3-7.眼前の目標
「……で」
文化祭の前々日。
昨日一昨日と同じような時間に準備を終えたレンとヴィンフォースは、ナツメとともにナルミのいる生徒会室へと足を運んでいた。
ここまで来て、聞きたいことはただ一つである。
「秋の魔物大討伐会って、なんだ?」
あの電話のあと、詳細を聞く前に曖昧なままで通話が切れてしまっていたのだ。
そのため、承諾の返事も拒否の返事も、どちらもしようにもできない状況なのである。
「んーと」
ナツメはどう説明したものかと首を捻りつつ、ゆっくり言葉を選ぶ。
「その言葉の通りなんだけど……いっぱい出る魔物を片っ端から退治していく、みたいな」
「ああ、それはなんとなく想像はつくんだけど、魔物ってどんなやつなんだ?」
「種類とか姿かたちは色々だけど……まあ、妖怪がイメージに一番近いかな」
「……一ついいか?」
説明のさなか、ヴィンフォースが口を挟んだ。
「なに、ヴィンフォースちゃん」
「それに協力しろというのなら、わたしも天界の件について協力させている手前断ることはしないが……聞く限り、魔物を討伐するのは貴様らの仕事ではないのか? 秩序を守るとかなんとかの使命があるとか」
「あー……うん、そうなんだけどね」
「何か、深刻な問題でも?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「煮え切らないな。言うことははっきりと言っておけ」
「うーん……」
ナツメは困ったようにナルミを見た。自分たちだけでは面倒だから手間を分散させたい、と言うべきか否か迷い、結局答えが出なかったのだ。
ナルミはそんなナツメの心中を察したように乾いた笑いを浮かべてから、言った。
「今回、予想される魔物の数っていうのがこれまた莫大でね。別に強くて負けちゃうかもって程じゃないんだけど二人で捌くのは大変なのさ。だから二人に手伝ってもらえないかなー、で声をかけてみたわけ」
さすがは生徒会長をやっているだけあるのか、ナルミは至極簡単に、状況と要求をまとめてみせた。
明るい口ぶりで言うナルミに、ヴィンフォースは心配する程のことはないと安心した。
もしかすると、そのあたりにも天界からの影響が及んでいるのかもしれないと、内心ヒヤヒヤしていたのだ。
とはいえ、今や完全に全快したヴィンフォースにはこれといって恐れる理由はないのだが。
「なるほど、そういうことだったか」
ヴィンフォースは納得したように頷き、それからレンの方を見た。
「レンはどうする?」
「ああ、やるつもりだけど。実戦の機会があるんならバンバン試していきたいし」
「ふむ。それならわたしが参戦するまでもないだろうな。それより、手加減ができるかが心配だ。ここの校舎付近で魔術を行使すれば破壊が撒き散らされる可能性が高い」
「た、たしかに、ヴィンフォースちゃんには向かないかも……」
ナツメは一度だけ見たことのあるヴィンフォースの戦闘、その『暗黒世界』を思い出して同調した。あんな大規模な魔術が使用されては、破壊どころか一帯が消滅するに違いない。
「というわけで。今回はレンだけを貸す形になるがいいだろうか」
「うん、平気。牙琉くんって範囲で一掃できる魔術があったよね、たしか『エア』ってやつ」
「あるな。つい最近習得してあんまり活用できなかったやつが」
『エア』のことに触れて、苦かったマラリス戦を思い出したレンはやや自嘲気味に言う。
一方、レンのおかげでトドメを刺すことができたナツメは「そんなことないと思うけど」と一言励ましてから、
「あれくらいの威力さえあれば大丈夫だから。あとは量を潰していくだけ」
数が多いという魔物はせいぜい鳥の大群のような様相なのだろうと勝手に想像していたレンは、この量の方を強調して言うナツメの言葉に、巣に無数にいる蟻のようなものなのか、と考えを改めた。
こういう細かい変化だけでだいたいどんなものかがわかってしまうレンは、ある意味で天才のように思える。
中二病は、キャラの心情読解に秀でているのだ。
「今回はそういう量だけの感じなのか。そこまで弱いなら色々試したいな……」
「うん、まあ試しても楽勝な気はするから討伐に滞りがないようにしてくれればいいよ」
「了解。ならそういうことで」
レンは承諾の返事をしてから、それで、と話題を変更した。
「その大討伐会ってのは、いつから始まるんだ?」
「うんにゃ、それは明後日あたりだよ、牙琉後輩」
そういえば言ってなかったっけ、とナルミが軽い感じで答える。
「そうか、明後日か。結構早いんだな……って」
明後日と聞いて、レンには思い至ることがある。
「文化祭の当日じゃねえか……」
「そーだよ。そういう時にこそ魔物は湧いてくるんだから。それに、文化祭を精いっぱい楽しむほど可愛い性格してないじゃん」
意地悪そうに笑って、ナルミはレンを指さす。
……概ね、その通りだった。
レンが文化祭と聞いて真っ先に思い浮かぶことと言えば出店の食べ物だけだ。そしてそれも安っぽいだの買い置きだの手抜きだのなんだの色んな思考が入り交じり、文化祭ならではの青春色というのか、それがすぐに色褪せてしまう。
そもそもからしてバンドだとかそう言った出し物については一切の興味がない。フィクションに触れる折、文化祭系のイベントの話なども当然のごとくついてくるものだが、レンははっきり現実と非現実を切り分けてしまっているのだ。
向こうは最高、こっちは最低以下のゴミ。
そんなスタンスでやってきたある種狂い切った人種のレンである。
「まあ結局、出店の食べ物は買うんだけどな」
「なんのこと? とにかく、やるのは明後日ってことを覚えておいてね。開始するのは夕方あたりだから楽しんでる最中、ということはないから安心してね」
「そうか。それならヴィンフォースと適当に回っておけばいいな」
「うむ。そうだな。何せ文化祭、というのは初めての体験だ。勝手知ったるレンにエスコートしてもらわなければ」
「そこまで尻込みするもんじゃねえぞ……」
呆れて息を吐き出しながら、レンはヴィンフォースを見た。
それに、エスコートするも何も、孤独を貫いてきたレンである、文化祭の回り方などわかるわけはない。彼の去年の文化祭の行動は、出店で食べ物を買い、適当な場所で時間を潰すのみである。
それにしても……とレンは考える。
まさか自分が、誰かと行動をともにする日が来ようとは。
ヴィンフォースはそもそもが非現実的な存在であり例外的存在だからこそ、というのもあるだろうが、レンは基本的に馴れ合いをしない。それが彼なりの中二病ポリシーだ。
堕天使なんて存在の後ろに、ついていければそれでいいと思っていた。
それが今は、ここまで砕けた仲になっている。
そう考えると、不思議なものだ。
ここにいるナツメやナルミとも、ヴィンフォースを経た奇妙な縁で繋がった。
しかしその縁全てを、なければ良かった、と思うことはレンにはなかった。
理由はただ一つ。
重ね重ね――面白いから。
レンの行動原理はそれしかないのか、というくらいにそれだけだった。
人間をやめた――今となっては。
ともすれば、今のレンの思考回路全てが、その結果に直結してくるのかもしれない。
「はいはーい、それじゃあ今日の作戦会議は終わりー」
話が段落したのを見計らって、ナルミが場を取り仕切る。
拳を掲げてガッツポーズをしながら、レンたちを鼓舞する。
「それじゃあ明後日の文化祭及び魔物大討伐会に向けて、お互い頑張っていこー!」
「「……おー」」




