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 かくして、私と十二人の弟子たちによる逃避行は静かに幕を開けた。


 がたんごとん、と揺れる馬車の窓から見える景色は、日に日に王都から遠ざかっていく。

 これからどこへ向かうのか、いつまでこの旅が続くのか……


「なんだか、この世の終わりみたいですねぇ……」


 私がぽつりと呟くと、隣に座っていた弟子のジョンが静かに問いかけてきた。


「先生はこの世の終わりってどんなことがあると思いますか?」

「さあ……私は神ではなく、人の子ですからそんなことは分からないですよ~」


 私の言葉に、馬車に同乗していた他の弟子たちもびくりと肩を震わせた。


「う……その節は、本当に申し訳ありませんでした……」


 弟子たちがしゅんとして頭を下げる。

 彼らが私の功績を良かれと思って広めてくれた結果、私が『神の化身』に祭り上げられたのだから彼らが責任を感じるのも無理はない。


「いえ、責めてるわけではなくてですね。教会が勝手に示した『神の化身』なんて、自分で認めない方が良いですよねぇ」

「先生の教えは神の御言葉と言えるほどに素晴らしいものでしたが」


 リーダー格のピーターが真剣な眼差しでそう言う。

 この子たちは本当に素直で可愛いのだが、その純粋さが時として事態をややこしくするのだ。


「そうですね……これからは自分のことを『人の子』とでも呼びましょうかねぇ」

「先生、それはそれで、やはりご自身が神の化身であるかのような呼び方です」


 ジョンに冷静に突っ込まれてしまった。

 そんな他愛のない雑談をしながら馬車は進んでいく。


 それにしても、暗殺とは、穏やかではない。

 少しだけ調子に乗って演説をぶちかましていたらこんなことに……

 私の人生はいったいどうなってしまうのだろう……。


 ああ、シヴァル様に会いたい……。



 ◇



 馬車を乗り継ぐこと一週間。

 私たちがたどり着いたのは宿場町となっている小さな都市だった。

 活気のある市場の様子は、故郷の街を少しだけ思い出させた。


 次にあの場所に帰れるのはいつになるのだろうか……。


 そんな風に少しだけ感傷に浸っていると、弟子のジョンが露店で買ってきたのであろう、温かいパンとスープをそっと差し出してきた。


「先生。少しお疲れのようです。元気を出してください」

「ジョン。ありがとうございます」


 お礼を言ってそれを受け取り、近くの木箱に腰かけて一口。

 香ばしいパンと具だくさんのスープが冷えた体に染み渡る。ああ、美味しい。


「弟子の半数は路銀を稼ぎに街へ出ています。おそらく、ここから先も徒歩での移動にはならないでしょう。ご安心ください」


 そう言って、ジョンが優しくほほ笑んだ。


 この一週間の移動も、すべて弟子たちが日雇いの仕事などで稼いでくれたお金で賄われていた。

 そして、お腹が空けばこうして美味しいご飯を持ってきてくれる……。



 あれ?

 場所が王都から辺境の宿場町に変わっただけで、私の快適な生活は少しも変わっていないのでは……?



 そんなことを考えていると、ふと近くの広場の方から女性の甲高い叫び声が聞こえてきた。


 何事だろうか。

 そう思い、声のした方へふらふらと歩き出す。


「せ、先生。面倒ごとに首を突っ込むのはおやめください!」


 弟子たちが慌てて止めようとしてくるが、一度気になってしまったものは仕方がない。

 私は彼らの制止を振り切り、騒ぎの中心へと向かったのであった。




 広場の中央には人だかりができていた。

 その輪の中心で、一人の女性が柱に固く縛り付けられている。

 そして、その周りを取り囲んだ数人の男たちが、代わる代わる彼女に向かって石を投げつけていた。


「なんてひどいことをしているんですか!」


 思わず声を張り上げると、石を投げていたおじさんがばつの悪そうな顔でこちらを振り返った。


「この女は町長の妻だったんだが、若い男と不倫している現場を見つかったのさ。『石を投げて骸を晒せ』ってのが町長の命令でな」


 なるほど。不倫か。

 現行犯となると勘違いでもなさそうだ。確かに浮気は良くない……。


「奥さんには俺たちも普段から良くしてもらってたんだ。でも、この町で生きていくには町長の言うことには逆らえねえからな」


 そう言っておじさんは困った顔をしながら、また小さな石を女性に向かって投げつけた。


 本当はこんなことはしたくはないらしい。


 その姿に、ふとシヴァル様の顔が思い浮かんでしまった。

 あの人も、人の血が流れるのを誰よりも嫌っていた。


 そんな彼ならこの場面はどうするだろうか?


