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雷子  作者: 三幸
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常勝 夏候惇 下

常勝 夏候惇 下

 

関羽「劉姉。劉表殿の面会に行かれたのですよね? ご容体はいかがでした?」


劉備「正直、良くありません。病床に入ってから曹操軍の侵攻もあって病状は悪化しているように見えます」

 劉備が頼りにしている劉表は高齢で病に伏せていた。度々、劉備は劉表の容態を気遣い励ましに劉表の元に訪れていた。


劉備「ご子息の劉キ殿のことをご心配されて、曹操から荊州を守って欲しい……とだけ」


関羽「そうでしたか……」

 劉表が劉備を頼りにしているが、劉表軍の中では劉備のことを良く思っていない者が多く、関羽は行く末が心配であった。


劉備軍兵士「劉備様! またもや曹操軍十万が荊州に向けて進軍! 敵大将は夏侯惇! 劉表様から劉備様に援軍の申し出が来ております!」


「!!」

 再度の曹操軍の襲来に劉備と関羽は顔を見合わせた。



 

キョウ「あそこにいるのは張飛……稽古中かな? それと趙雲さん?」


 張飛の剛槍が趙雲めがけて振り下ろされる。趙雲は張飛の攻撃を交わし張飛に向けて一閃の矛先を放つ。キョウに限らずその戦いが質の高いものだとわかるが、その二人から訓練を受ける身としては誇らしさよりも今までよく生きてるいるなと自分に対し関心した。


キョウ「やっぱり、あの二人は別格だなー」


周倉「ふふふっキョウよ。確かに張飛さんや趙雲さんは強い。でも関羽の姉御だって凄く強いんだぞ」

 

 張飛と趙雲の訓練を見ている周倉がキョウに声をかける。


キョウ「うん。そうみたいだね」


周倉「おいらもそのうち関羽の姉御達と肩を並べる日が来るからキョウはおいらに付いてこいよ!」


キョウ「関羽さん達には敵わないけど周倉君であれば何とか戦えそうだな」


周倉「むー! キョウ! これでもおいらはそれなりに強いんだぞ!」

 周倉はむきになる。


キョウ「周倉君……それなりって……」



 

