後編
お待たせしました。
華麗なる元悪役令嬢の活躍をお楽しみください。
夕暮れが街を彩りだした頃。
アシェリーはテーブルの上に突っ伏したまま、眠り込んでしまっていた。
結構長い間泣いていたのだ、それは疲れた事だろう。
シャリルはクローゼットから大き目のブランケットを取り出して、そっとその肩に掛けてあげた。
(それにしても、どうしましょう。 陛下達の方は如何様にもできますけれど、メレウェルとルゥリシアは・・・難しいですわ。)
ちょっと状況が酷過ぎた。
お年頃の娘さん達には、それは汚らわしいものに見えた事だろう。シャリルだって、その年頃どころか、学生時代でも、そんなのを目の当たりにさせられたら激怒している。
――――コンコンッ。
何か良いとっかかりでもあれば、と腕を組んで頭を働かせていたシャリルの耳に扉をノックする音が聞こえた。
返事をする間もなく、部屋の扉が荒々しく開かれる。
「申し訳ありません、奥様。」と執事深々と頭をさげている姿も見える。
その後ろには、厳めしい顔つきをしたアシェリーの旦那様方が、勢ぞろいして並んでらっしゃった。
「アシェリーを迎えにきた。ご苦労だったな、シャリル夫人。」
国王陛下一同は、チラリとシャリルを一瞥するとずかずかと部屋に入り込んでくる。
テーブルで寝ているアシェリーを見るや否や、その場で誰が抱きかかえるかとかで喧嘩までし始めた。
「ココは一番の夫たる我が抱くべきだろう?」
「お疲れのご様子なのに、閨で無理させる貴方に任せられる訳がないでしょう? 今日は私が魔法で治療しますので、皆様帰っていいですよ?」
「はっ! その治療とやらで翌朝アシェが元気になっていた事などないな。」
「そうですよ、大体添い寝するなら僕が一番抱き心地が良いと以前いっていましたよ? こういう時は僕の出番ですから、引っ込んでいてください。」
彼らもおそらく、それなりにアシェリーの心配をしているのだと、シャリルは信じたい。
「しかし、育児がこれ程彼女を疲れさせるなら・・・今後暫く、子供達を街の離宮にでも送りますか?」
「それも良いね。彼女には私の愛をもっと良く知ってもらう必要があるし。・・・私達の寂しさを少し味わって貰おう。」
「わ、それ良いね。うん、僕も賛成かな。僕の奥さんだって思い出してもらなきゃ。」
それも、アシェリー曰く陰険腹黒眼鏡のアンラクス侯爵が不愉快な提案をするまでの事だった。
ハルティアの皇子がそれに乗り、愚弟が更に頭を抱えたくなる事をほざきだす。
国王陛下も他の連中も一様に頷いているのを見て。
(あぁ・・・これはダメですわね。今夜この国王陛下共の元に返したら、アシェリーさんが壊れてしまいますわ。)
怒りすぎて、逆に冷静になった自分をシャリルは自覚した。
「お引き取りくださいますか、陛下。アシェリーさんは本日、私がお預かりいたしますわ。」
毅然とした態度で、アシェリーに手を伸ばそうとする一行の前にシャリルは立ち塞がる。
「ならぬ。他の男も居る家になど、アシェリーを置いていける訳がなかろう!」
「そうですよ、姉さまっ! 僕のアシュに何かあったらどうする気ですかっ?! 場合によっては、トゥラバス男爵家にも責が及びますよっ!」
国王陛下のみらず、脇から顔を出した愚弟までもがやかましく騒ぎ出す。
その発言を受けて、別の怒りもシャリルの中に湧き上がる。
シャリルのこめかみに、ピキリと複数の青筋が浮いた。
(それはアレですの? 私の愛しい旦那様が、アシェリーを襲うとでも言いたいのですの? この私がいる前で、貴方方の様に、節操なく襲うと? ねぇ?)
