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朝焼色の悪魔-第4部-  作者: 黒木 燐
第4章 翻弄
31/33

6.サクリファイス

 由利子はギルフォードをなんとか説得して立ち上らせると、傘を拾いさしかけた。そして、帰ろうと促し来た道の方を見ると、何者かがすごい勢いで走ってきた。紗弥だった。

 彼女は二人の方に駆けよると言った。

「よかった……。由利子さんありがとう。教授になにかあったらわたくし……」

 由利子は紗弥が今まで見たこともないほど狼狽しているように見えた。

 紗弥は、クリスから電話でジュリアスの訃報を聞き、取るものもとりあえずバイクで感対センターに向かい、そこでギルフォードの姿が消えたことを知った。驚いて、確認しようと携帯電話を見ると、高柳や春野から何回も着信が入っていた。慌ててGPSを見ると、ギルフォードが大学の裏庭の方にいるではないか。大降りの雨の中、引き返してきたのだと言った。何故早くGPSの確認をしなかったのかと紗弥は悔やんだ。

(あの紗弥さんが、こんなにうろたえるなんて……)

 由利子は、ジュリアスの死が皆に重くのしかかっていることを思い知った。

「とにかく研究室に帰ろう。このままじゃ三人とも風邪をひいてしまうよ」

 由利子は二人に言った。紗弥は無言で頷いたが、ギルフォードはうつろな表情で立ち尽くしていた。それはまるで木偶人形のようだった。

「行こう。それでも前に進まなきゃ」

 由利子はそっとギルフォードの背を押した。


 三人は取りあえずギルフォードの研究室に戻った。

 ずぶ濡れの三人を見て、その場にいた研究生がおどろいて一斉に立ち上がったが、皆声を出せないでいた。紗弥の様子から何が起きたか薄々感づいており、気にはなっているのだが、聞くに聞けないのだろう。みな一様に不安げに見つめている。 犬の美月だけが心配そうにギルフォードに駆け寄った。そんな中、如月がすぐさま行動を起こした。急いでエアコンの設定温度を上げ、貰い物などでストックしていたタオルや宿泊用の毛布などを出しはじめた。他の研究生たちも彼に続き、三人をソファに座らせバスタオルを羽織らせたり冬用に置いている自前のカーボンヒーターを引っ張り出したり暖かいコーヒーを淹れたりした。

「申し訳ありません、わたくしが……」

 と言いながら紗弥が立ち上がろうとしたのを如月が止めた。

「座っとってください。紗弥さんのお顔も蒼白でっせ」

 そんな中、研究生の春梅(チュンメイ)が驚いて声を上げた。

「大変! ギル先生すごい熱よ!」

「え? まさか……」

「ちゃいまっせ!」

 誰かが口走りそうになったのを如月が止めた。

「あんなに雨に濡れてはったんや。熱ぐらい出しますわ! とにかく急いで病院に行かないと!」

「でも……」 由利子が言った。「感対センターの看護師さんが、今日救急車での搬送を断られて結局センターに……」

「そんなことがあったんでっか。ほんなら僕が感対センターまで連れて行きましょか? 紗弥さんと篠原さんは、熱とか大丈夫でっか?」

「わたくしはこれくらい平気ですから」

「私も大丈夫だから私が先生を連れて行くよ。如月クンは後を頼む。入院とかになった場合、美月の預かり場所とか探さなきゃ」

「そんなら僕にアテがありますから、心配せえへんでください」

「わかったよ。だいぶ服も乾いてきたし、取り合えずこの下まで車持ってくるから」

 由利子はそういうと立ち上がった。

「わたくしも行きますわ!」

 と言って紗弥は立ち上がろうとしたが、電話がかかったらしくすぐにポケットのスマートフォンを取り出した。相手先を見た紗弥の表情が一瞬にしてこわばり、すぐに電話を耳に当て英語で答えた。

”Hello, it is Saya. ....Eh? Now? Well... but, but now I have to ...”

 紗弥は何か言いかけたがすぐに沈黙し、通話先の男性の声だけが微かに聞こえた。洩れ聞こえた声だけで、由利子はただならぬ威圧感を覚えた。

”Yes, my lord.”

