5-7.転落
「悪魔」
と。
そんなことを初対面の者から言われた。
何をしたわけでもないのにそんなことを言われる筋合いのない二人は、いい顔をするはずもなかったが、かといって怒ることもなかった。
いや、怒れるはずもなかった。
怒れる対象が――もういなかった。
繰り返しの野宿と徒歩の旅を終え、ついに中心部(聖都などとそこの住人には呼ばれていた)にたどり着いた二人は、そのままコアの目的通り、さらなる中枢へと向かっていた。
どこにいても見た目が変わらない光の柱。
それが彼女らの目指す場所だった。
どうやら中心部であろうとなんであろうと、彼女らの見た目や装いは特殊なようで、以前そうなったように、注目の的となっていた。
「うーん、ここには序列十位なんていうお偉いさん方が集まってる場所のはずなんだけどなあ……なんでこんなに見られなきゃいけないんだろうね」
「さあな。やはり貴様の神々しげな風格がそうさせるのではないのか?」
「神々しげって。せめて神々しいって言い切ってよ。偽の、罰当たりみたいな存在になっちゃうじゃん」
「ともかく、だ。貴様、中枢に向かう分にはいいのだが、そろそろ目的を教えてもいい頃ではないか?」
「だから適当だよ。暇潰しのためだけにヴィンちゃんを付き合わせてましたってオチ」
コアが言うと、そんなありえない、許しがたいセリフも、本当のように聞こえるから不思議なものだ。
本当のようにというか、本当なのかもしれないが。
だが、ここまで来てそんなことは許すまいとヴィンフォースは言った。
「……いいや。貴様、いつもいい加減そうにやっているが、実際のところ全て計算づくのようなきらいがあるからな。どうせ何かしらの目的があるのだろう」
「ははっ、そう思うのならご自由にね」
まあ、本人はこう言ってはいるものの、ヴィンフォースにはやはり目的が存在していると考えた。
何もなかったのならこんなところまでわざわざ来るまい。それこそただの徒労だ。
かといって中心部、それも中枢部にまで向かう理由は、未だヴィンフォースには想像できていないことも事実なのだが……暇潰し、とコアは言っていたが、遊び感覚で戦闘するわけもあるまいし。
ともあれ、目的があるのはヴィンフォースも同じなのだ――むしろ、重要度で言えばヴィンフォースの方が上だった。
果たして、自分の『これ』は真なのか偽なのか。
正常なのか何かしらのエラーなのか。どちらだったとしても、一大事件だ。
(……そんな真偽を確認するより、有耶無耶にして放置してしまった方が、幸せなのかもしれないが……)
本能が囁いていた。
ハッキリとさせろと。
白黒をつけろと。
命じていた。
「んん。どうしたのヴィンちゃん?」
「なんでもない。ところで、その件の目的地にはあとどのくらいで到着するんだ?」
「どのくらい、か……返答に困る質問だね」
「まだ全然かかるのか?」
たしかにどこから見ても見た目の変わらない、魔法みたいな柱だが……それと同様、彼我の距離も変わらなかったりするのだろうか。
「違う違う。真逆だよ」
コアは首を振って、
「三、二、一」
とカウントダウンした。
ゼロ、と彼女が言うと同時、景色が一変した。
別世界に移動したようだった。
それほどに、四方八方天も地も、異なっていた。
「へえ、面白いね。視覚的トリックだったんだ」
口ぶりの割に大して面白そうにもせず、コアはあたりを見回して言った。
「ふむ……結界でも張られていたということか」
ヴィンフォースが少し後退すると、先ほどまでの景色が戻った。
それにしても別世界な様相だが。
中央にはバベルの塔じみた形の建造物がそびえ立ち、自らの存在感をこれでもかと醸し出していた。
その周りには厳重がすぎるほどに警備が敷かれ、その他に確認できる者はいなかった。
さながら、この中枢部のためだけの空間のようだった。
――と。
彼女らは、まだ警備の目にも留まっていない状態であったのだが、気づけば向こう側に、こちらへ向かって来る影があるのに気づいた。