アシェリーの言葉を借りるなら、「ぶち殺しますわよ?」という奴である。
ギラリと目を光らせて、実際に薄っすら青い光を放っているその瞳で、国王陛下共をシャリルは睨め付けた。
シャリルの体から魔力が津波のように溢れ出し、ピシピシと音を立てて足元の絨毯が凍り付く。
風がシャリルを中心にして逆巻き、ゴウッと雄叫びを上げながら国王陛下共に襲い掛かる。
可哀想に、執事が巻き添えだ。
彼らの服を凍らせながら、シャリルは可憐な声で、ゆっくりと尋ねた。
「それは、私に対する、侮辱として受け取っても宜しくて? ねぇ、皆様方?」
ちなみに、シャリルが元王子との婚約を結ばされた理由として。
リリラエル公爵家という国内の大貴族の一つという立場もあったが、主な理由としては、感情が高ぶると溢れ出す恐ろしく濃密な魔力をその身に宿していたから、というのがゲームの設定にある。
ゲームにおいては只のフレーバーテキストだったのだが、それが現実となるならば、彼女は正しく悪役令嬢に相応しいお力の持ち主であらせられるという事だ。
ゲームがバトル重視のものだったら、きっとラスボスとか直前に戦うボス的存在だっただろう。
アシェリー達が協力して苦労の上で倒す的な、アレである。
顔と成績と能力が良いとは言っても、人間の範疇に含まれる国王陛下一同は、サッと顔を青褪めさせた。
愚弟は、激しく首を横にふっている。
動く度にパリパリと氷の粒が顔の周りに飛んでいた。
「もう一度、お尋ねいたしましょうか? 皆様?」
「・・・いや、うむ、すまぬな。其方の厚意に感謝して、一晩預かって貰う事としよう。
何、アシュも偶には友人と語らい夜を過ごしたいだろう、心遣いに感謝する。」
国王陛下は威厳を何とか取り繕って、可能な限りの早口で答えた。
愚弟も、他のアシェリーの旦那達も異論は全くないようで、「あぁ、そうだね。」とか「うむ。」とか頷き合っている。
トゥラバス家の有能な執事は、お偉方の心の叫びを敏感に感じ取り、国王陛下のお言葉の途中からすでに扉を閉め始めていた。
言葉の終わりと共に、凍り付きかけた扉がパタリと閉じられる。
(全く、何処までも昔から変わらない方々ですわねっ!)
騒がしい一団が足早に立ち去る音を聞きいて、シャリルは肩の力をぬいた。
凍り付いていた物達が、さーっと何事もなかったように元の状態へと戻っていく。
この騒ぎでも目を覚まさなかった友人の側へと静かに近づくと、シャリルはその寝顔に同情と慈愛を混ぜた視線を向けた。
「本当に貴女って人は・・・今回は特別でしてよ? 愛しい旦那様のお嫁さんにしてくれたお礼という事にして差し上げますわ。」
穏やかな顔をしてすぴすぴと寝息をたてるアシェリーの頬を、シャリルはふにふにとつつく。
「ふにゃん、パーラァ・・・かぁいいよぉ。」
第4子の愛称を呟いて、テーブルにすりすりと頬を擦り寄せるアシェリーは、一体どんな夢を見ている事やら。
シャリルは暫く、彼女の柔らかい頬を突っつきながらその反応を楽しんだ。
その後、陽も落ちて魔法の灯りに照らし出された室内で目を覚ましたアシェリーが、とっぷりと暮れた窓の外をみて、「うにゃーっ!」と騒いだり、それを何とか宥めて、国王陛下共の許可は取ってある事等を説明してお泊りさせるのにやや苦労したりもしたけれど。
翌朝、というか昼頃にはパタパタと手を大きく振って元気にアシェリーは王宮へと帰っていった。
その姿をほっとして見送ったシャリルは、早速母に手紙をしたため始める。
そこに、昨日アシェリーが嘆いていた愚弟を含めた馬鹿共の行き過ぎた行為を事細かに記しておく。
特に、愚弟の頓珍漢な伝統とやらは詳しく書く事にした。
子供の教育に宜しくないし、只でさえ大変なアシェリーをこれ以上馬鹿共の独占欲の為に好き勝手させたくなかったのだ。
お腹の子供にだって、影響してしまう。
今まで無事に産まれてきたのが奇跡だとかまで、つらつらと書き連ねておいた。
優秀な執事に手紙を届ける様に伝えようとして、ふと思いついて一文追加する。
ちょっとしたお願いを母に頼もうかと、そんな事を書き加えておいた。
