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ちょろまかシスターの成り上がり ~口先三寸で孤児院を救います~  作者: ぜんだ 夕里


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「どうかなさったのですか? そんなに思い詰めたお顔をされて」


 客間に通されたシヴァル様は椅子に腰かけるとこめかみを指で揉みながら重々しく口を開いた。


「プリス……。自分が王都でどのように噂されているか知っているか?」

「噂、ですか?」


 首を傾げる私にシヴァル様は深いため息をつきながら言った。


「いくつか読み上げてやろう。まず一つ」



「『5つのパンと2匹の魚で5,000人の兵士たちの腹を満たした』」

「……はい?」


 兵站が尽きかけたあの夜。

 私が持っていたわずかな食料を見せた後、兵士たちが隠し持っていた食料を差し出してくれた。

 あの時は確かに集まった食料の山を見て奇跡みたいだと皆が喜んでいたけれど……。


 シヴァル様は私の返事を待たずに続ける。


「二つ目。『教えを説くだけで敵大将に乗り移った悪魔を退散させた』」


 悪魔……?

 私が敵国の城塞都市で演説をした時のことだろうか。

 確かに敵将は私の話を聞いて開城を決断してくれた。しかしあの方に悪魔が乗り移っていたなどという話は初耳だ。

 むしろとても理性的で賢明な方だったように思う。


「三つ目。『水の樽を全てワインに変えた』」


 それは少しだけ身に覚えがある。

 戦勝の宴で最後に残った水の樽にワインを一本突き刺して「聖なるワインです!」と言い張った、あの時のことだ。

 でもあれはワイン味の水であって断じて本物のワインではない。

 奇跡でもなんでもなくただの悪ふざけだ。


「四つ目。『平然と湖の上を歩いて人を助ける』」


 それは故郷での一件に違いない。

 氷の張った湖で子供を助けた、あの時の……。

 確かに氷の上を歩きはしたけれどそれはただの氷渡りであって水の上を歩いたわけでは決してない。そのすぐ後に氷は割れてしまったのだから奇跡とは程遠い綱渡りだった。



「どう思う?」


 シヴァル様の問いに私は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


「……人間技じゃありませんね」

「そうだろう。これは教会の中枢部が把握している、君の『偉業』のリストだ」


 もう何が何だか……。

 おそらく私の聖女認定の話を聞いた弟子たちが張り切って私の功績をあちこちで布教してくれたのだろう。

 その話に尾ひれがつき背びれがつき……

 いつの間にか人間離れした奇跡の物語へと変貌を遂げてしまったのだ。


 しかも、どれもこれも「完全に嘘だ」とは言いにくいところがなんとも意地の悪い部分だった。

 兵士たちも「本当に水がワインに?」と聞かれたら「まあ、シスター様はそうおっしゃったし……」「あの夜は奇跡のようだったからな……」などと曖昧な返事をしてしまうに違いない。


「それを聞いた教会はこんなものを発行した。まさか聖女の認定をしてもらおうとして、こんなことになろうとはな……」


 そう言うとシヴァル様は懐から一枚の羊皮紙を取り出して私に見せてきた。

 そこには美しい飾り文字でこう書かれていた。



 ~シスター・プリスの数々の奇跡を鑑み、『神の化身』であることをここに証明する~



 ……。

 ……か、神?


 なぜ? 聖女じゃなくて?


 私の思考は完全に停止した。

 聖女という肩書ですら私の背にはあまりにも重すぎる荷物だったというのに。


 神になるというのは文字通り人の身を超えた重荷である。


「神の化身、プリスよ」



「神ではありません! 私は人の子です!」



 思わず叫んでしまった私にシヴァル様は同情的な目を向けた。


「気持ちは分かるが、教会が公式に『神の化身』として認定してしまったのだ。今更ただの勘違いでしたとは言えん」


 ああ、なんてはた迷惑な……。

 もはや笑う気力も湧いてこない。

 私がその場で崩れ落ちそうになっているとシヴァル様はさらに追い打ちをかけるように言った。



「そして、この認定により俺との結婚も少し難しくなったかもしれん」



「え、なんでですか!?」


 それは聞き捨てならない。

 私はがばりと顔を上げた。


「貴族の中で『神の化身』が誕生したからには王族と婚姻を結んで王家に神聖な血を入れるべきだ、という声が強くてな」



 王族!?

 騎士団長との結婚ですら孤児上がりの私には分不相応な話だったというのに。

 まさかその斜め上をいく王族との結婚話が降って湧いてくるとは……。


「そんな会ったこともない王族の方々と結婚だなんて……」


「ああ。しかし教会のこの認定を無視することもできない。どうすべきか俺も頭を悩ませているのだ」


 頭が痛い。

 というかもういっそ、このまま気を失ってしまいたい。


 まさか自分の口先三寸のツケが神になるという形で返ってくるとは夢にも思わなかった。



 ああ、神様。

 これは、しわ寄せの利子が多すぎませんか……?



