夷陵の戦い
夷陵の戦い
昨日まで快進撃であった劉備軍の陣営は呉軍の火計によって大混乱を招いていた。阿鼻叫喚の劉備軍は退路を探し軍容を保てる状態ではなかった。
劉備「私の陣が燃えている……一体、何が起こったの……」
劉備は天幕から出て状況が一切把握出来ない。
黄忠「劉備様! 呉軍の奇襲です! 急いで撤退して下さい!」
黄忠は姜維の指示で劉備の救出に来た。
劉備「呉軍の奇襲……撤退と言っても一体何処へ……」
劉備の声に力はない。
黄忠「劉備様! お気持ちを強くお持ち下さい! 姜維が援軍として駆けつけてくれました。撤退先は白帝城です」
黄忠は劉備が自分を失っていることに気づき励ます。
劉備「姜維君が……白帝城……」
黄忠「くっ駄目だ! もたもたしていると呉軍の追撃が来る! 急がないと!」
馬岱「黄忠さん!」
黄忠「馬岱殿! 良いところに来てくれました!」
馬岱「良いところ? あっ劉備様! 早く撤退して下さい!」
劉備「撤退……もうすぐ雲ちゃんと飛ちゃんの仇を……」
馬岱「劉備様! 一体どうされたのです!」
劉備が普通ではないことに馬岱も気づく。
黄忠「馬岱殿。今の劉備様はこの通りです。馬岱殿は劉備様を連れて先に行って下さい」
馬岱「この状況でしんがりを!? 黄忠さんも一緒に行こう!」
黄忠「駄目です。今の劉備様では呉軍に追い付かれます」
黄忠「私は何としてでも呉軍の追撃を止めます」
馬岱「そんな無茶な!」
黄忠「大丈夫、適当なところで引き揚げますので」
馬岱「分かった! 劉備様を必ず白帝城に送り届けるから! 必ず生きて戻ってくれよな!」
黄忠「お願いします」
馬岱は劉備を自分の馬の前に乗せ白帝城に向かう。黄忠はありったけの矢を用意し陣営に残る。
火の手が上がっていない場所から呉軍が迫りくる。撤退先を知らせることが出来なかった兵は武器を持つこともできていない。昨日までの戦いが嘘のように逆転する。一方的な戦いが始まった。
馬超「呉軍め! ここぞとばかりに来る! この馬超の恐ろしさ味あわせてやる!」
姜維「馬超さん! いけません! 今は呉軍の追撃を払いつつ撤退しましょう!」
姜維「馬岱さんも来ています! 白帝城まで撤退出来れば我らの勝ちです」
馬超「馬岱も来ているのか? ありがたい! 白帝城まで撤退出来れば勝てる……なればここで散る訳にはいかない!」
姜維「はい! この撤退戦から生き延びることが最優先です! 馬超さんは兵の避難路を確保して下さい! 僕はできるだけ多くの兵に撤退先を伝えます!」
姜維は何度も大きな声で白帝城まで撤退する指示を叫ぶが逃げ惑う叫びでその声がどれほどの兵達に届いたか分からない。
火計の隙間を劉備軍が進む。だが呉軍がその少ない退路を塞ぐ。前に呉軍、後ろは火。完全な死地に劉備軍は呉軍に投降する者が出ていた。武器を捨て両手を上げ呉軍に向かう。呉軍は昨日までの恨みから劉備軍の投降を受け入れない。投降する兵に矢を浴びせる。
劉備軍は動くことが出来ない。呉軍は少しずつ前に進み退路を完全に塞ぎ劉備軍はただただ命乞いをした。。
馬超「前が進まないと思っていたら……こういうことか!」
馬超は直属の兵を率いて余裕の笑みで迫る呉軍を踏みつぶす。劉備軍から歓声が上がった。馬超の登場に呉軍は先の戦いで擦り込まれた恐怖で我先に逃げはじめる。
馬超「敗走する敵に構うな! 白帝城まで逃げ切れば俺たちの勝ちだ! 俺に続け! 呉軍など俺が踏み潰してやる!」
馬超の一声で劉備軍は馬超に続く。馬超は振り返らない今は迫りくる敵をなぎ倒し後続の部隊の為に道を作ることしか考えていなかった。
多くの兵が火に焼かれ呉軍の刃の前に倒れ陣営は既に火の中に消えた。
劉備「我が軍が敗走している……何てこと……私が孔明の言葉に耳を傾けていれば……」
馬岱「劉備様! 呉軍が迫っています! 後もう少しです!」
馬岱は馬を走らす。
劉備「わっ私は今まで……」
劉備の目に力が戻る。
馬岱「劉備様!」
劉備が戻ったことに馬岱は安堵する。
劉備「馬岱さん! 馬岱さんがここまで……ありがとう」
馬岱「いえ! お礼なら黄忠さんに言って下さい」
劉備「黄忠さんに?」
馬岱「黄忠さんがしんがりを引き受けてくれたので何とかここまで来られました」
劉備「そんな! 直ぐに黄忠さんを助けに行かないと!」
馬岱「今は急ぎ撤退を! 黄忠さんは適当なところで引き揚げます。今は呉軍の追撃が緩んでいる様で今を逃すと助かる保証はありません!」
馬岱は馬を走らせることを止めない。必ず逃げ切ってみせると心に誓っていた。
姜維「劉備さん! 白帝城は目の前です! 急いで下さい!」
馬超「馬岱! しっかりと劉備様を守ってくれたか!」
馬岱「兄貴!」
姜維と馬超が追い付く。
劉備「馬超さん! 姜維君! 黄忠さんが! 黄忠さんがしんがりに!」
馬超「黄忠殿が! しかし、どうか今はご自分の命を優先して下さい!」
劉備「でも!」
姜維「いけません! ここで劉備さんに何かあっては取り返しがつきません! 関羽さんや張飛の死を無駄にしてはいけません!」
劉備「姜維君……分かりました。今は白帝城に参りましょう……」
劉備は渋々承諾する。
姜維「大丈夫です! 先生から策を授かっております! 白帝城で呉軍を撃退します!」
劉備「孔明から……孔明……許して下さい。うぅっ」
劉備は顔を覆う。孔明の進言を聞かなかった自分が情けない……そして孔明に感謝の気持ちが劉備の頬を濡らした。
馬超「姜維殿! 白帝城には殆ど兵がいない! どうするのです!」
姜維「少数で戦える地形です。安心して下さい」
馬岱「絶対に驚くよ!」
姜維と馬岱の声は明るい。
姜維「呉軍はこの後、必ず撤退します。先生が曹操軍に『呉の背後を突く様に』と使者を出しました!」
馬超「呉を攻める様に使者を!? 正気ですか!」
姜維「はい。劉備軍が敗北した場合、呉軍が劉備軍に戦力を割いてる間に呉を攻める様にと」
馬超「軍師とは……いや、孔明軍師は武人には考えもつかないことをするのだな……」
姜維「馬超さん……曹操軍と共に戦うわけではありません。我々が生き残る為です……呉軍に曹操軍侵攻の報が入るまでの間、白帝城で防ぎます」
馬超「分かった! こんな形で曹操に助けられるとは複雑だな」
姜維達は白帝城に向かう。劉備達に追いてこれた将兵は全軍の一割に満たなかった。




