雷編 英雄と覇者 上
雷編 英雄と覇者 上
定軍山の戦いで敗れた夏侯淵達は 奪った涼州の地である天水に帰還した。
夏侯淵を陣中にて曹操が出迎えた。
曹操「淵、楽進。良く無事に帰ってきた」
曹仁「へへへ……俺様の名がまた呼ばれないぜ」
夏侯淵「すまん孟徳。戦果を挙げること叶わなかった」
楽進「夏侯淵さんが謝ることじゃないんです! 俺が力不足で!」
夏侯惇「一応の報告は聞いてるわ。絶望的で心配してたのに……やるじゃない。淵と楽進の二人で血路を開いたの?」
曹仁「おかしいな……俺様……結構、存在感高いはずなのに……」
先ほどから曹仁がいないように会話が進められる。
司馬懿「敗戦の報を聞き心配しておりましたが三人には無用でしたね」
曹仁「仲達……今、なんて……」
司馬懿「はぁ? 何ですかいきなり。心配してましたが三人には無用だと言ったのです。そもそも仲達と呼んでいいのは未だ現れぬ伴侶のみ! 曹仁、如きが気軽に呼ばないで下さい!」
曹仁「くぅううう! 照れ隠しか!! 大好きだぜこの野郎!!」
存在を露わにした司馬懿に曹仁は嬉しそうにはしゃぐ。
司馬懿「きもい! うざい! 大好きとか言うな! 全然、嬉しくない!!」
曹操「やれやれ……せっかくの冗談が台無しだ」
夏候惇「ほんと……曹仁を無視してその反応を楽しもうとしたのに」
司馬懿「もっ申し訳ありません! 今からでも遅くはないでしょうか!? いっそのこと存在自体を私が消して……!」
曹操「いや。次からは気をつけてくれればいい。これも俺の楽しみの一つなんでな」
司馬懿「はっ!」
司馬懿は返事をする。
曹仁「……」
何をどうしていいか曹仁には分からなかった。
曹操「さてとまずは血路を開いたお前達から報告を聞こうか」
曹仁「いや~……違うんです……これが情けねーんですが」
曹操「何かあったのか?」
曹仁「そのまんまです。姜尚という劉備軍の軍師に逃がされたて……」
夏侯淵「命を救われたと言うことだ」
夏侯惇「あら……諸葛亮じゃなくって姜尚? そいつ何を考えているのかしら……でも懐深そうねえ……私なら曹仁はともかく淵と楽進は絶対に逃がさないわ」
楽進「同じことを夏侯淵さんが伝えたんですが……姜尚は今までの劉備軍とは違うことを曹操様に伝えてくれと……」
曹操「俺に? 宣戦布告として受け取ればいいのか……ふふふ」
夏候惇「喧嘩を売られたのに随分と嬉しそうね孟徳。これは姜尚を八つ裂きにしないといけないわね」
曹仁「夏侯惇。オレさま達が生きているのは確かにありがてえが……情けねえっていうか、気合が足らなかったっつうか……姜尚には感謝してるんだわ」
楽進「曹操様。俺からもお願いです! もし生きて捕えることがあれば何とか姜尚の命だけは……」
曹操「まったく……非常な俺の部下は情が厚くて困る……」
夏侯淵「そうか? 別に孟徳だって情が薄いわけでもないだろう」
曹操「……」
曹操は何も言えなくなる。
夏侯淵「だが敵将に助けられたこと……己を恥じるばかりだ」
司馬懿「しかし……別働隊を編成しながらも漢中を奪われたのは計算外でした。それに劉備軍の戦い方、いいえ……方向性が伺えますね」
夏侯惇「司馬懿。劉備軍の方向性ってなに?」
司馬懿「はい。敵に情けをかける行為は戦では愚かな行為ですが民からは絶大な支持を集めることができます。分かりやすく言えばご曹操様とは対極の方向性を持っており、優しさだけで世は治まりませんが、優しさ無くして世を治めることもできません」
曹操「以前から俺は劉備には英雄の素質があると考えていた。そして、それが開花する前に殺さねばとも……今回の戦いを聞く限り英雄としての素質が開花し始めたようだ」
司馬懿「曹操様は覇者です。世を総べるのは英雄ではなく覇者です。なぜならば今が乱世だからです」
曹仁「おお! 理屈っぽいが、いいこと言うじゃねーか」
司馬懿「ありがとうございます。曹仁があまりにも理屈立てないだけですが」
曹仁「バカにしてんのか!? ってこの流れは前もあったな……姜尚……ヤバそうなヤツだ」
司馬懿「しかし、これからの劉備軍は手強くなりますね。姜尚……一体何者なのでしょう」
夏侯惇「英雄劉備と軍師の姜尚ね……次回はあたしに任せてもらおうかしら」
曹操「やってみるがいいさ」
夏侯淵「俺たちは少し休ませてもらう」
曹操「ああ。そうしてくれ」
夏侯淵、楽進。曹仁はその場を離れた。
曹操軍兵士「報告します! 成都への遊撃隊が帰還しました!」
曹操「満寵と……確か鍾会とカク昭だったかな?」
