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超能力者一年生!  作者: アルリア
第二章
14/26

至上高校

 14

 ヒロは冬休み中ずいぶんと現実逃避をしていた。


「(はぁ…………学校行きたくないなぁ……ああこういう学校とか職場だけでは死んだようになって休みになると息を吹き返したように元気になるのは新型うつっていうんだっけ)」


 それが分かったからこの状況がどうなるっていうんだ?そうヒロは思った。

 至条高校。退学率25%。


 冬休みは終わった。

 至条高校はひっきりなしに行き交う車道の真ん中にあるので投稿時は騒音に耐えながら登校する。学校の前で下水管やガス管の工事など始まったら一日中最悪だ。


 窮屈なこの場所に登校してきた彼らはおのおの正月気分をどこか名残惜しむような雰囲気を漂わせていた。

 それも当然だ。


 長期休暇が終わって待っているのは勉強三昧の日々なのである。しかしかろうじて冬休みの話題をする気力が彼らにも残されていた。といってもそれらの姿は清々しくなく、探り合いのようだった。


 弱い人間を見つけてわずかでもストレスを解消しようとしている。強い者からの『かわいがり』により、さらに弱い者への『かわいがり』が行われているのだ。


 香川の息のかかった教育機関は生徒たちに圧政じみた教育をしていた。

 ヒロも未玖珠と同じように香川工業に被害を被った者の一人だった。


 テスト結果が教室で発表される。教室は恐怖と緊張で静まり返っている。

 ビクビクしながらこの神判の時を迎える生徒たち。


 テスト結果により生徒たちは安堵や絶望などそれぞれ沈うつな面持ちだった。

 深海魚とヌートリアを足して2で割ったような容姿の男性教師が口を開く。


 ヒロの斜め前に座っている生徒の点数が見えてしまった。


  「今回ィ。目標点数に達しなかった生徒がいる」


 深海魚顔の男が教室を見渡す。それが誰なのかはテスト結果を受け取った生徒が知っている。


「中居」


 全員がヒロに注目する。

 スクールカーストを形成する要素の1つとして学力がある。

 学年にクラスは6組ある。1クラス30人ほど。

 しかし学校側は1組から順位を成績ごとに分けなかった。


 どういうことかと言うとAランクの成績の生徒とFランクの生徒が同じクラスになるのだ。

 Bランクの生徒はEランクと。

 Cランクの生徒はDランクと。


 落ちこぼれの烙印を押されながら毎日ありとあらゆる寵愛を受けるエリートを間近で見なければならないのだ。


 ヒロは182位。学年最下位だ。


  スクールカースト底辺は上位と同じ箱に入れられることによって発言権は皆無となる。

 青ざめる底辺。


 しかし逃れることはできない。唯一の方法が学校を辞めることだ。

 偏狭な認識が生徒たちの自由を奪い続けている。


 ランクを少しでも上げようと生徒たちはもがく。それを見て腐った教師陣は愉悦に浸る。

 ヒロは教師の正気を疑う。


 教師は生徒の発展を望んでいない。

 教師にとって生徒は愚かな人間のままでいなくてはならばいのだ。愚かでどうしようもなく汚れていて無知で弱く、それゆえに教師が正しく導かねばならないと考えている。


 その過程で発生するありとあらゆる事柄は教師としての自己犠牲だという考えだ。

 ここに赴任してきた教師はまずここのやり方を同じ教師によって『教育』される。馴染まなければそれまで。転任となる。


 ここの教師たちは劣等感が激しいおおよそ本来的な教師に適していないような人間ばかりなのだが、なぜかそのような人間が教師になりそしてこの高校に集まっていた。


 権力者は支配するためのシステムは糞を塗り固めて頑丈に作っていた。

 当然というか当たり前のことだがそのような教育体制は功を成さず年々進学率は下がり続け、退学率は上がった。精神がおかしくなる生徒も普通の高校の五倍くらい出ている。


 教師の『上』からの締め付けが強くなり、教師はさらにその『下』を締め付ける。

 仮に高校の最悪度を年表グラフ的に表すことが出来たとしたらどんどん右肩上がりとなり今年は一番高い数値を指しているだろう。


 深海魚顔の男が口を開く。


「なんだこの点数は?俺は恥ずかしい。俺の授業を受けていてこんな点数しかとれないのか?お前のせいでクラス目標である総合点数に到達できないじゃないか」


 中居ヒロは顔が真っ青だ。


「みんな迷惑をかけてなぁ……」


 男性教師が机までやってくる。みんなの批難がヒロに集中する。

