4-23.無傾倒
「はははっ」
「…………、」
レンは持っていた刀をポイと投げ捨て、確認のためにもう一度武器――軽いナイフを作り出して投げつける。
結果は同じだった。
ナイフはアコンに触れたそばから消滅し、跡形もなくなった。
「……」
(触れて消滅……無効化能力か?)
レンは素早く今ある情報から推測し考察する。
たしかに、『偽物』という魔術で作ったものが触れて消えた、というのは魔術無効化能力と見れば道理は通る。
「別に、うちは戦わないから好き勝手してくれていいよ」
両手を広げて、ハグを待っているような無防備な状態でアコンは言う。
言われなくてもそのつもりだった。
レンは『エア』で殺人鎌鼬を発生させ、アコンに狙いを定めて飛ばす。
が、やはり、レンの想像通りのことが起こった。
目には見えない鋭利な突風はアコンに触れるとたちまちにして指向性を失い、霧散した。
それを知っていたから、相手のことを考えない威力で『エア』を発動したのだが……これはこれで衝撃的だった。
まだ緊張の糸は緩めずに、アコンを正面から見据えて言う。
「……これが戦わないってやつか」
「そ。何か頑張ってうちを倒そうとしてたけれどそんなのは無駄だし、それなら手っ取り早くうちの不戦を知ってもらおうと思って、少し煽ってみた」
ちなみにうちはレンくんが弱いとは思ってないよ、と後付けのように言った。
「まあそこらの序列と拮抗はできるだろうね。勝敗はともかく、いい勝負はできるよ」
「そうかよ……その言葉ほど信用できないものはないな」
苦笑いしつつ、レンは呆れ声を発した。
今さんざん力の差(?)のようなものを見せつけられて、自信を持てという方がおかしい。
……ところで、何かこの中立の野郎の思い通りになっているような感覚が許せない。
そう思ったレンは即座に行動する。
さながら瞬間移動の速さでアコンの鼻先に接近すると、ストレートにみぞおちのあたりをぶち抜く。
もしアコンの能力が魔術無効化だとしたなら、物理攻撃は通用するのではないか、という予測だ。無効化能力者の欠点は、そういう無効化できない類いの攻撃だと、レンはよく知っている。
「おう?」
アコンは驚いたような声を出した――少し。
インパクト直後、アコンの身体が吹き飛ぶ。
何メートルか跳躍した彼女は重力に引き寄せられると地面を転がり肌を削る。
よし、たしかに通用するな、と男女の性別とか考えることなく肉弾戦を決意した非情なるレンだったが、そこで。
「おっとっと」
むくり、と何のダメージもないアコンが立ち上がっていた。
擦り傷がないとか、そんなレベルではない。
本当に、何ともないのだ。
そもそも何もされていないかのように、何ともない。
まさか今殴った腹の感触でさえ、自分の思い込みではないか――そこまで思わせるほどの飄々さだった。
「もうそろそろ理解した?」
と。
こともあろうか大きくあくびまでしながら、アコンはレンに言葉を投げる。
「うちに『傾く』という概念はないんだよ。ああ、この表現だとわかりにくいかな。簡単に言うなら、戦わない、以外の選択肢がない」
……レンは困窮する。
不本意だが、認めざるを得まい。レンは潔く、現実を受け入れた――たしかに、これは。
戦うとか倒すとか、そういう次元ではない。
その確信的な直感をレンは受けた。事実、これ以上手を尽くして何とかアコンを打ち倒そうとしても、彼女が地に伏すことはないだろう。
結局、この存在は何なのか。
まさか本当に中立で傍観するだけで、他には何の目的意識もないのだろうか。裏の野望も、ちょっかいを出そうという意思も、ないのだろうか。
「なんなんだよ、お前……どこからどう見ても――気味が悪いぞ」
この生半可で中途半端な立ち位置のせいで、どうにもレンはアコンの敵に徹することができなかった。戦闘態勢を解除し、ただただ理解できないことを口にした。
仮に、レンの今の思考をナツメが見ることがあったとすれば、こう言うのだろう――あたしも同じことを牙琉くんに感じていた、と。意味のわからない気持ち悪さがあった、と。
そう考えれば、両者、他人から理解されないという共通項があるように思える。
しかし、やはりこのアコンという存在は、それにさらに一線を画しているように思える――目的、方針が統一されていない。
例えばレンの思考回路には『面白いから』という行動理念がある。そのためには命を懸けてもいいという狂気じみた理念だが……芯はしっかりと通っている。
対して、アコン。
