4-2.ツーマンセル
一方。
その頃、ナツメとナルミは、揃って夜道を歩いていた。
彼女らにとって、今日の魔物大討伐というのは、かなりのイベントなのだ――ヴィンフォースの介入で、予想外にも呆気なく事は済んでしまったものの、頑張ったことには変わりない。
というわけで、二人はささやかな祝勝会を――後夜祭と言い換えた方が、この場合正しいのかもしれない――していた。無論、高校生の身の丈にあったお祝いだ。
それが終わり、あとは帰るだけとなって今に至るのだが、二人は家とは別の方角に足を進めていた。
二人とも、事実上は一人暮らしをしているので、門限はなく、どんな寄り道もしていい状態だ。
しかし、もちろん寄り道のわけがない。
どちらからともなく、彼女らは目的地もなく歩いていた――強いていえば、人気のない場所へ向かっていた。
二人の間には、既に緊迫した空気が漂っている。お祝いムードも束の間、店を出た瞬間に、並々ならぬ雰囲気を、肌で感じ取っていたのだ。
もはや本能にも似たその感覚で、得体の知れないものを捉えていた。
そして、感知できているのにも関わらず相手のことがわかっていない、という状況はかなり堪える。
特に、感受性が高いナルミは、気持ち悪さや吐き気まで感じ始めてしまっていた。
「……大丈夫?」
心配げな表情のナツメが、ナルミの背中を擦りながら呼びかけた。
顔色は悪く、足もとさえおぼつかない。
こうなった彼女を見たことがないだけに、ナツメは戸惑っていた。
何が起こっているのか、わからない。
……いや。
本当は、なんとなく、どういうことなのか、薄らと気がついてはいた。
ただし、あまりにも現実味が欠けているのと、信じたくないという気持ちが強く、目を逸らしているのだ。
一度も目の当たりにしたことがないナルミとは違って、随分近い場所にいた彼女には、それとなく。
天界が関連しているのではないか、ということを。
それを言うべきなのかナツメは考えていた。
どちらが最善なのか。
「あのね、ナルミちゃん――」
とにかく、ナルミの気を保とうと話しかけたナツメだったが、そこで彼女の言葉は止まる。
それどころか、動きが止まる。
硬直する。
「こんばんは」
「お二人さん」
と。
左と右、両方から。
まるでナルミとナツメを挟むかのようにして、声が聞こえた。
そっくりの、同一人物から発せられたかのような声。
あまりにも似ていて、息が合いすぎている。
その内の片方は、ナルミの方を窺っていたナツメには確認することが可能だった。
現実離れしている、可憐さを象徴でもしているような桃色の髪。その長い髪を、右側でサイドポニーにしている。整いすぎた造形のそれは、中学生あたりの外見をしていた。
全体的に、可愛らしい印象。
しかし、それとは対極的に、彼女が放つ存在感は威圧的であった。
さながら、猛獣の発するそれのような。
だからこそ、ナツメは蛇に睨まれた蛙のように、ギョッとその場でフリーズしたのだ。
「あれれ?」
「顔色悪いね」
「どうしちゃったのかな?」
「怯えられちゃったのかな?」
「だとしたら、やっちゃったね」
「うん、もう少し緩く行きたかったのに」
交互にバトンタッチでもするように、一文一文違う場所から声は発せられた。
確認するように、顔をずいっと近づけて。
「こっちの方は、本当にヤバそうだよ」
「私たちのせいなのかな」
「たぶん、気配に敏感なんだよ」
「ああ、だからぐりぐり精神がすり減らされちゃったんだね」
「あ……あなたたちは、いったい」
ナツメはついに口を開いた。この状況で口が開けたのは、ヴィンフォースとともにいたことで、少なからず胆力が強くなったということだろう。
この場合、それはプラスに働いた。
「こっちは平気らしいよ」
「へえ、やるじゃん」
といって、突如現れた二人は、ナツメの前に並ぶ。
完全な一致であった。
