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朝焼色の悪魔-第4部-  作者: 黒木 燐
第4章 翻弄
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【幕間】その朝

 祐一はテレビを食い入るように見ていた。

 早朝、良夫と彩夏双方の時間差電話攻撃で叩き起こされ、中止になったはずの祭りの行事が始まっていると知らされた。急いで居間に駆け下りてテレビをつけると、画面に異様な光景が映し出された。霧雨のそぼ降る中、沿道に蝋燭やペンライトを持つ人の光の帯が並ぶ中を水法被を着た男たちが黙々と歩いている。彼らの担ぐ山も、いつもの勇壮さはなく菊の花に縁どられている。祐一はそれを見ながら怒りと悲しみと虚しさの入り混じった感情があふれて来るのを感じた。

「祐一、せっかくの休日なのにこんな朝早くから何見よおと?」

 物音に気付いて起きてきた母親の真理子が、居間で食い入るようにテレビを見ている息子に不審そうに聞いた。

「母さん、追い山があってる……。いや、全然追ってないけど、歩いているけど……」

「え?」

 真理子は祐一の要領を得ない回答に戸惑ったが、テレビの映像を見て意味を理解した。

「まあ、なんてこと。まるで……」

 真理子はその後の「葬列ね」という言葉を飲み込んだ。彼女はそのあと無言のまま祐一の傍にならんで座った。

「昨日、みんなで会った時、学校が休みだから早起きして見に行こうかって話もしてたんだ……」

「そっか」

「なんやろう。この気持。悲しくって辛くってムカついて、なんか支離滅裂なんだ。本当は今にも叫びそうなんだ」

「祐一……」

 真理子はかなり混乱しているらしい息子にどう接していいかわからなかった。真理子は、かしこまり自分の両膝をわしづかみにして感情を押えている息子の手にそっと手を伸ばして上に重ねた。そして妙に冷静に言った。

「あんたが取り乱す理由はよおくわかるよ。でも、子供のあんたにはどうしようもないことやろ。無茶は絶対にしたらいかんよ」

「うん、わかっとお。もう母さんたちには心配かけんって誓ったけん」

 祐一はきっぱりとした口調でそう言ったが、目は画面から逸らそうとはしなかった。その目から涙が一筋すぅーっと流れていった。


 川中幸子はテレビのニュースを食い入るように見ていた。

 彼女はC市からF市内の女子高に通う17歳の少女だ。テレビの前から動かない娘に、母親がしびれを切らして言った。

「幸子、いいかげんごはん食べなさい。遅刻するわよ」

「ちょっと待って。もうじき昨日の爆破事件の犯人って映像が流れるんだよ」

「昨日の事件は気になることだけど、そんなの見てたら本当に遅れちゃうでしょ」

「だって、こいつのせいで追い山無くなっちゃったんだよ。ほんとなら希美ちゃんたちと見に行く予定だったのに」

「お母さんはむしろほっとしてるわよ。もし追い山の最中にやられてあんたらが巻き込まれてたらって思ったらぞっとするわ」

「嫌なこと言わないでよ、もう」

 幸子は母親の言葉からその光景を想像して少し怖くなってしまった。

「きっと今夜のニュースで特集が組まれて嫌という程そいつの顔が見られるから、取り敢えずさっさと食べてちょうだい。片付かないでしょ。(トオル)はもうすぐ食べ終わるっていうのに」

「はーい」

 幸子はしぶしぶ食卓に向かい自分の席に腰かけた。

「やーい、怒られてやんの」

「うるさい。暇な小学生は寝てな!」

 小学校六年の弟にからかわれて、幸子は腰かけざまに弟の頭をはたいた。

「そもそもあんた、祝日なのに何早起きしてんのよ」

「姉ちゃんのせいで起こされたんだよ! 一緒に朝ごはん食べろって。そもそも姉ちゃん、なんで祝日にガッコ行ってんだよ!」

 澄が姉の口調を真似て言った。

「受験生には祝日などないのだ」

 幸子が少し不満そうな表情で言った。

 

 美波美咲は中止された追い山の代わりに行われた行進の取材が終わって取材車の中でコンビニのコーヒーを飲みながら一息ついていた。

「ぅま~。頭がスッキリするわ~」

 美波はそう言いながら窓の外を何の気なしに見た。すると、道路向かいの歩道の人ごみの中に見たことのあるような女性がいたような気がした。あれっと思ってその方向をよく見直した。美波にはそれが誰かすぐにわかった。