 紗弥は答えると電話を切った。

「由利子さん、申し訳ありません」紗弥は微かに唇を振るわせて言った。「わたくしは今から緊急にクリスに会いに行かねばなりません」

「え? そんな、今からアメリカとか無茶やろ!」

「教授のお父様より、状況を探ってくるようにとの命を受けました。わたくしは彼の指示には逆らえません」

「なんで? 無茶振りじゃない」

「仕方がありません。そういう契約ですから」

「契約って、そんなブラックな……」

「申し訳ありません、数日ですが、教授のことをよろしくお願いいたします」

 紗弥は、由利子たちに向かって頭を下げると、自分の机の上に置いていたバッグを掴んで研究室から駆け出して行った。

「ちょ、ちょっと、紗弥さん!」

 由利子は後を追ったが、すでに紗弥はすごい勢いで階段を駆け下りていた。由利子はすぐに研究室に戻り、窓から下を確認した。ほどなくして紗弥が姿を現し、どこからともなく現れた黒塗りの車に乗った。車はすぐさま出発した。由利子は何が何だかわからず右手で額を押さえながら、ギルフォードの元に行こうと振り返った。そこに如月が立っていた。

「何が起きたんでっか?」

「私にもさっぱりわからん。とにかくアレクを病院に連れて行かなきゃ。車取ってくるから教授を頼む。電話するからなんとか教授を下まで連れて来て」

 由利子は自分もリュックをひっつかんで背負うと、研究室から駆け出した。


 研究のためにラボに数日籠っていた遥音涼子は、いきなり入ってきた教主が告げたことに驚いて椅子から立ち上がった。

「長兄様、今なんとおっしゃいました?」

 涼子の狼狽を見て、教主は如何にも辛そうな表情で言った。

「君の最愛のお父様が亡くなられたという情報が入ったのです。私も信じられなくて、現地で保安官をしている信徒に確認しました。現地時間の夜、元教え子と心中していたのを発見されたとか」

「も、元教え子? 誰です、それは」

「ええ、驚かないでください。ジュリアス・キングというギルフォード教授のパートナーだった男性です」

「なんですって?」

「私も驚きました。まさかそういうつながりがあるとは」

 教主はさらに声のトーンを落として言った。

「いずれここにお迎えするということでしたのに、残念です。お悔やみ申し上げるとしか-……」

 涼子は力なく椅子に座り込むと、顔を覆って言った。

「しばらく一人にしてください」

「わかりました。あまり力を落とされないよう」

 教主はそう言い残すと、部屋を出て行った。涼子は椅子に座ったまま、腕を組んで両肩を掴みガタガタと震えながらつぶやいた。

「本当に? 本当にご存じなかったの? 本当に偶然起きた事件なの? 長兄様?」

 父を失った悲しみより、言いようのない恐怖が涼子を襲っていた。

 教主はドアの横の壁に寄りかかって、腕を組み、室内の涼子の様子を想像しながら微笑んでいた。

「喜び給え。君の父親はジュリアスと共に、我らが計画の尊い(にえ)となったのだ」

 彼は上機嫌でそういうと、悠々と歩きだしラボを後にした。


 涼子は教主が去ったのを確認すると、そっと部屋を出て姉・ハルネの病室に向かった。

 姉は様々なコードやチューブで多様な機械に繋がれ、なんとか息をしていた。美しかった顔は痩せこけ、薬の副作用で一度抜け落ちた自慢のブルネットの巻き毛は、ようやく生えそろったものの短く刈られており、昔の面影は見る影もなくなっていた。教団に拾われずあのままアメリカの病院にいれば、いずれ父は莫大な医療費を払えなくなり姉はとっくに死んでいただろう。

”ハルネ、父が亡くなったそうよ”

 涼子が姉に語りかけた。

”あなたを植物状態から戻すために、私は長兄様にすがった。そしてあなたを元に戻す研究の傍ら、長兄様に命じられ、あなたをこんな風にしたウイルス、米軍がコードネーム『タナトス』、通称Tと命名したウイルスをさらに研究して、出来るだけ副反応の出ないワクチンや抗ウイルス薬の研究をしたの。だけど、それは却ってさらに強力なウイルスを作ることとなってしまったの。そして、長兄様はそれを利用して世界浄化計画の構想を練り上げた。冷戦後平和になるどころか、緊張感は増す一方であり核戦争の脅威は去っておらず、また、そうでなくとも不完全な原子力発電所がいつかまたシビアアクシデントを起こすのは時間の問題だと。そんなことで地球が汚染される前に、他の生物に影響のないウイルスで人類を間引いてしまおう、と。世の中に絶望していた私はそれに賛同した。でも、今は……”