(メレウェルもルゥリシアも話してみれば・・・意外となんとかなるかもしれませんものね。)
唇にペンを押し当て、シャリルはそんな風に考えていた。
◇◇◇
天気も良く、爽やかな風がそよぐ絶好のお茶会日和のその日。
ララリエル公爵邸自慢の庭園の一つに、シャリルはメレウェルとルゥリシアの伯母として足を運んだ。
予定の時間通りに到着したシャリルは、用意されたテーブルに二つの小さな人影を見て、柔らかく微笑む。
「ごめんなさいね、遅れちゃったかしら? メレウェル、ルゥリシア。」
彼女は二人の誤解・・・うん、誤解を解きに来たのだ。
緊張した面持ちの二人が、可愛らしく返事をする。
「いえっ! シャリル伯母様、私達が早く来過ぎてしまいましたのっ。」
「そうですわ、伯母様に会えるのが楽しみで早く来過ぎてしまいましたの! ですから気になさらないでくださいませっ。」
「うふふ。ありがとう、二人共。それにしても、随分可愛らしくなったわね、見違えちゃったわ。」
シャリルは優雅な仕草でテーブルについた。
二人の緊張を和ませるべく、当たり障りのない会話をして二人の気分を盛り上げる。
メレウェルとルゥリシアもまた、幼い頃より間近で見ていた、気高く、美しく優雅で、そして温かく接してくれるシャリル伯母様と久しぶりに沢山お話しできると、大興奮だった。
母の実態を知る前から、シャリルは二人にとって憧れの人なのだ。
ほわほわとした何かを漂わせて、キラキラ光るおめめで見つめながら会話を弾ませてくる二人に、シャリルは既視感を覚えながらも頭の中で悩んでいた。
(本当に良く似ている母娘ですわよね。
昨夜も見た気がしますわ、そのお顔。・・・ではなく、どうやって切りだしたものかしら。)
寝る前にリシャルの娘や息子達が屈託のない笑顔で挨拶した時のアシェリーの顔に、今の二人の顔は大変良く似ていた。
今伝えると、取っ掛かりになる処か拗れそうですわね、とか内心ため息を吐いていたシャリルに、興奮したメレウェルが、しれっと特大の爆弾を放り込む。
パンッ!と手を叩いて、眩しい笑顔で名案を思い付いたとばかりにメレウェルは提案してきた。
「そうですわ! シャリル伯母様がお母さまになって下されば良いのですわっ!」
「メレ姉様! なんて素敵な名案なのでしょう! 伯母様、是非そうしてくださいませ!」
キャーッと両手を合わせてルゥリシアも姉に賛意を示す。
(・・・はぃ?)
何故そうなるのかしら? とシャリルは唖然とした。
思わず口を半開きにしてしまったシャリルに、二人は身を乗り出して尚も言い募る。
あ、これも昨日見ましたわね、とか無駄な事をシャリルは頭の片隅で思った。
「だって、お父様が仰ってましたわ。
『シャリルは昔から私に惚れているのだよ。婚約者でもあった事であるしな、仕方ない事ではあるのだが。しかし、私はそれを振り払ってアシェリーと恋に落ちたのだ。』と、何度か聞いた事がありますもの!」
「私も聞きましたわ! 伯母様にそのお気持ちが今も残っていらっしゃるなら、私達も喜んでお手伝いいたしますわっ!」
ピキッとシャリルの手にあったティーカップにヒビが入った。
「それに、お父様が婚約破棄を告げた時には泣いてお縋りして『捨てないで欲しい』と訴えられたとか!」
「どのお父様も仰ってましたの!」
ドガシャァ!と紅茶から氷が剣山の如く突き出して、シャリルのティーカップを粉々に打ち砕く。
シャリルの肩が小刻みに小さく震えている。
(ああ、そうですのね。これが、殺意というものですわね。・・・ええ、次の王位継承者も目の前に居る事ですし、少しばかり過剰にお仕置きしても許されますわよね?)
シャリルの震えや俯いたその姿を見て、メレウェルとルゥリシアは当時の事を思い出した伯母様の悲しみの深さを感じた。
心の中で二人して、「ごめんなさい、伯母様っ。」と謝りつつも、これならば自分達の母親になってくれるかもしれないと期待もする。
「――二人共。貴族の婚約は愛情ではなく、ただの契約だという事はご存知ですわよね?」
「はいっ!
