第七話 地味子とヤンキーと初デート
SIDE 天霧舞
合宿が終わってから、彼はよく家にやってくるようになりました。
彼はこの夏休みの殆どの時間をギターに当てているようで、少しずつではありますが、確実に上達しています。
さて、なぜ彼が私の家に来ているかというと、どうやら彼には……いえ、彼にとって自宅というのは心安らかに落ち着ける場所ではないようです。その事実に少し悲しくなりますが、彼の口振りから、彼にとって両親は両親というより、同居人に等しいのでしょう。これは私が彼の練習の休憩中に、家の話を振った時に教えてくれたことです。
いえ、彼の家の事情は横に置いておくとしても、本題はそこではなく「なぜ毎日の様に私の家に?」という事です。
確かに合宿の終わりに「またいらして下さい」と言って、彼は「ああ、また来る」と言った気もしますが……あの、その来過ぎじゃないでしょうか?私的には社交辞令も込みで「偶には皆で遊びに来てね」程度のつもりだったのですが、本当に来過ぎじゃありませんか?そして、家政婦の橘さんと馴染み過ぎじゃないでしょうか?
それと橘さんも彼の事気に入り過ぎです。もはや『隼人君』呼びですよ。私達『軽音楽同好会』のメンバーですらそんな呼び方しませんよ?
では、なぜがこれほどにまで入り浸るようになったのかというと、どうやら、彼はあの夏合宿で私の家が気に入ってしまったようです。
空調の効いた快適な空間。一日中大きな音を出せる環境(これは合宿で使った部屋ですね)。分からない事があれば答えて、実演して教えてくれるギターの教師(これは私ですね)。気が向いたらセッションが出来る環境(これも私ですね)。何もしなくても出てくるご飯とお風呂(これは橘さんですね)。部屋も余っているので、なんなら泊まっていいという素晴らしい環境。
私の家族も今は海外にいる事が多いので、気を使う必要のない最高の環境なのでしょう。
確かに私でもここは良い家で、良い環境だと思うのですが……私の家を『軽音楽同好会』の部室かなにかと勘違いしてはいないでしょうか?
後、一応何と言いますか、私も生物学上は女である訳でして、年頃の異性の家にこうもほいほいとやって来て、自分の家であるかのように寛がれると、私のなけなしの女としての自信というものが木っ端みじんに砕け散ります。
もうこれ完全に仲のいい同性の友達の感覚ですよね?友人の少ない私としては、友達が増えるのは良いのですよ。いえ、いいのですけどね?いいのですが、何と言いますか……そこはかとなく不満があります。私だけドギマギするのが許せません。
それにこれでも一応乙女なので、異性の前にあまりはしたない格好で出迎えるわけにもいかないですし、部屋着といえど毎日同じ格好という訳にもいかないのです。服選びも大変です。
後、橘さんその人は彼氏じゃないので、面倒だったら追い返しても構いませんよ?いえ、本当に違いますからね。本当です。照れ隠しでもありませんから。
*****
それでも、何日も日をおかずに……というよりほぼ毎日やってこられるので、すっかり私の生活は規則正しいものへと戻りました。
自宅に他人がそれも異性がいる状況というせいでもありますが、何が嬉しくて夏休みに私は毎日きちんとした時間に起きなければならないのでしょうか?いえ、規則正しい生活を送る事は、悪い事ではない筈なのですが、なんというか……ねぇ?その、なんというかです。
そんな日々を送っていると、夏休みを部屋着で毎日ぐーたらアニメでも見ながらゴロゴロしようとしていた崇高な休日が、台無しです。いつ部屋を訪ねられるか分からないので、私の高尚な趣味であるBでLな薄い本も鑑賞できませんし、プライベートが彼に侵食されつつあります。もう、本当に色々と台無しですよ!
