3-3.多様性
結局、レンとヴィンフォースが帰宅できたのは、六時頃のことだった。
ナツメは最後まで帰って来ず、クラス全員が無難なところで解散したのだ。それまでには今日やるべきノルマは完全に達成されていた。
「本当に、何もなかったな」
「言っただろう。しばらくは天界の者がこちらに来ることはないと。しかも即日で立て続けに事が起こるのはいくらなんでも詰め込みすぎだろう」
「……まあ、一つの戦いが一段落したところですぐにまた勃発して連戦なんてこと、作品でもほとんどないしな」
よっぽどの戦闘狂は天界とやらにはいないようだ、とレンは適当に考えた。
「……とにかく、マラリスとの一件でわかったのは――まああれはそんなことをしている時間などなかったからだが――レンにはまだ不足しているものが多いということだな」
「それは、そうだな」
複合クラスの『エア』を身につけたとはいえ、それだけではまだまだ天界の序列十位の足もとほどしか及ばない。
たしかに今までより格段に強力な威力こそ出せるようになったが、しかしそれも程度が知れている。本人に傷一つつけることなくマラリスの結界に阻まれたのがその証拠だ。
そして、それしか持っていなかったレンは――そこで停滞してしまった。機転を利かせ高濃度の酸素プラス粉塵で爆発なども起こすことこそしたものの、結果的には状況に変化が生じることはなかった。
そう、レンにはまだ足りないのだ。
マラリスが行なった地面操作、結界の防御力をそのまま転用する攻撃。
どれも意表を突かれ、レンはその全てにダメージを食らわせられた。
奥の手。
レンに欠如しているのはまさにそれだった。
「けどよ……逆に、これは自虐でもなんでもない事実として聞いて欲しいんだが……」
「なんだ、貴様らしくもなく随分と弱気じゃないか。言ってみろ」
「俺にそこまで用意できる器量というか、余裕はないと思う。実力として、奥の手を隠しておける暇がないというのか。初っ端から奥の手を使わなければならない、みたいな」
「……ふむ。その通りだな。わたし基準で考えては駄目か。やられないためには、最初から本気で行くしかない、と。まあそうなのだろうが、本気で望むことが、イコール奥の手を使用するになるとは、限らないのではないか?」
「それはどういう……?」
半ばレンを試すように放たれたこの言葉に、レンは首をかしげたが、そのことはただの前置きだというふうにヴィンフォースは振り返って言った。
「この続きは夕食を食べたあとにでもしようではないか」
♦♦♦
「遅くなるんだったらなんか連絡してよ!」
というルンのお叱りの一言から始まった夕食も終わり(ヴィンフォースは相変わらず棒菓子を、今日は四本口にしていた)、場所はレンの部屋へと移る。
「で、だ。ヴィン、さっきの話の続きを頼む」
「うむ。例えばレンにしてみれば、両の腕ともう一つ、奥の手――この場合はわたしがくれてやった黒翼のことにしておこう、これを序盤から使うとしよう。しかし、それが全力だからといって、他に何も使えないということはあるまい」
「それは脚とか頭とかって話か?」
「この例えではその通りだ。さてレン、これがどういう意味を持ってくるかわかるか?」
ヒントを用意した上で、堕天使はレンにもう一度問いを呈した。
レンは今までしてきた話をまとめ、答えを導き出す。
「つまり――使ってないだけで使える脚や頭なんてのが、奥の手ともなりえる、と。そういうことか?」
「ご名答」
ヴィンフォースは満足げにレンを見て笑んだ。
「選択肢が大多数あるということはかえって困り物になるのは当然の帰結だが、その困り物というのはもちろん相手にも適用される。多様さに富んだ故に思ってもみなかった不意打ち足り得るかもしれんしな」
「んじゃあ……俺が多彩な魔術を扱えるようになったら、否が応でも奥の手というのが取得できるってわけか」
「決定的で絶対的な切り札、とまでは行かないが、相手に隙を作らせるほどの奥の手にはなるだろうな」
「なるほど……」
マラリスの『万能要塞』のように、多くの性質、そして多くの応用ができるようになれば、及第点だろう。
「レンの場合、一つの魔術概念による多彩さではなく、多数の魔術概念による多彩さを作ることになるだろうがな」
「でもさ、ヴィン」
「なんだ?」
「マラリスって、魔術を一種類しか発動できないんだろ? 基本性能としてあいつに劣る俺って、魔術を多く使ったらすぐにパンクを起こさないか?」
「それは……まだ実験段階だからなんとも言えない。わたしの見立てでは、貴様が魔術を併用することは可能と考えている。前回も、しっかりと『フライ』に『エア』を同時使用していたしな。それに、マラリスのそれは生まれつきの特徴のようなものだから、性能が云々とは関係がない」
レンはヴィンフォースの自分に対する評価が、多少なりとも上がっていることに驚き、複雑な気持ちになった。
果たして、それはどういった基準による評価か。
マラリス戦で実力を見直したのか、単に買い被っているのか。
今回の戦い、自分に消極的な判断を下しているレンは、あまり素直に受け取ることができなかった。
「ついては、この準備期間とも言える時間の間に、さらなるレンの強化を図ろうと思う」
「それはありがたい」
あらゆるゲームや競争でもそうだが、とりあえず自分が弱いと、何もかも楽しくないし面白くない。勝ってこそ、価値があるというものだ。
非現実に足を突っ込んだ少年は、さらなる一歩を踏み外す。
「しかし……魔術ってそんなポンポン取得できるものなのか? 今まではお前に色々とやってもらってたみたいだけど……」
「ああ。魔力、媒介、構築が正常にできていれば、発動ができる。だがまあ、今まで通り身体に埋め込む形式でやるのが手っ取り早く、簡単だ」
「うーん、それならそうしてもらえるといいんだが……」
思い返してみれば、格好良さそうだと思っていた呪文での発動を、今になってもなおやっていない。
「やめておけ。呪文を詠唱する時間がもったいないだろ。身体を媒介にするのが一番なんだ」
「……そういえば、俺、まだヴィンがまともに魔術使ってるの見たことないな。あと最初、俺に魔術の何たるかを教えてくれてた時、詠唱を途中で適当にしてたよな? あれってなんか特殊なことでもしてたのか?」
「いいや。あれは魔術の発動媒介を紹介していただけだから、まさしく適当だ。全部が全部、な。何せ――」
ヴィンフォースは胸に手を当て、なんてことのないように白状した。
「わたしの身体自体には、あらゆる魔術が組み込まれているのだから」
「それって……」
「だから、レンにもこうして直々に施してやることができているのだ。感謝するといい」
今の事実は堕天使ヴィンフォースのルーツについて、触れることのようにレンには思えたが、いつも通りなヴィンフォースの態度に、その意欲はくじかれた。
代わりに、話を前に進める。
「色々と言っていたけど、俺の強化って、具体的にはどんなふうにするつもりだ?」
「魔術のバリエーションを増やす。以上だ」
「それだけかよ」
「ああ。それだけでなく、どの魔術もハイクオリティに扱えるようにしてもらう。一つ一つ、丁寧にというわけだ。今日も新たな技を授けてやる」
「ふうん……。じゃあ、早速やろうぜ」
レンは新技に心踊らせながら、ヴィンフォースに先を急がせた。
ヴィンフォースはそれを見ると、「ふん」と一つ頷いてから、本日教示する魔術について開示した。
「今回貴様に教えるのは『偽物』だ」




