3-10.発見
と、そんなこんなで開店前。
「いや、予想外だな」
「ふふん、そうであろう」
ジュージューとソースが弾けて焼けるいい音が立っていた。それとともに広がる、芳醇な香り。
ヴィンフォースの持つフライパンの上では、見ただけで食欲をそそられるような、そんな焼きそばが完成されていた。
「逆に意外性たっぷりだよ。まさか世俗に疎くてコンロ爆発させるとか、まっ黒焦げにするとか、そういうお茶目な失敗をするでなく、本当に、普通に上手く、いや、極上の焼きそばを作るなんてな」
あのあと、ヴィンフォースはいかにも慣れたような手つきで、一流シェフさながらに焼きそばを作り上げたのだった。
そして見た目だけならいくらでも偽れると、往生際の悪かったレンが毒味をしてみたところ、なんの問題もなくとても美味しいとお墨付きだった。
いい意味で、期待を裏切られたというか、コメディ的には悪い意味なのか。レンにはそのあたり判断しかねた。
ヴィンフォースは得意そうに腕を組んで、愉快に笑む。
「わたしにとっては造作もないこと。失敗なんてありえん」
「そうして慢心するのが危なっかしいんだけどな……」
ともかく、それに比べて……と、レンは傍らにいるナツメの方を向いた。
「いや、予想外だな」
「うう……」
レンが一足先に作っていたお好み焼きのタネ。
その一部を、手伝いを申し出たナツメに任せて、鉄板で焼かせてみたのだが……。
それはなんとも見事な有り様であった。
ジュージュー、なんて弾ける音などない。そこにあるのはただシュウシュウと、干からびたものを焼く音のみ。見るからに身体に悪そうな白煙が立ちのぼり、その匂いが、発生源が炭であることをこれでもかと訴えてくる。
鉄板には、きつね色なんて生易しい色は存在していない。
真っ黒。
まるでヴィンフォースの漆黒のような黒さしか存在していなかった。
果たして焼きすぎただけで、この液体がそこまで変貌するのか、とレンは戦慄した。
「ま、まあ、幼なじみっていうのはドジっ子気質というかそういうおちゃめな性質がつきものだし? こういう展開っていうのもしょうがないよね、って感じで許してください。はいすいませんあたしやっちゃいました」
最初こそ元気に言い訳をしていたが、レンの無言の圧力によってそれはいつしか単なる謝罪と化した。
「なんて……ザマだ」
幼なじみ属性と言えば世話焼きで万能の、完璧系ヒロインがまず最初に連想されるレンとしては、ナツメの言い分に心底反論したくなったが、開店まで時間がない手前、自粛することにした。
代わりに、今一番必要とされているであろう判断を、ナツメに下す。
「……お前、接客な」
「……はい」
「ふむ、ナツメがここまで下手だとは、さしものわたしでさえ想像だにしていなかったぞ」
「料理できない系ヒロインで悪かったね!」
ヴィンフォースの心から馬鹿にする口ぶりに、わーん、と精いっぱいの涙声で、ナツメは教室を飛び出して行った。
「時間までには帰ってくるさ」
心配そうにそれを眺めるクラスメイトたちに、ヴィンフォースは知ったふうにそんなことを言ってから、皮肉をたっぷり込めて、お好み焼きに挑戦していた。どうやら、ヴィンフォースにとって料理とは結構楽しいものらしい。
どうせ自分は食べないのにな、とレンは呆れながらその様子を見ていたが、思い出したようにキャベツの千切りを始める。
田山を筆頭とした他のクラスメイトも各々の準備を黙々と進めて行った。
それから、お好み焼き、焼きそばの十分なストックを用意し終えたのちに、文化祭は開催された。
「たっだいまー! みんな、遅くなったね」
その時刻にやっとナツメが外から帰ってきた。
こんな時間まで何をやっていたんだ、という視線には笑顔で受け流しつつ、
「チラシをバンバン配ってきたよ。これできっと大繁盛間違いなしだね!」
彼女は彼女なりにしっかりと働いていたようだ。
まあ自ら失敗作だと名乗っているような食品を作られるよりはマシか、と一同は裏で納得した。
「ああ。これで大金はもらったな、レン」
「そういうダークなことは知ってても言わないものだぞ、ヴィン」
「ところでナツメ、戸口に何者かが来ているが」
「えっ、あ、お客さんだ! みんな、始まったよ!」
呼びかけてから、ナツメはいらっしゃいませ、と中を窺っていた客(男子生徒二名)にペコリとおじぎをした。
今まで、あまりクローズアップして来なかったが、ヴィンフォースほどの完全無欠さこそないものの、新谷ナツメは十分な美少女である。
そんな美少女ナツメの営業スマイルの笑顔に、客の男子生徒は数秒目を奪われた。
「二名様ですね、こちらへどうぞー」
「あ、は、はい」
突然の美少女の登場にどもりつつ、客はナツメの誘導に従い、席に着いた。
お好み焼きか焼きそばかの注文を聞き、その通りの品物を出してから、ナツメは「ごゆっくりどうぞ」とその場を後にした。
ナツメはたっぷりとお好み焼きのタネを作り終わったレンに聞く。
「接客って、こんな感じでいいの?」
「うん、たぶん、まあ……予想外だな」
レンは頭を掻きつつ、煮え切らない返事をした。
そんな彼の鋭敏な聴覚は、客二人の会話を余すことなく聞き取っていた。
「可愛い子が接客してくれるとか、最高の店だな」
「これはもう拡散するしかないだろ」
「ああ、ここに来てるやつらに教えてやろうぜ」
これは忙しくなるかもしれない、とレンは憂鬱に考え、ヴィンフォースが料理できて調理担当になって良かったかもしれないと、そんなふうに思ったのだった。
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不味く感じるたこ焼きを、それでも完食してゴミ箱に捨てて、白い幼女は校舎の中をぐるぐると目的もなくふらついていた。
「いやあ、まさかここまで味に差があるとはね。もうさっきから驚きっぱなしなんだよね。なんというか、ここはあまりにも――意図的に制限されてるような、そんな感じだよね」
ひらりひらりと真っ白な毛がたなびき、それに反射する太陽光は幼女の神々しさをさらに際立たせた。
あまりにも、神がかっている存在。
あまりにも、超越しすぎた存在。
そんな存在がいるなんてことはお構いなしに、人間は呑気にくだらない日常を楽しみ、過ごしている。
「ああやだやだやだねえ。平和ボケっていうのかな。まあこっちは全然好きなんだけどね。ご自由にどうぞって感じだけどね。でもでもでもさあ……まあいいか。そういう刺激的なスパイスは、あといくらか先のことか」
幼女は思い思いに祭りを楽しむ愚鈍な人間どもを眺めながら、独り言を発する。
「それよりも、もうそろそろ巡り会ってもおかしくないと思うんだよね」
なんとなく、どこかにいるという気配は察していた。
不完全な末端の一部ではあるものの、そういった感受性がまるでないというわけではないのだ。
「んん?」
と、そこで、白い幼女は妙な人だかりを見つけた。
主に男性客が目立つ、大行列だった。
それに何かを感じ取った幼女は行列の横をトテトテと通り過ぎ、行き着く先に到着すると、チラリと中を窺った。
そして。
「……みーつけた!」
幼女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべながら、声だけは幼女らしくそう言ったのだった。
白い幼女はそれを確認すると引き返し、壁につつと触れながら、フラフラと校舎巡りを再開した。
「さあ、これからが面白くなるよね」




