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超能力者一年生!  作者: アルリア
第三章
20/26

超能力は成り上がる

「スイマセンしたぁっっっ」


 男の頭を下げた姿に目を丸くしているじいさんとエリをよそにヒロは泰然としていた。


「「「スイマセンしたぁっっ」」」


 男たちは口々に謝る。


「今まで生意気な態度をとって申し訳ありませんでした!!」

「こ、これはどういうことだ?」


 じいさんがヒロに訊く。


「ああ。もう上納金を納める必要はないよ」


 簡単に言う姿にじいさんもエリもぽかんとしていた。


「じゃじゃあヒロさん。俺たちはこれで………」

「ああ」


 へへへとチンピラたちは愛想笑いを浮かべて店を出ていった。


「あ………あんた一体何者なんだ?」


 老店主がそうヒロに言う。


「…………ただの、超能力者だ」


 ヒロはにこっと笑って答えた。


「もうあいつらはここに手を出さないよ。好きなように営業してくれていい」

「あ………あああ……」


 2人とも信じられないようなものを見る目でヒロを見ている。

 この日は宴会となった。

 祝杯はささやかだったが二人とも押しつけらていたものがいっきにとりはらわれ顔が晴れ晴れとしていた。


「うう…………ありがとう。ありがとう。長年男を見てきたがあんちゃんのような凄いやつは初めてだ……」

「大げさな……酔っぱらってるよ」

「俺は感動してるんだ! 兄ちゃんのような素晴らしい男は見たことがない!」

 立派だ。実に立派だと繰り返している。じいさんにこんなふうに言ってもらえるのは嬉しかった。


 現金な……。単純だな。これが貧困層ナイズか?

 あ……自分の気持ちを素直に伝えとこう。

「いやぁ、そう言ってくれて嬉しいよ」


 それ以上どう言ったらいいか分からん。口下手だな。と自分でも苦笑する。まぁだんだんうまくなっていけばいいさ。


「ヒロの兄貴! 兄貴って呼ばせてくれよ!」


 はしゃいだあげくにそんなことを言うエリ。

 宴会は大いに盛り上がった。


「兄貴はすごい力を持ってるだけじゃなくすごい賢いな!」

「超能力のレベルはこの時代の人間はあまり大したことがないみたいだな」


 チラホラいるにはいるが超能力者はその能力をおおっぴらに使っている人は少なかった。

 ステータスにはなっていない。

 バッドステータスだ。


「だが強いテレキネシス使いと聞いたら誰もが一目置くだろうな」

 じいさんが言う。


「ところで兄貴。兄貴ほどの能力者がいったいこんなところに何をしに来たの?」

 エリが真剣な態度で訊く。

「ああ。俺、ある人を探しているんだ」

 どんな人? と尋ねる二人に未玖珠の特徴を説明していく。


「まぁ他にもやりたいことがあるし未玖珠探しはそれに平行してやってくつもりだよ」

「何か協力できることがあったらなんでも言ってくれ!」

「ああ」

 その後、危ないことでもなんでも言ってくれというエリにヒロは「期待してる」とか「いろしく頼む」と嘘を言うと、エリはそれに気が付いていないのかすごく嬉しそうにはしゃいでいた。


 じいさんは俺が危ないことをさせないようにしていることが有り難そうだった。


 時間が経ちエリは机に突っ伏して寝た。カルも寝ている。


 おそらく能力者本人が寝たのでスリープモードに入ったのだろうとヒロは予測した。実に生き物らしいが生物ではない。実によく出来ていて生き物よりも生命的だった。


「改めて感謝する。あんちゃんがいなかったら俺はこの街を離れんといかんところだった。そうなりゃエリはまた落ち着かない暮らしが始まっちまう。本当に助かった。この子は友達もおらんで唯一の友達がカルだけなんだ。あんたにようなついとる。兄ちゃんさえよければこの子によくしてやってくれんか?」