彼女にはニュートラルな立ち位置でいるという決まりしかない。これは規則であり約束事でしかない。
そこに本人の意思は介在しない。
なのだが、だからといってアコン自身の本心は誰にも窺えない。というか、ないにも等しいのではないか。
レンは一連のアコンの動向を省みて、そんな印象を持ったが――
「気味悪いって言われてもねえ。方向性がないというのなら、それにはうちも心より賛同するけれど……方向性がないのって、そんなに珍しい事でもないでしょ。うちはただ、課せられた使命を全うするだけ――いや、縛られるだけ、かな」
困ったような顔で、アコンはそう語る。
レンとしては、その意味深な物言いに深入りしたかったところだったものの――それよりも先に問い質したいことがあった。
「……お前が無傷なのはどういう能力だ。俺の武器のレプリカだったり『エア』だったりを無効化したのはわかる。無効化能力なんて、巷に溢れかえってるからな。けど、どちらにせよそこ止まりだろ。なんで物理まで効いてないふうなんだお前」
「ストレートすぎる問いだね。普通そんな聞き方されたら誰も答えないと思うけれど」
まあいっか、うちの場合は明かしたところでどうという話じゃないし――とアコンは呟いて、親切にも解説を始めた。
「まず、うちのこれが何らかの能力であると考えた時点で、レンくんの到達点はそこまでだよ――能力無効化能力。まあ、そういう機能もありはするんだけど、本質的には全然違うんだ。前にも言ったかもわからないけど、うちは基本的に特異な立ち位置にいるんだ」
「能力じゃ、なくて……機能の一つ、だと……?」
レンは目を見張る。
前提的な条件だが、天界で言う魔術というのはこんにちよく目にする一つの技につき一事象という直線的なものではなく、ある概念から派生させ、複数の自称を形作るというものだ。
言うなればレンの武器作製も『偽物』の機能の一つである。
そういうことを言っているのだと、レンはそう解釈したつもりだが、それはいささか合理的に議論を終わらせようとしすぎた。
「そのおかげでうちは魔術なんて代物は扱えない。なぜそれで序列十位に名を連ねているのかと言えば、それはやっぱりうちの特異な立ち位置に関係してくるんだよ。……うーん、このように説明していると、どこか間延びした感じになっちゃうかな。端的に済ませようか。お互い、というかレンくんが、あまり時間を取りたくないだろうしね」
あっさりとレンの常識を打ち砕くようなことを言いのけ、まくし立て、アコンはあっという間に結論に急ぐ。
レンが制止できる暇などあるわけもなく、中立は最後まで言い切った。
最重要項目――彼女の本質を。
「うちは、概念そのものなんだよ」
「な」
あまりにも急なまとめ、それもかなり衝撃的なものにレンは言葉を失う。
概念そのもの?
なんだそれは――そんな存在があることなど、有り得るのだろうか?
魔術のような、道具としての概念ならともかく。
こんな、生きていると言えるほどには活き活きした、生命体が?
「……あーあ、言わなくても良いことを言っちゃった気がするな」
失敗失敗、と頭をさするアコン。しかしその顔にやってしまったという色はない。それは暗に、別にどうでもいいか、とでも言っているようだった。
「今のは忘れていいよ――ところでレンくん、ここで立ち話している場合じゃないんじゃないか、とうちは思うわけなんだけれど」
忘れるものか、とアコンとの一部始終をしっかり脳に記録し終えたレンは、
「なんだ、俺にはお前と会うこと以外に目的はなかったはずなんだが」
「いやさ、何だか戦闘が始まっているようだけれど、レンくんは参戦しなくていいの?」
「俺は当初、お前と交えるつもりだったんだけどな……こんなふうに分散して勝てる見込みがあるから、別行動してるに決まってんだろうが」
「ふうん……大した自信だ。その自信も過大評価じゃなく、きちんと客観的な評価なんだろうね。ヴィンフォースちゃんのことだし。けれど」
区切るように、そこでアコンは息を継ぐ。
次の一言を強調する演出だ、とレンは考え、耳をそばだてた。
果たして、中立と中庸そのものは客観的に物を言った。
あくまで、淡々と述べた。
「実力的に、そっちが勝つ確率の方が高いだろうね。でも、考えてもみて、戦いは実力だけじゃあない。時の運だって時には最重要になったりするんだよ。時だけにね。で、考えると、だ。レンくんはうちと戦闘する意味がないとわかったそばから他の支援に回るべきじゃないのかな?」




