2-14.序章の終結
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そもそも。
レンが一人で戦って勝てるほどにマラリスは甘くないと、ヴィンフォースはわかっていた。良くて拮抗、悪くて敗北、その程度だろうと。
だからこそ、昨日のナツメの登場はまさに渡りに船だった。
そして、即興で思いついたのだ。
「……不意打ち?」
「なんだ、普通じゃねえか。そんなもの、戦うなら用意しておく必須事項に入ってるぞ」
「貴様ら、勘違いをしているようだな。これは予想外の一撃を食らわせる程度のものではないぞ。文字通り――一撃必殺だ」
「ひ、必殺?」
ナツメは無条件勝利とでも言うようなヴィンフォースの言葉を繰り返した。
「ふむ。相手が単独であるということ、マラリスはわたし以外のことを誰も知らないこと、これらがあるから為せるものだ」
「だけどヴィン。序列十位なんだろ? なんでそんな確信持って一撃必殺だなんて」
「それはナツメの特性にある」
言ってヴィンフォースはナツメの全身を舐め回すように見る。
「な、なに?」
「わたしや、おそらくマラリスは、この天界式魔術しか心得がないから、この世界のものについては疎いのだが――ナツメは、隠密が得意なのではないか?」
「え、まあ、それなりには。吸血鬼の固有スキルとも言えるし」
日中に自由に行動しているなど、伝承とはやや異なることはあるが、吸血鬼は夜行性だ。夜行に特化した吸血鬼は闇に紛れることなど造作もない。その上、違和感なく人間に化けることも容易だ。いつもナツメの瞳が赤くなく、牙も鋭くないのは、そういったスキルを行使しているからである。
「でも……たしか、ヴィンフォースちゃんにはバレちゃったんだよね?」
「あれは……当てずっぽうだ。レンに話しかけていたからな。気を感じ取ったからとか、そういう実感は伴っていなかった」
「そうだったの!?」
今になってやっとナツメは真相を知った。てっきり、正体や身の程、何もかも看破されていての、今までのように思っていたのだ。
「ああ。貴様が吸血鬼だとわかったあと、吸血鬼なるものを調べてみたのだが、そこに書いてあった能力はそのまま使えると、そう考えていいのか?」
「うん、一応。漫画とか見てると作者さん本当に見たんじゃないのって疑問に思うほどだよ」
このことはレンに驚愕としか言いようのない感銘を与えた。
(マジか……それなら、変身能力とか創造能力とかあるってことだから、もしかすると生徒会長より強いのでは?)
ある意味ではこれは的を射ていたが、面と向かい合っての一対一の場合、ナルミの方が強い。これは小細工とか関係なく力のゴリ押しができるというナルミの性質からだ。
しかし、逆に言えば――面と向かってのものではない場合、ルール無用の対決の場合なら、ナツメはかなり高レベルの戦闘能力を誇る。
「よし。ではこれは実践可能だ。いいか、よく聞け」
ヴィンフォースは今から戦いに行く二人に、計画の内容を打ち明ける。
「マラリスが現れたら、まずはレンが対応する。ナツメは何もせず、その場から離れて見ていろ」
「え、でもそうしたらあたしがいる意味ないんじゃ?」
「話は最後まで聞け。レン、貴様は基本的にはマラリスの消耗を図れ。倒せると思えたらそうしてもらって構わないが、できないと思ったなら、できるだけ相手の力を削ぐことに専念しろ」
「それはあいつになるだけ多く魔術を使わせろってことか?」
「その通りだ。魔力は誰だって無尽蔵にあるわけではない。それは今のわたしを見て分かる通りだ。ので、使用可能なエネルギーは消費させる。そこで、ついにナツメの出番だ」
「ということはあたし、かなり出待ちするんだね」
「完全確実な勝利のためだ。協力を頼む」
「……うん。相手は侵略者なんだし、そりゃあ頑張るよ。で、いつまで待って何をすればいいの?」
