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03

 リビングのソファーに腰を掛けて、携帯を弄り時間を潰す。課題が出されているが、やるのは専ら夜だ。


『――魔法技術者はなくてはならない存在である』


 つけていないテレビにいきなり流れ出したニュースに映るのは、銀髪にサングラスを掛けた男である。流暢な日本語で話すその男は、魔法技術者協会(クラフト・レージェル)創設者・マウロンという人らしい。そう字幕が出ているので、間違いがないならそうなのだろう。


『魔法技術者は、世界の均衡を保つ者。だから必要だ。そして選定されたのだ、君が』


 その男はそう言ってテレビから出てきた。いきなりの出来事に、オレの方はただただ固まった。


「こんにちは、瀬野美陽くん」

「……」


 これは現実だろうか。それとも夢だろうか。


「あは、固まらないでよ」


 顔の前で手を振る銀髪の男は、にこにこと笑っている。テレビの中では凛々しかったはずだが、いまはへらへらとしていた。軽いな。軽いぞ、この男。


「――夢か」


 いくらなんでも物体から人は出てこられない。「夢だ」ともう一度紡げば、頬を叩かれた。パンダのぬいぐるみで。


「なっ……、いきなりなにすんだ!」


 殴りかかろうとする勢いで起き上がろうとしたが、叶わなかった。なぜなら、吹っ飛んだオレの背中に足を乗せたからだ。そうして、へらりと笑いながら言い放つ。凛とした声で。


「現実逃避はやめて、俺の話を聞こうねー。君、細いね。というよりも、最近の男の子ってあんまり筋肉ついてないよねー。不思議、不思議。やっぱアレかね。つきすぎるとモテないからかねぇ? 」

「そんなことは知らんわ!」

「まぁ、そうだね。みはるんが知るわけないよね」


 みはるん――。この男は確かにそう紡いだ。オレが嫌いな言葉(あだ名)を。


「誰がっ……、みはるんだって!?」


 肩越しにどうにか振り返り、声を荒らげる。だが男は怯むどころか、へらへらと笑ったままだ。


「君だよ、君。瀬野美陽くん。美陽だから、みはるんだって話。可愛くない?」

「可愛くねー! 一ミクロンも可愛くねーぞ!」

「そうかなぁ。いずみんはいずみんでいいって言ってたんだけどなぁ。感性の違いかねぇ」

「いずみんって奴はどうてもいいんだよ! 退けよいい加減!」

「はいはーい」


 ひょいと足を退けたので、身軽になった躯を起こした。言い方がいちいちムカつく奴だと思う。特に語尾を伸ばすのがイライラする。退いてくれたのはありがたいけども!

 床にあぐらをかいて男を見上げていれば、手に持つパンダのぬいぐるみをオレに寄越した。どこから出したのか不明であるが、もう一体のパンダを自身の肩に乗せる。


「さて、ここからが本題だ。――みはるん、君は魔法技術者になるんだよ」

「だからみはるん言うんじゃねーよ! オレはそのあだ名が大嫌いなんだ!」

「どうしてだい? 素敵じゃないか、みはるん。いずみんと一緒だと可愛さ倍増になるよー」


 どうもこうもない。コイツはオレの言ったことを聞いていないのか。大嫌いだって言ったよな、オレは!?


「みはるん言うんじゃねー!」


 勢いよく立ち上がり、胸倉を掴む。――がコイツはへらりと笑った。


「無理無理、俺には勝てないよー。――君には力がないから、ねぇ」


 そのムカつく顔のままやんわりと外した腕に、力が籠められた。瞬間、腕が熱くなる。


「あっ、つぅ……!」


 燃えている。腕が。赤ではなく、白い――いや、銀色の炎に包まれて。


「あ、ぁ……」

「君が『みはるん』という言葉が嫌いなのは、『その名前だから』だよね。『美陽』という名前が嫌いなんだよねぇ。女の子っぽいし。まあ実際問題、容姿も女の子っぽいけどー」

「うるさ……い」


 人が気にしていることを言うな。しかもわざわざ、本人の目の前で。コイツは嫌みな野郎でムカつく奴と改める。


「名前は可愛くてもさ、芯はあるよね。俺はそういう子嫌いじゃないよ。むしろ、好きかなぁ。負けじと睨みつける顔とか堪らない」

「お前の好みなんか知るか」

「だから君を選んだんだよ。魔法技術者に、ね。ガッツがある子だから。それに、魔法技術者の衣装似合いそうだし。というか、似合うし。絶対に。うんうん、可愛いよ。みはるんサイコー!」


 完全に遊んでるぞ、コイツ。なにがガッツがある子だ。魔法技術者は女の子しか選ばれないというのに、わざわざ男を選ぶとか、イカれているとしか思えない。世界の均衡を保つ存在が、そんないい加減な気持ちで選ばれていいのだろうか。


「アンタ頭大丈夫か? 魔法技術者は世界の均衡を保つ存在だろうが」

「『魔法技術者は世界の均衡を保つ者』――っていうのは、半分本当、半分偽り。実はケルベロスちゃんが死んじゃってねー。あ、老衰だよ、老衰。ケルベロスちゃんは地獄の番犬なんだよ。本名はケルベロス・ルージュス=フォルン=三世。軽く一万二千年は生きたかなー」

「はい?」


 なにを言っているのかさっぱり解らないが、なんともないように言うその声は穏やかだった。ケルベロスという番犬が亡くなっているのに。というかケルベロスって……、もしかして。いや、もしかしなくとも。


