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朱の狂剣  作者: カントク
英雄復活
70/70

英雄育成 18 裁判2


「お待ちください。」


ジェスの呪文を搔き消したのは、彼に不安を与えた主であるテスナーの妙に透き通った声だった。

被告席に戻ろうと背を向けたばかりだったジェスが、錆びたブリキの人形のように固まった首をぎこちなく回して声の発生源を伺うと、誰もが肌に感じるような明かな怒気を放つテスナーの姿が視界に映った。

青褪めた表情は、かえって彼が極度の興奮状態であることを表していた。 相変わらずこの強烈な怒りを買う理由について見当はつかないが、この先、ジェスにとって良い展開で無い事は間違いないであろう。


「待て、とは?」


テスナーを前にして窮鼠のごとく固まっていたジェスの身体は、フィレリアの声で開放された。


「被告人ジェス・ウッドの退席をお待ち頂きたいのです。 彼の審議はまだ十分に尽くされておりません。 王の正しいご判断を導くため、被告人の余罪について追加のご報告をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」


「ああ、許可しよう。」


凄んで問い掛けたテスナーと対象的に、フィレリアは「なんだ、そんな事か。」とでも言わんばかりの顔で呆気なく承諾した。 少なからず抵抗があると予想していたテスナーはこれに肩透かしを喰らったようで、厳しい表情はどこかへ吹き飛んでしまっていた。 仕切り直したいテスナーは、軽く咳払いをして、


「コホン、では、さっそく。」


「被告人ジェス・ウッドが幼少期から毒師に師事しておりました事は、先ほど被告人本人からも証言されております。」

「ああ、そうだな。」

「被告人の師である毒師は、ティノブールで起きた不審死事案に関与していた事が分かっており、幾つかの犯行現場には被告人が随行していたと記述している調査書がここに有ります。 ご覧ください、この調書の量を・・・。 彼等はいったいどれ程の人の命を殺めたのでしょうか?」


テスナーは3cmほどの厚さの束になった資料を、自分の席の机上にバサリと放り投げた。


「さらに、師事していた先代の毒師の亡き後、その後を継いで毒師となった被告人が単独で関わったと思われる事案がこちら。」


テスナーはもう一冊の書類の束を取り出し、机上に投げ出された書類の束の上面を叩くように置いた。それは先代毒師の半分にも満たない厚さではあったが、それでも関与した件数、つまり毒により奪われた命が十分に多いということは揺るぎのない事実だった。


「王は、この事実を把握されていたはずです。」


テスナーは、両の掌を机上に置いてフィレリアを睨んだ。

フィレリアは、その目を澄んだ瞳でまっすぐ見つめ返した。


「ああ、知っておる。」

「では、何故っ! この事実に触れなかったのですか・・・。 審理をなさらなかったのですか?」

「言わずもがな、だ。 この裁判は、国家反逆に関係する罪を裁くためのもの。 余罪について過去を手繰るのならば、埃が出るのはこの者だけでは無かろう。 それらを検める裁判は、別の機会に譲ると判断したまでだ。」

「それは詭弁でしょう! 幾人もの人間を殺めた事実は、別件として切り離して裁けるような軽い罪では有りません。 しかも、本件は国家反逆という大罪・・・。 それだけで極刑に値するのですから、そもそも彼にはもう、別の機会など存在しないのです。 全てをここで裁くしかないのです。」


テスナーは右腕を大きく開いてジェスに向けた。


「被告人の・・・、この毒師の罪は、国家反逆の陰に隠れてしまうような生易しいものではありません。 コイツは、穢れた貴族ばかりか、貴族の政争に巻き込まれた罪なき者の命まで奪ったのです・・・。 そんなことが、赦される、はずなど、ない・・・。 あっては、ならない・・・。」


ジェスに向けられた左腕の先で強く握られた拳がワナワナと震えた。


(読みが甘かった、らしい・・・。)


表情は冷静こそ保ってはいたものの、フィレリアは内心で少しだけ気後れしていた。

ジェス・ウッドに向けられたテスナーの執心は予め察していたものの、ここまで深く強いものだとは思っていなかったからだ。


(申し訳ないが、やはり、伯父上の言っていた『戦い』に応じるしかあるまい・・・。)


