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19リンと摩周② ~トーマス目線

トーマス目線です。


~トーマス目線


俺とリンは片時も離れない。

手を繋ぎ、抱き合って眠る。

六枚入りの食パンは、はんぶんこ。

あの女に殴られている時だって、その手は離さない。



「ごめんね、摩周、痛いでしょ?」


── 大丈夫、リンの方が痛いだろ?


「ごめん、ごめんね、あたしが摩周に一緒にいてってお願いしたから、摩周は痛い思いをしてる」


── 大丈夫だって。俺だってリンの側にいたいんだから


「ありがとう、摩周。ずっと、ずっと一緒にいてくれる?この世界がなくなるまで」


── 安心しな?俺はずっとリンと一緒だよ。この世界が終わったらさ、一緒に違う世界に行こう。きっとリンと俺ならどこでも行ける


「違う世界はきっと楽しいね。テレビの中の世界はいつも楽しそうだもん」


── うん、きっと楽しいよ。いつか一緒に行こう




そんな夢のような事を二人で話すのが俺たちの唯一の安らぎの時間。


でもそんなものはガチャガチャと鍵を回す音が聞こえた瞬間、凄まじい暴力に耐える時間へと変わる。



きつく抱き合って耐えるんだ。


早く終われ、早く終われ!早く終われ!!


そうしてまた、ボロボロの体で六枚入りの食パンを分け合って食べる。


永遠に変わらない地獄の世界を二人で生き延びる。

地獄のような今日を生き延び、また地獄のような明日も生き延びる。


手を繋ぎ、抱き合ったまま。




だけどあの日、俺はとうとう限界を迎えた。


あの女がリンの背中をライターで炙ったんだ。


リンの背中はドロリと焼け爛れ、赤い肉が覗いている。


殺す、殺してやる!

お前のような女はリンの母親でも何でもない、人間ですらない。


こいつは、『魔物』




その夜リンが眠ったのを確認した俺は、今日もしこたま飲んでいびきをかいているあの女の顔に、そっとパンの袋を被せた。


その上にゴミの詰まった袋を乗せる。

一つ、二つ、三つ、乗せる。

まだ乗せる、まだまだ乗せる、乗せる乗せる乗せる乗せる乗せる乗せる乗せる。

身動きも出来ないほどのゴミを。


しばらくの間ゴミの山はもぞもぞと動いていたが、そのうちに静かになった。


背中の痛みに顔をしかめて眠るリンを抱き締めて、俺も眠った。



翌朝ゴミの山をみると、それは夕べのままだった。


ゴミの袋を一つ一つ退けていくとあの女の顔が現れた。


目玉が飛び出さんばかりに目をかっ開き、口の中は大量の吐瀉物で溢れていた。


その頬に触ってみると、冷たく、固くなっている。


死んだ?死んだ、俺が殺した。

もうこの女は、リンを痛め付けることは出来ない。



ああ!!

リン!勝ったよ、俺たちはこの女に勝ったんだ!


この世界は終わったんだ!

リン!行こう、新しい世界に!

楽しい世界がリンと俺を待っている!!





なのに、リンと俺は今日もこの世界にいる。

ただ抱き合ったまま横たわり、身動きも出来ずにあの女が腐っていくのを見ている。


隠しておいたパンはなくなった。

ゴミを漁り、あの女の食べた弁当ガラにこびりついた飯粒も、袋の底に残ったスナックのカスも食べた。

あの女の赤い口紅がベットリついたティッシュも食べた。

ゴミの下敷きになっている段ボールも齧った。


でも、もう駄目だ。

リンと俺はもう、指先すら動かすことは出来ない。


新しい世界?楽しい世界?

そんなもの、どこにあるんだ?


この部屋から出たことのない俺とリンは、あのドアの向こうに違う世界があるなんて知らなかったんだ。



だからこうしてここにいて、あの女を見ていた。


黒い汁が垂れ流れ、おびただしい数の虫がたかっている。

バサバサの長い髪の毛に入り込んだ虫たちが、黒ずんだ襟元から顔を出す。

口の中に入り、鼻から出てくる。

耳から入り、目から出てくる。


あの女をムシャムシャと食べる虫、虫、虫。



「ま・・・・しゅ・・む・・・・・・し」


── リ・・・・・・だ・・じょ・・・・ぶ



ああ、そうか、俺たちも死ぬんだな。

そしてあの女と同じように虫に食われるんだ。



リン、ごめんね。

俺のせいだね。


リンを守りたかったんだ。

リンを自由にしてあげたかったんだ。

二人で新しい世界に行けると思ったんだ。


ごめんね、ごめん。

リン、ごめん。



────────────────────

20 リンと摩周③

~レオナルド・トーマス目線 へ




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