 そして教師が教室から出ていく。それは合図で、ここからが本番だった。

 山方や柴崎や他の人は何もできない。重症を負わないように自分で守るしかない。


 事実上教師はここから始まる暴力を黙認している。


「中居に学校に来て欲しくないやつーっ」


 ワタナベというゴリラのような体格の上位生徒が大声で言った。その目はぎょろぎょろとしていた。

 教室では全員の手が挙がる。

 山方も柴崎も古宇利も手を挙げている。


 古宇利と柴崎はうんざりしたようにしていてお互いの顔を見ていなかった。ヒロの顔をあまり見ないようにしていた。


 ワタナベは普通の暴力に飽きていた。


「持ち上げろ!!」

「わぁわぁああやめて………」


 ヒロの声は群集の声でかき消される。

 わちゃわちゃと人が入り乱れ、ヒロは窓のところまで持っていかれて、そして流れのままに窓から落とされた。

 教室は建物の3階にある。

 ヒロのぴくりとも動かない地面に横たわる姿を見下ろしていた。

 白熱していた教室は急に静かになった。

 誰かが言った。


「あいつが一人で勝手に落ちたんだ」

「だよな」

「………」


 教室の外では担任の教師が一部始終を把握していた。

 そして教室に入ってきて生徒たちに


「そうか。遊んでいて落ちたんだな」


 と、言った。


「なんて馬鹿なんだ」


 その深海魚顔には得体の知れない笑みを浮かべていた。

 教師が笑いだし、それに合わせて生徒たちも笑った。


 地面ではその声をヒロも聞いていた。

 ヒロも地面に叩きつけれ重症を負ってそして笑った。


 教室では柴崎と古宇利は無力に打ちのめされたように青い顔をしていた。

 ヒロは大怪我をしたが死んだわけではなかった。一命を取り留めた彼は校長室で両親と共に事後説明をしている。


「えー中居ヒロ君は普段からなんというか予想もつかない行動する子でした。生徒が言うには教室で遊んでいるうちに中居ヒロ君は自分で落ちてしまったと」


 そうだな?というように魚顔の男がヒロを見る。


「そうです」


 成績の低いヒロは判断ができない。至条高校では成績の低い者の全てが間違っているからだ。


「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」


 中居ヒロの両親は揃って頭を深く下げた。


「顔を上げてください。今回のことは教師としての至らなさを思い知りました。私達も悲しく思います」

「ありがとうございました。ありがとうございました」


  親は何も文句どころか疑問も抱かず、あげくのはてに教師たちにお礼まで言う。


「先生がたは一生懸命やってくださいました。仕方の無いことです。頭の足りないバカ息子なんです。考えの足りない行動をよく注意します」

 PTAにも話は通じなかった。


「中居ヒロという生徒に責任がある」


 それが世の中の見解らしかった。

 教室で教師が話している。


「わかっていると思うが『教室で遊ぶ時はくれぐれも気をつけろ』」


 これだけで中居ヒロの事件の話は終わりだった。


 この言葉には『大事にして俺に迷惑をかけるな』という生徒への脅しが含まれていた。

「中居が落ちた?ああそんなこともあったな。あいつが勝手に落ちたんだぞ」


 中居は遊んでて落ちた────

「違う!!」


 がばっとベットから起き上がる。

 ここは中居ヒロの家族のいる家ではなく、自分で契約したアパート。


「はぁはぁ………バカ息子だって?違う!バカ親にバカ教師にバカ学校にバカ世間じゃないか!!」

 苦しそうにうめくように言葉を漏らした。


「痛てぇ……」

 全身の傷が痛んだ。



  ◇



 それから2ヶ月ヒロと未玖珠は至条高校について情報を集めそして議論した。これからやることの準備だ。


「香川当主が私の進学先をここに指定した訳が分かったわね…………もう行かない方がいいわそんなところ」


 至条高校には欺瞞があった。

 そんな欺瞞など最初からなければ本当はもっと良かった。


 しかし現実にそれがあり、ヒロたちの周囲を取り巻いていた。この世界には見なくていいことは絶対にある。知らなくていいことは絶対にある。


 ヒロ達は見なくていいものを見すぎたし、知らなくていいことを知りすぎた。


「……激しく、徹底的にやらなくちゃ変わらないことだってある。それが周りから見たら異常なことでも。異常なものに対抗するにはこちらにも異常な力がなくちゃいけないんだ…………怪物を倒そうとする者は自らが怪物にならないように気をつけよとはよく言ったものだよ」