確かに彼女にとって想定外ではあったものの、しかし彼女は自分の判断を貫く覚悟は出来ていた。 むしろ、想定外だったのは、ここで戦いを吹っかけたテスナーの方だったのかも知れない。


と、思える証拠は。


昂ぶるテスナーを前にしながらも、フィレリアの切り返しには一寸の躊躇も無かったからだ。 狼狽の一端も見せず、冷静を保っていたからだ。


法壇上からテスナーを見遣るフィレリアは、彼が放った言葉を拾い上げ、彼女の声で再生しながらテスナーの意図の確認を行なった。


「陪審員テスナー。 其方は、幾人もの人間を殺める事は大罪だ、と申すのだな。」

「当然でしょう。」

「他人の事情に巻き込まれた罪なき者を殺めるのは大罪だ、と申すのだな。」

「くっ、それも当然ですっ! それでは、王は、大罪では無いとお考えなのですか!?」


二節も白々しいオウム返しをされ、テスナーは苛立って答えた。

しかしフィレリアはなお白々しい様子で、今度はテスナーに助言を求めたのだ。


「それを判断するために其方に問うたまでだ。 して、其方の申す『大罪』とは、極刑に値する罪であろうか?」


(極刑・・・。)


テスナーの右肩がピクリと揺れた。

欲しかったのは、この言葉。 フィレリアと争い、彼女の口からやっと引き出したのだ。

溜飲を下げた、とまではいかないが、テスナーは明らかに反抗的な姿勢を解いた。 その表情には、勝者が見せる晴れ晴れとした余裕が映し出されている。 しかし、すぐさま本来の彼らしい冷静を取り戻し、彼らしくもったいぶった口調で答えたのだった。


「それが相応しいでしょう。 奪われた幾つもの命が、罪人のたったひとつの汚れた命によって贖われるとは思えませんが。」

「ふむ。」


テスナーに見せるようにして、フィレリアが大きく頷いた。


「では。」


「被告人ジェス・ウッドについて、復活の儀における貢献を認めるものの、国家反逆への加担ならびに過去毒師として幾人もの命を奪った事実を看過することは出来ない。 よって、その罪に相応する罰が与えられるであろう。 良いかな?」


『良いかな?』

は、いまだふてくされたようにそっぽを向いているテスナーに向かって投げ掛けた言葉である。

が、当の本人は、聞こえていない体で聞き流している。 ぷくりと膨らんだ鼻翼を隠しもせず・・・。


それを見たフィレリアは、心の中で胸を撫で下ろした。


(ふう、これで伯父上を納得させる事が出来たかな? 問題はこの後の展開。 一つ一つ、慎重に進めなきゃ・・・。)


表情を引き締め、テスナー、ジェス、アレン、最後に傍聴席の市民と視線を移し、まじまじと様子を観察した。



他方。


(いったい、なんなんだよ。 人の運命を肴に勝手に盛り上がりやがって。)


テスナーの物言いにより退席の途中で立たされたままになっていたジェスは、呆れた様子で両肩を落とした。


「あの、そろそろ、戻っていいっスか?」


答えを待たずに歩き出したジェスは、止めようとする警備員の手を軽く払って席に向かった。

普通の人間なら、「相応の罰」つまり極刑を予告されれば絶望に打ちひしがれるだろう。 人によっては極度の恐怖で取り乱したり、恐怖が怒りに転じて暴れる者もいるだろう。

その点においても、ジェスは普通では無かった。

終始あっけらかんとした態度で、極刑の予告を受けても、それは微塵も動じる事が無い。思えば証言の時もそうだ。 王や多くの傍聴者を前にしても、まるで日常のたわいもない会話のようにさらりと話していた。


そして、席についた彼のきょとんと目を丸くした顔は、これから斬首台で首を刎ねられるであろう者の表情では無かった。


(相変わらず目障りな態度。 まあ、せいぜい虚勢を張っておくのだな。 あと少しで君の人生は終わるのだから。)