と、内心不満たらたらだった私ですが、今日はなんと彼が私を外に連れ出そうとしています。これは俗にいう青天の霹靂ですよ。
「なぁ、天霧?今日この後お前の予定が何もなかったら……ライブに行かないか?偶然にもチケットが二枚あってな」
「わ、私とですか!?」
「ん?そうだ。お前以外に誰と行くんだ?」
首を傾げ、少しおかしそうに微笑みながら発せられる言葉に不覚にも少しだけ、そうほんの少しだけときめいてしましました。
きっと、合宿でのやりとりや、ほぼ毎日顔を合わせているせいで、かなり彼に心を許しているのかもしれません……うぅ、チョロいな、私。
「え?え?それは……えっと」
「嫌か?」
「い、嫌では……ないです」
こうもいいように振り回されている私ですが、少しだけそうほんの少しだけ、彼に異性としてドキドキします。
なんだかとっても悔しいです。ええ、本当に。
「そうか!良かった!ほらこれ!前に天霧に話した俺がギターを始めるきっかけになったバンドのライブのチケットなんだよ!」
「あ、ああ!秋津さんが以前に仰っていた?『HIGH STAND OUT』でしたっけ?」
「そうそう!いや~他の奴も誘ったんだけど、いきなりだったせいか、誰も引っかからなったんだよ!本当に良かった!」
「は?」
「幼馴染のダチは無理らしくて、チケットをくれたんだ。リンタも武士彦も誘ったけど、今日は無理って言うからな!本当に助かった!」
おいこら!細目!エセヤンキー!私のときめきとドキドキを返しやがれです!なけなしの乙女心を弄んでくれましたね!そのチケット破り捨てますよ!誘うなら最後まで騙しきりやがれです!
「でも、良かったよ……ありがとう天霧」
そう言って彼は、私の内心なんて気にしてない様に、また何の悪気もなく嬉しそうに無邪気に笑います。
最近打ち解けてきたせいか、私の前ではよく笑うようになりました。それでもいつもは憎まれ口をたたきながらムスッとしているので、彼のこの笑顔が本当に私と一緒にライブに行ける事が嬉しいというのが分かってしまいます。
「……ハァ……ドウイタシマシテ……」
…………ん~~~そんな顔されたら、はぁ……一緒に行きますけどねっ!もう!なんだかなぁ!ずるいなぁ!ホントにずるいです!
*****
ライブは夕方からという事で、彼は一度ギターを置きに家に帰る事にして、ライブハウスの近くの駅にもう一度集合することにしました。これは俗に言う『デート』という奴なのでしょうか?
……いや、まさか違いますね。おっと、私としたことが勘違いしてしまいました。デートは確か都市伝説でしたね。私はリア充ではありませんしね。ええ、これはただ一緒にライブに行くだけですから、これは絶対デートではありませんね。
年頃の男女が二人きりで出かけると言っても、ただのライブですし、チケットが余っていたせいですもんね。他に一緒に行く人がいないだけですよね。ええ、そうです。これはデートではありませんよね。
「ふぅ……危ない危ない。私としたことが、危うく勘違いして黒歴史をまた一つ増やしてしまうところでした」
そう、これがデートではないとなれば、ここはあまり気合を入れてはいけないのです。
ここでキラキラな女子力高めの服装や、ガーリーな服など選ぶ必要はありません。むしろ、その逆の服装を選ばなければなりません。
「となれば、服は動きやすい服装で、靴は勿論スニーカーですね。ロックバンドのライブですし、ヒールなど以ての外ですね。それに、これはデートではないのですから……ただライブを一緒に観に行くだけですから……おしゃれは必要ないですね」
私は普段着ないジーパンとTシャツを衣装ダンスから、引っ張り出して着てみます。
「……なんというか、似合わないです」
不健康な白い肌に細い腕、長い前髪に長い後ろ髪。これではただの画面から出て来て、太陽の下を元気に動き回る貞子のようです。これはシュールです。
「……どど、どうしよう」
「どうされました?」
「ひゃう!?た、橘さん!?の、ノックは?」
「致しましたよ?お嬢様はお気づきになりませんでしたが……」
「そ、そうなの?それなら……って、そうじゃなくて!」
「あらあら、舞お嬢様!そのような格好をして……もしかして、隼人君とデートですか?」
橘さんが、何故それを!?
