剣の舞
両の手に持つ大太刀を
天高く頭上に掲げる愛倫。
そこからゆっくりと
左右に半円を描くように
二刀の剣を降ろして行く。
――円月殺法
本来は相手の焦りを誘って
敵が動いたところを切り捨てる
カウンター技であるが、
愛倫の場合はそれ自体が
幻惑術のようなものであった。
ただでさえ
手足の長い愛倫が
両手に持つ長刀は
一メートルを超える、
おそらく射程距離は
二メートル半以上になるだろう。
その左右の手に持つ剣が
真横に広がった時
切っ先と切っ先の間、
その距離は五メートル近くにも達する。
常人であればこの近距離で
約五メートル離れた二つの切っ先を
一つの視界に収めることは
まず出来ない。
愛倫から
発せらるオーラと相まって
その威圧感は並大抵のものではなく、
さらには愛倫から流れるオーラが
剣の残像であるかの如く
ソードマスターの目には映り
心的圧力を増して行く。
通常の剣士であれば、
このプレッシャーに追い込まれ
先に仕掛けることは必定。
とはいえ仮にも
ソードマスターの名を冠する者、
数多の修羅場を
くぐり抜けて来た彼の胆力もまた
並大抵のものではない。
-
静かなる立ち上がりから一転して、
愛倫は動いた。
電光石火、その瞬発力で
一気に間合いを詰め
跳躍すると
宙で体を捻らせ
回転しながら
ソードマスターの頭上目掛け
右の太刀で一撃目を放つ。
これを紙一重でかわすソードマスター、
しかしそこには
回転している愛倫の左手にある刀剣、
二撃目の追い撃ち。
これを刀で受け止め
防ぐソードマスター。
力で跳ね返すと、
そのまま返す刀で一閃。
愛倫はこれを
後ろに飛び
寸でのところでかわすが、
ライダースーツの脇腹付近にかすり、
愛倫の白い肌が露出する。
「さすがは
ソードマスターを名乗るだけはあるね」
-
高速で刃と刃が交差する度に
火花が飛び散る。
互いに相手の打った刀を
自分の刀で受け止め、押し合う、
そんな鍔迫り合いが
幾度となく繰り返される。
疾風怒濤の如く駆け、
跳躍し、宙を舞う
愛倫の戦いぶりは、
剣を持って舞踊る
剣の舞のようでもあった。
時代劇が好きと言っていた割には
正統派な剣術らしさは微塵もない。
だがそれ故に、初動だけでは
その攻撃を予測するのは不可能に近く、
いつどこから二つの切っ先が
飛び出して来るかはわからない。
ソードマスターも
ここまでは防戦一方。
その剣は愛倫の魂で
つくったというだけあって、
剣の重さをほとんど感じないが、
その代わりに尋常ではなく速い。
これだけの大太刀二口が
これ程までに軽々と
次々に繰り出されるということは
通常であればまず有り得ない。
剣というよりは
二本の鞭を操っているのに近い。
魂を斬る『斬魂刀』において
外傷の重篤度は問題ではなく、
射程と速度に特化した剣と考えれば
理には適っている。
これならば、剣を使うことに
拘る必要もないのであろうが、
剣でソードマスターに勝ってこそ
伝わるものがある筈、
そこは愛倫のこだわりでもあった。
-
二人の真剣勝負は、
その後も一進一退の攻防が続いた。
刃を交えて押し合う、
鍔迫り合い、
その最中
ソードマスターは左足を上げ
愛倫の体を突き飛ばした。
後ろによろめき片膝を着く愛倫、
ここぞとばかりに振り下ろされる
ソードマスターの剣、
これを愛倫は
前につんのめるように出てかわし、
そのままソードマスターの顔面に
頭突きをくらわせる。
不意の攻撃に
後ろへ数歩後ずさるソードマスター、
そこで一瞬動きが止まる。
「なんだい?」
ここまでの真剣勝負で消耗し、
息が乱れはじめている愛倫は
その間に呼吸を整えた。
「いや、その美しい顔を
攻撃に使うとは思いもよりませんなんだ」
意外なその言葉に
思わず鼻で笑う愛倫。
「へぇ、あんた
そんな気の利いたことも言えるんだねぇ
もっと堅物なのかと思ってたよ」
ソードマスターもまた
乱れた呼吸を整えている。
「しかし、驚きましたな
愛倫殿が剣の勝負で
某と対等に渡り合われるとは……」
予想以上の愛倫の善戦に
ソードマスターも
戸惑いの色を隠せない。
「なぁに、千年も生きてると、
時間を持て余して
退屈で仕方ないからね、
大概のことは一通り
やってみたことがあるのさ」