 ヒロは何を考えているのだろう。


「あら……勝てば官軍と言う言葉が私の好きな言葉だわ」


 ヒロは肩をすくめた。勝ったものが正義。やり方は関係ないというのが未玖珠のスタンスらしい。

 良くも悪くも世界はそうなっている。どこの時点でその当たり前の事実に気がつくかどうか。


「ゴメン。明日から至条の方に行ってくる」

「それでも行くというの?…………馬鹿なの?まぁヒロがどういう答えを出すのか楽しみあけど」

「…………決着をつけないといけないんだ」


 いざとなれば未玖珠がいる。その事実はヒロにとって安心感を覚えるには充分なことだった。

 両親も学校の知り合いも信じられない今ヒロにとっての心の安全基地は未玖珠と超能力だけだった。

 一番最初の人間は徹底的にやらなければならない。それは歴史が証明している。徹底的にやって、それから徐々に中庸に落ち着いていく。

 理不尽な事に対抗するには自分も理不尽なことをしなくてはならない。

 個人などはちっぽけな存在なのだからだ。



  ◇



 誰もが人のことを考えている余裕がない。

 性質が悪いのは人を気遣うフリをした攻撃が学校中に蔓延していることだ。


 教師が筆頭にそういうことをしているのだ。ヒロが他の人にいろいろな質問や行動の矛盾を指摘したところ大方は自分たちは正しいことをしていると信じて疑っていない。少しのやつは変だと思うところもあるらしいが成績優秀のため、特に困ってないので危機意識はない。


 絶望した顔でいるのは落伍者たちだ。彼らは──僕を含めた成績の悪い無能への扱いは奴隷への扱いの如きだった。

 子どもたちもちゃんと大人を見ている。その大人たちの行動と発言の矛盾にも気がついている。だが子どもたちは数々の弱みを握られているのだ。おいそれと反逆できるものではない。


 進学できない弱み。生活できない弱み。辱めを受ける弱み。排斥される弱み。人格否定される弱み。存在否定される弱み。


 成績下位の人間は顔に「なにもわからない」と書いてある。実際喋ってみると僕たちは異常に自己尊厳意識が無かった。自分の意見というものを持たないのだ。


 いや、 至条高校でそれらは奪われたのだ。

 肉体的に疲れ果てた時に圧倒的な力を持って繰り返し繰り返し刷り込まされる。


『シゴキ』により無力さと無知さ、能力の低さ、至らなさを一方的に突きつけられる。

 しかしあと一期もすれば、落伍者たちは圧倒的な受容を受けることになるだろう。


 徹底的に否定されたあと肯定される。改宗の儀式。洗脳方法の一種と言ってしまえば簡単だが、その仕組みに気が付いてしまった者は絶望しかない。

 悲しいことにこの高校は巨大なカルト宗教施設と言っても過言では無かった。


 実際行事日程には書かれていないが、そういう行事が開鄭高校には存在した。

 至条高校の狂ったシステムに気がつける人間はそういない。ましてやそれに逆らえる人間など創立以来現れなかった。



  ◇



「僕は本当に無価値なのか?」


 ここのしきたり、ここの価値観ではそうだということに過ぎないのではないか?

 証明しなくてはならない。


 僕には価値があるのだということを。

 僕の心は本当は分かっている。何が価値があるのか。


 価値の置き方が周囲と異なっているだけだ。

 選択肢はいくつもある。


 別に学校を辞めて自分の輝かしい未来を放棄する必然はない。

 ❶ この社会(この場合は学校)から出て他の社会へ行く(転校)。


 ❷  自分がいる場所がブラック企業。それが嫌だから内側からホワイト企業に変える。

 ❸ 全てを捨て個を信じる。まったく新しい価値観とともに社会を創る。

 僕は❷を………。僕はこの腐った内情を中から変えることにした。


 未玖珠は、❸を選んだんだ。

 それ以外に隠れコマンドがある。普通の人にとって❹は常に隠れている。


 しかしある状況の人にとっては常に選択肢として頭にあり、それを心が求める。

 ある状況とは絶望していること。


 教室の机に座る僕はざわざわする気配が内側から沸き起こるのを感じた。


 ❹ 死ぬ………!


