5-6.道程
不思議なことに、街を出るまで、昨日までの賑やかさが嘘のように、外には誰の姿も見当たらなかった。
「活動時間が特殊なのか?」
「案外被害は大きいのかもしれないね」
それを他人事のように考察しながら、歩いていく二人だった。
「ところで、ヴィンちゃん。余談なんだけど、何か力を使えたりする?」
道中、コアがふとこんなことを聞いてきた。
その意図がよくわからなかったヴィンフォースは、頭の上に光の輪を出現させて、
「こういうことか?」
「うん、まあ……そうだね。こっちが言いたかったのは魔術のことだったんだけど。こっちは自分の思い通りになる異空間を作り出せるよ」
コアは足を止めて、ヴィンフォースに見せるように手を天に掲げた。
突如、彼女らのあたりに稲妻が落ちる。
「……っ!」
ヴィンフォースはどうにか対抗しようと動作を取ろうとしたが、その必要はなかった。
彼らの頭上に見えない壁があるかのように、プツリと稲妻の軌跡が途絶えたのだ。
もちろん原因はけろっとしているコアである。
「まあ、こんな感じだね。ちなみにここ、異空間だよ」
「ふうん……外観は変わらないんだな」
「人がいたら移動したってバレちゃうけどね」
「ふむ……貴様が絶対的支配力を持つ領域か。かなり強力だな」
「『絶対領域』――そう呼んでるよ。ではヴィンちゃん、そっちの技も見せてくれないかな」
「強引にもほどがあるだろう。勝手に見せてきて対価を求めるなど。自分の手の内を見せるなどできるか。まだわたしは貴様を信用したわけではない」
「ありま。お堅いことだね――うん、ヴィンちゃんにとってはそれがいいかな」
ふむふむ、とコアは考えているのかないのか、顎に手を添えて微笑む。
「完全に余談だから気にしなくていいよ。ヴィンちゃんのって、あんまり見せない方がいいと思うし」
「……貴様はどこまで知っている?」
何度目になるかわからない問いだが、問い方がいくらか知っていることを認めたニュアンスになっているのは、今までの道のりで多少なりとも痛感したのだろう。
コアという存在の特異性を。
己と同じくらい特殊な存在だと。
コアは大仰に手を振って答えた。
「いやいや、どこまでも何も、知らないよ。知ってるのは知ろうと思ったことだけだよ」
「……それはもう、全知と言えるのではないのか?」
「知ろうと思えばね。でも、たぶんそれを望んだ瞬間に、死へのカウントダウンが始まっちゃうんだよね。この場合、自分で自分を殺しちゃうっていう滑稽なパターンだね」
「なるほど。退屈は敵だからな」
「うん。鋭いね、ヴィンちゃん。察しがよくて助かるよ」
「つまり貴様に全てを知ってもらえば、死ぬのは時間の問題というわけか」
「ずいぶんと過激なことを言うね……」
コアは苦笑いした。唯一の敵であると言える退屈という概念は、コアから微笑みを奪うほどまでに嫌なものらしい。
ヴィンフォースは強者のように思える存在の弱点が垣間見えたので心の中でガッツポーズをして、頭のメモ帳に欠かさず記入した。
退屈が敵、『絶対領域』なる力を有している――と。
「うーん、見た目より案外遠かったねえ」
そんなことをコアは言った。
前方に中心地は窺うことができるのだが、一向に近づいた気にならなかった。
「必ずしも視覚と世界がリンクしてるってことじゃないのかな」
「そんなことを言っていないで、当初の予定を言ったらどうだ。わざとらしいにもほどがあるぞ」
じとっと疑いの目を揺るがさないヴィンフォースに、コアは肩を竦めた。
どうやらもう自分の言葉はそのままに捉えられることはないようだ。
「だいたい、あと二回くらい寝たら着くかな」
「ほら見ろ。全て予定の内ではないか」
「あ、バレた」
「隠す気もないだろうに」
そんな他愛ない会話をしながら歩いていると、あっという間に夜となり、彼女らはまた再び近くの街に寄ろうとしたのだが。
街の外で、彼女らは足を止めた。
どちらからともなく。
さすがに、このまま行けば同じことが起こるだろう。その結論に至るには考えるまでもなかった。
「どうする? 適当な地面で寝る?」
「うむ……また不可解なことが起これば即刻疑われることを思えばそれが最善のように思えるが」
「ははは、果たして疑える人が残るかな」
ほら、現に今朝は誰にも遭遇せずに済んだじゃん――とコアは付け加えた。
「まあ、別にわたしは周囲がどうなろうと知ったことではないがな」
