2-12.場の転機
絶体絶命。
その言葉が一番しっくりくる状況だった。
不意を突かれた三連撃のあとに、トドメのようなこの一撃。ここまで来て避けるのは、到底不可能のように思えた。
歩けるまでには回復しているヴィンフォースは、被害を受けないようフィールドの端まで移動して、これを見ていた。
しかし、彼女に心配の様子はない。
ただ、黙ったまま、静かにレンの動向を見守るのみだった。
(まあ、マラリスレベルと戦うと言い始めた時点で、こういう展開は容易に想像ができたがな。元人間と天界序列十位が衝突すれば、こうなることは順当だ。なんの不自然もない、当然の結果。レンとマラリスの間には圧倒的に厚い壁がある。しかし――)
「――さて、このまま終わることなどあるかな?」
ヴィンフォースは一人、見物したまま微笑んだ。
(よし、終わりだ)
マラリスは勝ちを確信する。
今ので、レンの潜在能力は、あらかた知ることができた。
そして下した結論は一つ。
――負ける要素は微塵もない。
断じたマラリスは、こうして様子見をやめ、こうして畳み掛けるに至った。
彼の『万能要塞』は守りに特化しているため力勝負には向かない。光の矢が攻撃性として見劣りするのも、そもそもが防御のための牽制用であるためである。
とはいえ、不意を突く仕掛けも要塞ならではの要素である。こうして急遽攻撃に転じ、弱い攻撃はそのままに相手を追い詰めるのもマラリスの専売特許だ。序列十位中十位と最下位を謳ってはいるが、実力としては他の序列十位に十分匹敵しうる。
(さて、これからはどうするべきなのかな。いなくなった彼らの気配は感じないし。ヴィンフォースに詰問するしか方法はない、かな。正面からだと正直難しいかもしれないけど、まあ、なんとかなるよね)
マラリスは次の行動を考えていた。
そもそも、彼がこんな場所に来たのはいなくなった彼のしもべを探すため、なのだ。ヴィンフォースを襲ったのは手がかりを握っているようであったからであって、決して彼女を倒せるとは思っていない。しもべたちの情報さえ手に入れば、あとはどうでも良かった。
もちろん、『ついでに』ヴィンフォースを倒そうという計画もあるにはあった。しかしそれはあくまで不意を突いたらの話であって、こうして正面から向き合ってしまえば、その計画は中止を余儀なくされる。
それほどまでには、ヴィンフォースの力は天界内で轟いていたのだ。
漆黒の忌まわしき失格者という烙印とともに。
だが、仲間がやられたというのにヴィンフォースはこちらへ進撃してくる兆しもない。
(ショックを受けてるのか……。いや、ヴィンフォースはそういうタマじゃない。じゃあ、もしかして、ボクの初見の通り、反撃が『物理的』に不可能なのかな……?)