「念には念を押しておきたいからな。レンが限界まで戦ったあとに動け。それまで、影を消し、誰にも気づかれないように隠れてな。いかに気づかれないかがこの作戦のキモだ」
そして、とヴィンフォースは続ける。
「その吸血でもって、消耗したマラリスのエネルギーをさらに吸収しろ」
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「思ったより思い通りに事が進んだな……」
地面に崩れ落ちたマラリスを窺って、ナツメはなおも不安そうに言う。
「それにしても」
ナツメは胸に手を当てて、目を閉じ、今自分が行ったことの戦利品に意識を向ける。
吸血とともに吸収した、エネルギーである。
(なんて量……牙琉くんとの衝突で、少なからず使ってたはずなのに、あたしが元々持ってるくらいあるなんて……)
魔力というのは生命力と直結しているので、完全に空っぽにすると死亡、あるいは昏睡状態に至る。殺すと厄介なことになるというヴィンフォースの指摘から、ナツメは0.01パーセントほど残して吸血を行っていた。
改めて、敵にするべきものたちとの格の違いを見せつけられる。
これが……十位。実力者のうちの、最下位。
この上が九人もいるのだと思うと、ゾッとする話だった。
「ふむ。よくやったなナツメ」
いつの間にか側まで来ていたヴィンフォースが、肩に手を当てて言った。
「でも……どうするの、時間が経てば復活しちゃうんでしょ?」
「ここまで弱っていれば、問題あるまい。殺すとまた新しく復活してしまうからな――封印するんだ」
ヴィンフォースはどこからともなくサイコロのような形状のものを取り出し、大きさをルービックキューブ大まで拡大させた。
それをマラリスに放り投げ、ぶつかると、掃除機のような音を立てながら、マラリスがその中へと吸い込まれていった。
「うむ、封印は滞りなく完了、と」
再びサイコロ大まで縮小させたあと、ヴィンフォースは手際よくしまった。
「えっと……そんな簡単そうなのでいいのかな?」
「まあ……外から見ると貧弱そうにも見えるだろうが、これは中からは出られない。そもそも、出るという概念は、この中に存在していない」
「うーん、それって圧縮してるってことじゃないの?」
「正確には、次元の狭間に飛ばしている。どちらも虚無の、な。だからたとえ狭間から脱出できたところで、待っているのは虚無だけだ」
「なんかすごい器具だったんだねそれ」
それが自分に向けられる日が来るのではないか、とナツメが内心戦々恐々としながら苦笑いしていると、
「ナツメ」
そんなふうにヴィンフォースがナツメのことを呼ぶ。
「ん?」
ナツメが振り返ると、ヴィンフォースは真面目ったらしい様子で、ナツメのことを見据えていた。
「どうしたの」
まさか変なことをしてしまったのか、とネガティブになるナツメだったが、そう身構えることでもなかった。
ヴィンフォースは、至って正直に。
頭を――少し、下げていた。
「今回は、ありがとう。感謝する」
「え、あれ――どうしたの、本当に?」
いつもの傲岸不遜な態度からは想像もつかないことに、ナツメは困惑気味だ。
それに構わず、ヴィンフォースは続けた。
「ナツメがいなければ、マラリスには勝てなかった。いや、この世界が終わっていた」
「そんな、大袈裟な」
「大事なのは結果だ。だから勝利できたことに、感謝する」
「……いいよ、もう」
ナツメはヴィンフォースの肩を起こして、頭を下げるのをやめさせた。
「だってあたしたち――友達でしょ? それなら助け合わなくちゃだよ」
「…………。そう、か。ありがとう、ナツメ」
ヴィンフォースは微笑した。
それを見て、ナツメは考える。
圧倒的な力を持っていて、自分らの脅威になるのではないか、とばかり思っていたが。
こんな顔ができるなら、少しは信頼してもいいかもしれない。
観察対象ではなく、唯一無二の友達として。
そう、思った。




