3-6.こちら側の事情
次の日も、同じような準備があった。
レンやヴィンフォースが、その手際の良さにクラスにおける知名度及び好感度が上昇し、いつの間にかわいのわいのの大騒ぎになって終わった、その日の夕刻。
今日はクラスでの作業を終えたナツメは、ちょうど生徒会室を戸締まりしようとしていたナルミと合流した。
「おっすナツメちゃん。じゃあ帰ろっか」
「そうだね」
ということで、二人して昇降口へと向かう。
もちろん、この二人が二人で帰るのには、れっきとした理由がある。今でこそ和解しているが、わざわざ示し合わせて同時刻に帰るというパターンは珍しいのだ。ナツメはいつもはクラスの誰かと帰るし、逆にナルミは適当な時間に一人でふらふらと帰ってしまう。
「もうそろそろなんじゃないかと思って」
「うん。スパン的にもね」
下駄箱で靴に履き替えながら、そんなことを話す。
そう、この珍しい光景は彼女らがどういう存在なのか、それに由来する。
ナツメは吸血鬼。ナルミは天使。
共通するのは二人ともが人ならざる存在ということ。
そして、人ならざる存在には、人間のように生活しなければいけないという義務とともに、もう一つ、使命が与えられている。
それは――害をなす人ならざる存在の討伐だ。
裏の世界の住人である彼女らは、裏の世界での出来事をきっちりと裏の世界の中で処理しなければいけないのだ。
「とはいっても、今回ばかりは気落ちしちゃうよね……」
いつでも明るいナルミらしくもなく、彼女は沈んだ声を出した。
「そうだよね……」
そうなるのも無理はないとわかっているナツメも、それに同調してため息をついた。
いつも難なくこなせる討伐案件にこんな沈鬱なムードになってしまっている原因はただ一つ。
面倒くさい。
それだけなら陳腐なことで気を落としているものだと思ってしまいそうだが、今回の件の面倒くささとは他の面倒くさい物事とは一線を画す。
一般に、害をなす存在――今回の場合、俗称として魔物を使用する――は、賑やかになっているところに発生しやすく、集まりやすい。
そして、眼前に迫るは高校の文化祭。
これがどんなことを示すのかは言うに及ばず。
そう――とにかく数多く龍焔ヶ丘高校に、魔物がわらわらと集合してしまうのだ。
一つ一つの魔物として見れば、吸血鬼に天使という人ならざる存在でも上位の種族であるナツメとナルミの足もとにすら及ばない、矮小な雑魚どもなのだが……。
「キリがなくてとにかく疲れるんだよね……」
「そうだよね、いくら抜いても生えてくる雑草みたいだよ」
そしてごくたまに、他の雑魚よりいくらか強い上位種も出現する。
疲弊した状態でそれに遭遇すると、さらに面倒で、面倒くさすぎて狸寝入りでもしたくなってしまうような気分になるのである。
「「はあ、憂鬱だ……」」
ナツメとナルミは双方肩を落とし、口を揃えて言った。
「あたしもナルミちゃんも、広範囲攻撃を持ってないのが致命的だよね……」
「それ。一回の攻撃で減らせる数が限られているから、いらない体力まで消費しちゃうというか……」
普通に強い吸血鬼と天使だが、そのあたりが欠点と言える欠点だった。
対複数用の魔術は、あるにはあって、二人とも習得もしているのだが、しかしそれは対複数であり大多数用ではないため、対象の数が多すぎればそれは雀の涙ほどでしかない。
ヴィンフォースの『暗黒世界』や、レンの『エア』に匹敵する大規模な魔術は、二人とも扱えない。
しかしそもそも、この世界の形式の魔術では対複数用ですら貴重なのだ、彼女らを責めることはできないだろう。
「とはいえ、あたしは気疲れするだけで実質的にはあんまり疲労しないんだけど」
「あーあ。ズルいよねえナツメちゃんは」
ナルミは唇を尖らせ、嫉むように言った。
新谷ナツメは吸血鬼。先のマラリス戦でそうしたように、敵のエネルギーを吸収することができるのだ。失った分のエネルギーを敵から回収することができるという、リサイクル方式がナツメには可能なのだった。
もっともこの方法は、敵がそこまで強くない時に限るのだが。
そんなナルミの言い方にムッときたナツメは、言い返しを決行する。
「いいじゃん。天使階級とかご身分高いしさ。一生の安泰が約束されてるようなものだし」
「なにおう。まあ、否定はしないけどね」
天使。
天界にいるのではない、この世界での天使。
当然と言うべきか、人ではない存在、つまりは裏の世界においての最上級種族である。ちなみに続いて吸血鬼がランクインしている。
しかし天使と吸血鬼の間には、驚くほどの階級の差がある。
例えば、天使は魔物を討伐しなければいけないという使命が免除される、とか。
それでもナルミがナツメと一緒にこんなことをするのは、ただ単にナツメと奇妙な縁で繋がっているからにほかならない。言ってみれば、ナルミは物好きなのだ。
「普通はあたしが一人でやることなのに、偉いというか、酔狂というか」
「いいんだよ。私が勝手にやってるんだから気にしないでおいてよ」
少し照れくさそうに、ナルミはナツメのことを叩いた。
と、そんな会話を交わしながら帰っていると、ふとナツメの脳裏に最近生まれたイレギュラーたちの顔が思い浮かんだ。
「……あ、そうだ」
「何か思いついたの?」
「まあね」
ナルミの興味津々そうな質問に軽く応じ、ナツメはポケットからスマートフォンを取り出し、操作をし始めた。
何回かタップしたのちに動きを止めると、そのままそれを耳にかざす。
『……はい、もしもし』
「あ、牙琉くん?」
ナツメはレンに電話をしたのだった。
『どうかしたか?』
「うん、まあ、少しお願いしたいことがあるというかなんというか」
と、この時、シャキンという刃物の刃と刃を擦り合わせたような音が電話の向こう側から聞こえてくる。
何か、料理でもしているのだろうか、だとしたら微妙な時間に電話してしまったな、とナツメはそんなことを考えた。
『煮え切らない言い方だな。別に遠慮なく言うことは言えよ』
『おいレン。電話の相手はナツメか?』
近くにいるのか、ヴィンフォースの声も聞こえてくる。
『ああ、そうだが……なあ新谷、それってヴィンに聞かれちゃまずいことか?』
小声で確認するレンにナツメは少し考え、
「いんや。むしろヴィンフォースちゃんにも聞いて欲しいかも」
『……そうか? なら、スピーカーにする』
カチャカチャと操作音がしてから、『……よし、いいぞ』とレンの完了の合図が聞こえてきた。
「うん、じゃあひとまずは要件だけ。詳しいことはまたあとで話すから――」
そういってナツメは初めて、あの二人に対して要請を口に出した。
「秋の魔物大討伐会に、参加してくれないかな?」




