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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝10:竜滅の魔術師
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【26】イタダキマス

 竜騎士団第七調査団団長ダニングは、他の団員や七賢人達より一足先にルガロアの町を発ち、王都に向かった。

 竜討伐の妨害をした〈沈黙の魔女〉の処遇は、正直ダニングの手に余る。なにせ七賢人は魔法伯で、王の相談役でもあるのだ。

 だからこそ、その処遇について上層部の判断を仰ぐため、ダニングは早馬を飛ばしていた。


(〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット……理解に苦しむ人間だ。翼竜の群れをたった一人で撃ち落とすほどの力を持ちながら、竜に肩入れするなど)


〈沈黙の魔女〉の行いは、八年前にダニングの前に立ち塞がった魔法生物学者──セオドア・マクスウェルを思い出させる。

 あれもまた、理解に苦しむ男であった。

 あの男は己に懐いていた子竜を、ダールズモアの人の領域である森で、こっそり飼育していたのだ。

 やがて子竜は成長し、体が大きくなって、姿を隠しきれなくなった。だからこそ、ダニング達調査団が呼ばれたのだ。

 セオドアは竜の領域で暮らすよう竜を説得するから、討伐はしないでほしいと訴えた。

 だが、竜はセオドアを親のように慕っていて、なかなか竜峰に行こうとしない。

 だから、竜が人に害を成す前にダニングは──。


「……っ!? 止まれ」


 道の前方に人の姿を見つけ、ダニングは咄嗟に馬の手綱を操る。よく調教された馬は、すぐに足を止めた。

 ダニングは違和感に眉をひそめる。


(気のせいか?)


 ダニングが指示をするより早く、馬が自ら足を止めたような気がする。

 事実、馬は耳をピクピクと震わせながら、目を右に左に動かしていた。明らかに何かに怯えている。

 ダニングは馬をなだめつつ、道の真ん中に立つ男に声をかけた。


「失礼、驚かせてすまな……い……!?」


 ダニングは眼鏡の奥で目を大きく見開いた。

 その顔に浮かぶのは、驚愕と恐怖。

 道の真ん中に佇むのは、三十歳手前程度の赤茶の髪の男だ。

 中肉中背で、学者が好みそうな襟の高い服を着ている。

 地味でパッとしない、凡庸な出立ちだが、ダニングはその男の顔をよく覚えていた。忘れるはずもない。

 赤茶の髪の男はダニングを見上げ、僅かに目を細めて呟いた。


「随分と小さくなっちゃったね。八年前は、もっと立派な体だったのに……だから、すぐにお前だって分からなくてさ、探すのに苦労しちゃった」


 男の言葉の一つ一つが、ダニングの神経を逆撫でする。

 なにより、この男が生きていて、己の目の前にいるという事実。それこそが何より腹立たしい。


「『お前』だと? 気安く話しかけるなっ、人類に仇なすクズが……っ」


 ダニングは怒りにブルブルと震える手で手綱を握り、憎悪に満ちた目で男を睨む。


「貴様は自分が何をしたか分かっているのか、セオドア・マクスウェル! 竜を飼育するなど……国家への謀反を目論む気かっ!」


 ダニングの罵声に、男──セオドアは、悲しげに眉を下げた。

 あぁそうだ。八年前もこの男はそういう顔でダニングを見て、言ったのだ。


「……どうして、分かってくれないの?」


 セオドアが八年前と同じ表情で、声で、全く同じ言葉を口にする。

 八年前、ダニングは確実に竜を屠るため、秘密裏にセオドアを囮にすることを考えた。

 セオドアはそれに抵抗し、ダニングから逃げようとして足を滑らせ、崖から落ちたのだ。

 てっきり死んだと思っていたが、どうやら生きていたらしい。


(しかし、なんだ、なんなのだ? この違和感は。気味の悪さは……)


 亡霊と対峙しているような心地に、寒気がする。

 八年前に崖から落ちたこの男は、自分を糾弾するつもりだろうか。


(構うものか)


