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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after2:禁書室のお掃除大作戦
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【おまけ】小さなお嬢さんとウォーカー兄弟

お泊まり会の少し前の話です


 黒い雨事件とサザンドールの黒竜は、サザンドールの人々の暮らしを大いに脅かしたが、七賢人達の活躍により事態は無事終息した。

 黒い雨で倒れた人々も、国が派遣した魔術師や医師団の奮闘で、ほぼ回復に向かっている。

 黒い雨が降った直後は混乱状態だった街も、七賢人が一人〈沈黙の魔女〉が灯台で行った魔術奉納を機に、再び活気を取り戻していた。

 あの夜、家の窓から見上げた魔力奉納の輝きを思い出しながら、ノールズ夫人は安楽椅子に座って編み棒を動かす。


(きっかけって、大切ね。また頑張ろうって思えるもの)


 手のひらほどのモチーフが幾つか出来たところで、ノールズ夫人は一度手を止めた。今編んでいるのは、モチーフを繋げたクッションカバーだ。

 クッションカバーは既に二つ完成していて、今編んでいるのは三つ目である。

 お隣さんへのささやかな贈り物のつもりで編み始めたクッションカバーは、当初は二つの予定だったが、急遽三つ目が必要になったのだ。

 あとはこれを繋げるだけだが、その前に紅茶でも飲もうか。そう考えたその時、部屋の扉がノックされた。


「奥様。少しキッチンをお借りしても、よろしいですか?」


 ノールズ夫人にそう声をかけたのは、掃除を終えた家政婦のデリアだ。

 ノールズ夫人と年の近い老婦人で、少し前まで黒い雨に打たれて意識を失い、寝たきりになっていたが、先日から仕事に復帰していた。


「デリア、お茶菓子なら無理をしなくていいですよ。まだ、本調子ではないでしょう?」


「いいえ、奥様。わたくし、お隣さんに、お詫びの品を作りたいのです」


「お隣さんに?」


 瞬きをするノールズ夫人に、デリアは少し気まずそうな顔で頷く。

 二人の言うお隣さんとは、小さなお嬢さんと、その使用人の青年のことだ──否、青年達というべきだろうか。

 今まで小さなお嬢さんに仕えていたのは、優しげで美しい青年だったのだが、少し前から入れ替わりで、その兄が滞在している。

 弟とよく似た背格好の、鋭い目つきの青年だ。


「もしかして、ウォーカーさんのお兄さんに?」


「えぇ、先ほど奥様の頼みで、買い物を代行してくださったでしょう?」


 黒い雨事件の被害者であるデリアは、少し前まで寝たきりで、まだ本調子ではない。

 それを気にして、デリアに買い物を頼むことを遠慮していたノールズ夫人に、その青年は申し出てくれたのだ。


『よかったら、僕が買い物をしましょうか? 丁度、出かけるところだったんです』


 だからノールズ夫人は、その青年の言葉に甘えて、買い物を頼んだのである。

 それをデリアに伝えるより早く、青年は戻ってきて、玄関でデリアと鉢合わせてしまった。


「わたくし、見知らぬ男性が玄関にいるからと……ついつい、感じの悪い態度を取ってしまったのです」


 デリアの言う感じの悪い態度とは、少し険のある声で、「どなたです?」と言って睨みつけたぐらいだ。老婦人の一人暮らしともなると危険も多いので、見知らぬ男がいれば警戒するのは無理もない。


「ウォーカーさんは、気にしていないと仰っていましたよ」


「ですが奥様、あの方は、お顔に大きな傷があったでしょう? わたくし、不躾にまじまじと見てしまって……」


 ウォーカー兄弟は背格好が非常によく似ているが、顔立ちは全然違う。

 以前から通っていた弟の方は、とても美しく、穏やかで優しげな顔立ちをしているのだが、兄の方は目つきが鋭く、右目の上には大きな傷痕があるのだ。近寄りがたいと感じる者もいるだろう。

