3-12.邂逅
「あ……?」
レンもすぐにその異変には気づいた。
気がついたら、傍にいたはずのナツメやヴィンフォースが消えていたのだ。
しかも、それだけではない。
さっきまで聞こえていた人混みゆえの騒音と足音、それどころか誰のしゃべり声さえ――なくなっていた。
それ以前に、人がいない。
景色だけは、屋台の立ち並ぶ龍焔ヶ丘高校、その校門から続く道中のままなのに、だ。
場所から、自分以外の人だけが消え失せてしまったかのような。
まるで、自分だけ違う次元に飛んできてしまったかのような。
「なんなんだ、何が起こってる……?」
レンは異常まみれのこの状況に、周りを見回した。
風景はいつもの龍焔ヶ丘高校のそれと変わらない。
が、欠けてしまったように、人だけが姿を消している。
(どういうことだ。今の今まで、何も異変はなかったのに。こんな何かをするやつの心当たりもない。ヴィンフォースだって新谷だって生徒会長だって、こんなことはしないだろ)
レンは早期に、これは何かしらの魔術による現象ではないか、とあたりをつけていた。この瞬時な理解力の高さは、レンならではの特性だろう。
だが、肝心の犯人が特定できない。
レンはそこら中を歩いたり、手を振り回したりしてみるが、なんの感触も伝わってこない。
(幻覚の類いじゃ、ないってことか? ということは、俺はどこか別の場所にでも飛ばされたのか?)
結果から推理して、レンはもう一度あたりを見渡す。
やはり、誰もいない。
この際、試せることは全て試しておこうと、レンはイメージを膨らませて、『エア』による突風を飛ばそうとしたが、そこで、
「お兄さん」
と声がする。
ここまで徹底的に誰もいない中での声掛けに、レンは最大限の警戒態勢に移行する。
突風をどこかに飛ばすという『エア』の構築結果に修正を加え、ちょうど声の聞こえてきた後ろに吹くようにする。
そうしていつでも戦いに臨めるような準備をしてから、バッと振り返る。
そこには、
「ひゃっ!」
と小さい悲鳴を上げてうずくまる、幼女の姿があった。
しかし、レンはその幼女を見て眉をひそめた。
その幼女は、普通とはかけ離れた姿だったからだ。
髪も肌も瞳も。
何もかもが、白よりも白かった。
そこに空白ができてしまったかのような錯覚を、見るものに植え付ける。
とはいっても、レンが感じたのはその白さに対する驚きだけではなくて――
(――理由は言いようがないが、それとなくヴィンに似てるような……)
ということだった。
レンはその感じたものを抱えながら、白い幼女を見下ろした。
「お前、誰だ?」
「……コアって言うんだよね」
渋るような感じで、幼女は名乗った。
自分をどこか恐れているような表情に、なんだか幼い子を苛めているような気がして、レンはなんとも言えない気持ちになった。
「なんだ、ここは?」
こんなやつが知るわけないだろうな、とレンは特に期待もせず、そう聞いた。
予想通り、幼女――コアは首を横に振る。
「……よく、わかんないんだよね。さっきまでお祭りで歩いてたはずなのに、ここにいたの」
「ああそうか、俺もだ」
レンは頭をガリガリとかいて、ため息をついた。
とにかく異常に見えるこの幼女は、おそらくこれを引き起こした術者ではないのではないか、とレンは考えていた。
こんな幼女がそんなことできるわけがない。
そんな先入観が彼にはあったのだ。
しかし彼とて、こういった幼女が戦うフィクションの作品を知らないわけではない。もちろんその可能性が一番高かったわけだが……レンは穿ちすぎてしまっていた。
こんなことをするとすれば、天界からの使者には違いないだろう。そう仮定すると、完全で完璧な世界の住人である、ヴィンフォースやマラリスのように完成形たる造形をしているに違いない。だが、コアと名乗ったこの幼女は、異常ではあるものの、どこか不完全な、未完成のような造形なのである。
したがって、この幼女が天界の住人とは考えられない――そう考えたのだ。