でもお父様は、『確かに我らの婚約に愛などいらぬ。しかしな、この私を相手に恋をする乙女心を持つなと言う方が酷であろう? シャリルの愛は殊の外重くてな、何処へ行くにも私の側から離れようとしてくれなかった程だったのだ。』と、笑顔で仰られてましたわ!」
シャリルの顔から表情が消えた。
お茶菓子を乗せたティープレートに霜まで降り始める。
周囲の温度が急速に下がったようで、肌寒くすらなってきた。
「・・・全て、虚言でしてよ。それ。
家の体面を守る為に必要な時は、側にいて差し上げていただけですわ。それに、私が、あの愚王を愛している? 泣いて縋り付いた? これまでの人生で一番愉快な冗談を耳にいたしましたわ。」
シャリルの鬼気迫る様子に、メレウェルとルゥリシアの二人は「えーと?」と首を傾げた。
なんか、父親達から聞いていた話と随分違う雰囲気だ。
言われた通りならば、普通ここは頬を染めて恥ずかしがりながら否定する場面ではなかろうか。
それになんか、これは押し殺していた愛が発露したモノでは無いような気がする。どっちかというと、大変不名誉な侮辱を受けた感じだ。
(そうですわね、この子達にぶつけるモノではありませんでしたわね。私としたことが、つい怒りのあまり我を失う所でしたわ。)
アシェリーが理解の及んでいない時にする表情と同じ顔をした二人を前にして、シャリルはため息を吐いてその怒気を収めた。
「はぁ・・・、二人共、よろしいかしら?
私、いえ。当時貴女達のお父様方の婚約者にされていた者達は皆、貴女達のお母様アシェリーに感謝すらしているのです。」
「「・・・?」」
「私達に恋をする事を、愛した殿方と結ばれるという叶わぬ願いを許してくれたのは、他らなぬアシュリーなのですから。
家の為、国の為、意に添わぬ殿方に己の純潔を捧げねばならないという絶望から救い出してくれた、私達の英雄なのですよ? 貴女達のお母様は。」
「「つまり・・・?」」
「メレウェル、ルゥリシア。父親共に騙されているのは、貴女達お二人の方という事ですわ。
どうせ、『アシェリーがどうしてもと求めてきてな。』とでも言われたのでしょう? 数日前に貴女達がアシェリーを嫌う原因となった場面を見せらた時も、あの愚王は。」
うんうん、と二人は首を縦に振る。
「それも嘘ですわ。
アシェリーが貴女達に愛情を注ぐのを妬んで、自分達だけに愛情が注がれる様に父親共が企んだ事でしてよ。」
二人が驚きに目を見張った。
言われてみれば確かに時々、お父様達はなんか凄い目で弟や妹達を睨んでいた。
てっきり遊んでいる玩具に危険が無いか確かめているとばかり思っていたのに、まさかそんな事を考えていらっしゃったなんて!
何か思い当たったように頷きあう二人を、生温かい目でシャリルは見守った。
二人共、そんな所も母親似であるらしい。大変素直で可愛らしい。周囲に賢い者を配置出来れば、父親共に任せるより国が栄えそうである。
(後で、お母さまに教育の見直しと従者の選別を具申しておきましょう。父親共の非礼と一緒に。
・・・ええ万が一、あの嘘が愛しい旦那様のお耳にでも入った時の為にも。先王陛下もお父様もまだ元気でいらっしゃいますものね?)
ほの暗い笑みを胸に秘め、シャリルは言葉を続ける。
「アシェリーは昔から、責任感が強くてとても優しい人なのです。
その行為も、貴女達を守る為に仕方なく、父親共の要求に応えて差し上げていただけですわ。」
「「お母様・・・っ。」」
「それに思い出してあげてくださいませ?
もう8人も子供を産んだというのに、アシェリーは一度でも貴女達を蔑ろにした事などありませんでしたでしょう? 父親共にちょっかいを掛けられても、すぐに貴女達の所に戻ってきませんでしたか?」
「・・・そういえばそうですわ。」
「そうですわ、お母様はいつも皆を抱きしめてらっしゃいましたわ。お父様達に連れていかれても、帰って来られる時、いつも走ってらっしゃったわ。」
鍛えられたララリエル公爵家のメイドがタイミングよく運んできた新しい紅茶を受け取り、シャリルは一口含んで喉を湿らせた。
「そうでしょう? 先日我が家を訪れた時は、貴女達に嫌われたと凄く悲しんでいましたのよ?