 安請け合いはできない。この時代にいつまで居れるとも分からない。


「ああ。解った」


 俺は考えてから返事をした。

 未玖珠に会って恥ずかしくないように成り上がっておくか。



  ◇



 それから俺は今まで以上に精力的に動いていった。

 ほう。成り上がりですか。たいしたものですね。

 超能力は太古から卑弥呼がそうだったと言われているように未知の力は人の信仰の対象になりやすいらしく、リーダーにもなりやすい。

 宗教家の中には自分には超能力があると公言する人もいるくらいです。


 なんでもいいけどよぉ。この時代は十二年後だぜ。


 それに念動力がもたらす、経済効果。

 これもすべての活動の基盤となるお金を集めることができます。

 しかもお金は全ての幸福に大きく影響する副次効果もいい。


 それにしても寄る辺も何もなく、浦島太郎同然だというのにこれだけ活動できるのは超人的なバイタリティと言うほかない(自画自賛)


「よし……と―――」


 とはいえそんなに時間をかけたくもない。もう既にここに来てから3日経っている。

 その3日の間でいくつもの小組織と提携や協定を組み、ヒロの名前は売れていった。


 そして俺はヤクザの事務所でこれからのことを考えていた。


「いやあ。いきなり現れて暴れてほんとすいませんね」


 怯えるヤクザAにそう話しかけた。


「いいえ。この世界は強さが全てですから」


 ふむ。なんとも乱暴な世界だ。ヤクザの世界がそうなのか。この社会全体がそうなのか。しかし、超能力以外のステータス凡人以下のヒロにとっては都合がいい。


「お茶はおいしいですか」

「ええ。とてもおいしいです」


 ヒロは瓦礫の撤去の仕事を請け負い金を稼いでテナントを借りていた。今日は禍根をあんまり残したくないので挨拶に来たのだった。


「今日ヒロさんをお呼びしたのは………実はある人があなたの噂を聞いて大変興味を持ったようなんです」

「ほう」

「そのある人というのは東日本の風俗業界の王と呼ばれる人物でして。政界にも顔が効く。世界で滅多にいないだろう『真』レベルの能力の高さのしかもテレキネシスのあなたに会いたいそうなんです」


 専門の測定所で測定し、能力を登録しなければならない法律ができていたらしい。

 超能力者のレベルは『真』『気』『蝋』の三種類に分類されるそうだ。

 この国では超能力は規制の対象であり、軍属にならないとかなりのペナルティをくらうようだった。


 それは強い能力になればなるほど規制は大きくなる。

 特に『真』能力者は規制が山ほどあり、結婚してはいけないし、国外へ出てもいけなくなるそうだった。

 ペナルティの強さは事実上『真』能力者が軍に入ることへの強制だった。


「そんなにテレキネシスの能力者って少ないんですか?」


 そう言うとヤクザAはヒロを羨ましそうに見た。そして手の平から炎を発火させた。油を注いだように炎が上がり、いかついヤクザAの顔が照らされる。


「俺の類は『気』のあなたが来る前はこの三地区でもっともレベルの高い超能力者でしたが………この程度なら世界に何百万人いることやら。あなたのような若い方でその領域に達している方は……天才とか呼ばれるんでしょうね」


「ベタ褒めだな」

「事実ですからね。それにそのテレキネシス。滅多にいない。…………政府も裏社会の人間も。まず誰も放っておきません」


 目をギラリとさせて浅黒く目つきの怖いヤクザAは言った。

 ヤクザAから大物からだという手紙を預かった。



  ◇



「そんなにテレキネシスって珍しいのか?」

 バーで俺はじいさんにも聞いた。

「珍しいなんてもんじゃない。神の力だと言われてる。」


「この国が今戦争してる相手の輝煌国に核ミサイルを打ったってネットでリークがあったんだ。その時誰もがとんでもないことになるって思ったんだけど。核ミサイルは海に墜落したんだ。

 それをしたのは敵国の輝煌国の念動力者だっていわれてるらしいけど核を積んだICBMを探知して無力化したって考えるととんでもないよね。

 その15分後だった。報復行為がきた。ソーラー兵器が空を貫いて軍港に壊滅的なダメージを受けたんだ。ネットでは念動力者が太陽の光を捻じ曲げて一つにしたって考えられてるよ」


