【おまけ】魔法騎士とお姫様のデート
王都のとある服飾店で、エリアーヌ・ハイアットは真剣にリボンを吟味していた。
そんな彼女の背後で、肉屋の倅のグレン・ダドリーは、どこかげんなりしたような口調で言う。
「……わざわざお土産なんて、いらなくないっすか?」
「まぁ! 気の利かない方ですこと! これぐらい、当然のことですわ」
「えぇ〜……」
エリアーヌが選んでいるのは、グレンの妹達のための土産である。
以前エリアーヌがお土産にと、ミントグリーンのリボンを贈った時も、彼女達は「お姫様のリボン!」「素敵ですわ!」ととても喜んでくれたのだ。
「髪を結ぶなら、紐で充分じゃないすかー」
これは聞き捨てならない一言だ。
エリアーヌはグレンに背を向けリボンを吟味しながら、早口で反論した。
「リボンと紐を一緒にしないでくださいまし。リボンは帽子、服、日傘、靴、手袋、どこに飾っても可愛いでしょう」
前回は姉妹でお揃いの色にしたが、そろそろ二人の好みも分かってきたし、違う色にしても良いかもしれない。
元気なアナは、オレンジ色が好きだ。だから、オレンジ色のリボンにしてもいいが、オレンジ色の服を引き立てるリボンも良い。
令嬢に憧れのあるベティは流行に敏感だから、最近流行っている模様を織り込んだ物を選んであげたら喜びそうだ。
(その上で、二人の髪色にはえる物は……)
「リボンがなくても、可愛いっすよー……」
エリアーヌの背後でグレンがボソリと呟いたが、リボン選びに没頭しているエリアーヌの耳には届かなかった。
* * *
王都で流行りの劇場「ペネヴィアの王冠」でお芝居を観て、服飾店を幾つか巡って買い物をし、買った物を馬車に積んだところで、エリアーヌはグレンと並んで街を散策した。
公爵令嬢が馬車を降りて歩き回るなんて、はしたない。と以前のエリアーヌなら忌避していたところだが、グレンの実家を訪ねることが増え、最近は街を歩くのにもすっかり慣れた。
靴だって、ちゃんと可愛くて歩きやすいブーツを選んでいる。
エリアーヌは日傘を少し傾けて、横を歩くグレンを見上げた。
「お芝居、楽しかったですか?」
「すっげー楽しかったっす! 悪役がわーっ! って出てきて、それをバーン! って倒すところとか!」
なんともグレンらしい大味な感想だが、エリアーヌはホッとした。
今日の劇場や芝居の内容を選んだのはエリアーヌだ。
いつもなら、もっと格式高い高級劇場で、しっとりとした恋愛劇やオペラを楽しむところだが、今日はエリアーヌがギリギリ許容できる、比較的品の良い大衆劇場寄りの劇場を選んだのだ。
芝居の内容も、グレンが居眠りをしないよう、流行りの冒険活劇を選んで正解だったらしい。
エリアーヌはチラリとグレンの服を見る。小綺麗ではあるが、ごくごくありふれたシャツとベストだ。
一方エリアーヌは、レースをたっぷり使ったレモンイエローのドレスを着て、伸ばしかけの髪には、フリルとリボンが可愛いヘッドドレスをつけている。
並んで歩くと、お嬢様と使用人にしか見えないだろう。
「次は是非とも、魔法騎士様らしい格好でエスコートしてくださいましね」
「えぇぇ、魔法騎士って……剣下げて、拍車つけて? オレ、剣なんて使わないし、そもそも馬に乗れないのに拍車って……」
「まぁ、剣と拍車は騎士の証ですのよ」
剣と拍車は、騎士叙任式に欠かせない物だ。
ただ、魔法騎士という肩書きはリディル王国でも初めてのことである。国の上層部は悩んだ末に、魔術師の杖とローブ、それと騎士の剣と拍車、その両方があれば良いだろう、と結論づけたらしい。
グレンは「剣と拍車、どこしまったっけ……」などと頼りないことを言いながら、エリアーヌの日傘を見た。
「女の子は大変っすね。その日傘って、絶対持ってないと駄目なんすか?」
「当然の嗜みですわ」
「日傘があったら、手を繋いで歩きづらいじゃないすか」
えっ……とエリアーヌが呟いたその時、道の端にいた若者達がグレンの名を呼んだ。
グレンと同じような服を着た、同年代の若者三人だ。どうやら、グレンの友人らしい。
エリアーヌは咄嗟に顎を引き、日傘を傾けて顔を隠した。
恥ずかしさが半分。こんな貴族の令嬢風の装いで短い髪なんておかしい、と思われたくなかったのが半分だ。
「グレン、お前……デートか?」
「それがなんだよ」
つっけんどんに返すグレンに、友人達がワァッ! と声をあげた。
「馬鹿、お前! そんなお嬢様を、この通りに連れてくるやつがあるか! お嬢様は、えーと……ほら、砂糖菓子の店! ああいうところに連れてくんだよ!」
「あと、お嬢様は歩かせちゃ駄目じゃん。ちゃんとベンチのある場所に連れてけよ」
「なぁ、お嬢様ってベンチに座っていいのか? クッションないと駄目じゃねぇの?」
(あら、あら、あら……?)
