知略対決 下
知略対決 下
司馬懿、率いる主軍は大安に休息するものの左軍と右軍が一向に合流して来ないことに司馬懿は苛立ちを感じていた。
司馬懿「遅い……左軍を任せていた満寵殿からの連絡は?」
魏軍兵士「いえ。ありません」
司馬懿「全滅したとは考えにくい……一体どうしたのかしら……ダラダラとここに留まっていても無駄に兵糧を消費するだけ……やはり主軍だけで漢中に向かうしかありませんか……出発の準備をして下さい」
魏軍兵士「はっ!」
魏軍の主軍は一時の休息を取り出発の準備にかかる。
諸葛亮「この様な天候で進軍するのは危険ではありませんか司馬懿殿」
大安の絶壁の上から孔明は司馬懿に呼び掛ける。
司馬懿「何者です!」
司馬懿は絶壁の上を見上げる。
諸葛亮「諸葛亮と申します。司馬懿殿」
司馬懿「あなたが諸葛亮ですか……投降を申し出に来たのであればいいでしょう。受け入れましょう」
諸葛亮「投降? 私はこの先は険しく滑落の危険があるのでその旨をお伝えしたまで」
司馬懿「なるほど。助言はありがたく頂戴しましょう。ですがそんなことをわざわ大将自ら? 馬鹿にするのも大概にしていただきたいものですね」
諸葛亮「それもそうですね。先に進むことよりこの場に留まることの方が危険なのに……」
司馬懿「ははははは! この場が危険? 天は私の味方し雨を降らせ蜀軍はこの軍勢と戦うだけの戦力を持ち合わせていない! それなのに危険ですって?」
諸葛亮「火計が使えないことだけでそこまで気持ちを大きく持つことが出来るなんて羨ましい方ですね」
司馬懿「まさかこの場で私に勝つ気ですか? やれるものならやってみなさい。妖術でも見せてくれるのかしら……天才軍師殿」
司馬懿は目一杯の皮肉を込めて言った。
諸葛亮「妖術よりも素晴らしいものをお見せ致しましょう」
孔明が手を挙げる。
諸葛亮「馬謖と亡くなった同胞の仇……連弩発射!」
孔明は挙げた手を魏軍に向けて振り下ろす。
絶壁の上から一斉に矢が降り注ぐ。矢は通常の半分の長さしかない矢だが矢じりの大きさは倍近くの大きさだった。連弩とは孔明が開発した兵器で弩を改造したもので一度に四本の矢を同時に発射出来るものであった。通常の矢ではとても飛ばせるものではない為、上に射つ。矢じりが大きいのは重心が安定させる為である。高く放たれた矢は落下速度が増し魏軍の鎧を貫く程のものであった。その豪雨の様な連弩の攻撃に魏軍は大混乱に陥った。連弩のことを知らない魏軍は蜀軍が大軍であるように錯覚させたからだ。
司馬懿「一刻も早く諸葛亮を討取りなさい!」
司馬懿は兵に激を飛ばす。魏軍は絶壁を登ろうとするが雨で濡れた岩肌は滑り孔明の元に辿り着けない。
司馬懿「つっ!」
司馬懿の太ももに矢が掠める。
司馬懿「やってくれますね! 私の美しい体に傷を付けるなんて万死に値します!」
満寵「司馬懿!」
司馬懿「満寵殿! あそこに諸葛亮がいます! 直ぐに応戦して下さい!」
連弩の攻撃を受ける中、左軍の満寵が軍を率いて主軍に追いついた。
満寵「分かったわ! あそこね! 弓兵! 諸葛亮に向けて一斉発射! 射て!」
満寵の率いる弓兵は諸葛亮めがけて矢を放つが矢の先は下からでは確認出来ない。
司馬懿「満寵殿! 直ぐに兵を迂回させ諸葛亮を……あれ……」
司馬懿の視界が歪む。司馬懿は雨に濡れた地面に膝を付いた。
満寵「司馬懿!」
満寵が司馬懿に駆け寄る。
司馬懿「どうして……急に……目眩が……」
満寵「まさか……どこかに傷を……ここか!」
満寵は司馬懿の太ももに矢傷を見つける。
満寵「くっ何て質の悪いことを……」
司馬懿が受けた掠り傷が紫色に変色していることから満寵は矢に毒が塗ってあることを知る。
司馬懿「満寵殿……諸葛亮を……」
満寵「今はそんなこと言ってる場合じゃなくなったのよ! 全軍撤退! 撤退するのよ!」
満寵は司馬懿に肩を貸し必死に叫ぶ。魏軍は連弩の攻撃を受けながら必死に逃げた。逃げる魏軍に蜀軍はありったけの矢を射込んだ。魏軍は総崩れとなったが右軍の徐晃と援軍を率いて来た張コウにより何とか全滅を免れた。
魏軍を大きく後退させた蜀軍は体制を整え皮肉にも魏軍の屍が放置された大安を合流地点とした。
大安にて孔明は魏軍を一気に後退させることに成功した。
姜維「先生。魏軍を打ち破ることに成功しましたね!」
諸葛亮「ええ。司馬懿が崩れることを確認しました。これで死んでくれるといいのですが」
姜維「それにしても凄いですね……これ連弩って言うんですよね? いつの間に作ったのですか?」
姜維は連弩をまじまじと見つめる。
諸葛亮「以前から構想があって。まぁ少しづつですね」
