4-4.目的不明
レンは理解することをやめ、とにかく疑問だけをぶつけることにした。
「なんでそんなことが――お前には言えるんだよ」
「ただ思ったことを言ってるだけだから説明はできそうにないけれどもね……まあ一つ言えることとすれば、うちはそういう平和的解決が大好きな子ってわけ」
「そんな――わけが」
レンは完璧で完全としか、天界のことを認識していない。そのせいで、異端のヴィンフォースが弾き出されたのだ、としか。
しかしその完璧完全とは、様々あるらしい。
異端と、和解する。そんな妙案を、アコンは抱えている。
レンの認識をひっくり返すには充分な語り口であった。彼らには彼らなりの考えがあるのだと。
とはいえ、それと同時に反発も覚えた。
今までさんざ差別やら迫害やらしておいて、今さらになってそんなことを言い出す。
そんな手のひら返しに。
レンとしては、馬鹿馬鹿しい戯れ言だ、と一蹴してやりたいところだった。
だが。
少なくともレンの目には、アコンが全て本音でしか語っていないように思えた。
それが絶妙に、やりにくい。
「まあ、うちみたいな考え方をしている人は、きっとうちくらいしかいないよ。残念ながら、数には勝てない。多数決は最強だし。うちがそれでも自分の意見を貫こうとすれば、ヴィンフォースちゃんみたく追放の可能性ありなわけだ。でも今回、どんな手段を用いてもいいというお達しだったからね。逆らえない上がいないから、うちは出しゃばって何とか奔走しているところ」
……たしかに、これを真と取るか嘘と取るかはさておいて、この文言だけ聞いてみると、ここまで魅力的な相談はない。
もうこれ以上、誰も傷つかない最上のハッピーエンド。
この機会を逃せば、二度とこんな提案は巡って来ないだろう。
……もっとも、そうなるにはヴィンフォースの私怨が解消されていなかったり、天界の被害があまりにも少なく、割に合わない気がしなくもないが。
とはいえ。
今この場で結論を決めてしまうほどにレンには即決力はない。それ以前に、これはレン一人で決断できる物事を超えているだろう。
決めるのは、彼女。
天界を心底憎み、そこの住人を憎み、憎み尽くして世界の破壊に踏み切った堕天使。
その時点で結論は決まっているようなものだ、とレンはアコンの徒労を気の毒に思いながらも、気になったことを聞いた。
「逆らえない上がいないって……念の為の確認だが、お前は序列十位内の誰かなのか?」
「その通り」
アコンは額の前に手をかざし、敬礼のポーズを取りつつ肯定した。
終始陽気で暢気なアコンだが……どうやら天界とやらにも、性格はあるらしい、とレンは思った。
完璧と完全。
そんな世界だったら、皆似たり寄ったりなことになるとレンは思っていたのだが。
さながら、量産品のコンピュータのように。
思想を統一され、他のことを考えることを許されず、全員で一つのネットワークを形取るとか。
「まあ……ヴィンはまだ外れてると仮定しても、マラリスとコアの性格にはかなり落差あったからな」
レンはそう独りごちた。
が、それはアコンに拾われた。
「そりゃあそうだよ。完全とか完璧ってさ、一つじゃないでしょ。まあ、性格は一人じゃコンプリートできないから――コンプリートしてたら何重人格になるかわからないし――天界の十人十色合わせてって感じなんだよ。序列十位だけにね。あは」
……どうやらこの天使、独り言でレンが何を問題にしていたか読み取ったらしかった。
流暢で軽く話す彼女は、語り手だけでなく聴衆としても優れているようだ。
下手に口に出すと何もかも見透かされてしまいそうだ、とレンは口を閉じた。
「そんなわけで、うちは序列――七位。いえーい、ラッキーセブン、アコンだよ。……さすがにこのノリはテンション高すぎかな。ねえどう?」
「あ、ああ……それがお前のキャラなのでは?」
状況適応能力最高峰を誇る極限中二病牙琉レンでも、なんかもうついていけなくなってきた。
明るくて饒舌なのはどこか、コアと似たものを感じるが、コアが装っている能天気だとすれば、アコンの方は天然の能天気のように思えた。こういう自分だけで空気を作ってしまうやつは、レンは苦手である。
無論、言葉通りのパッパラパーなわけはないが。
いや、待て。
レンは思考を止め、振り返る。
今、何か特別なことをアコンは口走ったような……?
