5-5.原因
にわかには信じたくない言い草だった。
「なんだと……?」
「ヴィンちゃんも気がついていたでしょ。こっちとこの人たち、なんだか違うなって。いや――違いすぎるなって」
「…………、」
たしかに、言われてみれば。
昨日、しつこい視線を感じ、それの原因をなすりつけあっていた二人だったが――そもそも。
なぜそこまで露骨に注目されていたのか。
自分たちとは何かが違うものを見た、ということにしたってせいぜい二度見するくらいだろう。結局、珍しい色をした種族の同じ個体でしかないのだから。
それなのに、まるで、違う新種の生物でも見るような視線をくれていたような――?
「そうだね。たぶん根本的にこの世界に溢れてる存在たちとは異なってるようなんだよね。姿形も、本来こんなふうに生まれるものじゃないんだよね」
「貴様……知っているように物事を言うが、突然変異だとか、そういうことじゃないのか?」
「とんでもない。だって考えてもみなよヴィンちゃん。この世界に突然変異って起こると思う?」
言われてみると、ぐぅの音も出なかった。
完璧と完全なこの世界で、突然変異などという得体の知れない異常が生まれるはずがない。そして、それが許されるはずがない。
しかし――そうなると。
「……そ。推測で物を言わせてもらうけれど、きっとこっちたちはまるまま違う存在なんだよ。それなら合点がいく。この違いすぎる容姿も、ヴィンちゃんの頭のそれもね」
トントン、とこめかみのあたりを叩くコア。
それが何を指すものかがわかってしまったヴィンフォースは思わず立ち上がった。
今にも殺しかかろうという雰囲気だった。
「貴様……知ったような口を聞くな。全く知らないくせをして」
「知ってるよ。ヴィンちゃんのことならね。いや、この言い方は違うかな」
それでもコアは全く身構えることもなく、ただ視線を上にあげてヴィンフォースを見ただけだった。
「この世界のことなら――だね」
「…………、貴様はいったい、なんなんだ?」
ここまでいとも簡単に言われてしまうと、いくらヴィンフォースであってもこう聞く以外の選択肢がなかった。
あまりにも、超絶している。
超越していて絶対的である。
その態度は気味が悪いの限度を超えていた。そろそろ畏怖の対象とさえなろうとしていた。
果たして、彼女と会ったのが幸か不幸かどちらなのかは、未だヴィンフォースにも測りかねた。
ともかく彼女は笑って、
「別に、なんということもないよね。言うとすれば、ヴィンちゃんと同じ、生まれたばかりの赤ん坊かな」
「ふざけるな。とぼけるな。真実を言え。ここまで来て誤魔化せると思うなよ」
鋭い、見るものを凍りつかせてしまうような剣幕でヴィンフォースは尋ねた。……残念ながら、凍りつくようなものは周囲にはいなかったが。
コアは「やれやれ」と首をゆるりと振って、困ったような笑みを浮かべた。
「そんなこと言われてもねえ。それじゃあ逆に聞くけど、ヴィンちゃんこそいったいなんなのかな?」
答える代わりに、逆に尋ねた。
「それは」
ヴィンフォースはパッと答えることができなかった。
自分のことなのに、自分が一番よくわかっているはずなのに、ハッキリとは理解していない。
つい先ほどまで、世界に溢れる有象無象と同じ存在だと思っていた。だがそれはたった今コアの一言によって打ち消された。
それなら、何か。
自分がなんなのか、知らない。
知れない。知りたくもない。碌でもないものに決まっている。
しかしながら、ハッキリとわかっていることが、わかってしまっていることが一つある。
馬鹿げたように設定された、この使命が――
「……普通の、天使だよ」
「はは、なるほどねえ、今はそういうことにしておこうか。自分でも自分がなんなのか、わかっていないみたいだしね」
「それは貴様もそうだっただろう」
「いや、知ってるよ。自分が何者かも。あった過去も、あるべき未来もね。むしろわざわざ知識に蓋を閉じてるくらいだよ」