と。
そこまで、的を射た思考をしていたところで。
「…………!?」
思い切り、地を蹴り真後ろへ飛び退いた。
そこへ。
『さきほど放ったはずの』光の矢が、降り注いだ。
まったくもって不可解だった。
この矢は、何かに接触すると霧散する仕組みとなっている。当たったなら当たったで、防いだなら防いだで、矢は消え失せてなくなるはずなのだが……。
マラリスは上を見る。
そこでは――身体の至る所に傷ができたレンが、その顔には獰猛な笑みを浮かべて、そこにいた。
「難攻不落が厄介ってんなら、逆に利用してしまえばいい――」
それは新たな突破口を見つけたものの顔だった。
絶体絶命のレンが頼ったのは、言うまでもなく魔術『エア』である。
だが、その使い方が違った。
風の向きを変えれば、攻撃の方向も変えれるのではないか――そのような閃きを得たレンが、機転を効かせ空気の壁によって矢を破壊するのではなく、強めの風を送ることにより、矢の向かう方向を百八十度転換させたのだ。
そのためには矢の指向性を考慮した複雑な送風が必要になるが、それをレンはやってみせた。
戦いながら吸収し、成長する――
それがレンの持つ、特異的な特徴である。
マラリスはそれを見上げると、己の相対する敵の強さを、若干上方修正した。
「ふうん。やるね。でもそこまでだと、本当に勝負がつかないんだけど」
「それはどうかな」
レンはここで首をかしげた。空中から下降し地に降り立つと、右手を自分の服のポケットに手を突っ込んだ。
一方、反対の左手は、マラリスの方へと伸ばし、ぐっと力を入れて握る。
風は、起こらなかった。しかしマラリスには何かが起こったという予感がしてならなかった。
やがて、レンの右手がポケットから顔を出す。
その手には――何の変哲もない、手軽なサイズのライターが握られていた。
それを、マラリス目掛け投げる。
マラリスにはそれがなんなのか、皆目検討がつかなかった。
そのため、得体の知れないかかる火の粉は振り払おうと、光の矢を生成し、ライターを破壊する。
レンは笑う。
「……『かかった』」
そして最後に、ある現象が起こる。
ブワッ、とマラリス周辺の地面から土が舞い上がったのである。これは『エア』ではなく、『フライ』によるものだ。舞い上がった土は、すぐにそこら一帯を埋めつくした。
それが巻き起こるのを待っていたかのように、マラリスの破壊したライターから火花が上がり、燃焼する炎を作り出した。
直後。
瞬く間に、爆発的な燃え広がり方をした。
レンはそれを見ながら、独り言のように呟く。
「酸素の収束」
炎は轟々と燃え盛ろうとした刹那で、次の仕掛けが発動する。
「舞った砂粒」
キラ、と砂粒に光が反射して輝いたように見えた。
まもなく。
ゴゴオオオオォォォォォォォ!! と腹の底に響くような音が、視界を埋めつくような閃光と共に、響き渡る。
それだけには留まらず。
レンは仕上げに、両手で包み込むようなジェスチャーをする。
すると、爆発的に広がっていた爆発が、あるところで何か、球体で囲まれているかのように抑えられる。
レンはそれを、さらに狭めていく。その間にも爆発は続き、中にいるものはタダでは済まないほどの威力でもって、領域の中を暴れ回る。
「やったか……?」
高濃度の酸素に、粉塵爆発の組み合わせ。
先ほどまでの『エア』による攻撃とは格段に違う火力である。
……だが。
「……やるね、キミ。本当に本当、楽しませてくれるよ」
一通り燃焼が終わった後の煙の中で、そんな声が、空気の檻で取り囲まれた領域の中から聞こえる。
まもなく中からは、煤がついただけのマラリスが出現する。
レンはここに来て、さすがに焦燥を禁じ得ない。
(マジかよ……。俺が今考えて出せる中の最大火力だぞ。それを、特に危なげなさそうに耐えきるとは)
しかし、レンの目には、ダメージとは別に、マラリスが戸惑っているのが直感でわかった。おそらく、どういった原理で今のような爆発が起こったのかは、理解できていないのだろう。
天界とこの世界の齟齬による攻撃。
あと少し上手くやれば、あるいはチェックメイトなりえていたかもしれない。
だが今回に限っていえば、それは失敗していた。
失敗とは、次がないということである。
「どうするかな。消耗戦しかやりようはないかな」
マラリスは言うと、光の矢を作りつ打ちつを繰り返す。
レンはそれに対応し、ある時は跳ね除け、ある時は飛びすさるなどして、これを避ける。
カウンターで放つ風も、結界によって阻まれる。
先ほどまでの繰り返し。
場の停滞。行き詰まり。
それは、どちらも感じ取っていた。
この勝負は、どちらかが魔力を完全に使い切るまで続く。
とにかく、足りないのだ。
足りない。
この場を、徹底的に動かすには、あと一手。