い、いえ、デートではありませんから!落ち着いて訂正しないと、またややこしい事になりかねません。
「ちちち違うよ!デートじゃないです!その、ただ友達とライブに行くだけだからデートじゃなくて……だ、だけど、気合を入れるのも変で、き、気合を入れていない服を選んでみたのだけど、服が似合わなくって」
「あらあらまぁまぁ!そうなのですね!ライブデートですねッ!」
「ち、違うから!」
この年になったおばちゃんは話を聞いてくれません。話を聞かないだけならまだしも、橘さんは脳内で話を勝手に作り上げてしまう癖があります。
もう、本当に勘弁してください。彼は私の彼氏ではありませんから!
「分かりました、お嬢様。ここはこの橘にお任せ下さい。必ずやデートを成功させるコーディネートをしてご覧に入れましょう」
「あ、ありがとうございます?」
本当に有難いのだけど、デートではありませんからね!
*****
それから約束の時間になったので、私は彼との待ち合わせ場所に向かいました。
「おっ、天霧!こっちだ!」
私を見つけて、彼が手を挙げて呼んでくれます。私は彼に駆け寄り、確認の為にも初手でかましてやります。今日の私は一味違いますよ!
「ご、ごめんなさい……あ、あの、その、ま、待たせちゃいましたか?」
「ああ、クソほど待ったな。ったく」
「す、すみません」
ほらやっぱりデートじゃないです。期待しないでよかったです。
デートだったら、古今東西こういう時は『いや、今来たところだよ(キリッ)』って言いますからね、お約束です。いくらデリカシーの欠如した方だといっても、彼がこれをデートだと思っていたら、こういう時はにっこり微笑んで、気の利いた台詞を言うものですからね、ええ。
「まぁ、待ったつーか……俺が楽しみでかなり早くからここに居たんだよ」
「え?え?そ、それって?」
え?嘘?なんですか?ツンデレですか?そ、それって、もしかして!?
「ライブ楽しみだな!」
「ですよね~」
「ああ!」
ええ、分かっていましたよ?本当ですよ?彼相手にそういう期待なんてしたらダメなんですよ?分かっています。
「それにしても、その格好……」
「な、なんですか?」
もう私は騙されませんよ?ときめいてやったりもしませんよ?心の中でファイティングポーズをして待ち構えてやりますよ!しゅっしゅっ!
「いや、よく考えたらお前の好きなジャンルじゃねぇし、無理に誘ったかも……と思ったけど、こうやって、ちゃんとライブに付き合ってくれているのが嬉しくてな」
「……え?そ、それは?」
「いや、ほら?こういっちゃ悪いが、ロックやパンクのライブにフリフリのスカートにハイヒールなんて履いてこられても困るだろ?だから、今日の天霧の服装が一緒になって楽しんでくれようとしているのが分かってな……その嬉くてな」
「…………」
彼は自分の発言に少し照れ臭そうに頭を掻きました。
くそぅ……ちゃんと服選んで良かったです!!そうなんです!そうなんですよ!!色々考えたんですよ!色々不安だったんですよ!そして、こんな言葉で気分が良くなるなんて、私の馬鹿ぁぁああああ!!!
「ん?ほら行こうぜ?」
「…………はぃ」
私は顔が見られない様に下を向いて、彼の少し後ろをついて行きました。
*****
入り口でチケットを捥ぎってもらいライブハウスの中に入ると、人がたくさんいました。外に並んでいる人も結構いましたが、中では物販が凄い賑わいを見せていました。彼が夢中になるだけあってお客さんはいっぱいです。
「うぉーーすげぇな!」
「ふふっ、はい。そうですね」
目を輝かせてその光景を見る彼は、なんだか遊園地に来た時の子供みたいです。でも、その気持ちは分からなくはありません。私も待ち望んでいた乙女ゲーが発売する日に店頭に並び、期待と開店はまだかと思うあの感覚は胸が高鳴りますからね。いえ、例え話であって私はしませんよ?本当ですよ?