満寵「曹操様……申し訳ありません……遊撃隊只今帰還致しました」
鍾会「……」
カク昭「……」
満寵率いる遊撃隊の三人が曹操の前に現れる。
曹操「災難だったな満寵。遊撃隊の存在は事前に知られていたようだ」
満寵「仮にそうだとしても……誰かしらの首を持ち帰ることも出来ずに……」
夏候惇「関羽、張飛、趙雲、馬超……至難の業よ? 満寵はともかく新参者二人を率いての戦い。よくやった方じゃないかしら」
満寵「惇姉……」
司馬懿「鍾会、カク昭。あなた達は初めての実戦で満寵殿の足を引っ張ったりしなかったでしょうね?」
鍾会「力の出し惜しみは一切しておりません」
カク昭「「僕も鍾会と同じです……」
満寵「司馬懿。この二人はよくやってくれたわ」
司馬懿「そうですか。満寵殿が指揮官でよかったわね。で? 軍師を目指すあなた達から一応の言い訳を聞きましょうか」
鍾会「今まで学んだことが……」
カク昭「一切通じませんでした……」
司馬懿「え……鍾会、カク昭。私は私なりのあなた達のことは評価しているつもりです。一体、何があったのですか?」
鍾会「先陣の趙雲と馬超を分断させようと兵を二手に分け連携を崩そうとしたのです……趙雲は見事に策に嵌った様に思えたのですが……」
カク昭「でも馬超にはどんなに煽って誘っても絶対に趙雲の後を追いかけるんだ……巧みな用兵術も全く通じない……」
司馬懿「馬超……ただの猪武将かと思いましたが……鍾会とカク昭の狙いを読んだ……」
鍾会「戦場を散々駆け回り……気が付いた時にはもう関羽と張飛がすぐそこまで……」
カク昭「満寵さんが撤退の合図を出してくれなかったら……今頃、僕たちは……」
司馬懿「ふぅ……よい勉強になりましたね。机上の知識だけで勝利を導くことの難しさ知ったことでこれからが楽しみになりました」
「司馬懿さん……」
鍾会とカク昭は司馬懿の言葉に救われた気がした。
曹操「良き先輩を持ったな鍾会、カク昭」
鍾会「「あっはい!」
カク昭「司馬懿さんは僕たちにとって憧れの先輩でもあります!」
曹操「これからの働きに期待する」
「はっ」
鍾会とカク昭は威勢よく返事をした。
夏候惇「ねぇ……鍾会。初めて会うわね」
鍾会「夏候惇殿。私に何か?」
夏候惇「ずっとね。あなたに会いたかったのよ……私ってどう?」
鍾会「いっ意味を測り兼ねます……!」
夏候惇の言葉に鍾会は恐怖を覚える。
夏候惇「あのね……私ってぶよぶよじゃない?」
鍾会「夏候惇殿がぶよぶよ!? とても強く美しい方だと思います! ぶよぶよだなんてとんでもありません!」
カク昭「あっちゃぁ……多分、あの時のことだ……」
カク昭は片手で顔を覆う。
夏候惇「そう? でもね……私のことをぶよぶよだって言ったのよ……」
鍾会「いっ一体誰がですか! 夏候惇殿にそのような暴言を吐いたものは!!」
夏候惇「許チョ」
鍾会「いっ!!」
鍾会はガタガタと震える。
夏候惇「どこかの誰かがね……許チョに余計はことを教えたみたいなのよ……鍾会は誰か知ってる?」
夏候惇は鍾会に詰め寄る。
鍾会「もっ申し訳ありません……許チョ殿とは知らず……はっ初めて会った時に……」
詰め寄る夏候惇に鍾会は目を逸らし震えながら答える。
夏候惇「ああ……そう……鍾会だったの……駄目な子ね……鍾会は……」
夏候惇は鍾会の首を指を当て横に走らす。首を落とすの意味を持つ。
鍾会「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
夏候惇から視線を逸らし鍾会は何度も謝りの言葉を口にする。
夏候惇「ん? 鍾会……その腰の剣……」
夏候惇は鍾会が腰に差す剣に気づく。
鍾会「こっこれは! 李カクを殺した時のもので! もしお気に召したなら差し上げます!」
夏候惇「七星剣じゃない……いいの? 本当にくれるの?」
鍾会「どうぞ! 夏候惇殿にこそ相応しい剣かと!!」
夏候惇「そっ。何だが脅し取った見たいで悪いわねぇ」
鍾会「とんでもございません!!」
夏候惇「ふふ。これに免じて許してあげるわ。許チョに変なこと吹き込んじゃ駄目よ?」
鍾会「恐悦至極に御座いますすぅうううう!」
鍾会は一命を取り留めた。
曹操「元々は俺のだろ」
夏候惇「今は私のもの。返さないわよ? 巡り巡って私の剣なんだから」
曹操「まぁ……その分働いてくれればいいか……」
司馬懿「どういうことですか? ぶよぶよって……」
満寵「私にはさっぱり」
カク昭「後で説明するよ……何とかなって良かった……」
