2-13.急転
とにかくレンは攻め続けた。
とめどなく、連続で『エア』で作った空気弾を撃ち続ける。
だが、手数でどうにかなるほど、マラリスの守りは甘くはない。結界は難なくそれらを受け止めていく。
跳ね返されることによる魔力消費を抑えるためか、先ほどから光の矢による攻撃はない。その代わり、地形を変化させての攻撃が多くレンを襲う。
とはいえ、レンがそれを食らったのは完全な初見の不意打ちだったがゆえのことなので、なんとかかわすことができていた。
マラリスは、心の中で口笛を吹いた。
(……やるじゃん。一度見せた技はもう通用しない、か)
レンは、決して飛び上がって避けていない。地面すれすれを、滑るように移動して最低限のエネルギーで動いているのだ。
「けど」
それまで不動だったマラリスが、ここに来て動きを見せた。
地面を踏みしめ、その地面がバネのように伸縮、反発力により恐るべきスピードで接近する。それはレンとの戦闘時、ナルミの見せた高速移動を凌駕する速さであった。
マラリスは滑空する。
レンのもとへと。
「……!?」
地面を踏みしめたあたりで異常を察したレンは、その場から全速力での退避を図っていた。
刹那、レンのいた場所にマラリスが出現する。
「接近戦、しないのかい?」
マラリスが残念そうに首を傾げると、レンの身体を見えない何かが叩く。
「がぁっ……!」
空気による何かではない。それは『エア』を用いて周辺の空気を把握しているレンが一番よくわかった。
これは……結界か。
吹っ飛ばされながら、レンは正体を看破する。空中で態勢を整え、口もとを拭う。
手には血が付着した。
(まずいな……じわじわと、ダメージが入ってる。これがベテランと新人の違いか。引き出すバリエーションが違う。だから奥の手を隠せるし不意も打てる)
戦況は膠着しているわけではなかった。
少しずつ、ジリジリと、軍配はマラリスに上がり始めている。
追い討ちをかけるように迫る結界を感覚で感じ取り、間一髪で避ける――
――ことは、できなかった。
レンが感じ取ったマラリスの結界の範囲が、避けようとしたところで、突如『延びた』のだ。
レンは地面と擦れ合いながら滑るようにして転がった。
今度は声を出す暇さえなかった。
皮膚が裂け、血が噴出する。
「まあ、こんなこともできるんだよね。防御力をそのまま攻撃力に転化する。その分、接近しなくちゃ駄目だけど」
マラリスは、解説をしながらレンの飛ばされた方へと足を向ける。
それは優位が揺るがないと悟ったがゆえの余裕か。
レンは激痛をこらえ、赤く染まる思考に無理矢理集中力を集めた。
少しでも綻びが出れば、その瞬間、自分は死ぬ。
そんな強迫観念からの、自衛反応。
芯に力を入れ、満身創痍でよろよろと立ち上がる。
部分的な天使化による治癒は、まだ完了していない。そんなところに自らの力のリソースを割けば、状況はさらに悪化することは知れていた。
この時、レンは無意識のうちに、魔力を操作することができていた。
「じゃあ、さっさと終わらせようか――」
射程範囲まで近づいたマラリスは、結界をレンに向かって容赦なく飛ばした――。
しかし、その結界がレンの肉体を弾き飛ばすことはなかった。
「……へえ」
ぎぎぎ、と。
拮抗するように、結界が軋む音がした。
当然、この現象を作り出したのはレンだ。
レンの様相は、酷いものだった。全身は血だらけ、腕は力なくぶら下がり、今にも倒れそうに頼りがない。
しかし、それとは裏腹に、その眼光はギラリと光っていた。
とはいえ、何も特別なことをやったわけではない。できることを、最大限にやっただけだ。
マラリスの結界は、絶対座標に発生させるものではない。それはこのように飛ばして武器に転じていることからもわかるだろう。この結界は、マラリスの裁量によって大きさ、硬さ、耐久力等を設定されている。
ならば話は簡単だ。
マラリスの裁量を超える圧力を、反対側からかければ、結界の進撃は食い止められる。
通常ならば、力劣りするレンはどんなに『エア』に工夫を施したところで、勢いこそ落ちるだろうが、直撃は必至だ。
だが、現に今、それは受け止めることができている。
生きるか死ぬかの極限状態。
それがレンの無意識にセーブしている力を解放し、引き出したのだ。だがそれは、リスクを伴うことでもある。力がなぜセーブされているか、それを考えれば危険性は理解できる。
身体が、耐えられないのだ。
レンの中からは、ぎちぎちと、気味の悪い音が響いていた。筋繊維が引っ張られるような、そんな音。
身体の中から爆発するような、そんな錯覚をレンに与える。
「……ぁ、あ――」
知らない感覚に対する恐怖が、レンを精神的に追い詰める。
――が。
レンは引かなかった。
頭は、もはや考えることを放棄してしまっていたが、それでも、目的だけはしっかりと、見据えている。
こいつを、倒す。
それだけで今のレンが成り立っていると言っても過言ではない。
レンは歯を食いしばり、渾身の力を込めて、全身全霊を出し切る。
「――お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああ!!」
「な……!」
ついに――レンの限界を超えた力が、マラリスのそれを上回った。
結界は逆に弾き返され、武器として使っていたはずだったマラリスに襲いかかる。
「ぐ……っ!」
レンとの戦闘中、初めて――マラリスがまともにダメージを負った瞬間だった。
数秒間、空中に滞空したあと、重力が思い出したようにマラリスを地へ引きずり下ろす。
マラリスは背中からモロに地面に叩きつけられる。
(まだ、ここまでの力を残してたなんて……! これじゃあボクの方が力負けする!)
焦りに焦り、慌てて態勢を立て直すマラリス。
そこで脅威と認定すべき敵に目を向けるが――
その警戒の必要はなかった。
なぜなら、
今まさに、レンが膝から地面に崩れ落ちるところだったからだ。
やはり、身に余る力。そしてそれを強引に使ったことにより、レンの魔力は空っぽになってしまった。
今のは火事場の馬鹿力にも似た、最後の足掻きだったのだ。
「……は。なんだ、捨て身の一撃だったのか」
敵の戦闘不能を目の当たりにしたところで、マラリスの緊張が瞬く間に解ける。
試合の終了直後。
この瞬間が、一番、油断している時だった。
そんな時、
ぷすっ、と。
「え」
マラリスの首元に、二つ、尖ったものが突き刺さる。
気づいた瞬間にはもう遅かった。
すぐに、ギュルギュルと自分のエネルギーが出ていくことが、マラリスにはわかった。
(い、いったい、何が、起き――)
思考の途中で、ぷっつりとボーダーを超えてしまったように、マラリスは倒れた。
「ぷはっ」
そんな息継ぎの呼吸音とともに、マラリスの首すじから鋭い二本のものが離れる。
「なんとか……上手くいったの、かな」
どこか不安そうに、血が垂れる口もとを拭ったのは、
吸血鬼、新谷ナツメだった。