……もし、ヴィンフォースがこの場にいたのなら、目を細め、軽蔑したような眼差しを向けて、こう言い放つだろう。
――貴様の目は節穴なのか、と。
しかしそれはもしもの話。実際にヴィンフォースは今この場にはいない。
「どうすればいいんだ、この場合?」
状況に行き詰まったレンは、誰にともなく虚空に問うた。
もちろん返事なんて期待していなかったが、
「……と、とりあえず、あの屋上から見下ろしてみたらいいんじゃない?」
幼女が指さしてそんな返事をしたのだ。
わざわざ屋上に行く意味はあるのか、とレンは疑問に思ったが、そのようにして遠くを窺えば、今自分たちがどういう状態なのか、わかるかもしれない。レンは深く思案してそう考えた。
「……それなら、行ってみるか」
「うん」
どちらともなく、二人は校舎屋上に向けて、歩き始めた。
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場面は変わり、先ほどと何ら変わらない、平穏な文化祭の風景。
「くそ、そういうことか」
ヴィンフォースは苦虫を噛み潰したような顔をして、ボソリと零す。
「え、なんなの?」
ナツメはもう何がなにやら、わけがわからない様子だった。
「レンが連れ去られた。おそらく、位置的座標は変わっていないが、次元的座標が変わっている。だからわたしたちにはレンの姿が見えないし触れない。レンの方もおおかたこのような感じだろう。チッ、迂闊だった。少し気を抜きすぎていたようだ」
「え、え、それってまずいんじゃ」
まくし立てるように説明されてもナツメにはピンと来ることがなかったが、とにかくレンが消えた原因が、誰かにあることがわかったので、あたふたとし始める。
まさかここで穏やかだった日々を打ち破ってくるなんて。
なんて空気の読めない侵略者なんだ、とナツメが思ったのも束の間、ヴィンフォースは次にこんなことを言い出した。
「まずいわけでは――ない」
「へ?」
「いや、まずいのには変わりないのだが――器用にレンのみを転移させるというこの完璧すぎる手口、心当たりがないでもない」
「ほ、ほんと、それなら早く助けに」
「助けに行く必要はない。いや、違うな。助けに行くことはできない」
「な、何を言ってるの?」
ナツメはさっきから、ヴィンフォースの態度がレンが攫われたという状況に反して冷静沈着なのに戸惑いを隠せなかった。
そこまで、この堕天使はレンのことを信用しきっているというのだろうか。
そんなナツメの心情を見透かしたように、ヴィンフォースは「落ち着け。どんなケースにおいてもまず優先すべきことは慌てないことだ」と、ナツメを宥めながら言った。
言葉の節々に、無念さを滲ませながら。
「助けに行くことは、可能か不可能かで言えば不可能だ。やつの『絶対領域』に、入りに行くことはできない。やつ、もしくはやつの発動対象以外に、その領域を出入りすることはできない。そういう法則になっている」
「でも、ヴィンフォースちゃんならなんとかできちゃうんじゃないの!?」
ヴィンフォースに絶対的な力を見出しているナツメは、強く問いかけたが、しかし堕天使は首を横に振るだけだった。
「発動に割り込んでなら、まだ間に合ったはずだが、こうなってしまえば手も足も出せない」
「そんな……」
悔しげなヴィンフォースの言い分を聞いたナツメは軽く絶望して、遠くを眺めた。
それに対してヴィンフォースは微塵も取り乱した様子なく、淡々と客観的な意見のように、確信を持って述べる。
「だが、大事には至らないだろう。それはあまりにもやつらしくない。ちょっかいをかけに来たというのが妥当なところだろうな」
「それは、どういう……」
「それは、今回来たやつが――」
『絶対領域』を使用する唯一無二の存在を思い浮かべながら、ヴィンフォースは言う。
機械的に。
歯軋りするように。
「――天界序列第一位、最強の存在。コア=ヴィル=シュラインだからだ」