 それでも少し話せば、兄の方も穏やかで親切な好青年だと分かる。

 デリアもすぐに己の勘違いに気づき、ウォーカー氏に謝罪していた。


「これからもお付き合いのあるお隣さんですから、失礼はきちんとお詫びしなくては」


「そうねぇ、それなら、わたくしも急いでこのクッションカバーを完成させようかしら」


 何を隠そう、急遽必要になった三つ目のクッションカバーは、あのウォーカー兄のためのものである。

 編み終えたモチーフを集めて並べ直したその時、窓の外で一瞬だけ雨が降った。本当に、一瞬の雨だ。

 窓の外は快晴で、突然降った雨に二人が驚き、目を丸くしていると、玄関の方に向かって誰かが走ってくるのが見える。

 びしょ濡れになった金色の髪は、あの目つきの鋭いウォーカー兄ではないか。

 ノールズ夫人は窓を開けて、身を乗り出した。


「あら、あら、どうされたの、お隣さん?」


「申し訳ありません。魔術の練習をしていたら、水がこちらまで飛んでしまって……お二人は濡れていませんか?」


「家の中にいたから平気ですよ。ねぇ、デリア?」


「はい、奥様」


 デリアが頷くと、青年はホッとしたように息を吐く。焦っていると、目つきの鋭さが際立つ顔立ちだが、胸を撫で下ろしている姿は普通の青年だ。

 ふと、ノールズ夫人は気がついた。彼は右手に短杖を握っている。


「そういえば、以前もお庭で何か練習をしてらしたわね。貴方は魔術師だったの?」


「まだ、見習いなんです。ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした」


「いいのよ。お庭に水やりをする手間が省けたもの」


 ノールズ夫人が穏やかに微笑んだその時、隣の家から誰かが駆け寄ってくるのが見えた。ブラウスの上に大きめの布を羽織っているのは、小さいお嬢さんではないか。

 途端に、ウォーカー青年は顔色を変えて怒鳴った。


「モニカ! どうして出てきたんだっ」


「家主はわたしなので、ちゃんとわたしが謝った方が、いいと思って」


 よく見たら、ウォーカー青年も小さなお嬢さんもずぶ濡れだ。

 ウォーカー青年は少し身を屈めて、小さなお嬢さんに渋面を向けた。


「その格好で外を出歩くのはやめてくれ」


「でも……」


「駄目。素敵なレディは、そんなことをしてはいけないよ」


「あう」


 小さなお嬢さんが、打ちひしがれたように項垂れ、そんな彼女をウォーカー青年は、困ったような、愛しくて堪らないような顔で見つめる。


(……あら、あらら?)


 切れ長の目は、怒っているようにも見えるけれど、何かを堪えている切なさがある。

 ノールズ夫人は、ふと気がついた。

 彼は小さなお嬢さんが駆け寄ってきた時からずっと、ずぶ濡れの彼女が通りから見えないよう、自分の体で隠せる位置に立っている。


(まぁぁ……!)


 ノールズ夫人は口元に手を添えて、デリアを見た。デリアは、(分かります、奥様)という顔で頷き返す。

 二人が無言のやりとりをしている間に、ウォーカー青年の短いお説教は終わったらしい。

 ウォーカー青年は、改めてノールズ夫人に向き直った。


「申し訳ありませんでした、ノールズ夫人。後ほど、お詫びの品をお持ちします」


「でしたら、後で一緒にお茶はいかが? デリアがお菓子を作ってくれるそうだから」


 ノールズ夫人の誘いに、小さなお嬢さんがパッと顔を上げる。


「はいっ! ……えっと、あのっ、よろこんで!」


「では、後ほど伺います。ノールズ夫人」


 ニコニコしている小さなお嬢さんの隣で、ウォーカー青年が礼をする。

 そうして彼は、ずぶ濡れの小さなお嬢さんが人目に晒されないよう気をつけながら、家に戻って行った。

 それを見送ったノールズ夫人は、窓を閉めてデリアを見る。


「デリア、ねぇ、見た? お兄さんの、あの表情」


「えぇ、奥様。しかと見ました」


 小さなお嬢さんを見つめる、ウォーカー青年の碧い目。

 あれは、恋の熱を帯びた目だ。

 そして二人は知っている。ウォーカー青年の弟である、あの美しい青年もまた、小さなお嬢さんに同じ熱を向けていることを。


「まさか、兄弟で同じ人を好きになってしまったなんて……!」


「三角関係だったのですね……あぁ、なんということでしょう」


 美貌の弟と、影のある兄──そんな二人と小さなお嬢さんの、ロマンスの行方やいかに。

 二人は頬に手を当て、ほぅっと息を吐く。


「お嬢さんの気持ちも気になるけれど、年寄りがあれこれ口出しするのは野暮よね……」


「見守りましょう、奥様」


「えぇ、そうね。でも、想像するだけなら自由よね……さる名家のお嬢さんが、意にそぐわぬ結婚を強要され、使用人兄弟二人と共にこの街に逃げてきた、とかどうかしら?」


「お兄さんは魔術師見習いだそうですし、実はあの小さなお嬢さんには秘められた才能があり、魔術師組合の陰謀に巻き込まれて、組合の若い魔術師兄弟と潜伏しているとか……」


 ノールズ夫人達が少女のような顔で盛り上がっているとは露知らず、〈沈黙の魔女〉師弟は慌ただしく着替えをし、ノールズ夫人の前で呼び名をどうするかについて、緊急会議をしていた。


緊急会議の結果、

キラキラ顔=アイク(弟)

傷がある方=ザック(兄)

……で落ち着いたそうです。

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