 すっすげー……………。


「………マジなのか? 噂が尾ひれをついてるだけじゃないのか?」

「兄貴ーっほんとだってばー!」

「俺は見た。西の空に架かる光の柱をな。まさか能力者が起こしたものだとは当時は俺も他の誰も信じなかったよ」


 とんでもないことになってんな未玖珠。



 ◇



 戦力を増強したヒロ。

 これにより、ヒロの地位はまたしても向上することとなった。


 そして中規模の政府関係施設にて政治家の一人に会うことができるようになった。

 政府の建物にしてはどこか公務員らしさが足りない。

 平和に生きている人間は市役所を職員室を大きくしたものと表現していたが、ここは風俗店の待機所のような場末感のある場所だった。

 とても公益のための施設とは思えない。


 ヒロはある大物政府関係者に呼ばれ、この建物に来ていた。

 ここにいる職員はその男がしている風俗関係の仕事のツテから引っ張ってきた人間が多いのだろう。


 歩いているとなぜかセーラー服を着た女とぶつかった。肌は不自然に白く、白い眼帯で隠されていない方の目が狂気を孕んでいる。


「あっごめんなさい!」


 女の持っていた紙束が床に広がったが女は先に申し訳なさそうにヒロに謝った。そこにはびっしりと激情でつづられた呪詛の文字で埋まっていた。

 死ね。死ね。死ね。死にたい。死にたい。などが細かくびっしりと刻み込むように紙に書かれている。


「はい。こちらこそごめんね」

 ヒロは全てを察した笑顔を浮かべた。見なかったことにしよう。


「ちが、違うんですこれは。私の能力に関係することでして。あっでもこれは秘密だから言えなくて」


 あたふたとヒロに追いすがり、誤解なんですと念を押してくる。


 全員が全員というわけではないが目立つ格好をした集団だ。現実離れしたサイズの鈴を胸元につけたり、ゴスロリを着ていたり、セーラー服を着たやつもいる。他に着ている学生服もどこかアニメっぽく派手だ。全体的に派手だ。

 こんな格好をしているのは全員公務員です。


 途中で比較的まともな恰好をしている秘書に会った。


「長官は今お疲れです。あまり時間はとれません。二十分以内に終了します」


 やけに天井が高い廊下を歩く。


「…………あなたの態度次第で長官のご気分に触る可能性があります。今の時期が時期だけに軽はずみな行動は避けていただきたい」


 言うか言わないか迷ったように秘書はヒロに言った。


「何かあったんですか?」

「…………友人を亡くされたばかりなんです」


 とだけ言った。やけに悲しそうな目をしている時点でこの秘書もその友人とは無関係ではあるまい。もしかしたら長年にわたる関係があったのかもしれない。

 まぁ俺には何の関係もないが。


「アブシェリヒ」


 秘書がそう呼びかけたのは蒼髪の男だった。男は派手で毒々しい青っぽいタキシードを着ていた。


 目を引くのはその端正な体躯と顔だちだ。

 同性が見てもその顔にドキッとする人もいるだろう。


「どうでしょうお客様。昨今の政治情勢については。あぁ、有機化学の工場で最近事故があったそうですね」

 ヒロがその居間に足を踏み入れた時、長テーブルでは食事が行われておりアブシェリヒはテーブルにいる二客と熱心に話をしていた。

 アブシェリヒが話す内容は有識者のそれだった。


 それゆえかその食事風景は余計に異様なものに見えた。

 アブシェリヒと食事を共にしている八名は食器をぐちゃぐちゃにして、奇声を上げ、食事をひっくり返し、グラスを倒しまくるマナー以前の問題の行為をとる不作法者しかいなかったのだ。


 だがそれを不作法と責めることができる者はまともな人間の中にはいないだろう。


 なぜならアブシェリヒ以外でテーブルについているのは猿だったのである。


「ああ。あなたは中居ヒロさんですね? 申し訳ない。食事を先に始めてしまって」

「いや。しかし変わってるな」

「? 何がかな?」


 アブシェリヒの瞳孔は開いている。一言で言うならやべーやつだ。

 この国本格的に大丈夫か?


 かわいそうなのは職員で、椅子から抜け出そうとする猿を必死で椅子に座らせようと押さえつけてて、その様は見ていて笑ってしまう。


「どうぞ席に」


 ヒロが席につく前にコートを給仕が外した。


「中居さん。近年の能力者の爆発的な増加はある考察ができるようになったんだ。能力の強さについて。能力者は得てして精神に欠落を持っている者が多い。政府の公式見解で、一般の人にもこの認識が浸透してきている。これは事実だ。超能力国家である輝煌国はそれを隠そうとしているがね……僕はある超能力組織のトップを勤めていたけど、能力者というものはそういうものだった」