 涼子はそこでいったん言葉を切って、深いため息をついた。

”自分が恐ろしい……。

 理由はわからないけど、父は多分この計画の一環として殺されてしまったんだと思う。でも、長兄様を裏切るということは、あなたを見捨てることになる。私はどうしたらいいかわからない”  

 涼子はそこまで言うと、しばらく黙って姉のそばに座っていた。十数分後、涼子は立ち上がって言った。

”ハルネ、ごめんね。こんなことあなたに言うつもりなんてなかったのに……。でも、誰かに懺悔したくてたまらなくなって……。でも大丈夫、あなたを見捨てるようなことはしないからね。また来るね”

 涼子はハルネの額に軽くキスをすると、病室を出てた。すると、突き当りにある特別室から女の叫び声がして、それに交じって何人かのなだめすかす声がした。 

(また、教母さまが長兄様を呼んでおられるのね)

 涼子は、哀れみと侮蔑の入り混じった目で声のする方を一瞥すると、その場を後にした。涼子は気づかなかった。植物状態のはずである姉が涙を流していることを。


 F空港に着いた紗弥は、空港警察の職員に小型旅客機まで案内された。ギルフォード家の経営するGSE(ギルフォード・セキュリティ・エンタープライズ)が手配した特別機だった。席に案内され座ったが、どうも落ち着かないし、倒れたギルフォードのことが気になって仕方がない。そもそも、自分が事件の調査に行ったところでどうなるとも思えない。紗弥は自分も心痛で倒れそうな気分であった。そんな彼女のそばで聞き覚えのある声がした。

「大丈夫か? 今にも死にそうな顔色をしているぜ?」

 驚いて声の方を見ると、そこには長沼間が立っていた。

「長沼間さん! どうしてここへ?」

「キング先生には県警(ウチ)もかなり世話になったからな、代表して弔問に行って来いってお偉いさんに言われたのでね。ついでにサイキウイルス事件との関りを調べてこいってさ。そっちが目的なのは見え見えだがね。まあそれで、ギルフォード家のご厚意とやらでこの特別機に文字通り便乗させていただくことになったわけだ」

「そうですか」

 紗弥は長沼間の説明にそっけなく答えた。

「なんだ、心在らずだな。横に座っていいか?」

「ええ」

「ありがとう。助かったよ」長沼間は、紗弥の横に座ると言った。「どうも、一人で行くのは気が進まなくてね。英語の方はどうにかなるが、あの国はどうも好きになれなくてな。出来たら一生行きたくなかったんだが」

「好きになれない?」

「非戦闘員に対して二度も核実験しやがった上に、そいつを正当化してやがるような国だからさ」

「そうですわね」

 紗弥は同意はしたものの、また黙りこくってしまった。仕方がないので長沼間は話しかけるのを止めて、買ってきた新聞を読むことにした。

 機は間もなく動き出し、離陸した。ふわっと体が浮く感覚。そして、上昇するに従って襲ってくる耳の変調。

「うーっ、どうもこれには慣れねぇな」

 長沼間はそう言いながら紗弥の方を見た。しかし、紗弥は思いつめたような表情でじっと座っている。彼女の視線の先にある膝の上で組んだ手は、微かに震え指の関節が白く見えるほど握りしめている。

「アレクサンダーのことが心配なんだろ。大丈夫さ。発熱したらしいがそうなれば、決まりで最低一週間は感対センターに隔離されることになるだろう。その間はあいつの身辺もセンター警備の警察官により守られる。篠原のほうも、葛西や俺の部下が守るから心配ない」

