4-22.裏表
「ふん……っ!」
その気合いの声とともに、魔法陣から作り出された氷塊がソファイアに迫る。
ソファイアはそれを正面から迎撃しようとせず、しっかり移動して避けた。そしてすかさずお返しとばかりにレーザーのような光線を放つ。高エネルギー弾、とでも言うのだろうか。以前ヴィンフォースがやった高濃度の魔力の壁を、弾にして飛ばしたようなものだ。
ヴィンフォースは避けようともしない。
単純な魔力操作で壁を作ると、光線をいとも簡単に遮った。同じ魔力の場合、より高濃度で高密度の魔力が勝る。
もちろんこの一幕はソファイアの全てではなく、
(ふむ、余よりは魔力の強度が大きいか。さすがは堕天しただけのことはある)
ただの様子見だった。
戦闘において、まずは戦力のおおよそを把握することが最重要である。
それを受けて、どう対応してくるのかが根本的に変化してくるのだ。
ちなみに。
肉弾戦の印象が強いので勘違いしてしまいそうではあるが……ヴィンフォースは基本的に魔術を行使して戦闘する。思えば、ヴィンフォースが肉弾戦を仕掛けたのはルリとリルを地に伏せた時の一回のみだ。それも反撃の一手として。
ヴィンフォースにはあらゆる魔術が刻まれている。それは彼女の出自に深く関係があるのだが……それはまたの機会に明らかになるだろう。
ともかく、彼女が引き起こすことのできる現象は、合計するとだいたい地球が滅亡して再生するほどある。
それができないのは、単なる魔力量の問題があるからだ。
一存在の持てる魔力量には限界がある。それは『暗黒世界』の使用後のヴィンフォースを見ても明らかだ。
もし、此度ヴィンフォースが魔力量を考慮に入れずに戦えるとするならば、決着がつくのはまさに一瞬だ。
しかし、そうなると次が続かないので力をセーブする。
ヴィンフォースが見据えているのは、先の先なのだ。
対してヴィンフォースを倒すことだけを念頭に置けばいいソファイアは、後先考える必要がない。
これが若干のハンデとなっている。
とはいえ、若干、だ。
力をセーブしたところで、あまり苦戦はしないだろう、とヴィンフォースは考える。
自惚れではなく、客観的な結論だ。
「……なあ」
ひとたびの攻防を終えたところで、ヴィンフォースが不意に聞く。
「……なんだ」
この真剣な戦闘中に、会話を挟むとは何事かとソファイアは思ったが、一応答えを返した。
「この場所――長らく使われていないらしいが、壊してもいいのか?」
「……随分おかしなことを言うものだな。うぬの特性は、なりふり構わず破壊を振りかざすものと思っていたが」
「はっ、簡単だよ――貴様らのいる場所より、格段に心地よいからなここは。満喫させてもらっている身としては当然の配慮と言うべきだろう」
ソファイアは困惑した。仮にも堕天使が、周りのことを気にするような性格ではないだろうということを確信していたからである。
堕天使の心理状態を理解できなかったソファイアは鼻で笑う。
「ふん。たわごとを抜かすな。あらかじめ、そのあたりは準備しているに決まっているだろう――しかし、そんなことを気にしていられる余裕が、うぬにあるのかな」
突然、ヴィンフォースの足もとから水の柱――針が出現した。
「……っ!」
顔に向かってきたそれを、首を捻ることでギリギリ避ける――その際、針は頬骨あたりを掠め、肌が裂ける。
攻撃がそれで終わるわけはない。そう直感したヴィンフォースは地面が水に濡れているという仕掛けをいち早く把握すると、間髪入れずに対抗措置を取る。
瞬間、ヴィンフォースの足もと周辺が乾いた――『エア』で暴風域を発生させることにより、強引に水を弾き飛ばしたのだ。
「……案外、姑息なことをするな。不意打ちとは、貴様らにとってタブーではないのか?」