 アブシェリヒという男は中性的な声で話す。


「絶望が深ければ深いほど能力は強くなるんだ」


「ある組織って何て名前の組織だ?」


「なんて名前だったかな?」

「モスアゲートでしょ。アブシェリヒ」

 秘書がそう言った。

「組織は僕抜きでも勝手に回る。それが俺が作ったモスアゲートさ」


「能力の開発は通常のやり方に過度なストレスを混ぜることにより成される………と、最近のデータはそう示している。通常のやり方より危険度は増す。だがリターンが大きいんだ」


「アブシェリヒ?」


 リーダーの語調から何かを察したか秘書が心配げに名前を呼んだ。


「さあ。テーブルの上に手を置いてもらおうか」

 ヒロはその提案に怪訝な顔で答える。


「なぁに。ただの余興だよ。余興。僕のお眼鏡に叶えば軍である程度の地位を約束しよう。だが僕の采配一つで君を危険能力者として刑務所送りにもできるということを知っておいてほしいなぁ」


「…………いいだろう」


 本当に言葉通りにする気があるのかどうか怪しい感じがした。


「だがその言葉に偽りがあるのなら相応の処置をとらせてもらう」

 その手にアブシェリヒがさらに自身の手を重ねる。

「どうやって?」

「未玖珠流でさ」


 お違い視線に何か不可視の攻撃手段でもあるかのように色の違う視線で睨み合っていたが、不意にアブシェリヒが気を抜いて思い出したように言った。


「…………あ、忘れてたけど君を追いかけて子どもがここに来てしまっていたから保護しといたよ、ほら」


 何のことだ? そう思って振り返るとそこにはエリがいた。先ほどの眼帯女子高生うすら笑いでエリに肩を置いている。


「あ、兄貴ごめんなさい………」


 そう泣きそうになりながらヒロに謝る。


 ザクゥッ…………!!


 何かが裂けるような感覚と共に激しい痛みがヒロを襲った。


 アブシェリヒが急にナイフを振り下ろし、自分の左手ごとヒロの左腕を貫いたのだった。


「ぐああああっ!」


 ヒロはたまらず声を上げる。


「ぐ……くっ!」

「アブシェリヒ!?」


 秘書は制止するように声を張る。


「アハハハ!」


 おかまいなしにアブシェリヒは笑う。その狂気が面白いのか女子高生も笑う。

 アブシェリヒは口が裂けているのではと思えるような薄気味悪く笑った。


 血が白いクロステーブルにじわりとにじんでゆく。猿がひっくり返したスープと血が混じってにじんでいる。


「ふん………ずいぶんと破壊的なやつなんだな」


「フフフ。風向きを読んだ結果さ。最後は好き勝手やらせてもらうことにしたんだ」


「どういうことだ………」


 血がどくどくと溢れる。汗が顎を伝って落ちた。

「分からないかい? ははは……まぁそんなこといいじゃないか。今を楽しめば」


 アブシェリヒは胸元から携帯を出してソファに置いた。


「ゲームの敗北条件は3つだ。1つ。助けを求める。2つ。拳による殴り合いでギブアップをした方。3つ。超能力を使うこと。僕にギブアップさせたら君の勝ちだ。君が勝ったらさらなる権限を与えよう。君が負けたらあの子をもらうよ」


 こうしている間にも体から血は流れ続ける。

「了承した」


 そう言ってヒロは思いっきり優男の顔を殴りつけた。


「つっ」

「うっ」


 殴りつけた拳も痛いがそれ以上に激しい動きでナイフが突き刺さった左腕が激痛だ。


「さぁ。君の心の闇を見せてよ!」


 アブシェリヒの拳がヒロの顔にめり込む。目の前がチカチカする。アブシェリヒは着痩せするタイプなのか以外に筋肉があった。


「アイドルみたいなひょろひょろした感じしている癖に………!」

 ヒロはアブシェリヒに拳をまた振り抜いた。


「うぁぁっ……!」


 殴られてやけにつややかな声を出す。なんだコイツさっきから気持ちが悪い。


「ほら。僕と君の血が混じりあっているよ…………」


「お前みたいな倒錯野郎がよくそんな地位にいるもんだっ」


 ガッ!と音を立ててヒロがアブシェリヒを殴る。


「性格と実務能力はあんまり関係ない………!」


 ボクッ!