「ケルベロスって、神話のケルベロス?」


 神話にケルベロスという名前の三つ首の番犬がいたよな、たしか。深く神話を知っているわけではないけれど、ケルベロスならオレでも解るぐらいだ。


「そうだよ。神話のケルベロスに似ているからそう名付けたんだ。まあ、ケルベロスちゃんの頭は三つじゃなくて一つだけどね。それで、地獄――つまりは冥界から亡者(もうじゃ)が逃げ出した。解るかい? 一つに纏められていた亡者が散ったんだ。――現世(このよ)に。冥界は大わらわだよ、まったく」

「さっきからなに言ってるか解んねーんだけどさ。……アンタ何者なわけ?」


 すぐに消えた熱さにやばいと感じて見られなかったが、それでもと腕を見遣れば、銀色の炎はやはり跡形もなく消えていた。熱かったのに、火傷の痕もなにもない。炎に包まれる前の、そのままの腕があるだけだ。

 ――この男からは危険な匂いがする。関わったらいけない、と頭で警鐘が鳴り響く。

 男はサングラスを外しオレを見据える。その瞳は髪に反して黒かった。そうして緩くお辞儀をすれば、ピリと空気が揺らぐ。張り詰めたそれが肌に刺さり痛い。

 頭を上げると同時に、言葉が発せられた。



「申し遅れました。俺は――いえ、私は魔法技術者協会創設者、マウロン・ルージュス=フォルン。ケルベロスちゃんの飼い主です。――またの名を閻羅(えんら)。解りやすく言えば、閻魔大王です。以後、お見知りおきを」



 彼はにっこりと笑う。それはそれは爽やかに。

 ぽかんと口をあけたオレは、奴がなにを言っているのか理解するのに数秒を要した。


「…………閻魔、様?」


 ――地獄の権利を握る者。男はその者だと言っている。たとえ――そう、たったいま。非現実的なことが起こったにせよ、信じられる話じゃない。

 大体、閻魔様は鬼のような出で立ちのはずだ。テレビとかに映る伝承とかそういう類いの絵でもそうだ。堕ちたものの舌を抜くとか色々言われているんだぞ。それがこんな優男だなんて認めたくない。もっと威厳がないとダメだろ。


「なんだそれ。冗談なら間に合ってるわ」


 思わず笑い飛ばせば、奴はまたパンダのぬいぐるみでオレの頬を叩いた。そして吹っ飛ぶオレは、ふたたび男――いや、閻魔の片足の下である。微笑みながら叩くなんてどうかしているし、やっていることと表情があっていないにもほどがある。


「冗談で片づけるみはるんは頭が固いよねー。だから自分の名前が好きになれないんじゃないの?」


 放つ声はおちょくるように明るい。バカにされているのが明白だった。ついでに言わせてもらえば、名前が嫌いなのと頭が固いのは関係ないことだろうが。


「冗談なんかじゃないよー。現実に起こっていることだから。もちろん、いまこの瞬間もね」


 ぱちんと指を鳴らした刹那、大量の黒い蝶々が姿を現す。閻魔を覆い隠すほどに。目を点にしていればふたたび指が鳴らされ、蝶々がすうっと消えていった。イッツ・ア・ファンタジー!


「言ってしまえば、魔法技術者は亡者たちを回収するシステムだ。だけど、ただ回収するだけでは面白くないから、付加価値をつけた。これが面白いように巧くいったよ」


 魔法技術者になった者にはそれなりの対価を与える。

 たとえば変身するための指輪やベルトや携帯端末。たとえばナビゲーター。たとえば衣装(コスチューム)。たとえばステッキ。

 そしてバイト料。時給は九百円也。けっこうおいしいアルバイトらしい。

 しかし、一気に語る閻魔に頭がついていかない。「ああ、そう」と答えるのが精一杯だ。


「ちなみに、亡者はなぜかここ――日本に集まっているんだよねー。やっぱ八百万の神がいる国だからかね?」


 「不思議不思議」とパンダに言っている。そして裏声で「ねー」と腹話術をしだした。ようやっと理解した頭で唖然とする。だから他の国に比べて魔法技術者の数が多いのか。


「いずみんは承諾をしたし、契約もした」


 「物分かりのいい子だったよ」と爽やかに笑って言い放つ。だからいずみんは関係ないから。というより、いずみんって誰だよ。どんな子だよ。可愛い子だったら嬉しいんですが。



「――君はどうする?」



 「ゆっくり考えてもいいけどね」と床に落ちたままだったパンダを渡される。このパンダも白黒ではなく、白と焦げ茶色だ。正規の白黒パンダは、閻魔の肩に乗る一体だけかもしれない。


「いや……、そんなに時間はないかもなぁ」


 いったいどっちだ。あるのかないのかはっきりしてくれ。


「まあ、頑張って決めてね」


 そう言った閻魔はテレビの中へと消えた。吸い込まれるように。

 最後はもう他人事のようだった。なんだあのふざけた野郎は。何様だ。――閻魔様だな。

 いまだに夢みたいな出来事だと他人事のように思うが、ひとつだけ確かなことがあった。それは――。


「魔法技術者ねぇ……。なれって言われても無理な話だろ」


 オレには関係ないしと思えば、手のなかにあるパンダのぬいぐるみが口端を上げた気がする。




 

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