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「……何か用か?」
レンは生徒会室に入るや否やそう尋ねた。
中ではナルミがゆったりと生徒会長の椅子に座っている。
「うん。まあ、色々と」
ひとまず座りなよ――とナルミは他にもいくつかある席を指してレンに勧める。
レンはその通りにして、ナルミと一番近い距離の椅子に座った。話なら近くの方が何かと便利だろうという当たり前の配慮だ。
文化祭翌日。
当然ながら、学校は休みである。
なぜ彼らが学校にいるのかといえば、レンはメールによってナルミに呼び出されていたからだ。
休日にまで制服を着て学校に行くなど真っ平御免のレンであったが、昨日のこともあるので突き返すわけにもいかず、こうして今ここに参上したというわけだ。
ヴィンフォースにしっかりとナルミに会ってくると言うと、彼女はそうか、とついてくるわけでもなくベッドの中に篭った。……結局、あのあとレンは睡眠中にベッドから押しのけられていた。
堕天使は堕天使で力を溜めることに専念しているのだろう、と勝手に解釈したレンは、ヴィンフォースを置いて学校へ出発した。
てっきりレンはナツメもここにいると思っていたのだが、そんなことはなく、ナルミただ一人が中にいた。
だが、今気になるのはナルミが自分を呼び出した理由である。
そう考えたレンは、静かにナルミが話すのを待った。
ナルミはまるでこの生徒会室が自分の住処のようにリラックスした状態で、口を開いた。
「単刀直入に言うと」
机に肘をつき、手の上に顔を載せてナルミは言う。
「昨日、序列の八位と九位に会った――らしいんだよ」
八位と九位――その単語にレンは敏感に反応したものの、そこを問い質す前にその言い方に若干の違和感を受けた。
「らしいって、どういうことだよ」
それだと又聞きである。
思い浮かぶのはナツメだが、まさか、ここにいないのは九位と八位に――?
そんな警戒した空気を感じ取って、ナルミは慌ててその考えを修正する。
「いやいや、ナツメちゃんは無事だよ。無傷の無事でピンピンしてるよ」
「じゃあ、なんで語るのがお前なんだよ。その言い草だと、新谷が遭遇した体験なんだろ」
「いやね、ナツメちゃんも意外と勤勉で、多忙なんだよ。……というか、昨日ナツメちゃんかなり頑張ってくれたから、休んで欲しかったし」
「ああ、そうかよ。俺も休ませてもらいたかったよ」
「うん、頑張ったのは牙琉後輩も同じだし、手間取らせたくなかったんだけれど、何せメッセージで済ませられることじゃないからさ」
そこまで言うのなら、少しくらいは私も骨を折ってあげるよ――とどこか上から目線でそう言ったナルミは、立ち上がって紅茶を淹れ始めた。
その間に、気になったことを聞く。
「……驚かないんだね。序列っていうと、すごい意味を持つ言葉じゃなかったっけ」
「まあ……もはやその程度じゃ驚けないというか」
「?」
「俺は昨日、七位と六位に会った」
「――へ?」
淹れていた紅茶がカップから溢れた。
おいおい、何やってるんだよ、とナルミに寄ってレンは近くにあったティッシュで零れた分を拭う。
そのレンを、信じられないという目でナルミは凝視していた。
「え、それ、ほんと?」
「そうだ。事実だ」
「詳しく」
「待て。物事には順序ってのがあるだろ」
時間もあることだし、落ち着いて話そうぜ――とレンが言って、紅茶をそれぞれ持っていって座る。
それに続いて、ナルミもふらふらと席につく。
それを見てから、レンは改めて尋ねた。
「で。昨日何があったのか、教えてくれ」
「う――うん。私もその場に居合わせたんだけれど、諸事情で体調が悪くてね。ナツメちゃんから大枠は聞いてるから、過不足はないと思うけど――」
そうして、ナルミは昨日ナツメから聞いたことを、そのままコピーしてレンに伝えたのだった。
「……瓜二つのルリとリル、か。リリールっていう名前が同じだから、双子みたいなものなんだろうが、そんな概念が、天界にあるのか?」