 アブシェリヒが殴ろうとするところをヒロはクロスカウンターで叩き込んだ。


「おっと~これは大激痛だな」


 口の中が切れているので一言喋るだけですごい痛い。


 くらくらと朦朧しているアブシェリヒを見ながら言った。

 アブシェリヒのピクピクとしているが体の跳ね方が変な感じがした。


「オイ……?」


 アブシェリヒはシーンとして動かなくなった。

「おいおい気を失った場合もう俺の勝ちでいいだろ?」


 ずも、ずももももと、アブシェリヒの体が膨らんでゆく。

 アブシェリヒは変貌していった。


 髪は紫色と白の入り交じったものに変形した。

 背中からはこうもりのような翼が生えてきている。額にはもう一つ目が開かれていた。そして頭には角のようなものが生えていた。

 一番問題なのは筋肉量がものすごく増加していることだった。

 こんな状態で殴られたら死んでしまう。


「おいおいおいこれ能力だろ? 能力の使用は禁止じゃなかったのかよ」


 呼び掛けに返事がない。意識がないみたいだ。


「ふん。じゃあ俺も使わせてもらうぜ」


 ナイフを抜く。

 血を滴らせて宙に浮かんだナイフをぽかんとした顔でヒロ以外の全員が見ていた。


 次に高速でエリにナイフを向けている女子高生を無力化する。


「兄貴~ごめんなさい~!」


「怖かっただろ」

 エリの頭をなでた。

「まぁ待ってな。一分で終わらせるから」


 敵に向き合う。

 我を忘れて突進してくるアブシェリヒ。しかし見えない糸に絡め取られたようにその巨体がヒロの直前で止まる。


 グロロロと喉の奥から恐竜のような音をヒロの頭のすぐ上で鳴らしている。

 ヒロはそれを吹き飛ばす。アブシェリヒは配膳された豪華な食器をバキバキにしながらテーブルの上をぐるぐる回りながら吹き飛んだ。

 テーブルクロスが巨体に絡まり、倒れていた。


「えーっと。私はあと2回変身を残していますとか言わないよな」


 ガランと額縁に飾られた絵が落ちた。


「………わかったわかったわかった。君の勝ちだ。約束を守ろう」

「あんたの能力面白かったよ」

「フ。どーも。これが任務書だ。この任務をやり遂げれば二階級特進だよ」


 ヒロは書類を受け取り、背を向け晩餐会場を後にする。


「大丈夫だったか?」

「うん。ありがとう兄貴!」


 爛々とした尊敬する人を見るような目でヒロを見つめている。

 ヒロは秘書に向かって言った。


「今度俺の身内を人質にとったら……お前ら全滅させるぞ」


 秘書と周囲の人間はゾクッと震えた。

「「「は、は、はいっ!」」」

 出口まで見送りに来て終わりだった。


「アニキアニキ……耳貸して」

「ん?」

 体をかがませるとエリがヒロの頬にキスをした。

「アニキだーい好きっ」


 ヒーローが政府館の大きな階段を堂々と降りていく。



 ◇



「もう! アブシェリヒ!」

 秘書がアブシェリヒに怒る。

「はは。つい高ぶっちゃった」


「彼の身のためにも彼は僻地に潜るのがいいと思って戦場に行かせたよ。彼のような出力の高い能力者はこの国にますます敵視される。だがまだほとんど本気ではなかった。僕には解る。彼は手加減をしていた」