 紗弥は無言のまま苦しそうな表情をした。長沼間は紗弥の肩に軽く手を置いて言った。

「アレクサンダー……あいつは今までも乗り越えてきたんだ。今度だってきっと立ち直ってくれる」

「いい加減なことを言わないでくださいませ!」

 紗弥は長沼間の手を振り払いながら声を荒げて言った。長沼間は驚いた。紗弥がこんなに感情を表せて見せたのが初めてだったからだ。

「申し訳ありません」紗弥はすぐに自分を取り戻して謝った。

「でも、今度ばかりはダメージが大きすぎます。ああ、わたくし……わたくしがジュリアスと会わせたりさえしなければ……」

「おまえさん、そんなことをずっと気に病んでいたのか?」

「そんなことじゃありません!」

「おまえさんのせいじゃない」

 長沼間は真剣な目をして言った。静かだが力強い声だった。

「いいえ、わたくしが……」

「いいから聞け」長沼間が遮って言った。

「俺もな、妹がサリンテロに巻き込まれた挙句、自殺しちまった時には自分を呪ったさ。なにせ、俺はテロを防ぐ立場にいたんだからな。それで自暴自棄になりかけた。仕事も辞めようかと考えた。サリンテロのことなんてもう考えたくなかった。だが、そんなことで本当に妹は喜ぶのか。『自分のせい』で終わらせて現実から逃げるのは簡単だ。俺がやることは、二度と同じことを繰り返さないことじゃないのか。だから俺は職場に戻った」

 紗弥は相変わらず黙って下を向いていた。

「ところが、派遣された先でこのザマだよ。止めるどころか相変わらずに後手後手だ」

 長沼間は軽くため息をつくと言った。

「だが、俺は諦めちゃいない。なんとか踏ん張ってこれ以上災禍を広げないようにしなければならん。だから、鷹峰ちゃん、今は落ち込むのはよそうや」

 紗弥はやはり下を向いて自分の手を見つめている。長沼間は肩をすくめて言った。

「とりあえず、横になって休めよ。着いてからが大変だからな。あちらで倒れるようなことになったらカッコ悪いだろ?」

「はい」

 紗弥は素直に言うと、備え付けの毛布を被って椅子の背を倒し横になった。

「不安なら手を握ってやるぞ」

「けっこうです」

 即答が帰ってきて、長沼間は苦笑いをした。


 長沼間が言ったように、ギルフォードは念のために隔離されることになった。ただし、熱が引き、感染の恐れがないことが判れば4・5日で隔離室からは出られるということだった。

 由利子はギルフォードの病室の窓の前に座って、彼の様子を見守っていると、高柳が来て椅子を持ってくると横に座った。

「高柳先生」

「すまない。ギルフォード君を見失ってしまった、うちの手落ちだ。ちゃんと彼を見張っていれば、こんなことにはならなかった」

「いえ、あの状態なら結局こうなったと思います」

「それでも、やはりうちの大失態には違いないよ。面目ない」

 高柳は改めて頭を下げた。

「もう、気にしないでください。それより……」由利子はずっと気になっていたことを聞くことにした。「さっき聞きそびれた、レヴニングとかいう人のことなのですが……」

「そうだった、話そうとした時にギルフォード君がいなくなったのだったな」

「そうです」

「彼のフルネームはエライアス・ベネディクトス・レヴニング。ギルフォード君とキング君の恩師だった男だ」

 高柳は、レヴニングについて知り得る限りのことを由利子に教えた。

「その人が論文で、『新型ラッサ熱』が実は新種のウイルスであり、それを米軍が隠蔽しているということを指摘したんですね」

「そうだ。しかし、陰謀論者として彼は表舞台から姿を消してしまった。だが隠遁生活をしながらウイルスの研究は続けていたのだろう。娘が二人いたらしいが、いすれも行方不明らしい。私が知っているのはそれくらいだ。あとは現場からの報告を待つしかない」

「ジュリーが死んでしまったなんて、まだ信じられません。明日には帰って来るって言ったのに」

「私だって信じがたいよ。レヴニングなんかに会いに行かなければ、こんなことには……」

「ジュリーはS-hfウイルスと『新型ラッサ熱ウイルス』が同じものではないかと疑っていたのでしょうか?」

「いずれにしろ、『新型ラッサ熱ウイルス』の検体がでてこない限り仮説の範疇を超えないからなあ」

 そう言いながら、高柳は両手で頭をぐしゃぐしゃと掻き乱した。由利子は実際に金田一耕助のような仕草をする男性を初めて見たので、目を丸くした。高柳はそれに気づいて、手櫛で髪を整えながらばつの悪そうに言った。