同一人物かと思われた声音だけでなく、外見まで同一人物を疑うほどだった。
二人の間に、鏡を置いたような有り様だった。
唯一違うのは、サイドポニーの左右が違うことか。
その光景に、ナツメはまず自分の視覚が正常なのかと混乱した。あまりにも急すぎる展開に正常でいられず、視界がぼやけているのではないか、と。
しかし、声の出処が違ったのだ、二人であることは間違いがないだろう――と、ナツメがそう結論づけると、ナルミを支えていた彼女の左肩にさらなる重みがのしかかった。
バッとそちらを窺うと、どうやらナルミがついに気を失ってしまったようだった。
「…………、」
ナルミの身体を支えながら、ナツメはいつでも飛び出せるように準備した。
吸血鬼の力をもってすれば、完全とは行かずとも、一時的な避難くらいはできるはずだ。
とは、考えたものの。
「別に怖がらなくていいよ」
「取って食う気もないんだよ」
どうやら、自分の思惑など筒抜けのようだ、とナツメは冷静に判断した。彼女はそれができる人間だ。
あくまで客観的に眺める。自分の身の程を知り、少しも主観を交えずにいられる。
とはいえ、出会ってから間もないことである、敵の戦力は未知数だった。
それも二人。
ナツメの考える通りのものだとすれば、とてもではないが対処のしようがなかった。
(向こうの人たちにも吸血は有効らしいってことはわかったけど、手練にはタイミングが合わないとできないし……二人もいて、みすみすそんなことをさせてくれるとは思えない)
結局ナツメは、動かないという選択肢を選んだ。
何はともあれ、アクションを起こさなければ何にもなるまい。
その判断は正しかった。
相似――合同といっても差し支えない彼女らは、鏡合わせのように片手を身体の前に出し、ぺこりと一礼した。
それから無邪気に微笑んで言う。
「私は、序列九位、ルリ=リリール」右側のサイドポニーが言い、
「私は、序列八位、リル=リリール」左側のサイドポニーが言った。
「「どうぞよろしく」」
完璧なシンクロ。
一人が二人に分裂したかのような一体感を与える存在だった。
「…………ぁ」
ナツメは声にならない呻きを漏らしていた。
序列。
九位、八位。
悪い予想が当たってしまった。
天界のものであろうことは、なんとなく察しはついていたのだが――まさか、序列のものだったとは。
それ以前に驚くべきは時間間隔だろう――レンがコアなる理不尽と接触していたと聞いて、ナツメはもうしばらくは安寧が続くと思っていた。
それを打ち破るかのごとく、この邂逅。
すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。
あいにく、ナツメ一人では勝ち目がないし、勝ちようがない。
せめてもう一人、レンがいれば話は別だっただろうが。
逃げても負ける。逃げなくても負ける。
ジレンマ以前の問題だった。
名乗ったルリとリルは、そうして葛藤するナツメを見て楽しむかのように、愉快げに笑った。
「だから」
「そんな警戒しなくていいんだって」
「私たちはただ」
「お話をしに来ただけ」
「お……話?」
ナツメは疑問を隠せなかった。
ヴィンフォースとの関係が希薄だというのに接触されたのも意外感を禁じえなかったが、挙句の果てに会話を望まれるとは、疑問どころか驚愕である。
「そう、その通り、お話」
「私たちは、穏便に済ませたいからね」
「そういうことだからお姉さん」
「ちょっとそこまで」
と、そこまで言うと、ルリとリルは踵を返し、歩き始めた――あくまで平和的な対話を望むらしかった。
それに少しばかり拍子抜け――いや、違和感すら感じ取ってしまったナツメだが、ついていく。
ついていくしかないと、本能が囁いている。
「私たちにとっても」
「そちらにとっても」
歩きながら、類似であり同一は言う。
「「重要な、お話をね」」