張飛「やっぱ趙雲は強いねー。張飛も疲れちゃうよー」


趙雲「それはこちらの言うことです張飛。自分も余裕がない」


キョウ「趙雲さん、張飛。お疲れ様です」


張飛「あ! 兄ちゃん! 兄ちゃんが遊んでくれないから仕方なく趙雲と遊んでたんだよー」


趙雲「キョウも一緒にどうだ?」


キョウ「いえっ流石にお二人に付いていける自信はありません」

 訓練じゃなくて遊びなんだ……キョウは思った。


張飛「何それー。そんなこと言ってると、もう遊んであげないよー」


趙雲「早く一緒に手合せ出来る日が来るといいな」


キョウ「はい……永遠に来ないと思いますが……」

 永遠に来ないではなく永遠に来ないで欲しいのがキョウの本音だ。


張飛「趙雲はつまんないんだよ? 勉強しろーとか片付けろーとか意外と細かいしさ~」


趙雲「恐縮です」


劉備「飛ちゃん! 趙雲さん! はぁはぁはぁ……あ、周倉、キョウ君も一緒なのですね」

 劉備と孔明が血相を変えて走ってきた。


キョウ「劉備さんに先生。どうしたんですか?」


劉備「曹操軍がまた十万の軍で……荊州に侵攻中なの! すぐに出撃の準備をして下さい!」


張飛「またー? 懲りないねー曹操って」

 勝気な張飛に緊張感はない。


諸葛亮「趙雲殿。直ぐに兵をまとめて下さい」


趙雲「分かりました」

 趙雲は孔明の指示に従い兵をまとめる為にその場を去る。


キョウ「劉備さん。僕に出来ることはありませんか?」


劉備「キョウ君は孔明に指示を受けて下さい」


キョウ「分かりました。先生、僕は何をすれば良いのでしょうか」


諸葛亮「キョウ、あなたは非凡な才能の持ち主です。ここ一ヶ月でよく分かりました。作戦の内容を伝えます。此度の戦は博望坡で迎え撃ちます」


キョウ「十万の軍を迎え撃つのですか!」


諸葛亮「新野城はとてもじゃありませんが利用出来る状態ではありません」


キョウ「そうですよね……同じ方法が通じるとは思えない」


諸葛亮「まぁ最後まで聞きなさい。博望坡の細い山道で曹操軍を分断。及び補給線を断ちます。大きな軍程、全体を維持するのが困難になります。博望坡では一度に戦える数など知れています。そして火計にて敵を混乱に陥れる……長い山道では軍の指揮系統はそうそう回復しないでしょう」


キョウ「しかし敵の武将がそれを理解していても、おかしくはないわけですよね?」


諸葛亮「良い所に気が付きましたね。そこで我らが劉備様の出番になります」


キョウ「まさか……劉備さんを囮に使うとか……」


諸葛亮「キョウは理解が早くて良いですねー」


キョウ「先生にしか出来ませんね……他の人が言ったら関羽さんと張飛に殺されますね」


諸葛亮「褒め言葉として頂きます」


劉備「でも、それだけで何とかなるのでしょうか? 相手は夏候惇ですよ孔明」


諸葛亮「当然、それだけでは難しいでしょう。曹操の目的は荊州の攻略ではありません。もしそうなら前回の大敗を見越して曹操本人が来てもおかしくなりません……だが曹操は来ず夏候惇だけ」


キョウ「一体、何故でしょうか?」


諸葛亮「何か狙いがあるのでしょうが今は分かりません。ただ曹操軍を撃退しなければならないことだけはハッキリしています」


キョウ「劉備さんを囮に使い各個撃破か……」


諸葛亮「まずはそれだけで十分です。相手の出方、分からずして今回は大計を用いることは出来ません」


キョウ「……」

 キョウは不安を感じた。大計が用いることが出来ない不安と劉備が警戒する夏候惇に。それも十万の敵を各個撃破など本当に出来るのかどうかと。


諸葛亮「不安そうですね」


キョウ「えっええ……」


諸葛亮「まぁ見ていて下さい。大群を維持することの難しさと急所を突かれた時、一体どうなるのかを」


キョウ「はい!」

 孔明の明るい声にキョウの不安は薄れた。むしろ昂揚していた。


諸葛亮「そうと決まれば急いで河を渡らなければなりません」


キョウ「え!? 博望坡ってそんな遠いのですか!?」


諸葛亮「新野のちょっと先です」


キョウ「ちょっと先って……」

 

劉備軍は数千の兵を従え博望坡を目指した。


 夏候惇は許昌より十万の兵を率い荊州を目指す。十万の兵が一日に進める距離は長くない。整備されていない道を軍が進める距離は約十二キロと言われている。大軍が通ることにより道なき道も草と土が踏み固まり新たな道となる。道路整備に進軍は一役買うこととなる。雨が降れば進軍しないことも多く夏候惇の進軍は非常にゆっくりしていた。


夏侯惇「この博望坡を越えれば、直に劉備、劉表とご対面ね。しかし博望坡は嫌な場所……見れば見る程、いやらしいわ。長く細い山道、分断されれば死地になる……か」


 夏候惇は博望坡の地形を見て仕掛けてくるならここだと警戒していた。


曹操軍兵士「報告です! 先行隊が劉備軍の奇襲を受けました! 尚、敵総大将、劉備からの奇襲のようです!」


夏侯惇「なるほど囮ね……先行隊には追撃せず防御に徹底させよ!」


曹操軍兵士「はっ!」


夏侯惇「しかし、あまりにもベタ過ぎるわ。わたしも舐められたものね? 囮に引っかかる程、馬鹿じゃないわよ」


 劉備軍の奇襲に夏候惇は読み通りの展開に焦る気配はない。逆にあまりにも分りやすい動向に警戒心を増した。劉備自らの奇襲がそうさせたのだ。


夏候惇「騎兵を前線に向かわせる。歩兵はこの場に待機」


曹操軍兵士「はっ!」


 敵の囮に敢えて乗るのも一興か……慢心ではなく夏候惇は相手の力を測ろうと思った。騎兵を連れ夏候惇は前線に向かう。周囲の警戒を怠ることはしない。既に斥候を放ち伏兵はいないかどうかは調査済みで、長く隊列を組む軍に分断させようと横槍を入れてくるであろうと考えていた。夏候惇は歩兵に危険に晒すような真似はしない。だからこその騎兵のみでの進軍であった。