「すまんね。妻から人前でやるなと再三言われているんだがね、苛々したりするとついね」

「イライラ?」

「ギルフォード君にでもお兄さんにでも相談してくれればこんなことには……」

 感情が高まったのか、高柳の言葉が途絶えた。

「私にもレィヴニンという人からアドバイスをもらってくるとしか言いませんでした」

「レィヴニンか。彼独特の発音だな」

「きっと、恩師を信じていたのだと思います。疑いはあったかもしれないけど、きっと力になってくれるって思っていたんです。でも、確証がないからはっきりするまで詳しいことを言わなかったのだと思います」

「そんなところだろうね」

「そうです。そんなヤツなんです、ジュリーは!」

 由利子は悲しさで胸が潰れそうになったが、やはり涙は出てこなかった。


 ジュリアスの訃報は葛西にも届いていた。

 葛西は引き続き九木と聞き込みをしていたが、一段落して署に戻ろうかという時に、葛西の電話にジュリアスが死亡したという連絡が入った。葛西は呆然として電話を切ったが、何と応対したかすら覚えていなかった。

「嘘だろ、ジュリー……」

「何があった、葛西君」

「嘘だ……。何かの間違いだ……。僕は信じない!」

 葛西は二・三歩よろけると、街中に関わらず顔を覆って座り込んだ。九木は驚いて片膝をつき葛西の左肩を掴むと問うた。

「葛西君、何があった?」

 しかし、葛西は首を左右に振りながら震えて何も言えない状態だった。九木は葛西の両肩を掴んで大声ではないが厳しい声で言った。

「しっかりしろ、葛西! 立場をわきまえろ! とにかく立て!」

 葛西はふらつきながらも上官命令で反射的に立ち上がった。

「君の職業は何だ?」

 葛西はハッとして姿勢を整えた。

「何があった!?」

「ジュリーが、いえ、キング先生がアメリカで遺体で発見されたと……」

「なんだって?」

 想像もしていなかった答えに九木すらも驚愕を隠せなかった。葛西はうろたえたまま、どうしてよいかわからない状態だった。

「葛西君、とにかく車に戻ろう。署に戻ってから情報を収集しよう」

 九木は葛西の背を押すと、先に歩き出した。葛西はその後に続いた。


 テレビは昨日のH駅自爆事件で持ち切りだった。爆発の瞬間を捉えた視聴者提供の動画が、あらゆる角度からの爆発をテレビ画面に映し出した。それは、ニュースやワイドショーで繰り返し流れた。黒岩の撮った犯人の映像も繰り返し流された。被害者が死の直前にそれを撮ったということで、遺族である娘や義両親がマスコミに追いかけられマイクを向けられた。防護服を着た自衛隊員が駅を消毒するために駆けつけた姿や、走り回る防護服の警察官の姿が放映され、この爆破事件が通常のものと違うことを示した。ワイドショーなどのコメンテーターには、サリンテロ事件を思い出すとコメントする者が少なくなかった。

 隔離病棟で同室に入った富田林と増岡は、テレビの前にいすを並べてみていた。感染の疑いのみで発症していない二人は、レベル2の病室でそこには一六インチ程度のテレビが設置してあった。

「まさか、隔離患者の立場でこんな映像を見ることになるとは思わなかったぞ」

 富田林が自前の団扇で激しく自分を仰ぎながら言った。

「しかし、もどかしいもんだな。俺たちも早く復帰して最前線でがんばりたいもんだ。……あ、おい、あれは俺たちじゃないか? 見ろよ、増岡」

 富田林は画面を指さして興奮気味に言ったが、増岡からは返事がなかった。違和感を感じて増岡の方を見た富田林は驚いた。

「増岡、おい増岡!!」

 増岡は痙攣をおこして傍のベッドに倒れ込んでいた。富田林は驚いて駆け寄った。

「トンさん、僕に触らないで、離れてください」

「お、おい!」

「来るな!!」

 増岡は苦しい息のなかで出来るだけ大声を出して制した。

「お願いです、近寄らないでください。考えたくなかったけど、発症したみたいです。先生を、呼んでください」

「わかった、待ってろよ!」

 富田林は一瞬固まったが、急いでナースコールを手に取った。

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