泣き疲れた彼女がその後寝入ってしまった時も、貴女達の名前を口をしていましたわ。
『ごめんなさい、ごめんなさい。お母さん、二人共大好きなの・・・。』
と、魘されてうわ言の様に繰り返していましたのよ?」
ちょっと事実とは異なるかもしれないが。
これはシャリルの優しさである、しれっと話しを盛っておいた。
母親によく似た二人には、これは予想以上の効果を現したらしい。
目を見開いたままの二人の瞳から、ボロボロと大粒の涙が次々と零れていった。
「「っそんな!お母様っ!」」
「私達、お母様になんて酷い事をっ。」と、二人してオロオロと囁き合う。
シャリルは最後の一押しを加える事にした。
「ですから、貴女達も少しアシェリーを守って差し上げてくださいませ。
父親共は無駄に権力を持っていますから、周囲の大人達はあまり彼らの言葉を否定する事が叶わないですし、窘める事も難しいのですから。・・・貴女達も覚えがありませんこと?」
シャリルの言葉に、二人がはっとした顔をした。
「メイドのマリベル!」
「レチェルもですわっ!それに、護衛のダルタンもっ!」
皆、目を逸らしながら「ええ、その通りです。」といつも答えていた。
あれはお母様の奔放さを苦慮したり、シャリル伯母様を憐れんでいた訳ではなかったのだ。
「「お母様に謝って参りますわっ!」」
メレウェルとルゥリシアは、ガタンッと勢いよく席を立つと挨拶もそこそこに城へと駆け戻っていく。
すぐにガラガラと馬車の走り出す音まで聞こえたので、ララリエル公爵家の者達は相変わらず察しが良いようで安心する。
(素直すぎるのもどうかとも思いますけれど、まぁ、今回は良いですわ。なんとかなりましたもの。・・・アシェリー、本当に貴女によく似た娘達ですわね?)
シャリルはもう一口紅茶を口にして、ふっと城を眺めながらそんな事を想った。
アシェリーさんは、また馬鹿旦那共の相手をさせられて疲れてた所を、帰って来た娘達に飛びつかれて大いに慌てたという。
匂いとかまぁ、色々残っていたから、もっと嫌われてしまうと焦ったのだ。
だから、娘達がそんな事を気にもせずに『お母様っ、ごめんなさいっ! 私達もお母様が大好きっ!』と泣きながら繰り返してくれて、凄く嬉しかったらしい。
「わぁぁんっ! お母さんも二人が大好きよーーっ!!」
泣き笑いのお顔で二人をぎゅっと抱きしめて、そう叫ばれたそうな。
何故か次の日から馬鹿旦那共が一月あまりの出張に揃って出かける事が決まり、出発の挨拶の時も子供達が騎士の様にアシェリーを守ってくれたりしたと、嬉しそうに報告してくれた。
「えへへー、うちの子達可愛いでしょー? もーっ、お母さんこの子達と結婚しなおすっ!」
とは、暫く経って再び訪れてきたアシェリーの言である。
今度は赤ん坊まで連れて来て、お子様勢ぞろいでやってきたので色々と大変だった。シャリルの子供達も訪ねてきた子供の多さに、目を白黒させていた程だ。
その上アシェリーがシャリルの子供達までわしゃわしゃと構いつけて、子供達の間でささやかな争いが起きかけたが、これは許容範囲内の事だろう。
喧嘩する両家の子供達に挟まれて、アシェリーはとても楽しそうだった。
(本当に幸せそうなお顔をされる様になりましたわね、良かったですわ。)
苦労が報われたシャリルは、そんなアシェリー達の様子を優しく見守るのだった。
これは余談ではあるけれど。
愛しの旦那様の耳に、件の国王陛下共の見栄が届いた翌日、城の全ての使用人や騎士、貴族までもが謁見の間に集められたらしい。
半日程過ぎた頃、皆普通に仕事に戻ってきたのだが。
城の機能が半日も停止していた為、街でも噂となり様々な人々が城に勤める者達に「何があったのか?」と尋ねたそうだ。
けれど、皆口を揃えて「何もない、只の集会だった。」としか答えなかった。
しつこく根掘り葉掘り聞きだそうとすると、彼らは真面目な表情でその人物に告げるのだという。
「いいか、ドラゴンの尻尾を踏むのは、自殺志願者だけだ。」
その尋常でない気迫に街の住民達はやがて、王城にはドラゴンが住んでいると噂するようになったとかなんとか。
お楽しみい頂けたなら幸いです。
今回も長々とお付き合いありがとうございました。