「あ~タオルだけ買って中に入るか?」
「は、はい、それで構いません」
売店の列に並ぶと、彼は他のグッズも気になるようですが、値段を見て次に財布の中身を見て「くっ」と言って悔しがって、心なしかしょんぼりしています。
ふふっ、可愛いですね。これが萌えです。ギャップ萌えですね。
「そーいや、ほぼ毎日お前ん家に行ってるけど、天霧は夏の予定はないのか?」
「はははっ、そ、それは……本当に今更ですね」
貴方が毎日来るから、下手に予定を入れられないとも言えますが、それはここで言う事ではないでしょう。
「いやまぁ、なんつーかお前ん家は居心地の良いからな」
「ふふっ」
そうですね。私の家は居心地最高の引きこもりライフが送れますからね。褒められたら悪い気はしませんね。
「てか、今更ついでに言いたいんだけどよ?」
「な、なんですか?」
じっと彼に顔を見られたので、私はついつい身構えます。彼は私の予想を超えて、土足でこちらに踏み込んでくるので警戒は必要です。
「前髪切れよ、前髪」
「……い、嫌です」
「いや、だってよ?この時期だと余計に暑くねぇのか?それ?天霧はなんで前髪切らねぇんだ?普通に邪魔だろ?」
「え?い、今それ聞きます?」
「いや、今気になったから。ダメか?」
「……だ、駄目じゃないです」
彼に顔をのぞき込まれて「ダメか?」と聞かれると、何故だか反射的に「ダメじゃない」と答えてしまう自分がいます。どうしてなんでしょうか?悔しいです。
「じゃあ教えてくれよ」
「その……私は自分に自信がなくて、人の視線が嫌いで怖くて、だからその――」
「そうか……前髪切った方が可愛いと思ったんだがな」
「え?え!?」
な、なななんですか?いきなり!?可愛い?私が?前にもそう言って私を追い詰めましたよね!?あれは本当に心臓に悪いので勘弁して頂きたいです。
「……ん?お前は自分の顔を客観的に見るのが苦手なのか?まぁ、一番見慣れてるからしゃーねぇか。前にも言ったが、お前の顔は小さいし整っているから、前髪切って、ちゃんとした格好したら可愛くなる筈だぞ?…………おい、もしかして、誰にもそんな事言われなかったのか?」
「い、妹と橘さんと遥ちゃんはそう言ってくれました」
「なんだ、なら切りゃいいのに」
「ほほほほぼ、身内じゃないですか?い、嫌ですよ」
「そうか?まぁ、そんなに嫌ならしょうがねぇが……勿体ない」
「………………」
これは私が前髪を切ったら……という事なのでしょうか?いえ、この人の事です。ただ単純に暑そうだから前髪を切れという感想なのでしょう。ええ、その筈です。きっと。
*****
そして、ライブが始まりました。登場したバンドは、彼が言っていたように凄いバンドです。私の隣では彼がいて、いつもは中々見せない笑顔で声を張り上げて歌い叫んでいます。盛り上がるところで手を突き上げ、大声で叫んでいます。
彼は本当ならもっと前に行きたそうですが、私が人混みを苦手なのを覚えているのか、比較的後方にいます。
しかし、ここはアイドルのような大人し目のライブではなくパンクバンドのライブです。そして、ここはライブハウスなので、盛り上がりが最高潮に近づくにつれて、私たちがいるところでもモッシュが始まり、ボケっとしていた私は反応に遅れて、人の波に飲まれかけます。
「おい、天霧!」
「……あっ」
「ボーっとしてっと流されるぞ?」
彼の手が私の手を握り引っ張ってくれます。危なかったです。大変な事になりかけました。
「あ、ああのすいません!」
「いや、別にいいけどよ?誘ったの俺だし」
そう言って、彼は握った手を離します。
「……あっ」
「どうした?」
「い、いえ……なんでもありません」
つい、まだ手を繋いでいたいと思ってしまった。今はライブ中。これはデートじゃなくて、一緒に楽しむライブですからね。そういう甘いのは違いますよね。分かっています。
そんなことを考えていると、またしても人の波に攫われかけます。これは天丼ってやつですね?いえ、もう一回サビが来ただけですね。
「おい!また!?」
「え?きゃっ!?」
「ったく、少し我慢しろ」
「え?え?」
彼はそう言って私を胸元に引き寄せます。というか、これって抱きしめられてやいませんか?