張飛「あーー! 夏侯惇だー!」


夏侯惇「あん? あれは張飛?」

 前線に到着した夏候惇は張飛と出会う。


夏候惇「劉備は既にいないか。だからと言って張飛を囮に? あのおチビちゃんに軍略など分かるわけないか……牽制? 何が狙いなのかしら?」


 夏候惇は張飛が現れたことに敵の真意が分からなくなった。自分を誘き出すのであれば劉備が居るべきはずなのに……と。


 張飛が現れたのは孔明の作戦ではない。ただ単に張飛が独断で向かっていった。それは劉備の奇襲で曹操軍は劉備を追いかけるものだと思っていたが失敗し、それを見ていた張飛が自分が誘き出そうと勝手に向かったものだ。


張飛「夏侯惇のばーか! ぶーす!」

 張飛は夏候惇を挑発する。


夏侯惇「相変らずのガキね。そんな挑発に私が乗るわけないのに……」

 あまりにも幼稚な張飛の挑発に夏候惇は相手にしない。


張飛「あれー? 夏候惇。頭にこないのー?」


夏候惇「久しぶりね張飛。残念だけど私は『ぶす』でもなければ『馬鹿』でもないのよ」


張飛「ええ!? じゃあ何て言えば頭にくるのかなー」


夏候惇「さあ? 自分で考えなさい。私が挑発に乗ることはありえないから」


張飛「うーん。そっかー……じゃあ……」

 張飛は考える……。


張飛「年増ーー!」


夏侯惇「全軍転進! 後方の歩兵は左右からの襲撃に備えろ! 騎馬隊は私に続けー! あのクソガキに大人の魅力を教えてやれぇえええ!」


 張飛が放った言葉は夏候惇にとってまさに禁句であった。冷静な夏候惇も張飛とは正反対の容姿から小娘に馬鹿にされたと言うよりも舐められたことにブチ切れる。

 

張飛「あはははは! 夏候惇が怒ったー!」

 まるで鬼ごっこのように張飛は楽しくなり夏候惇から逃げる。鬼の形相で夏候惇は騎兵を率い張飛を追いかける。


劉備「あら。私が奇襲をかけた時には動じなかったのに夏候惇はどうしたのかしら……」

 遠目から誘因に失敗したと思った劉備は張飛を追いかける夏候惇に疑問を持つ。


諸葛亮「あんな所に張飛殿が……夏候惇に追いかけられている?」


キョウ「先生! このままでは張飛が!」


諸葛亮「ええ! 絶交の機です! 夏候惇を打ちます! 全軍突撃の合図を!」


キョウ「いやそうじゃなくて張飛が!」

 キョウは張飛の心配をしていたが張飛は既に反転しており曹操軍をなぎ倒していた。その光景は窮地と思えるものではなかった。


諸葛亮「張飛殿がどうかしましたか?」


キョウ「いえ……何でもありません……」

 突撃の合図で山林に伏していた関羽と趙雲が飛び出す。夏候惇引き入る曹操軍は敵は少数ながら囲まれる形となり不利に追い込まれていた。


夏候惇「張飛!」


張飛「えへへへへ」

 張飛は笑う。そこへ夏候惇の一撃が張飛に放たれるが張飛は夏候惇の一撃を止める。避けることの出来ない一撃。張飛は夏候惇の攻撃に興奮を隠せなかった。


張飛「やっぱ夏候惇は強いね!」


夏候惇「若くて綺麗だと言いな!」


 張飛が夏候惇の首を狙う。夏候惇も張飛の攻撃を受け止めるが手が痺れる。

 

