ」


 『友』と、確かにピーターは言った。


 『友』。


 そのたった一言だけで、すべてが通じる。

 糾弾でも、詰問でもない。

 ただ、仲間として、友として――ピーターは確かに、ジューダを許したのだ。


 それに気づいたジューダの目から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。


「はい……っ、必ずや……!」


 嗚咽交じりに、彼はそれだけを答えるのが精一杯だった。


 『互いに愛し合いなさい』

 最後の晩餐の時、私はそう言った。

 それはジューダを他の弟子たちから孤立させないための、とっさの口からでまかせのような言葉だった。


 でも、それをこんなにも美しい形で実践してくれるなんて。

 目の前で弟子の過ちを赦し、そして共に歩む道を示したピーターの姿を見て、私はただ美しいと感じた。



 彼こそ、聖人と呼ぶべき存在なのかもしれない。



 ジューダとの話に区切りをつけたピーターはくるりと向き直ると、今度は地面に押さえつけられたままの枢機卿へと歩み寄った。


「俺たち十一人の弟子は先生の教えを広めなければならないんだ」


 そう静かに告げるピーターの目は、先ほどまでの穏やかさとは打って変わって、まるで業火のように燃え上がっていた。


「先生を亡き者にしようとし、『友』の妹を不幸な人生へと追いやった。許されざる、腸が煮えくり返るようなことだ」


 ピーターの声が、だんだんと力を帯びていく。


「そんな腐りきった教会の教えではなく、先生の教えの方がよほど世間に広まるべきだ。だから俺達は先生の教えを広める活動をする」


 その凄まじい気迫に、枢機卿は完全に気圧されている。

 生唾をごくりと飲み込みながら、か細い声を絞り出した。


「そ、そんなことをすれば……異端として認定されるぞ」


 異端。

 それは教会から追放されるということ。

 場合によっては、命すら狙われる立場になるということ。


 しかし、ピーターの燃えるような目は、少しも揺らがなかった。

 彼は、まるで世界のすべてに宣戦布告するかのように、はっきりと、そして力強く言い放った。


「……ああ。望むところだ」


 その言葉に、私は思わず声を上げそうになった。


 待って、ピーター!

 そこまでしなくても……!


 私は慌ててピーターの前に出ようとした。でも、シヴァル様が再び私の手を引いて止める。


「シヴァル様! 止めないと……!」

「プリス。今は彼らの決意を尊重してやれ」


 シヴァル様の静かな声に、私は言葉を失った。ピーターの周りに他の弟子たちも集まってくる。

 ジョンが一歩前に出て、静かに言った。


「先生の教えは、確かに我々の心に刻まれています。それを世に広めることこそ、我々弟子の務めです」


 そして、他の弟子たちも次々と頷いていく。


「先生が命を懸けて守ろうとした、孤児院の子供たちのような人々を救いたいのです」

「隣人を愛し、互いに支え合う。その教えを、俺たちは広めていきます」


 弟子たちの顔には、揺るぎない決意が浮かんでいた。


 ああ、もう……。

 私は頭を抱えたくなった。

 この子たちは本当に、いつも私を尊重するあまりやりすぎるのだ。


「ピーター……」


 私は彼の名前を呼んだ。

 でも、それ以上の言葉が出てこない。


 ピーターは私の方を振り返ると、にっこりと笑った。まるで、すべてを悟ったかのような、穏やかな笑顔。



「先生。俺たちは先生の教えを信じています。だから、この道を進みます」



 そう言って深々と頭を下げた。

 他の弟子たちも一斉に頭を下げる。

 その光景を見て私は何も言えなくなってしまった。



 ――ああ、まただ。

 頭の悪い私は、何度でも同じ失敗を繰り返してしまう。



 このとき、ピーターに「ほどほどにね……」と忠告できなかったことを、私は後悔することになる。



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