「ふん、言うだけならばなんでもできる」
「うーん、まあ別に、知ったふうに言って実は何も知らないやつっていう認識でも困りはしないけれどね――それじゃあ一つ、ヴィンちゃんを紐解いてみようか?」
あまり大したこともなさそうに、コアはヴィンフォースを窺った。
が、その顔色を窺うわけでもなく、そのまま発言する。
「ヴィンちゃん、今飢えてるよね? ほら、食料的なことを言っているんじゃなくさ。もっと概念的な、ともすればおぞましい意味で。この場合、いっそ言ってしまった方が信じてくれるかな。そう。ヴィンちゃんは仕方がないはずだよ。こんなことになるんだったらなぜ自分が――」
「やめろ」
遮る形でヴィンフォースは言った。
コアはその命令に隠れる弱々しいものを感じ取り、開いた口を自分で閉じた。
「……はは。やっぱり存在自体は純粋なんだよね。うん、とても純粋だ。いくら異形であると言っても。異端だとしてもね。これはヴィンちゃんのことだけを言ってるんじゃなくて、こっちのことも指してるよ。つまるところ、根幹が至ってシンプルなんだよね。……で、これからどうする?」
「どうする、とは?」
「ええっと、原因がどうあれ、もうここには誰もいないわけじゃない。だからこっちも旅を再開するわけなんだけど。ヴィンちゃん、一緒に来る? これから身の回りでこういうこと、起こっちゃいそうな気がするけれど」
どこかヴィンフォースを案じるような声音だった。
完璧な心配口調。
コアの場合、これが演技である可能性が限りなく高いどころか、十中八九そうなのだが、そう思うとゾッとするものがあった。
「ふん」
だがそんなことでヴィンフォースは物怖じしない。
ここまで全知全能そうな怪物を至って平気な態度で跳ね返す。
「……どうせ、貴様には起こる気がするどころか、確定していることなのだろう?」
「まあね。その原因がこっちにあるのかヴィンちゃんの方にあるのか、はたまた両方なのかは知りかねるけど、まあ、確認として聞いたんだよね。どうするの、ヴィンちゃんとこっちが別れれば、事態は収まるかもしれないよ?」
「いいや」
黒の天使は答えた。
「目的地は一緒だろう。それならば図らずとも同行することになる。それに、そういった疑いがわたしたちにかけられた場合、わたしたちは互いに罪をなすりつけることができるからな」
「あは、優しいんだね。その善良さ、見習いたいくらいだよ」
「罪をなすりつけ合うと言っているのに、どこが優しいんだか……」
「でもいいの、ヴィンちゃん。未だ不安定であるヴィンちゃんにとって中心部に行くのは重要なことなんだろうけれど、それは必ずしもいい結果が待ってるってわけじゃないよ。むしろ、悪い結果に終わるかもしれない。それでも、そんな険しいことがわかっていても、ヴィンちゃんは行くの?」
「当たり前だ」
即答だった。
迷いのない、気持ちのいい返答だった。
どちらに傾いたとしても構わないという意志が表れていた。
「結果がどうあれ、わたしはそれを受け止めるだけだ。むしろ、それがスタートと言っても差し支えない。最も愚かなことは、結果までたどり着こうとせずに足踏みをして無為に生きることだからな」
「ひゅう、格好いいこと言うねえ」
「たわけ」
「いやあ茶化してるんじゃなくて、本気でね――ふむふむ。実に心に沁みる言葉だよ。……特に、こっちにとってはね」
最後にコアは呟いたが、ヴィンフォースには聞こえなかった。
無為な時間。
「……ふむ」
とすれば自分も方針、指針を手に入れねばなるまい――漠然と、コアはそんなことを考えた。
「それじゃ、もうここに留まる意味はないし、行こっか。今日はどこまで行けるかな」
「……やはり、飛んで行った方がいいのではないのか?」
「駄目だよ。こればっかりは譲れないかな。別にヴィンちゃんだけ先に行きたいのならいいんだけどね」
「奇妙な嗜好だな」
「まあね☆」
そうして彼女らは、もう死体の跡もない、何も残らない虚無な空間から足を踏み出したのだった。