 ◇



 その日の夜。

 王族との婚姻などという大きすぎるお話にすっかり心細くなってしまった私のためにシヴァル様は私が勤める教会の客室に泊まってくれることになった。

 それだけで少しだけ心が安らぐ。


 私は割り当てられた自室の寝台に潜り込み、無理やり目を閉じた。

 しかし頭の中は様々な考えが駆け巡り、とても眠れそうにない。

 

 そんな時。


 きぃ、と。

 私の部屋の扉が、かすかに軋む音がした。


 シヴァル様……?

 こんな夜更けにどうしたのだろうか。


 いや、彼の足音はもっとしっかりしている。

 こんな猫のように忍び寄るような音ではない。


 そう思った瞬間、私の背筋をぞわりと悪寒が駆け上った。

 足音は私のすぐ横でぴたりと止まった。




 ――シヴァル様じゃない!




 私は考えるより先に寝台から転がり落ちるようにして跳び起きた。


 ガッ!


 先ほどまで私が寝ていた枕のあたりに鈍く光るナイフが深々と突き刺さっていた。


「きゃあああああっ!」


 恐怖のあまり自分でも信じられないような悲鳴が喉からほとばしった。

 目の前には黒装束をまとった不審者が立っている。


「どうした!?」


 次の瞬間、私の部屋の扉が蹴破るような勢いで開いてシヴァル様が飛び込んできた。


 彼は室内の惨状と不審者の姿を見るや否や状況を瞬時に理解したのだろう。

 獣のような速さで踏み込むと不審者の懐に肩からぶつかっていく。



 ごっ、と鈍い音が響く。



 不審者は壁際まで吹っ飛んだ。

 しかし相手も手練れなのかすぐに体勢を立て直す。

 少しも躊躇することなく窓枠に足をかけて闇の中へと跳び去っていった。


「大丈夫か!?」


 駆け寄ってきたシヴァル様に声をかけられるが私は答えることができなかった。

 その場でへたり込んだまま、ぶるぶると体が震えて身動きが取れない。


 シヴァル様はそんな私を力強く抱きしめてくれた。

 彼の胸の中で、私はようやく自分が生きていることを実感する。



「刺客が放たれたか……」

「刺客……?」



 ようやく絞り出した声は情けないほどに震えていた。


「プリスを王族と婚姻させたくない上位貴族が亡き者にしようとしたのだろう。神の化身がいなくなれば婚姻話もなくなるからな」


 その言葉を聞き、私の背筋にぞくりと悪寒が走る。



 私、暗殺されるの……?



 食べ物をちょろまかして、ちょっとだけ調子に乗って生きてきただけなのに。

 どうして命まで狙われなければならないのだろうか。


 恐怖で涙すら出てこない。


「俺が何か策を考える。だがその前に殺されてしまっては元も子もない」


 シヴァル様は私の体を抱きしめる腕に力を込めた。



「――逃げろ。プリス」



 ◇



 次の日の朝。

 シヴァル様は私の可愛い弟子たちを教会へと呼び集めた。

 彼は昨夜の出来事を弟子たちに包み隠さず話して聞かせた。


「――プリスが刺客に殺されそうになった。おそらく奴らはまたプリスの命を狙ってくるだろう」


 シヴァル様の話を聞き、弟子たちの顔から血の気が引いていく。


「先生が……殺されそうに……!?」

「我々のせいで、先生が『神の化身』などに祭り上げられてしまったばかりに……!」


 ピーターとジョンが悔しそうに拳を握りしめている。

 そんな彼らにシヴァル様は力強く言った。


「プリスを遠方に逃がそうと思う。王都から離れて刺客の手が届かない場所へ。そこで俺が事態を収拾するのを待ってもらいたい」


 そしてシヴァル様は弟子たち一人ひとりの顔を真っ直ぐに見据えて深く頭を下げた。



「どうかプリスを守ってくれ」



 騎士団長が頭を下げるというありえない光景。

 しかし、弟子たちが驚く様子はない。ただ真剣な顔でそれを受け止めていた。


「もちろんです!」


 最初に声を上げたのはリーダー格のピーターだった。


「先生の御身は我々が命に代えてもお守りいたします!」


「先生の尊い教えをこのような形で終わらせてなるものですか」


 ジョンもまた静かな瞳に固い決意を宿して頷く。




 そして、その日の夕暮れ時。

 私は弟子たちを連れて人目を忍ぶようにして馬車に乗り込んだ。


 私の逃亡生活がこうして幕を開けたのであった。



 ああ、神様。

 これまでの人生、十分にスリリングな毎日を送ってきたつもりでしたが……



 ――どうやら本番はこれからだったようですね。




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