 ……なんだか、この人たちを、そしてあの女性を見過ごせなくなった。



 ーーよし。



 私は一つ息を吸い込むと、いつもの調子で声を張り上げた。


「そういうことでしたか! なんとまあ淫乱なスケベ女なのでしょう! きっと毎日、男の人の股間を見ては舌なめずりをして涎を垂らしていたのでしょうね! 男を邪な目でしか見られない恥知らずな淫魔だったのでしょう!」

「いや、そういうわけでは……」


 私の突然の罵詈雑言に、男たちは目を白黒させている。


「それにそんなふしだらな女性であればきっと食い意地も張っていたに違いありません! 今日も朝からお腹いっぱいご飯を食べたことでしょう! 清貧を重んじ、食事も最低限しか取らない私には到底信じられません!」


 先ほどジョンが持ってきてくれたパンとスープをお腹いっぱい食べたことは綺麗さっぱり棚に上げて、私は続ける!


「それに、夜も好きなだけ眠る怠惰な人間なのでしょう! 孤児院の子供たちのために夜なべをする私からすれば軽蔑すべき人間です!」


 もちろん夜なべなんてしていないが、私のこの聖職者然とした見た目と相まって、本当にそう信じてしまう人もいそうだ。


「そして毎晩、酒を浴びるように飲んでいたに違いありません! まったく呆れ果てた町の害獣ですね!」


 皆が私の勢いに呆気に取られている中、私は高らかに宣言した。


「それでは、私のように人をいやらしい目で見たこともなく、食事も睡眠も最低限に切り詰め、お酒に酔ったことすらない。そんな清廉潔白な皆さん、彼女に石を投げましょう!」


 そう言うと、その場にいた誰もが「う、そこまで清廉潔白では……」としり込みを始めた。

 当然だ。私もそんな生活はしていない。


 そんな自分の行いを棚に上げ、私は足元に転がっていた石を拾い上げると、女性に向けてえいっと全力で投げつけた!


 ひゅん、と音を立てて飛んでいった石は、女性に勢いよく直撃

 ……することなく、彼女の足元にぽとりと力なく落ちた!


「……」



 まあ、物を投げるのが致命的に下手なのは、私の数少ない欠点の一つだ。



「……ふっ」


 私の情けない石投げを見て、先ほどの男が毒気を抜かれたように小さく笑った。


「……確かにそうだな。自分の行いを棚に上げて、俺たちや町長がこの人を裁くなんておこがましいにもほどがある」


 そう言うと、その男は女性の元へ歩み寄り、彼女を縛っていた縄をほどき始めた。


「あんたはここで死んだ。このまま誰にも見つからないように遠くへ逃げな」


 そう言われた女性はすすり泣きながら「ありがとう……」と一言だけか細く呟くと、人混みの中へと消えていった。



「先生、あまり目立つような真似はお控えになった方がよろしいかと……」


 いつの間にか隣にいたジョンが心配そうに声をかけてきた。


「すみません。……でも、どうしても見過ごすことができませんでした」

「先生はそういうお方でしたね。……お見事でした」


 そう言って、ジョンは私に恭しく頭を下げたのだった。



 ◇



 次の日の早朝。

 私たちが泊まっていた宿屋の扉が、ばたんと大きな音を立てて開かれた。

 昨日、広場にいたあのおじさんが慌てた様子で駆け込んできたのだ。


「ここにシスターのお嬢さんは泊まっているか!?」

「はい、昨日のおじさんですか? どうかなさいましたか?」

「これを見ろ! お嬢さんも早く逃げるんだ!」


 そう言うと、おじさんは一枚の紙を私に手渡してきた。

 そこには私の顔がそれなりにうまく模写された絵の横に、こう書かれていた。


『指名手配:神を騙り、人心を惑わした大罪人』


 とんでもない罪状をつけられていたーー


 これまでの逃避行は準備運動に過ぎなかった。

 本格的な逃亡生活の始まりだ。

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