「不意打ちではない。もとより地面は水浸しだったのだ、気づかねばおかしいだろう」
「ちっ、まあ、不意打ちは一度不発ならばもう意味はないのだがな」
避けた頬骨を手の甲で擦り拭いながら、ソファイアに目を向けるヴィンフォース。怪我は元からなかったかのように消えていた。
しかし出た血は元には戻らない。
ペロリと手の甲についた血液を舐めとる。
同時に、
「それならわたしも仕返しだ」
ザクッ、と。
刃物が肉に刺さる音が響く。
「くっ……」
ヴィンフォースの目の前で、ソファイアは腕を抑えていた。だらだらと、腕を血が伝っている。
「ふむ、さすがにチェックメイトとは行かないか」
ヴィンフォースは手を動かし、こちらに飛んでくる物体を掴み取った。
それをブォン、と音を立てて構え直す。
いつぞやか、レンが創造したオーソドックスな剣だった。今まさに、ソファイアに傷をつけた武器である。『偽物』による、レプリカだ。ソファイアの背後に出現させ、指向性を持たせて心臓を狙ったという次第だ。残念ながら、とっさに接着位置をずらされたが。
レンのものと一つだけ違うのはその剣の色で、何で染めたのだと聞きたいほどに黒かった。
黒。
自らの色と統一することで、さらなる意味を生み出し、強化しているのだろうか。
「さすが、レンの奇を衒った戦い方は効果抜群だな」
言ってヴィンフォースは獰猛に笑った。
今から獲物を狩るのが楽しみで仕方がないとでも言うように。
彼らの戦いは、一度始まれば終わるまでノンストップである。天界の者は再生能力が高く、どちらかがある程度力尽きない限り一段落つかないためだ。
だから、ヴィンフォースが行動したのはセリフとほぼ同時だ。
いや、行動したという表現は相応しくないのかもしれない。
実質、ヴィンフォースは一度固定した位置から今まで、一歩も動いていないのだから。
彼女はただ魔術を行使した。
直後、無数の刃物が堕天使を囲む――のも束の間、即、射出された。
「ッ……!」
ソファイアも応じるように魔術を発動する。水に浸っている地面から、彼を守るかのように水が壁になりせり上がったのだ。
どういう原理か、刃物は水の中に沈むではなく、その壁自体に弾かれる。
「なるほど、籠るか。あやつと同じだな。実に面白みに欠ける」
悪態をつきつつ、ヴィンフォースは『偽物』で武器を作ってはぶつけるという応酬を辞めない。
ズガガガガガガガ!! と、決して水と物がぶつかるものではない音が建物内に反響する。
(たしか、こやつの特色は……)
激しい削り合いを演じながら、ヴィンフォースは自身の記憶を掘り起こす。
しかし、中々思い出すことができない。
復讐するという彼女の野心は本物だ、敵のことは何から何まで把握しているはずなのだが――珍しく、特に何も思い出せない。序列六位のやつ、とだけ、情報は出てきた。
おそらくそこまで取るに足らないということだったのだろう――そうヴィンフォースは結論づける。
それならば、知識外からの予想外を出される前に、何もかもは封じておくが吉だろう。
その点、ヴィンフォースは慢心することはなかった。取るに足らない、という情報も、結局のところは堕天使の見立てでしかなく、隠し玉を持っている可能性は全く否めないのだ。
だから、早急に終わらせる必要があった。
何も余計なことなどできないほどに――完全に、完璧に叩きつぶす。
完全、完璧をその身に宿す彼らが、完全に完璧にやられる、というのはいささか皮肉の効いた物言いだ。
ヴィンフォースはとめどなく『偽物』の武器創造プラス射出を行いながら、ゆっくりと、向こうからは弾幕で気づかれないように指をさす。
それはさながら、非情なる終わりの宣告のようであった。
口端を歪め、ヴィンフォースは告げる。
「『暗黒世界』――簡易版」