「……流れが加速していますね」


「うん……さて。亡命の準備だ。この国では超能力者は生き残れない。輝煌国にみんなで行くよ」


 はい!!! と全職員が声をそろえてはつらつとした返事をした。

 彼は政府の長官でもあったがモスアゲートという組織の頭領でもあった。


「さて……中居ヒロ。君は君の守りたいものをどれだけ守れるかな?」



 ◇



 ヒロはアブシェリヒの言っていたことが気になっていた。

 世界情勢は空の色が黒くなるみたいに変わりつつあるのだった。


 なにも思いつかない。それも当然のことだ。もう一か月ぐらい世間との関係が断絶しつつあるのだから。

 命に火が灯るのを確認して目を覚ます。自分という形を確認する際に定点を周りに設置しておかなければならない。

 それは人である。自分以外の誰かが近くにいなければならない。そうしなければ俺は自分という存在を保っていられない。

 ゴミが生まれるのは織り込み済みだ。


 毎日トレーニングをしなければ能力は減少していく。能力を一日でも使わない日があると落ち着かない。


 少しづつ伸びているという実感を得る時もあれば、どうみても出力が弱くなっている時がある。


 俺が未来に飛ばされてから二か月が経った。今頃あの申東赫(シンドンヒョク)はどこで何をしているのか。


 あの男は俺に何をさせたかったのか。


 分からない。雑念が多くなると俺は超能力を使う。このテレキネシスの技は誰かと共有することはかなり難しい。


 自分ですら一定の規則性を把握するのにとても苦労する。


 未玖珠とすらたびたびお互いが認識している力の理論に齟齬があったりするくらいだ。


 俺は1人で超能力に磨きをかけていった。

 ここは山の中だ。俺の力は膨大になりすぎて人気のない山の中でなければ充分な修行ができないのだ。

 それに誰かに見られたくもなかった。

 一日のトレーニングを終え、山を下る。


 街は完全に戦時下だ。歴史の教科書や資料でしか知らない国と国とが戦争をしている状態の雰囲気。


 ニュース番組では良いニュースばかりがやっている。昔からは考えられないほど人々は政治に関心を持つようになっていた。


 とにかく俺もこの世界で地位を得ねば生きることもままならないし、権力を得なければ人探しにも難航するだろう。

 権力はあればあるだけいいのだ。


 権力を得るには凄腕のテレキネシスの使い手であることを売り込む必要があるわけだ。


 俺のところに徴兵を促す役人が頻繁にやってくる。

 シンプルだ。一+一が二になる世界だ。

 こういうシンプルな世界に身を置くのも悪くはない。


 原因と結果がはっきりしている世界。

 ただ肩書を、数字を増やしていけばいい世界だ。


 ヒロは今日多くの若者が徴収されている会場に着ていた。

 地面が芝生のこの場所はゆうに一万人は収容できそうな古い球場だった。


 大規模な能力検査があるということで大勢の見物人も集まっていた。


 若い男が集まると血気盛んなものがある。それに世の中全体が血気盛んになっているのだ。

 これはコロッセオのようなもので超能力者が検査というなの見世物になっているのだった。

 そのため検査内容は興行的なものになっていて血が流れる内容でもあった。


「『気』能力者は白線の向こうに行くように!」


 いかにも軍人じみた男が拡張器で声を張り上げている。その言葉に従い、全体の十分の一ぐらいの人間が集団から離れた。


「『真』能力者はこちらまで集まるように!」


 アサルトライフルを持った士官の前に集団から離れて歩み出た。

 俺たちが不穏な動きを見せたらこいつらに撃たれるのだ。

 ヒロのほかに集団から出た者は十数人しかいなかった。

『真』と政府から最大級の危険人物と断定された者どもがお互いの姿を認めてゆく。


「優秀な能力者一万人の中のトップクラスの力である諸君の力を全国民に見せるのだ!」


 テレビも回っていた。


「非常に強い人間を超越した能力者たちがこの大きな大きなドームを解体するということです! ただ、能力者といっても人間!