「……おい。七位っつったのか、お前」
「ん。そうだよ。レインボーの色数と同じ七位」
「な……十からすっ飛ばして七がここに来たと?」
「いやいやー? そういうことじゃないよ。しっかり順当な順番でうちはここに来たけど。ああ、説明が足りてなかったのか。ごめんごめん、少しうちも早とちりしてたみたい」
再度ごめんごめん、と軽く謝罪してから、やはり軽く彼女はセリフを口にする。
そんな口調に騙されないように、レンは注意深く耳を澄ませる。
「九位、八位、六位もこの世界に来てるよ」
雰囲気からして聞き流してしまいそうな、それでいて重大な意味を持つ言葉だった。
今度こそレンは動いた。
躊躇なく。
日本刀を模した武器を、アコンの喉元に突きつけたのだ。
「おっと、怖い怖い」
……事ここに至っても、アコンの態度は一分も変化を見せることはない。
反撃する素振りがない。
別にこのまま殺されたところで、構わないと言っているに等しかった。
レンは切っ先を喉に突きつけたまま、
「……お前、防衛本能が狂ってるんじゃないのか?」
「うーん、まあ、そうかもね。うちの場合は」
と、アコンは意味深なことを口にする。
先ほどから、アコンは自分がどこか他の者とは違うことを強調しているようだが……どういう意図あってのものだろうか。
天界という固定概念と自分は異なっているとアピールして、レンを手篭めにしようとでもしているのだろうか?
レンに言わせれば、そんな意味のない言動はなかったが、何の抵抗もない相手に生殺与奪の主導権を握るほど、虚しいものはない。
レンは『偽物』で創造した日本刀の模造品を消した。
「……ありがと。てっきりザックリ行っちゃうのかと思ったよ」
「随分他人事なんだな。……まさか、ここにいるお前は端末、とか言わないよな」
前例を知っているだけに、レンはそんなことを警戒した。ここまで自分を粗末にしているのも、それが原因なのではないか、と考えたのだ。
が、対してアコンは苦笑いで首を振る。
「とんでもない。そんな芸当ができるのは、コア様しかいないよ」
「……お前、さっきから色々とぶちまけすぎじゃないのか? 敵である俺が指摘するのも何なんだが、コア以外身代わりを作るのが不可だと言ってるようなものだぞ」
そんなことを言ってしまうほどに、レンはペースを掻き乱されていた。
いや――なんとなく、アコンがレンの知っている物語に登場する、敵なのに敵らしくなく、どちらかといえば味方っぽい登場人物のように思えてならないのだ。
『なんとなく』ほど信じられるものはないし、逆に信用できないものはないのだが。
アコンは変わらない。
正鵠を射るならば、傾かない、が適当だろう。
「そりゃぶちまけてもいいことだし。信用を勝ち取るのならまずは自分から弱みをさらけ出すのが定石じゃない?」
「俺の信用を得たところでの話だ」
「いいの。レンくんに媚びを売っておけば、もしかしたらがあるかもだからね――おっと。今日はもうそろそろこの辺で。時差ボケならぬ世界観ボケで、結構疲れてるんだ。今からでもこの場に横になりたい気分」
「……そうか」
世界観ボケとはなんだ、と疑問を呈したいところだったが、自重しておく。おそらく、天界とこことでは、何もかもが違いすぎるのだろう――ヴィンフォースが棒菓子しか口にしないのも、それが原因である。
アコンはレンに背を向けた。
レンにとっては難なく序列七位を倒すことができそうな千載一遇のチャンスが舞い込んできたのと同義だが、しかしレンには、戦う意思がなかった。
徹底的がモットーの中二病のくせに、これは異例のことであったが、彼とて疲れているのだ。
昼間は絶対のコアに圧倒され、夕刻は際限のない魔物退治に勤しみ、夜に思いがけないこの遭遇。
そんな状態では、むしろ返り討ちを食らいかねない。
そもそも、足りないから補充して来いと言われたシャンプーを買った帰りではなかったか?
なぜおつかいでここまで疲れなければならない?
そう考え、右手に持ったレジ袋を意識して、今は対策を立てようとUターンしようとしたレンだったが、その前に、
「あ、そうだ」
とアコンが振り返る。
「レンくんが酷く疑問に思っていたようだから説明できることは説明しちゃうね。えーと、序列十位には、それぞれ何かを統括してるって話は知っている?」
「ああ。たしかマラリスが警察系の統括なんだっけか」
「そうそう。それなら話は早い。うちも例外なく統括をしているのだけれど、これがまた特殊なもんで、うちは一人で統括なんだ。統括って言い方はおかしいかもだけれど、まあ、必要因子としていてねって感じかな。七位って番号もその特異性にちなんでかもしれない」
大いなる前置きをおいてから、彼女は言う。
あるいはコアやヴィンフォースに次いで、特別に位置している彼女は。
「うちは全ての中立、中庸を束ねる存在だよ。だから誰の敵にもならないし味方にもならない。まあそれについては信頼しても平気だよ。じゃ、また後日会おう」
言い終わると、無所属――アコン=キースはもう一度振り返って、後ろ手に手を振りながら、夜の闇に消えていったのだった。




