人間を愛する種族
その後、愛倫が
マフィアの屋敷に戻ると、
大親分をはじめ、若頭、
三下に至るまで全員が
既に精気を吸われ
ノックアウトされた後だった。
もちろん全員死んではおらず、
サキュバスの娘達の通常からすれば
かなり控えめな方でもある。
娘達はすっかりご満悦の様子。
その場に倒れている人間全員の
直近数時間の記憶を
消して回る愛倫。
これで今回の件は、
なかったことになってくれれば
愛倫的にはもっとも望ましい。
「なんで、あたしだけが、
こんな目に合うのかねぇ
今晩、慎さんの寝込みでも
襲ってやろうかね、まったく」
愛倫からすれば
愚痴の一つも言いたくなるというものだ。
-
数週間後、
その移民局の守屋慎之介が
喫茶『カミスギ』を訪れ
ソードマスターに関して報告をした。
「愛倫さんが
推挙してくださった甲斐あって、
対異世界人特殊強行班の協力者として
ソードマスターさんが認定されました」
愛倫は以前打診があった
密入国者捜査への協力者として、
自分の代わりに
ソードマスターを推薦していたのだ。
おそらく今後日本で
最もキナ臭いことが起こり得る、
ソードマスターが望んでいる戦場に
一番近い場所になるかもしれない、
その最前線。
それを早期に予想した日本政府もまた
対異世界人特殊強行班なる
大掛かりな部署を新設している。
しかしそれは愛倫からすれば、
心中複雑なものでもあった。
異世界からの密入国者や
移民者達の犯罪が増えれば、
真っ当な移民者への風当たりも
強くなって行くだろう。
自分達が人間と良好な関係を
築こうと努力し続けても、
人間達の反感は
強まって行くばかりなのかもしれない。
そして今はまだ密入国者でしかないが、
もしこの先彼等が侵略者となることがあれば、
元の世界の住人同士が
この人間の世界で対立し
互いに戦い殺し合う、
そんな日がいずれやって来るかもしれない、
などと考え出すともはやキリがない。
-
移民はまだはじまったばかりだが、
ソードマスターに限らず、
異世界から移民して来た者達の大半は
新しい環境に馴染めず、
不安や焦燥感、孤独等を
何かしら少なからず抱えている。
人間にその気はなくても
差別や迫害を受け、
除け者にされていると感じる
異世界の者達も多勢いるに違いない。
そうしたことをきっかけに
裏社会やダークサイドに
堕ちて行く者達もいるだろう、
愛倫はそれを最も懸念していた。
何の問題もなく
こちらの世界に馴染んでいるのは
サキュバスぐらいのもの
なのかもしれない。
サキュバスはおそらく
人間が居る世界であれば
何処ででもすぐに馴染めるだろう、
愛倫はそう信じている。
愛倫には一つの確信があった。
何故サキュバスは
基本的に人間からしか
精気を得ようとしないのか?
異世界にあれだけの種族がいながら、
サキュバスが精気を吸うのは
人間に限られている、
そこに理由があると考えるのは
自然の成り行きでもあろう。
そこから考えて愛倫が
導き出した結論。
――サキュバスという種族は
――人間という種族を愛している
――魂に刻み込まれているレベルで
愛倫が人間との共生を願う
その根底にはこの愛倫なりの理屈がある。
いわゆる人間の屑に思えるような者達の
腐った魂が美味と感じられるのも、
こちらの人間の親が言うところの
ダメな子程可愛いと言う心情に近いのだろう、
などと勝手に想像したりもする。
人間の存在なくしては
サキュバスもまた
存在することが出来ない、
それが愛倫の信じる真理。
そしてそれはおそらく
神も悪魔も同様な筈……
それが千年の時を経て
愛倫が辿り着いた境地。
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移民局の慎之介は
現在起こっている摩訶不思議な現象を
愛倫に相談してみる。
パートナーとしての二人の活動は
まだはじまったばかりだ。
「最近、路上で突然死する人が
多発していまして、
あまりにも不自然なので
何か原因があるのではないかと……」
頷きながら詳細を聞く愛倫。
「そうだね、また
ニンジャマスターに調べてもらった方が
いいかもしれないね」
愛倫がそう言うと
地下であるにも関わらず
天井から声がする。
「拙者なら、もうすでに
ここに居るでござるよ」
今回もまた天井にある
換気口の格子を外して
狭い穴からぬるっと降りてくる
ニンジャマスター。
愛倫と慎之介のバディには
新しい助っ人が一人増えていた。
「こんなこともあろうかと、
ずっと天井で待機させて
もらっていたでござる」
「いや、だから、毎回言うけど、
お願いだから入り口から
入って来ておくれよっ」