エリアーヌは日傘を少しだけ持ち上げ、グレンの友人達を見上げる。
友人達はエリアーヌの視線に気づくと、目を大きく見開いて硬直した。
「可愛い……」
「お姫様じゃん……」
「なんか、フワフワしてる……」
(まぁ、まぁ、まぁ)
エリアーヌはとても良い気分だったので、少しだけ首を傾けて、ニコリと微笑む。するとたちまち、グレンの友人達が鼻の下を伸ばした。
それを見たグレンがムッと唇を曲げ、エリアーヌの前に立つ。そして、彼にしては珍しく低い声で言った。
「……駄目だかんな」
だが、グレンの威嚇などなんのその、友人の一人がニヤニヤ笑いながら、グレンの肩を叩いた。
「あっれぇー、グレン君、今日は靴が綺麗ですねー。いつもは、平気で泥つけてる癖にぃー」
「…………」
「寝癖もいつもより、おとなしいじゃん? 櫛入れたんだ?」
「…………」
「そのベスト、この間、うちの店で仕立て直したやつだろ? 母ちゃんが言ってたぜ。ダドリーんとこの息子さんが、格好良くしてほしいって、言ってたってー」
「あー、もう、うっさい! 解散! 解散!」
グレンが声を荒らげると、友人達はゲラゲラ笑いながら散っていく。
揶揄いの笑いは、どこか親しみ混じりで、友人を祝福しているようでもあった。
「まったく、あいつらはー、もー……」
ぼやくグレンの服の裾を、エリアーヌは少しだけ引っ張った。
実は以前から、気になっていたことがあるのだ。
「グレン様って、もしかして……」
「なんすか?」
「セレンディア学園では、少し、丁寧に喋っていらしたのです?」
「……? そうっすよ。あと、師匠の前でとか」
初対面の頃から今に至るまで、グレンは特に下町訛りを隠してはいないが、それでも、家族や地元の友人と話している時のグレンは、もう少し口調が砕けるのだ。新鮮な発見である。
きっと自分はこれからも、こうしてグレンのことを一つずつ知っていくのだ。
その時、グレンの友人達が駆け足でこちらに戻ってきた。先頭の青年は、小さな花束を手にしている。
「ほら、グレン! 女の子には花だろ、花!」
「上手くやれよ!」
「今度奢れよ!」
彼らはグレンに花束を押しつけると、つむじ風のように去っていった。
花束を押しつけられたグレンは、呆気に取られたような顔をしていたが、エリアーヌに向き直ると、ぎこちなく花束を差し出す。
「えーと…………いる?」
「次は、グレン様が選んでくださいましね」
エリアーヌは日傘を持つのと反対の手で、花束を受け取る。
実家の屋敷に飾る大ぶりの花とは違う、小さな花を集めたブーケだ。だが、大きな花も、小さな花も、どちらも可愛いことに変わりはない。
エリアーヌはあえてグレンに背を向けてから日傘を閉じ、スカートの裾が翻るよう計算して、振り向いた。
お気に入りのレモンイエローのスカートが、フワリと可憐に広がる。
「グレン様」
ヘッドドレスから垂れるリボンを指に巻きつけ、一番可愛く見える角度で、エリアーヌはグレンを見上げた。
「今日のわたくし、新しいヘッドドレスなんです。ほら、リボンも可愛いでしょう?」
「可愛いっすよ。似合ってるっす」
「当然ですわ。だから、どうぞお友達に自慢してくださいまし。魔法騎士グレン・ダドリーが守ったお姫様は、こんなに可愛いのだと」
シーツに包まって泣いていた女の子は、もういない。ここにいるのは、とびきり可愛いお姫様なのだ。
エリアーヌがグレンの腕に抱きつくと、グレンは口を真横に引き結んで、エリアーヌを見下ろした。
緊張に強張ったその顔が少しだけ赤いのは、きっと陽射しのせいだけじゃない。
「次は紳士服のお店に行きましょう。そのベストに似合うスカーフを、選んで差し上げますわ」
自分だけドキドキするのはエリアーヌのプライドが許さない。
だから、グレンにも、うんとドキドキしてもらうのだ。
「次のデートは、それを着けてきてくださいましね?」
そう言って、エリアーヌはニコリと可憐に微笑んだ。




