3-5.偽物
「なあ、施してもらったところまではいいんだが、いったい何をどう構築すればいいんだ?」
『偽物』の習得はまだ終わっていない。
これでもう『フライ』や『エア』のように、本人次第で自在に発動可能になったのだろうが……自身を媒介とした魔術では、自分の中で現象を構築する必要がある。
そして、まだレンには『偽物』がどういう仕組みなのか、把握できていないのだった。
「そうだな……今回に関しては説明しづらいのだが」
ヴィンフォースも難しい顔で、言葉を選びあぐねているようだった。
やがて「ふむ」と一区切り入れて、ゆっくりと口を開く。
「レンならなんとか理解してくれるだろうと考えて説明すると、出現させたい幻をまずは今まで通り構築する。ここまでは従来の魔術と同じだ」
「みたいだな」
「ここからが複雑なところで……貴様自身はこのまま発動に移行してはいけない。『偽物』の使用時にそうしてしまうと、とんでもないしっぺ返しを食らってしまう」
「しっぺ返し?」
「貴様すらも幻術にかかってしまう、ということだ」
「なるほど」
レンはなんとなくヴィンフォースの言っていることがわかった気がした。
幻術と言うものはさっき感じたように、視覚や聴覚、温度を感じる触覚にまで影響を及ぼしているのである。
ここで幻術の利点、それについて考えてみる。
幻術の唯一の強みと言えば、大袈裟な幻に相手が引っかかっている間に使用者が自由に動き、混乱中の相手に攻撃ができることだ。
そのため、ヴィンフォースの言うしっぺ返しが自分に降り掛かったとすると、その強みが霧散してしまう。嘘から出たまことではないが、どちらも幻に翻弄されてしまうことになる。
「ふーん……じゃあ、その次に何をすればいいんだ?」
「現象を貴様と切り離す作業だ。あくまで『偽物』で作り出せるのは本物ではないものでしかない。それを理解し、貴様には幻術が及ばないように再設定する」
「聞いてるだけだと、かなり時間がかかりそうな魔術だな……」
「ああ。必要とされる構築力は『エア』よりも高いだろうな。どちらかと言えばコンビネーション型の魔術であるのだし」
「ああ、戦闘中に罠を仕掛けるみたいな使い方か」
でもそういうのは、複数人のチームで一人が担当するような部署な気がするが。
自己一人で何もかもをこなさなければいけない、というのはかなりハードなことである。
「まあまずは何事も実践だ。実際にやってみなければ感覚は掴めまい」
断じるようにそう言って、ヴィンフォースは「先ほどわたしが起こしたのと同じようなものを作るがいい」と試すように言った。
レンは頷き、目を瞑って現象を脳内で構築する。
(えっと……部屋全体が燃えている光景、だな。さっき肌で感じた感覚をそのまま写し取って……)
パチパチという火花散る音や、温かみなども考慮に入れる。
火の揺らぎをも想像し切り、準備が完了したところで思考パターンを切り替える。
(これは幻術だ。俺にとってこれは本物ではない……俺は見せているだけだ)
想像していた燃えるという現象が、その瞬間に半透明になったことに不安を感じたが、レンは瞳を開け、『偽物』を行使した。
はずだったが、レンには部屋に何か変化が生じたふうには見えなかった。
「失敗か……おいヴィン、思ったんだけど自分から切り離したら幻術が起こってるのかどうかも確認出来なくないか?」
そんなに甘くはないか、とレンがため息混じりにヴィンフォースの方を向くと。
「いや……レン、成功しているぞ」
部屋を眺めて、ヴィンフォースは微笑んでいた。
その瞳には、ゆらゆらと、橙色の光が揺らめいていた。
ああ、こうやって確認すればいいのか、とレンは納得して失敗していたわけではないことに安堵した。
「良かった……で、どれくらいの完成度だ?」
「わたしと遜色ないくらい、いや、そのままの再現だな。正直、予想以上だ」
「それは素直に嬉しいことだけど……でも、それだとまだ甘いだろ?」
「まあな。だがまだ一回目だ、これから伸びしろはあるだろう」
「じゃあ練習しなきゃな。それで、それとは別に『偽物』について聞きたいことがあるんだが」
レンは時間を見て今日が残り少ないことを確認すると、話題を変えた。
最初に『偽物』と聞いて、幻術の方より先に思い浮かべたことだ。
ヴィンフォースに続きを促されたので、レンは聞いた。
「実物する物体、例えば有名な剣とかの、レプリカって作れるか?」
コピー能力。
これができれば、戦略はもっと広がることは間違いがない。
ということで物は試しと聞いてみたのである。
堕天使は「ふむ」と頷いて即答した。
「おそらく問題ないと思うぞ。何回も言っているが、魔術はある一つの現象を起こすのではない。概念から取り出せる現象は指向性こそあれど、ほぼ無限大だ。それを望めば、手に入るだろう」
「そうか。なら寝る前に一回試してみよう」
レンは片手を開いて腕を伸ばす。
虚空に向かって想像し、創造する。
最初なのであまりこだわろうとせず、よく見るような、刀身とグリップが、鍔とクロスして十字になるような、オーソドックスな剣。
レンがフォルムを頭の中で形取りを終えると、空間に変化が起こる。
突如出現した粉のような粒子が収束し、レンの指定した位置に定まると、そのまま実体化する。
思った通りの、剣が造られた。
「…………、」
それを握って自分の手もとに置いたレンは、しばらく無言で持ち方を変えたりして、矯めつ眇めつして見る。
普通に良く切れそうな、普通の剣だった。
「法則をガン無視してるけど……感動だな、ものを創り出すって」
と、笑っていると、剣が突如弾けて消えた。
「おっと」
「ううむ、そんな使い方があったのか。さすが、やるなレン」
腕を組んで驚いたふうに目を開きながら、堕天使は唸った。
「あ、うん。でも、なんで今、創った剣が消えたんだ?」
「おそらく、存在の固定化が甘かったのだろうな。何もないところから創り出したのだ、脆いのは当然の帰結。それを実践で使いたいなら、貴様で存在を固定し強くしなければいけない」
「なるほどな……」
所詮、魔術というものは世界を騙して行使しているようなもの。その騙したことが露見すれば、正されるのは当然か。
虚構の世界で魔術やその類いの超常を見てきたレンは、そんなふうに考えて納得した。
「どちらにせよ、要改良だな」
「そういうことだな。一朝一夕に爆発的に成長することはできないということだ」
「じゃあそれがわかったところで、今日は寝るか」
「ふむ」
言ってヴィンフォースは何の不自然もなくベッドに潜り込み、布団を被った。
「おい」
「……何か?」
「不自由してるだろうから最近は許してたが、そこは俺の寝床だ」
「いいじゃないか。相棒のよしみで。別に恐縮しているわけじゃないだろう?」
悪戯っぽく笑って言うヴィンフォースに、レンは何を言っても無駄だと諦めのため息をついた。
「まあ、いいや。……その代わり、俺はベッドから退かないからな」
「いいぞ。同じセリフを返してやろう」
同じくベッドに潜り込むレンに、面白がってヴィンフォースが答えた。
こうして。
久しぶりに訪れた休息の一日が、更けていく。