警備のものではない。そのような身なりをしておらず、高貴な、それこそ偉い者であることは、見た目だけでも判断できた。
「誰だ……?」
「えっとね、待ってね、今答えを出すから。いや、それ以前に答えは出てたや。知ろうと思うことは知ってるからね。それで、彼は」
と、そんな小芝居を挟んでから、コアはこめかみに人差し指を当てつつ言った。
「そうそう、この世界で一番偉い存在だね。序列十位の頂点ってやつ?」
……至って軽く、何でもないように言うので、ヴィンフォースはにわかにそれの重大さを測ることができなかったのだが……そもそも。
「一番偉い……それ以前に聞きたいのだが、序列十位とはなんだ」
ヴィンフォースの事前知識にはそのような単語は載っていなかった。
「え、そこから? 基本知識としてインプットされてないの?」
しょうがないなあ、と呆れた口ぶりとは裏腹に楽しんでいる感じでコアはヴィンフォースを見ると、早速説明しようと口を開く。何もかも知っている者が知らぬ者に教えるという行為は、優越感に似た愉快さを覚えるのかもしれない。
まさにその時のことだった。
「悪魔」
と。
いつの間にか近くまで寄ってきていたコアの言う序列一位は、唐突にこんなことを口にしたのだった。
「……は?」
何の脈絡もあったものではないセリフに、ヴィンフォースは戸惑った。
あっという間に距離を詰められたこともそうだが――その言葉は。
彼女の存在を宣告しているような気がしたからだ。
慈悲深く、無慈悲に。
解釈など間違えようはずもないほど直截的に、宣言された。
ヴィンフォースには――己に疑念を持っている彼女には、そう思えた。
「あれれ。一位さんがそんなタブーなワード、使っていいのかな?」
一方、コアは平常通りだった――一番偉いと自分で言っておきながら、態度を変えることはなかった。
否、態度を変える必要などないと、確実にわかっていたからかもしれない。
コア――彼女ならあるいは、未来まで見透かすことができるのだから。
それは知ろうと思わなければ叶わないことだが、知ろうと思わなくとも、彼女の頭には。
全てが詰まっている。
ともすれば、一位が言った『悪魔』という言葉は、他ならぬコア=ヴィル=シュラインに向けてのものなのかもしれなかった。
しかしこの場の誰もが突如発せられたこの単語の意味の真相を知ることはない。
なぜなら、
「は……?」
ヴィンフォースがさらなる困惑をその顔に刻んだ。
「……これが出オチってやつかな」
コアはさして意外そうでもなく、そうなるのが当然の予定調和を見る表情で、その様子を窺っていた。
その、序列一位――出で立ちは白い髭に少し灰がかった長髪の、いかにも仙人という表現が似つかわしい老人だった――が、いきなり発した声と同じく突然、全身の力が一斉に抜けてしまったかのように、地面に伏したのだ。
受け身を取ることもせず、糸が切れてしまったかのような有り様だった。
少しでも意識があれば起きないほどの無理な倒れ方だった。
地面にうつ伏せの状態の彼は、まもなく光を発し、
消滅した。
跡形もなく。
「はは、これも寿命かな」
「な……にを」
言っている。
その言葉はついぞ出てくることはなかった。
どう考えても、原因は二人にありそうなものだが、この世界で死ぬという場合は寿命以外にありえない。殺す、殺されるなんていう概念はこの世界にはありえない。
しかし、この不可解な寿命死、やはり二人が関与しているとしか思えない。
寿命の早期化。
それはもう、殺しているのと同等ではないのか――
「別に、そんな小難しいこと考えなくていいと思うけどね。勝手にバイバイしただけだよ」
「……貴様なら、原因がわかっているのではないのか?」
「うーん、どうかなー。あの人、普通に死にそうな見た目してたじゃん。それにさ、ヴィンちゃん、それ以前に」
ヴィンフォースを眺め、常時たたえている微笑みを欠かさずに、コアは言った。
「それどころじゃ、ないんじゃないかなあ」
彼女らは先ほど視界に捉えていた警備に、完璧に包囲されていた。