楽進「ああ……疲れた……」
楽進は背筋を伸ばす。
李典「お疲れさん。大変だったようだな」
李典が兵舎で楽進の帰りを待っていた。
楽進「まったく……散々だったぜ。劉備軍の連中の強いと上手いのなんのってよ」
李典「帰って来てくれてよかった。楽進とはまだ一緒にやりたことがあるんだから」
楽進「俺ももう駄目かと思った時に李典との約束を思い出したよ」
李典「まったく……お前って奴は……」
楽進「ん? その荷は何だ? どこかに行くのか?」
李典「聞いてないのか? 江陵に向かう。既に主だった武将の何人かが向かうことになってる」
楽進「そうか……てことは……やり返すってことだな」
李典「当然だろう。曹操様がこのまま引き下がるわけないからな」
楽進「劉備軍の姜尚って奴に助けられてよ。今度、李典のこと紹介するって言っちまったんだよ」
李典「敵だろ? 何考えてんだよ」
楽進「曹操様の勝ちは揺るがないんだ。もちろん負かした後によ。と思ってな」
李典「まぁ。親友の命の恩人なんだ。俺からも礼を言わせて貰おう」
楽進「そう言えば張遼はどうしたんだ?」
李典「練兵所にいるはずだ。顔を見せてやるといい。何も言わなくても心配してたようだし」
楽進「張遼がか? 心配とか縁のない男に思えるんだが」
李典「敗退の報を聞いてから食事の時に何度も箸を落としてた」
楽進「ただ単にぶるってただけなんじゃいのか? そんなタマでもないか」
李典「俺は直ぐに発つから。楽進、またな」
楽進「ああ」
楽進は練兵所に向かった。
楽進「よう張遼。今、戻ったぜ」
張遼「そのようだな」
楽進「心配かけちまったな」
張遼「心配? 心配などするものか」
楽進「知ってる」
楽進の口元が緩む。
曹操軍兵士「新たな志願兵で黄皓と申すものが曹操軍に入隊したいとのことです」
張遼「通せ」
黄皓「初めまして黄皓と申します。この度は乱世を終わらせるべく戦う曹操様にお仕えしたく参りました」
黄皓は頭を下げる。
張遼「そうか」
黄皓「…………」
張遼「…………」
二人の会話は完全に途切れる。
黄皓(それだけ? 何だこのやりにくい男は……)
黄皓は言葉短い張遼とのやりとりに焦りを感じる。
黄皓「それで……あの……曹操様にお目通りをお願いしたく……」
張遼「分かった」
黄皓「ありがとうございます!」
張遼の快諾に黄皓は礼を言った。
張遼「では、これを持て」
黄皓「こっこれは槍?」
張遼「武功を立てろ。そうすれば曹操様はお前の前におのずと現れる」
黄皓「あっ私は政務を……」
張遼「楽進」
楽進「何だ?」
張遼「この入隊希望者だが曹操様にお会いしたいらしい」
楽進「知ってるよ。隣で聞いていたんだから」
張遼「俺には分かる……この男、胸の内に熱いものを持っている。武功を立てやすいように最前線に配置してくれ」
楽進「分かった! 決死隊の中に入れておく。あそこは本当にキツイからなー」
黄皓「あっ私、戦は……」
楽進「はははは! 最前線はワクワクが止まらないぞ! 一緒に駆けようぜ黄皓!」
楽進は黄皓を引っ張る兵舎に連れて行く。
張遼「黄皓! 武運を祈る!」
黄皓「ひっひぃいいいい!」
張遼を熱い眼差しで見送る張遼に対し黄皓は悲鳴を上げた。
馬謖「姜尚、聞いたぞ?」
姜尚「聞いたって何を?」
馬岱「黄忠さんの寝床を襲ったんだって?」
姜尚「寝床を襲った!? 一体何故そんなことになって……あっあの時の……」
馬岱「覚えがあるってことは本当なんだな。俺は絶対にそんなことはしないって思ってたんだけど……残念だよ姜尚殿」
姜尚「違う! それは誤解だ! 僕は黄忠さんの寝床に行っていない! 行く理由がない!」
馬岱「そうなのか? でも覚えがあるんだろ? 未遂に終わったからと言っても行こうとした事実は変わらないと思うが……」
姜尚「そんな事実もないんです!」
馬謖「大変ですよ? 張飛なんて何で自分の所に来ないんだって怒っています」
姜尚「はぁ……参ったな……」
馬謖「姜尚は軍才はあれど臨機応変の力に欠けますね。私が何とかしてみましょう」
姜尚「えっ馬謖君が? 不安過ぎるがこの手の問題はどうすれば良いのか分からない……任せてみるか……馬謖君お願いします」
馬岱「いいのか? 余計に酷くなるかも知れんぞ?」
姜尚「でも……他に方法が……僕が言っても信じてくれそうにないし」
馬謖「任せてください。姜尚の誤解を解き更に張飛が納得でする策があります」
馬岱「その自信が余計に恐ろしいな」
姜尚「ここは一度、勉強させてもらうよ」