姜維「へー。そうだったんですか……で? この矢じりついてる毒って何なのですか?」
諸葛亮「スズランの一種です」
姜維「え!? スズランってあの可愛い花のスズランですか!?」
諸葛亮「あまり知られていませんが猛毒です」
姜維「知らなかった……」
諸葛亮「可愛いものには毒がある。女も一緒ですよ……私を除いて」
姜維「そっそうですね……」
こんな殺戮兵器を作る孔明が最も危険なのではと姜維は思った。
諸葛亮「他のみんなはどうしていますか?」
姜維「結構深くまで魏軍を誘い込みましたから戻ってくるまでもう少し時間がかかると思います」
諸葛亮「分かりました。一度、全員が合流するようにしましょう」
蜀軍は軍容を整えることにした。
諸葛亮「司馬懿も始めから作戦を変えずに戦っていれば勝算があったものを……途中で作戦を変えた為に司馬懿の負けは決定しました」
姜維「はい」
諸葛亮「姜維。覚えて置いて下さい。軍師たるもの一度決めた作戦は原則変えないことです。作戦を変えるのは相手が己の想像を越えていた場合のみです。それ以外で作戦を変えることは軍師として戦を描き切れていない証拠です。軍師は将兵の命を預かる者です。己を信じなさい。そして敗れれば己を切る覚悟を持って挑みなさい」
姜維「分かりました。肝に命じます」
孔明の言葉が姜維の胸に刺さる。
姜維「しかし、今回の戦いは先生ならもっと容易に勝てたのでは?」
諸葛亮「姜維を育てる為の勉強も兼ねた戦いと言っておきましょう」
姜維「あっありがとうございます……随分と血生臭い勉強ですね……」
諸葛亮「さぁ姜維。司馬懿がもし生きていれば五丈原に向かうでしょう」
姜維「はい。でもみんなと合流してからですよね?」
諸葛亮「もちろんです」
孔明の策略によって大敗した魏軍はどうにか体制を整え国境付近まで撤退していた。
司馬懿「うっ……ここは……」
司馬懿は天幕の中で目覚める。
満寵「気が付いたようね」
徐晃「良かったわ。司馬懿、満寵に感謝しなさい。解毒剤を作ってくれたのよ」
満寵と徐晃が司馬懿の看病をしていた。
司馬懿「満寵殿が……そうですか……矢には毒が塗られていたのですね。将兵達はどうなりましたか……」
満寵「傷を負った者のほとんどが助からなかった。こんな所で狩人の時の知識が活かされるなんて思いもよらなかったわ」
司馬懿「将兵達に解毒剤は……」
満寵「与えたわよ。毒の種類はスズラン。完全に毒を取り除くことなんて出来ないの。毒を和らげるので精一杯。司馬懿には一番で投薬したから何とか間に合っただけの話。あと少し遅れていたら……」
司馬懿「そうですか……満寵殿。ありがとうございます」
満寵「気にしなくてもいい。あなたが生きていればそれでね」
徐晃「それにしてもやられたわ。山岳地帯に入って狼煙めがけて進んでいた所を襲われたのよ。軍を小分けにしたことが完全に逆鞘になったわ」
満寵「こっちも一緒。あんな器用なことが出来るんだったら初めからそうすればいいのに」
司馬懿「全ては私を嵌める為のものだったのでしょう。下手な火計も奇襲も全て」
満寵「カク昭を破ったのは伊達じゃないってことね」
張コウ「軍を再編成して来た」
張コウが天幕に入って来た。
徐晃「早かったわね」
張コウ「まあな。それより司馬懿は一命を取り留めたようだな」
司馬懿「張コウ殿が何故ここに……」
張コウ「どうも嫌な予感がしてな」
満寵「張コウの後詰がなければ本当に全滅してもおかしくなかった」
司馬懿「あまり信用されていないのですね私は……」
張コウ「おい。誤解するな。相手が相手だからだ」
司馬懿「次はこうは行きません。私はまだ諸葛亮には敗れていません」
徐晃「それだけ言えれば大丈夫みたいね」
司馬懿「私と諸葛亮の戦いは延長戦に入りました。これより五丈原に向かいます」
司馬懿は布団から出る。
司馬懿「!」
司馬懿は自分が身体がくっきりと出る薄着であることに気が付く。
司馬懿「なっなんでこんな格好に!」
満寵「ああ。私が脱がしたの。他に傷があったら大変だから」
張コウ「そんな薄着で風邪をひくぞ。早く着替えた方がいい」
司馬懿「ちょっ張コウ殿! 天幕から早く出て行って下さい!」
張コウ「どうして。作戦の内容を聞かねばならんだろう」
司馬懿「私がこんな格好をしているのに作戦内容なんて話すわけないではありませんか!」
張コウ「やれやれ……戦場で司馬懿に欲情などするものか」
司馬懿「なっ!」
張コウに悪気はないが司馬懿の乙女心は傷ついた。
満寵「だったら誰になら欲情するのかしら? まさか私に? それとも徐晃殿に?」
徐晃「ちょっ!」
徐晃は胸を隠す。
張コウ「はぁ……勘弁してくれよ……」
張コウはため息をついた。