「極美だっ! あの女いったい何しに!」

「そりゃあ、取材しに来てるんでしょうが」

 すかさず小倉が言ったが美波はコーヒーを彼に渡すとドアを開けて飛び出そうとした。咄嗟に赤間が彼女の手を掴んで言った。

「もうほっとけって。あんなの追っかけるより、そろそろニュースの時間だぜ。見んといかんやろ」

「あ、そうだった。でも気になるなあ……」

 赤間に言われて思いとどまったが、美波は悔しそうな表情で極美の方を見ていた。極美もニュースのチェックをするのか、植樹帯のブロックに腰かけてスマートフォンを見始めた。

「あー、なんか腹立つ~。やっぱり一言言ってくる!」

 美波はそういうとさっさと車から降りて行った。小倉がため息をつきながら言った。

「あ~あ、ニュース始まったのに行っちゃったよ」

「あーなったら仕方ないさ。とりあえず俺たちだけで見ておこう。昨日の爆破事件の捜査に進展があったって話だ」

「なんだって!?」

「とにかく見ようや」

 二人は車載テレビを覗き込んだ。昨日のH駅爆破事件はやはりトップニュースだった。

 美波は人を避けながら足早に極美の方に向かっていた。思ったより距離がある。しかも道路を渡らねばならなかった。すでにけっこうな交通量があるので横断歩道を渡らねばならない。美波は信号に足止めされてイラついていた。その間美波は極美の様子をずっと伺っていたが、スマホの画面を見る極美の取り澄ましたような表情が驚愕に変わったことに気が付いた。極美は立ち上がって少しよろけながらも何かから逃げるように走り去って行った。

「あ、ばか、こら、行くな!」

 美波は信号が変わるのを待たずに道路を渡ろうとしたが、その手を誰かがまた掴んだ。

「何すんのよ! って、今度はアンタか」

「まだ信号は赤だぞ」

「オグちゃん邪魔しないでよ」

「いいからこっちにこい。とにかこくれを見ろ!」

「え? だって……」

「もうあいつ逃げちまっただろーが。とにかくこれを見ろって」

 小倉は美波の手を掴んで強引にひっぱり、人の波から外れ近くにあったコンビニの前に連れて行くと、手にしたタブレットを見せた。美波は目の前に出されたニュース映像を見た。それには黒岩が撮っていたらしい犯人の映像が繰り返し流されていた。遠景を切り取って拡大したもののようでよくわかりにくいが、美波にはそれが誰かすぐに判った。

「こ、これは……!」

「間違いないんだね」 

 タブレットの画面には、電車で美波を暴漢から救ってくれた男の映像が映っていた。

「何よ、これ……、うそやろ、悪い冗談……」

「信じられないけど、これが警察の発表した自爆犯の映像なんだ。名前は古河(ふるかわ)(いさみ)と報道されている」

「……なんか平凡な名前ね」

「感想はそれかよ。とにかく車に戻ろうぜ。多分デスクから連絡があるって」

「そうか、極美もこれを見たんだ。だからあんなにうろたえて……」

「やっぱ、ヤバいよ、あの女も」

「くっそー、せっかく捕まえるチャンスだったのに」

「だーかーらーやめとけって。とにかく戻ろうぜ」

 小倉は逃げた極美にこだわる美波を引っ張って車に戻った。すると、赤間が運転席で怒鳴った。

「おい、デスクが取材の続きは後回しにしてすぐに戻って来いってよ」

「は、早っ!」

 美波と小倉は同時に言うと、焦って車に乗り込んだ。


 幸子は駅に着くと女性専用車両の止まる位置の上りホームに急いだ。母の言うとおり、やはり時間がなくなりかなり走る羽目になってしまったのだ。途中、クラスメートの藤田希美と会ったが、いつも一緒に女性専用車両に乗っていたのに、反対方向に向かっている。

「あれ、希美ってばどこ行くの」

「ありゃぁ、さっちゃん、おはよ」

「あ、おはよう」

「実はねえ、今日から上田君と一緒に通うことになったんだー」

「へ?」

「あー急がんと急行電車出ちゃう。後で説明するねー、じゃあ~」

 そう言うと、希美は駈け出した。その先では上田少年が手を振っていた。

「いったい何事?」

 幸子は何が何だかわからずに一瞬ぼやっとしたが、発車メロディの音で気付いて目当ての車両に走った。ギリギリ飛び乗って気づいた。

(今日は女性専用車両はないんだった!)

 女性専用車両は平日の朝だけだったのを忘れていた。

(どの車両でも良かったやん! こんなことなら希美と一緒に乗ってお邪魔虫してやれば良かった!)

 幸子が不毛なことを考えている間に、電車はゆっくりと走り出した。

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