「っ!?っ!?」
「……あー、汗臭いかもしれねぇが今は我慢しろ」
いえ、そうじゃないんです。汗臭いのは百歩譲っていいのですが、それじゃないんです。後、顔が近いです。いえ、ライブ中は周りが騒がしくて、こうしないと声が聞き取れないのは分かっているのですが、それでも近いです。具体的に言うとキスできる距離です。本当にこれはマズいです。
顔が真っ赤になるのが分かります。鼓動が早くなって、胸がドキドキしています。それはマズいんです。本当です。
本当にそれはマズいんですってば!!
*****
あれから最後まで終始頭の中が茹ってしまって大変でしたが、無事にライブは終わりました。大盛り上がりのライブが終わり、私達は流れに身を任せる様に外に出ます。
いくら空調が効いていると言っても、密閉された空間でこれだけの人がいて暴れれば、この中は蒸し暑く、そして、汗臭い。でも、これがライブです。そんな事が気にならなくなるまで、バンドの演奏に酔い、踊り騒ぎ、共に歌い叫ぶ。そして、皆が終わった後は、疲れていても、泣いていても、最後には笑顔で帰る。これが楽しかった時のライブです。
そして、今日のライブはその最高のライブでした。手を握られたり、抱きしめられたりと私的には凄いハプニングがありましたが、ライブ自体は本当に楽しかったです。
「た、楽しかったですね!」
「ああ!最高だったな!……って、天霧。お前の顔に前髪が張り付いて、なんか凄い事になってんぞ?」
「え?ほ、本当ですか?」
「ちょっと待てよ」
「え?ななななんですか?」
「いいから、動くなよ?」
「え?え?」
そう言って、彼は私の前髪をかき上げ、ハンカチで拭きました。
正直、女の子の顔をハンカチで拭くなんて、化粧が落ちて大変なことになるから、言語道断で褒められた行動じゃないのに、何故だかドキドキしてしまいます。何と言いますか、とても悔しいです。
拭く時の彼の顔は近いし、拭くのも少し乱暴だけど、嫌じゃないし、やっぱり胸の鼓動が収まりません。
なんででしょう?私は雑に扱われると嬉しい変態さんなのでしょうか?
「はっ、やっぱりお前綺麗な顔してんじゃねぇか?」
「え?」
「前髪切れ、前髪。そっちの方が可愛くて似合ってるぞ?」
「うぅ」
くぅぅ胸が苦しい。不意打ちもあったのかもしれませんが、彼の言葉一つで私の感情が、私の心がどうしようもなく荒れ狂います。
「おい、どうした?ほら行くぞ?」
「…………あっ」
そう言って彼は自然に私の手を取って、出口まではぐれないように引っ張られます。今の私はなすがままです。嗚呼、これは本格的に不味いかもしれません。
「なんだ?ボーっとしてっと、またはぐれるぞ?」
「……はぃ」
彼に握られた手が熱いです。顔が火を噴きそうなほど熱を持っています。もう彼の目をまともに見られません。心臓がドキドキいって今にも破裂しそうです。これはライブの興奮……とは違うでしょうね。
――この気持ちは、きっと『恋』というのでしょうね。
嗚呼、なんて言う事でしょう。自分でも自分がこんなにチョロイだなんて思ってもみませんでした。どうやら、私はこの目の細いデリカシーの欠如したエセヤンキーに惚れてしまったようです。
うぅぅ、どうしましょう。どうしたらいいんでしょう?