「被告人アレン。 証言台へ。」


フィレリアの鈴のような声が再び法廷内に響いたのは、ジェスが着席した直後だった。


しかし、俯いたままのアレンは、まったく立ち上がる気配がない。

フィレリアが目で指示を送ると、すぐさま駆け寄った警備員がアレンを抱え起こして証言台に立たせた。

立ったとはいえ、下を向いてだんまりを決め込んでいる状態に変化は無い。


「アレン。 あなたには特別に本件の調書を事前に届けさせた。 あなたの事だ、既に目を通しているのであろう? ここまでの証言ではその調書の内容を覆す事実は何一つ出てこなかった。 改めて自分の耳で聞き、今の心境はどうであろう?」


法廷内の誰もが、まったくの黙秘か、口を開いたとしても醜い言い訳しか出てこないだろうと予想していた。

押し黙るアレンの背中に、押し黙る傍聴席からの憎しみの視線が容赦なく突き刺さる。 さすがのアレンも感じないはずがない。 それを代弁するかのように、丸く肥えた身体はあからさまにブルブルと震えていた。


しばしの時間が流れ、ようやくアレンのぽってりとふくよかな唇が小さく開いた。

遂に何かを喋る!?

廷内はアレンの言葉を待って静まり返り返った。


「すべて・・・、全て、事実にございます。」


俯いたアレンの口から零れ落ちた弱弱しく震える言葉は、確かにそう聞こえた。


「・・・え?」

「うそ、だろ・・・。」


アレンの悪足掻きを期待していた全ての者が、自分の耳を疑った。

当然の如く法廷内はどよめきに包まれた。


正直なところ、ここに集まった市民の誰一人としてこの言葉を予想していなかった、というより、聞きたく

なかった。 期待していたのは、往生際悪く足掻くアレンの無様と、フィレリアによって痛快に裁かれる様子だった。 人によっては、久しぶりに執行されるかもしれない斬首を楽しみにしていた風もある。

それが、たったのひと悶着も無く?こうもあっさり認められてしまうと、盛大な肩透かしを喰らったというのが本音だろう。


コン、コーン!


市民の悪趣味を見透かしたフィレリアが音も無く立ち上がり、力を込めてガベルを振り下ろした。

怖い顔で端から端まで傍聴席を見渡す様子を見た市民たちは、下衆な野次馬根性を咎められている事を悟り、口を噤んで恥ずかしそうに肩を窄めた。 フィレリアは小さく頷いてガベルを置くと、再び座ってアレンに視線を定めた。


「その言葉、しかと受け取った。 認めた以上、もう私から問うことは無いが・・・、アレン、あなたからこの場で述べたい事があるならば、遠慮なく申すが良い。」

「発言の機会を与えて頂いた事に感謝します。 私は、・・・浅はかにも国家反逆を企て、敵国であるリキュアにすり寄り、我が国を売ろうとしました。 私利私欲にまみれた醜さに、今さらながら気付かされました。 謝って済む事では無いと承知ですが・・・、」


アレンは証言台を一歩下がってキャンベルの方を向き、両膝を着いた。

続いて両掌を床に落とし、キャンベルに頭を下げた。 謝罪の言葉は無い。 床には、涙とも汗とも分からない雫がぽたぽたと落ちている。 おそらく・・・謝罪をしないのではなく、謝罪の言葉が見付からないのだろう。


被告人席からアレンの頭を見下ろすキャンベルもまた無言だった。

熱い罵声を浴びせても良いようなものだが、紫に変色した唇から零れ落ちたのは、氷のように冷たい言葉だった。


「もう、終わったのです。 何もかも。」


その一言を聞いたアレンは、フラフラと立ち上がり証言台に戻って壇上のフィレリアを仰いだ。


「私は、私が不幸にした多くの方々に償わなければなりません。 それは言葉ではなく、私のこの命だと受け止めております。 どうか、最も重い罪と罰を私に・・・。」


あんぐりと口を開いている陪審員の貴族、傍聴席の市民、さらにはあのテスナーさえも、アレンが人が変わったように詫び罪を受け入れている姿を俄かには信じられなかった。 何が彼を改心させたのだろう? いや、減刑の可能性に縋って、改心を演じているだけかもしれない。 そうだ、ヤツならやりかねない。


そう疑ってアレンを観察するが、真っ直ぐにフィレリアを見詰める瞳は、裏返しの黒い何かを肚に潜めているような疚しさを感じさせない。 それは、常識的な人間関係を経験した者なら、誰も疑う余地も無いほど明瞭だった。


「相分かった。 あなたに促されずとも、最も重い罪と罰があなたに与えられるであろう。 被告人は席に戻るように。」


ふくよかなアレンが被告人席に座るドスンという音は、審理終了の宣言として法廷内に響いた。



いよいよ陪審員による有罪無罪の判断が告げられ、裁判官である国王フィレリアの量刑結果と共に判決が言い渡される。 法廷内は緊張感に包まれた。


「では、最後の審理に移る。」


(え?)

