Side olderNo.2
Side older.
「…大丈夫でした?」
顔をあげると、女子高生と見える少女が、恐る恐るといった風情で自分の顔を覗き込んでいた。
…うわ恥ずかしッ‼︎
「あ、すいません…うわ恥ずかしい。あ、荷物もありがとう…」
言いながら、彼女がわざわざ電車から降りてきてくれたことに気がついた。
「君わざわざ電車降りてきてくれて、ほんとごめん、ありがとう」
「いや、全然大丈夫です。時間も、まだあるし。逆に声掛けちゃってすいません…」
つい恥ずかしさの余りまくし立ててしまったことに気づき焦る。彼女の顔色は別段鬱陶しそうでなく、安心した。少し堅い表情は見ず知らずの大人、しかもコケた大人相手なのだ、当然だろう。
「いやそんなの!全然!わざわざありがとうってくらいだから…次の電車、すぐ来るかな…」
電光掲示板を確認する。彼女がどこへ行くのかはわからないが、少なくとも次の電車が来るので12分後だ。
「うわ、全然来ねぇ…しかも次各駅だし…ほんとすいません…あ!奢る!奢るよ!自販でよければだけど」
頼む!乗って!でないと年上として立場がない。このまま最短でも12分、同じホームで待ち続けるのは痛すぎる。
少し、間があいた。
あぁこれは出過ぎたこと言ったかも。
別の電車でも行けないことはないが、もし今から階段を上って他のホームに行ったら、コケた挙句ホーム間違えていた阿保男に思われるかもしれない。
「あ、ごめん出過ぎたこと言った、ね」
「いえ!」
間髪入れずに返ってきた声は真剣だった。ほっと胸を撫でおろす。
拒絶されている訳ではないと信じ、早速とばかりに歩き出したが、近くの自販機まででさえかなりキツかった。とんでもない痣になっているだろうが骨折等の大事にはなっていなさそうなのでまぁいいとする。
「あっ、座ってた方がいいです!大丈夫ですから!そんな、だって大したことしてないっていうか何もしてないですもん、私。荷物拾っただけでそんな、」
痛々しげな表情は繕い切れていなかったのだろう、焦ったような彼女の声に、
「いいから」と慌てて促す。
…あぁ、この感覚いつ以来だろ。
わざわざ乗っていた電車を棒に振り、面識もない大人、しかもバリバリのサラリーマン風の荷物を拾い心底心配そうな表情で怪我を気遣う。
もちろん親切心以外の他意はないだろうが、大人になるとなかなか縁がなくなるこの感覚を味あわせてくれた彼女。
失礼かもしれないがどこにでもいそうな女子高生だ。何度顔を合わせても次には素通りしそうなほど。実際既に何度かは目にしているかもしれない。
でももう忘れない。
純粋な優しさ、溢れ出る雰囲気の纏う暖かみ。きっといいご両親に大事に育てられたのだろう、と思いながら気づいた。
…長すぎる。
こんなに気の付く彼女のことだ、きっと懸案事項にがんじがらめになっているのだろう。
促し方がぶっきらぼうになってしまっていたのは表情を隠すためだったのだが、もしや色々勘ぐらせてしまったか。
たかが自販機で値段などを気にするような生活は送っていない。気にしなくていいよ、と声を掛けるべきかどうか…
と思案を始めた頃合で彼女の人差し指が止まった。
「ほんと、ありがとうございます…」
ゴロンとはき出されてきたのは期間限定の紅茶だった。彼女が初めて見せてくれた笑顔で、思わず自分も笑顔になる。
六つか七つも年下の彼女の笑顔に救われている、というのは情けないことなのかもしれない。そう不安になっていると自分も喉が渇いてきた。
自分が年上であることを誇示するため、続けて押したのはブラックだった。もちろん珈琲も普通に飲むが、いつもの自分ならコーラだったと思う。
上目遣いでこちらを覗いてくる彼女の表情には「大人…」と書いてあり、少し複雑な気分になった。