 そのようなことが可能なのでしょうか!?」


 十数人の『真』級の能力者がそれぞれの方法でどでかいドームを解体していく。


 物体を振動させる力か? あれは。

 一気に何本もの柱を外したりしている。単純な筋力強化系の能力者がいた。でかいモニターを外している。


 なんで俺はのんびりと見学しているかって? 俺の力はそんな程度じゃなかったからさ。


 俺は一気にドームの骨格を解体していく。


「おおおお~~~っ1人の士官が他の士官の何倍ものスピードでドームを解体していく~~~~っ」


 他の士官がちまちま壊している間に俺は一気に解体する。


「天変地異が起こっているかのようです! 重力が反転しています!」


 材料がすべて上に昇っていくのだ。人々はこの日初めて中居ヒロの力を見た。重機何台よりも力がある個人。人々はその力に見惚れ、酔いしれた。


「天災を起こす天才! これが中居ヒロの力だ~~~~っ」


 わぁぁぁぁっという大歓声が巻き起こる。会場にいた数万の視線がヒロに注がれた。そしてテレビを通して数十万の人間がヒロを

 見ることとなる。


「アニキすげぇっっ」


 エリは観衆に向かって手を振るヒロを興奮して見ていた。


「アニキはさすがだ。こんな大舞台でここまでやるなんて! じいちゃーん! アニキすごいかっこいいよー!」


「まさかここまでの器の持ち主とは……やるなぁ。はっはっはっは。みんなが呆然としているじゃないか! 痛快だな。うむ。

 やはりあんちゃんはすごい……!」


 じいさんも感心した。


 この場にヒロがいたら苦笑するしかなかっただろうからいなくてよかったと言える。


 少しづつでも進むことはできる。一生懸命やっていれば見ている人は見てくれている。筋の通ったことを一途に継続すれば必ず、協力者が現れてくれる。


 ヒロはこの時この歓声でだいぶ報われたような気分になった。やはり報われたと感じられなかったから、孤立感を感じていたんだった。


 まるで光のシャワーを浴びているようだった。老若男女がヒロを認めてくれていた。


 この世界にいればもう俺は排斥されない。それどころか称賛される。この世界を否定する素材はどこにもなかった。


 ヒロの力は群を抜いていた。ここまでのことが評価され、二等兵から速攻で六階級昇進し曹長となった。


 そして戦場へ……。


 そんなわけで俺は生まれて初めて本物の戦場にいた。前線も前線。最前線に俺はいる。

 市内戦において全身を硬化させる敵能力者を倒した。


 大した相手ではなかったが、相手側の大きな戦力らしく、士気が大きく下がり、自軍を勝利に導いた。

 やがてヒロは戦場で『天災のヒロ』という通り名で呼ばれることとなった。ヒロが来れば友軍の士気は大いに上がった。


 何度もの衝突戦を勝利に導いてゆき、硝煙の匂いがヒロの体に染みつき、目がすっかり鉛色になったころ、ヒロは確固たる地位を築いていた。


 市街戦のだだっぴろい闘いはヒロが来れば何千メートルと離れた敵にまで及ぶ。

 戦場でもヒロの力は伸びていった。

 誰かから認められるということがヒロにいい影響をもたらした。人に認められることで力が強くなるのはどんなことでも共通するが

 超能力も例外ではなかった。


 バーのドアの鐘が鳴った。


「アニキ! 」


 エリや老店主が出迎えたのはヒロだった。カルもヒロを出迎えている。


「聞いたよ! 中佐にまで昇進したんだって!? お祝いしなきゃ!」

「いい子にしてたか? エリ」

「もちろん!」


 エリは目が悪いのだがここのところヒロの活躍のニュースや、ヒロが整備した市内の組織のおかげでだいぶ元気になっていた。


「さぁさぁ座ってくれ。英雄にはちと申し訳ないさびれたところだが腕によりをかけてもてなすからな」

「くつろいでくれー。ねぇねぇリラックスできる? おいしい料理つくるからね! ゆっくりしてねアニキ!」


 エリは健気に尽くそうとしている。


 戦場の武勲も政治もヒロはほんとは興味なかったが、いろいろな話をエリや老店主を喜ばせるために話した。興味津々に聞いてくれる二人のリアクションはとても話し手であるヒロをやりやすくしてくれた。

 バーは賑やかになった。二人とも同じところでで驚き、感心し、興味を持ったりしていたので面白かった。

 能力の使い方はすべてに共通していた。それを二人に説明して能力の話をするのが一番楽しかった。


「え!? アニキが教えてくれるの? 一流の能力者に教えてもらえるなんて光栄だよ! しっかり勉強してアニキの自慢の能力者になれるようがんばる」


「偉い! 偉いよエリ!」


「えへへー」


 頭を撫でられて実に嬉しそうにしている。エリの頭は撫でやすい位置にあり、撫でているとヒロも心が落ち着いた。

 戦場と比べるとここは本当に落ち着く場所だ。

「アニキ髪が伸びてるよー」

 そう言ってエリはヒロの髪を触った。

「ン……そうだな」

「アニキ。オレ将来美容師になろうと思ってて。良かったら髪を切らせてえもらえない?」


 ちらちらと上目づかいで見てくる。顔は小さく目は大きいから表情豊かに見える。


「おお。そうなんだ。じゃあ良かったらエリに切ってくれる?」


 そう言うとエリはぱぁっと顔を明るくして


「うん! まかしといてよ!」


 とわんぱくそうに言った。お手柔らかに頼みたい。


 パラパラと切られた髪が落ちているがヒロの心は戦場にある。

 ヒロの心は日本にいたころから常に戦場にいたようなものだった。

 心が戦争だから誰にも救えない。


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