(最後の審理?)

(アレン、近衛兵団、キャンベルを含む貴族、毒師、だけでは無かったのか?)

(もしかして、形式的に、死亡したカイアルを? いや、カイアルの罪は複数から証言されていて、改めて審理する必要はないはずだ。)

(だったら・・・誰が?)


陪審員は互いに顔を見合わせながら動揺し、傍聴席ではざわめきの波が静かに広がった。

ただひとり、テスナーだけは、腕を組んで静かに観察している。「何を企んでいる・・・?」口から外に漏れないくらいの小さな声でテスナーが呟いた。


フィレリアは、廷内のざわめきなど意にも介さない様子で淡々と話を始めた。



「被告人は、此度の復活の儀において自らの計画を過信し充分な予測と準備を怠った事から予期せぬ事態に対応が出来ず、結果として、多くの参加者を負傷させた。 さらには、カイアル・セオドア・ベイカー・ネルソンの4名の貴族議員および呪儀のために招聘した司祭、計5名を死に至らしめた。 その罪と責任は重大と言わざるを得ない。」


「ちょ、ちょっと?」

「ああ、これって・・・。」


傍聴席のざわめきが次第に大きくなる。フィレリアは法壇を下り、無秩序な囁きの波を割るようにして前に進んだ。

フィレリアの話は歩きながらも続いた。

まるで、自らに呆れ、自らを罵るかのように。


「また、神聖なる王都ティノブールの上空に怪異を出現させ、国民を惑わせ不安に陥れた。」

「・・・のみならず! その復活の儀の最中に意識を失い、他国と戦争中の重大な局面で2週間もの間国政に穴を開け、国を危険に晒した。 それは有ってはならない事だった。」


フィレリアの辿り着いた先は、証言台だった。

証言台を前に見据えて立つと、傍聴席向かって両手首を差し出し、


「さあ、この手に手錠を。」


供物のように捧げられた白い両手を見上げた廷内の人々は、頭を殴られたような衝撃に狼狽え、喉に溜まった重苦しい息を飲み込んだ。

フィレリア様は、いったい、何をしていらっしゃる!?

本人から指示されたところで、王に手錠をかけるなど誰にとっても有り得ない話で、もちろん誰も動く者はいない。


「警備、手錠をっ!!!」


凛と耳を刺す言葉に飛び上がった警備員がおそるおそるフィレリアに歩み寄り、震える手で腰の手錠を取ると『ガチャリ』と鈍い金属音を鳴らして手首を拘束した。 その様子は、傍聴席の市民の目にしっかりと焼き付けられた。

次にフィレリアは法壇に座る陪審員の方へ向き返り、手錠の光る両腕を前に突き出した。


陪審員たちは既に動揺を通り越し、背もたれの方に身体を仰け反らせて怯えることしかできなかった。

そんな臆病な両脇の貴族と対照的に、テスナーは前のテーブルに肘をついて淡々とフィレリアを睨んでいる。


色白の彼女の顔の大部分は、振り返った際に掛かった紅い髪で隠れてしまっている。 しかし拘束された手では払う事も叶わず、バサと乱れた髪のまま、フィレリアは赤い髪から覗く紅い唇を開いて凛と宣言した。


「ロクナム国王、フィレリア・バルティスである。 私は、私の罪を認める。」


紅い髪の奥で、フィレリアの瞳が冷たく光った。

まるで、テスナーを突き刺すように。


あの、威圧を込めた冷たい目・・・。

そうだ、私は、確かに彼女に言った。


『法廷で君と私は争うことになるだろう。 その覚悟はあるかな?』


「お、おい・・・。」


『伯父さまが望むのでしたら。』


「フィレリア、君は、本気で私と争うつもりだったのか・・・。」


狼狽えるテスナーの額にじわりと汗が浮かんだ。

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