「私に聞かれても。まさに天使違いだよ」
それもそうか、とレンは聞いたことを自分の体験と照らし合わせる。
これで、此度この世界に来た四人の序列十位の動向を全て把握したことになるのだが、やはり今回は毛色が違う。
総員――交戦意志なし。
……いや、ヴィンフォースとの戦闘は、ルリとリルにはあるらしいが。
それは天界の者にとっては普通のことなのだろうが、まさか、関係性が薄いナツメやナルミと接触するとは思ってもいなかった。
「……ん。それなら生徒会長はどっちなんだ?」
「どっちって?」
「そのヴィンフォースとの協力を解除しろって要求。承諾するのか拒否するのか」
「ああ、そっか。でもそれ込みで、牙琉後輩に話したんだよ。キミ的にはどっちの方が望ましい?」
「そりゃあ、協力を続けてもらった方がいいに決まってるが……」
「じゃあいいよ、それで」
「いいよって……そんな簡単に決めていいのかよ」
受けなかったら攻撃が飛び火しても知らない、と半ば脅しのように突きつけられたその要求を、そんな簡単に一蹴してもいいのだろうか。
しかしナルミは気楽なものだった。
「ナツメちゃんが私に選択は委ねるって言うからさ。それならいっそキミに決めてもらおうと丸投げしたわけだ」
面倒だし、とナルミはちろりと舌を出しておどけてみせた。
「……それで。私も話したことだし、そっちが体験したことも聞かせてくれないかな」
「そうだな。なんだか今回はかなり込み入ってるようだし、情報は共有しておくのが最善か」
と、ヴィンフォースが完全に目覚める前に出てきたので、今日もまだ昨日のことを話せていないな、とそんなことを思いながら、レンは昨日のことを、他人に初めて話したのだった。
「……たしかに、込み入ってるね」
紅茶をお淑やかに啜りながら、ナルミは率直な感想を零した。
アコンとソファイア。
聞けば聞くほど謎が増していくような、そんな二人だった。
今まで結局序列十位の誰かの顔を拝んだことのないナルミではあるが、とにかく只者ではないことは理解できた。
百聞は一見にしかずと言うが、一見をしていないナルミにとって、序列十位というのは、得体の知れないブラックボックスだった。
「ああ。意味がわからん」
レンもそれには同意した。
中立、中庸を束ねるアコン。彼女のことは未だ測りかねている。
何を考えているのか。
それがわからないがゆえに、恐ろしい。
「でも、やることは変わらないってことでいいのかな。頑張って倒していこうっていうスタンスは」
「ああ。向こうが攻撃してくるのなら、真っ向から受けて立つまでだ」
「いや――それは違うよ」
同意したレンを、ナルミがピシャリと切り捨てた。
「向こうに意思がなくても、仕留めるべきだよ」
「……は? でも」
「牙琉後輩って、案外甘いよねそういうところ。正面衝突じゃあ、基礎値が違う私たちじゃ手に負えないに決まってるじゃん。それなら不意打ちでもなんでも使って、確実に倒す――これでも私は、裏で治安維持をする側の人間だからね。異物は迅速に処理したいところなんだよ」
「…………、」
まさかナルミからそんな言葉が出てくるとは思わなかったレンは、言葉を失った。
しかし、考えてみれば彼女の言い分は正しい。
彼女たち――この世界の吸血鬼やら天使やらは、昨日の魔物退治のように、害をなすものを排除するのが仕事だ。
彼女たちにとって、天界の住人なぞは生かしておけない、危険因子に違いないのだ。そもそもヴィンフォースだって、最初は排斥されようとしていたのだ。
有無を言わさず実行する。
その行動力が、ナルミには備わっている。
「なるほど。お前らにとってはもはや義務みたいなものだもんな」
「うん。だから私はあらゆる手を尽くして頑張ってみるけど、その前に」
ナルミはそこで、レンに向き直った。
そして言う。
「今この場で、牙琉後輩にやって欲しいことがあるんだよ」