そんなことを考えながら彼に引っ張られながら歩いていると、突然大きな声で声をかけられます……勿論彼が、です。
「おい、そこの金髪でソフモヒの厳つい兄ちゃんっ!!」
え?え?なに?いきなりなんですか?金髪のソフモヒってソフトモヒカンの略ですか?という事は、声をかけられたのはやっぱり彼ですか?えっと、ちょっとこれは不味いんじゃないですか?不味い展開なのではないでしょうか?バイオレンスなアレですか?
「あぁん?」
私達が振り向くと、やはり私の予想通り、チャラチャラした耳にピアスだらけのお兄さんに声をかけられてしました。
彼も無視すればいいのに、条件反射というやつなのでしょうか?それはもうドスの効いた声色で、敵を威嚇する様な「あぁん?」をいただきました。きっと、文字にするのなら、「あぁん?」の『あ』に濁点が付いている事でしょう。
何と言いますか、流石は自称『不良ホイホイ』の異名を持つ男です。呼吸をするように、トラブルを引き寄せてしまうのですね。
「お~!やっぱり!その凶悪そうな顔!久しぶりじゃん!ソフモヒの兄ちゃん!」
「ん?ああっ!!……んだよ。チャラピアスの兄ちゃんか!一瞬所構わず喧嘩を売ってくるクソヤンキーかと思ったぞ。それで元気してたか?後、凶悪そうは余計だっつーの」
え?ソフモヒ?チャラピアス?え?知り合いですか?何友でしょうか?不良友達でしょうか?
「何々?壮君の友達?」
「うわぁ、お兄さん目つきわるいね~?超ウケる」
「あれ?このお兄ちゃんって……」
「だよな?もしかして『鬼殺し』じゃね?」
「え?あの『百鬼夜行』を一人で潰したって言う?」
「嘘?マジで?」
「マジマジ。クッソ強いから、さっきの謝っとけって」
「ああ、一人だけ漫画の中のキャラ的な感じで無双する」
「あ~喧嘩売ってるわけじゃないんで、すんません」
チャラピアスのお兄さんのお友達もぞろぞろと寄ってきて、私の周りが一気に不良率が上がります。肩にタトゥーとか入れている系のお兄さんや、髪をカラフルに染めている系のお兄さんたちです。今この場はヤンキー90%のオタク10%です。
だ、誰か助けてー!助けて下さい!
「もっちろんじゃ~ん!元気じゃなかったらここにいねーべや!てか、クソヤンキーとか酷くない?俺っちこんなナリだけど善良な一般市民よ?……って、ん?あれあれ?後ろにいるのは、もしかして彼女ちゃ~ん?」
「え?えっと、その、あの……」
ピンチです!チャラピアスのお兄さんにロックオンされました!あわあわわ!危険がピンチで危ないです。エマージェンシー!エマージェンシーです!
「ん?……ああ、天霧か?こいつは彼女じゃないぞ?」
その言葉を聞いた瞬間に、何故だかズキリと胸が痛みました。
先ほどテンパっていた私が言うのもなんですが……その、もう少し照れや葛藤があってもいいのではないでしょうか?ね?そこのところはどうなんですか?秋津さん?
「そうなん?なんだデートじゃないん?」
「ああ。こいつは学園の……軽音部同好会のメンバーだ」
「え?あの後マジで入ったの?あれ本気だったん?」
「ああ、マジもマジだ。ちなみに、こいつは俺のギターの師匠の一人だ」
「まじでかぁ?パネェな!青春してんじゃん!若人よ!……って事は、例のあの子に想いを届けるのももうすぐじゃね?」
例のあの子?想い届ける?……って、なんですか?
「ああ、文化祭のライブに成功したら俺は告白する!」
「……っ!?」
ははっ、やっぱり期待するからこうなるんですね。私の淡い恋は、気付いた直後に終わってしまいました。
彼風に言うのなら「あーあ……ホントにクソったれだな」ですね。
SIDE END