「ダウトー。今朝のことだって少しは心に引っかかってるくせにー」
「はっ、どうだかな。もっとも、やつらは寿命で死んだのだろう?」
「だから、その寿命をこっちが早めたんじゃないかって見解だよ」
「……関係のない話だ」
「今間を置いたね。それじゃあ今日はそんなヴィンちゃんのために野宿と行こうか」
「恩着せがましいぞ」
とにかく今夜の方針が決まった彼女らは眼前に迫る街を迂回し、どこか安眠とまでは行かずとも身体を休ませることができる場所を探した。
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そんな話の途中、静かに聞き役に徹していたレンが少し口を挟んだ。
「……なあ。これ、何?」
「何とは?」
「いや、この話だよ。これ、コアとヴィンが普通に仲睦まじく一緒に行動してるだけじゃねえか。堕天とか云々はどこへ行った。正直、ここから今に至るまでのビジョンが思い浮かばねえよ」
「ふん、レンは堪え性がないな。話は半分で聞くものではないだろう。徹頭徹尾、最初から最後まで話すものだろう」
「……ヴィンが何年間あの世界に滞在してたのかは知らないが、それだと今日じゃ絶対に話し終わらないだろ。なあアコン」
「ん?」
まさか自分に振られるとは思いもしていなかったアコンが、驚いたようにピクッと身体を震わせた。
「まあ、途方もない話な気はしなくもなかったけれど……うちが預かり知らぬ時代のヴィンちゃんのお話聞けるの楽しいし、いいんじゃないの?」
「そうだった、こいつは暇を持て余しているやつなんだった」
「む。なんだよその言い方は。うちだって色々と忙しいんだから。最近は先が読めないからどう転がってもいいように数々の布石を張っているんだから」
「それは他言しちゃいけないやつじゃないのかよ」
「別に。どっちでも平気だよ。中立を名乗るならこの程度、どうってことない」
「そうだ、俺も聞きたいことがあるんだよお前には。どうにも謎多き存在を気取ってるからなお前」
レンの興味の矛先が切り替わったのをしかと感じ取ったアコンだったが、周囲に視線をめぐらせて、はあ、と一つため息をついた。
どことなくレンを軽蔑するような色である。
「レンくん」
「な、なんだよ」
「レンくん――駄目だね。そんなんじゃ人間失格だよ。そりゃあ、レンくんにとって、まだ判明していないことが多すぎて、目移りしちゃうのもわかるけれど……もう少し、デリカシーを持った方がいいんじゃないかな」
人間などとっくに失格しているようなレンは、その言葉にドキリとしないこともなかったが、デリカシーという単語については、その意味がよくわからなかった。
デリカシーなんて楽勝で持ってるわ。
と言いたげだった。
そんなレンの様子を見て、アコンはもう一度、今回は諦観のこもった息をついた。
「麗しのパートナーさんを放って置いちゃ、駄目でしょ。ほら、話半ばで遮って、果てには他の話まで始めようとしちゃったからしょんぼりしちゃってるよ?」
「しょんぼりなどしていない」
ヴィンフォースはヴィンフォースで、いつもの淡白な調子でそう否定した――とはいえ、その表情の欠片から少し残念そうな色は見て取れた。
なぜそんなように見えたのか、レンには疑問だった――話をする時は、相手に察してもらえばすんなりと済むのだから、話の腰を折るのは別にいいことだとまで思っていた。
が、どうしてなのか考えたレンは、やがてある結論を出した。
「なるほど、そうか。クイズの出題者側の心理か。出題中に答えを言われたら、そりゃあ嫌な気分にもなるわな」
そうかそうか、と頷くレン――それを呆れて見る二人。
そうして降りた沈黙を破るように、ヴィンフォースが一つ咳払いをした。
「こほん。……それじゃあ中弛みするのも良くない、話を進めるか」
「うん。それがいいよ。空気の読めないレンくんは放っておいて」
「いや、それだとレンのためにしている話なのに、本末転倒してしまうのだが……」
「まあとにかく、続きを聞かせてくれよ」
結局最終的にレンが話を促すという、レンに始まりレンに終わる一幕があったあと。
ヴィンフォースは話を次の段階に進めた。
流れが変わった、あの出来事のことに。
「そんなわけで、わたしとコアはそのようにして野宿を行い、じき中央部へたどり着くわけなのだが――」