 法廷で己の行いを咎められても、ダニングは堂々と反論するつもりだ。

 己は確実に竜討伐をするための行動をしたにすぎない、と。

 ダニングは己が過激派と陰で言われていることを知っている。だが、それがなんだというのだ。

 たとえ周囲から後ろ指を指されても、過激だやりすぎだと言われても、このやり方で救える人間がいるのなら、ダニングはこれからもそうあり続けるだろう。

 己にそう言い聞かせるダニングに、セオドアがポツリと呟く。


「お前も、それなりに魔力があるんだね。じゃあ、丁度いいや」


「……?」


 セオドアが懐から何かを取り出す。手のひらに載るぐらいの黒い宝石箱だ。

 セオドアはそれを両手に載せ、己の胸の高さに掲げる。


『イタダキマス』


 閉ざされていた宝石箱の蓋が、僅かに持ち上がる。

 紙を差し込むぐらいの小さな隙間から、黒い何かが溢れ出した。

 それはたちまち増殖し、セオドアと同じぐらいの大きさに膨れ上がる。

 馬が恐慌状態に陥り、高く前足を上げていなないた。

 地面に投げ出されたダニングは受け身をとり、すぐに立ちあがろうとしたが、それより早く、黒い塊が細く長い槍のように伸びて、ダニングの胸を貫く。


「……がっ、あっ……」


 ダニングはかつて、竜の爪で腹を抉られたことがある。

 あの時は、カッと腹が熱くなって、それから激痛がやってきた。

 今は違う。

 氷のように冷たい手で、心臓を鷲掴みにされたような感覚。それから一呼吸置いて、全身に悪寒。

 あの黒い何かが液体になり、血液を通じて全身を巡っているような気分だ。

 そうやって、何かに体の中を乗っ取られていく。意識と裏腹に体が勝手に動く。

 やめろ、止まれ、と命じる意識すら、次第に朧げになり、黒い闇に食われていく。





 ダニングは手足を出鱈目に動かして地面をのたうち回っていたが、やがて動かなくなった。

 その皮膚には黒いあざが浮いている。彼と同じ目に遭った、カーラ・マクスウェルのように。

 そんなダニングを見下ろし、セオドアは胸に抱いた箱をそっと撫でる。


「こういうのを復讐って言うのかなぁ? ……よく分からないや」


 ダニングを貫いた黒い影は、するすると箱の中に吸い込まれるように戻っていく。

 その僅かな箱の隙間から、幼い子どもの声がした。


『ウレシクナイ?』


「……うん、ざまーみろとは思わなかったよ。ただ、『あぁ、分かり合えないんだなぁ』って思っただけ。きっと、分かり合えるって奇跡なんだろうなぁ。だって、世界には分かり合えないことの方がずっと多いんだもん」


 セオドアは諦め顔でため息をつき、そして呟く。


「だから、もういいや。誰も分かってくれなくていい」


『イラナイ?』


「うん。おれはもう、理解も共感も同情もいらないよ。たった一つの分かり合えた奇跡があれば、それでいい」


 セオドアは上着の裾を翻して王都の方角を向くと、手にした箱を高く掲げた。


「さぁ、食事の時間だ、〈暴食のゾーイ〉」


『オナカヘッタ! オナカヘッタ! チョウダイ! チョウダイ!』


 セオドアはボサボサの前髪の下で、その目を細めて笑いながら告げる。


「〈暴食のゾーイ〉に代わり、契約者セオドアが命じる。シモベよ、糧を運んできておくれ」



 * * *



〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトの婚約者である、フリーダ・ブランケは大きな鞄を手に、リディル王国城の受付にて手続きをしていた。

 手続きの内容は、持参した鞄──アデラインとレイの着替えを、届けてもらうためのものである。

 フリーダは、他国の人間である自分が簡単に城に入れるとは思っていない。フリーダはまだ、妻ではなく婚約者という身分だし、国籍も帝国のままだからだ。

 近所の子どもが気軽に出入りしている、ど田舎のヴァルムベルク城とは訳が違う。


「あ、フリーダ!」


 荷物を託す手続きを済ませ、さて屋敷に戻ろうかと思ったところで、快活な声に呼び止められた。

 振り向くと、こちらに駆け寄ってくる赤い巻き毛の青年が見える。

 五代目〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグだ。


「ご機嫌よう、〈茨の魔女〉様。いつもお世話になっております。先日は大変美味しいニンジンをありがとうございました」

「喜んでもらえて嬉しいぜ! 今日は荷物を届けに?」

「はい。アデライン様とレイの着替えを」


 ここしばらく、アデラインとレイは城に泊まり込んでいる。

 新七賢人が決まると言っていたから、きっと新人の指導や、お披露目の準備があるのだろう。

 なのでフリーダは、アデラインとレイが困らないように、着替え等の細々とした物を届けに来たのだ。


「時間があるなら、中に入ってレイに会ってやってくれよ。レイのやつ、『フリーダに会いたい』が口癖から鳴き声になりつつあるんだ」

「それは大変ですね。ですが、他国の人間である私が、城に出入りしても大丈夫でしょうか?」

「きちんと受付すれば大丈夫さ。良かったら、オレが同行するよ」

「ありがとうございます」


 フリーダは口癖や鳴き声になるほどではなかったが、普通にレイに会いたいと思っていたので、ラウルの申し出をありがたく受けることにした。

 ラウルの言う通り、受付の人間は簡単な手続きだけで、フリーダの入城を認めてくれた。やはり、ラウルがこの場にいる影響が大きいのだろう。

 帝国には七賢人や魔法伯がいないので、フリーダはリディル王国に来た当初、七賢人がどういう立ち位置なのかを測りかねていた。

 だが、今なら分かる。七賢人は宮中伯の中でも、かなり王に近い存在だ。謁見だけでなく、進言も許されている。

 これは、魔術を重用するリディル王国ならではの文化と言っても良いだろう。リディル王国の貴族制度は魔術の才能が重要視されることが非常に多い。

 庭園を歩きながら、フリーダはラウルに訊ねた。


「七賢人は王の相談役と聞きました。〈茨の魔女〉様も、普段から相談を受けているのですか?」

「あぁ、あるぜ! 今年は花壇に何を植えるかとか、ニンジンの美味しい調理法とか!」


 なるほど、国家の行く末に関わることを他国の人間に漏らすわけにはいかないから、ラウルなりに誤魔化そうとしているのだろう、とフリーダは考えた。

 ラウルの言葉は嘘偽りなく真実であるし、国王はニンジンが苦手という秘密がサラリと暴露された瞬間なのだが、フリーダには知る由もない。


「ニンジンの調理法、私も知りたいです」

「おぅ、任せてくれよ! もう少ししたら、モニカも出張から戻ってくるし。そしたら皆でニンジンパーティしようぜ! …………ん?」


 不意にラウルが足を止めて城を見上げた。

 その横顔は、珍しく強張っている。


「……なんだあれ?」


 つられてラウルの視線の先を追ったフリーダは見た。

 七賢人達が滞在している棟の四階付近の窓から、黒い煙のようなものが見える。

 最初は火災の煙かと思ったが、それにしては、そのモヤモヤした塊はあまりに黒すぎた。

 フリーダはあれに似たものを一度だけ見たことがある。

 レイが、呪術を暴走させた時の、黒い呪いの塊だ。


「あ、おいっ、フリーダ!」


 ラウルの制止の声を振り切り、フリーダはスカートの裾をたくし上げて城内に駆け込んだ。


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