 張飛と夏候惇の打ち合いが十を超える……。


曹操軍兵士「夏候惇様! 周りを囲まれております!」


夏候惇「こちらの方が数が上なのよ! 何とか押し返しなさい!」

 

 夏候惇は張飛から目を逸らさず兵に一括する。本来であれば数に有利な曹操軍は

その状況を打破するのは容易だ。だが相手が関羽、そして趙雲の猛将相手にそれが容易ではないことに夏候惇は気付く。


夏候惇「くっ! 止むを得ない。この場を離脱する!」


張飛「ええ! 夏候惇もう行っちゃうの!?」

 張飛は悲しそうな声を出す。


夏侯惇「こんなことで引くことになるなんて! おのれ!! 覚えてなさい!」

 夏候惇の騎馬隊はその移動力に劉備軍の追撃を殆ど受けずは博望坡先の陣営まで撤退していく。


キョウ「先生。追撃しますか?」


諸葛亮「いいえ。深追いは無用です」

 孔明は曹操軍の狙いが分からず夏候惇に固執することは危険だと察したからだ。曹操軍が博望坡に入った時点で周倉が敵の兵糧庫を奇襲する予定だったがそれも叶わず多くの誤算が生まれていた。


キョウ「今回も勝ちましたね!」


諸葛亮「ええ。しかし、思い描いていた勝利ではありませんでした」


キョウ「でも夏侯惇はどうして劉備さんではなく、張飛の方に向かって行ったんだろ?」


諸葛亮「実は私も気になるところではありました。全軍で来ると思いきや、騎馬隊のみでの突撃。中々出来ることではありません」


キョウ「もし全軍で向かってこられれば……ぞっとします……」


諸葛亮「敗北はしたものの向こうの十万の軍勢はほぼ無傷でしたからね。夏侯惇、武勇・知略共に底が知れない武将です」


キョウ「はい。恐ろしく思慮深い武将だと僕も感じました。また攻めて来ますよね」


諸葛亮「普通であれば……だがどうもそんな気がしない……」

 孔明はこの侵攻が心に引っかかる。




夏候惇「部隊を再編制し新野を! いや張飛の首を討つ!」

 夏候惇は十万の軍勢全てを投入し一気に決着を付けるつもりでいた。


曹操「惇まで敗れるとはな。やはり以前の劉備軍とは違う」

 曹操が現れる。


夏侯惇「孟徳どうしてここに!? くっ! 違う、違うの! これには深い訳が!」

 曹操が現れたことに驚いた夏候惇だが初戦を負けたことが許せなかった。


曹仁「くそっ! 劉備軍の奴ら許せねぇ! 夏侯惇お前の仇は俺様が取ってやるからな!」


夏侯惇「曹仁! 私を勝手に殺さないでよ!」

 夏候惇は曹仁に突っ込む。


夏候惇「孟徳、何故ここにいるの? 曹仁と二人で?」


曹操「いや淵達も一緒だ」


夏候惇「淵も? 淵はどこ?」


曹操「淵は別の任務に当たらせてある。後、李典の謹慎も終わりだ」


曹操「惇でさえ及ばぬ相手であれば処罰の対象にはならん」


夏候惇「……」


曹仁「へへっ、やった!」


 李典の謹慎が解けることは嬉しいが夏候惇は複雑な思いた。


夏侯惇「淵が別の任務? そう……孟徳一つ聞きたいことが……」


曹操「どうした?」


夏侯惇「いいえ……なんでもないわ」


曹操「ん?」

 

夏候惇は淵の任務よりも自分は年増かどうかを曹操に確認しようとしたが、気にしていることを知られたくなかったので聞くのを止めた。


曹操「劉備。有能な軍師を見つけたようだな」

 曹操は劉備の戦い方がこれまでと違うことに『何者かが劉備の元にいる』と確信した。

 その頃、曹操の放った。二の矢が既に夏候惇急襲の間に荊州に潜伏していた。



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