 死ぬのは嫌だ。

 僕たちは『死ぬ』を選んでなんかやらない。

 机に載せた拳をギリギリと握っていく。固まっていくのは決意。

 その時。



  ◇



「…………………」

 ヒロはある光景を目前にして唖然とした。 未玖珠は徹底的にやる。ヒロもそういうことが必要なときがあるってことが残念ながら解った。


 だが目の前の光景はありえないことだった。

 ありえないからこそ救い。


 他とまったく違う自分の姿である自分と同じか、似た何かを見るとびっくりする。今までそんなものは見て来なかったからだ。


「嘘だろ………なんだこりゃ…………」


 ヒロだけでなく教室のドアを開けて入ってきたあるクラスメイトの姿を見てみんなは度肝を抜かれた。

 さもありなん。


 その男子生徒の髪が金髪に染められていたのである。

 その髪で至条高校に登校するということがどういうことなのか。情状酌量の余地無しで重罪。

 学校側が決めたルールに逸脱した行為。


 それだけでも十分にアウトなのだが、さらに挑戦的なことにその男子生徒の髪は右側だけ金髪で左側は元の黒髪だったのである。右側の耳の周り、下の方の髪は黒い。


 腕には高そうな時計を巻いており、首にはネックレスが何重にもかけられている。それもブレザーの下にではなくその上からかけていた。


 そいつはよっぽど危機意識が欠落している馬鹿なのかと全員が顔を見た。

 大きな黒縁メガネにその奥に見える理知的な目。


 鷲鼻ぎみの異相。

 彼がぱちぱちと目をしばたかせるのはチック症という症状だった。

 彼の名前は古宇利浄太郎。


「ハハハハ!すごいオシャレじゃん!やべーって古宇利!」


 ヒロは急激にハイになり目に火花が出るような輝きを帯びさせながら言った。

 件の古宇利は緊張と挑戦的な愉悦が入り交じっている感じだ。


 彼とは山方と柴崎ほどではないがそこそこ話をしていた。


「おまっなんっなんだよそれえええ!」


 柴崎が唾を飛ばしているのに気づかずに喋っている。

 ヒロたちは興奮していた。古宇利の顔はま

 だ硬いが僕たちに囲まれて顔がニヤけた。


 もう古宇利が一言だって言わなくても状況はクラスメイト全員が理解した。

 古宇利は頭がおかしくなったと。

 何を考えているんだこいつ?


 ………………こいつはもう終わりだ。


 それが全員の共通認識。

 しかし、ヒロたち下位生徒たちは古宇利であれば。もしかしたらなんとかなるんじゃないかという期待わずかにあった。


「「「うひゃひゃひゃひゃ!」」」


「冬休みデビューかよー」


 ヒロたちは笑い続けた。古宇利に群がり、なにがあったのかはあとで聞くとしてその姿をいじり続けた。


「脱色したの?これ?」


 髪を触りながらヒロ。


「そうやな。すげー痛かったわ」


「痛いって?」肩を両手でバンバンしながらヒロ 。

「せやねん。パッチテストで数滴腕にブリーチを垂らしてみたんやけどな。完全アウトやったんや。ショックなことにな。まぁ強行したんやけど脱色中ほんま痛くてかなわんかったわ」


「ほぇーー」

「まぁまぁ面白かったわ」


 面白いと古宇利が言うがこれは狂気の沙汰だ。こんなことをしてきたら古宇利の立場は地の底を割って、何も残らず、回復の余地すらなくなる。


 柴崎たちは虚勢を張っているがけっこう引いている面があった。今は表に出さないでくれていたが。

 僕はあんまり興奮していたので背後から忍び寄るやつらに気がつかなかった。


「おぅう!古宇利?」


 しゃくにさわるDQNみたいな振る舞い。ワタナベ。スクールカーストの一番上。おかめのような顔を歪ませたそれは悪意に満ちていた。


 ワタナベはヒロを教室から放り投げた男だった。

 ヒロらの笑いが好意的な笑いだとしたらこいつの笑いは100パーセント悪意的な笑い方だった。


 ワタナベはやたら大きな声と大柄な体で数人の取り巻きとこちらにいつの間にか近づいていたのだった。

「陰キャラの古宇利がキモイことしてきたぞぉぉーーっ」


 眉毛の小さい男がそう声を上げ、ヒロたち下位組はシーンとなった。


「染めてる途中に美容師死んだんじゃね」


 ギャハハとを馬鹿にして楽しんでいる。こずいたり持ち物とかを勝手に触ってきている。下位組は抵抗できない。

 上位組は常にいやらしいことばかりしてくる。

 こいつらの増長の原因はなんと教育現場黙認ということがあった。


「いい眼鏡だねぇーどこで買ったのー?」

「ねぇ貸してよ」


 眼鏡をベタベタと触ったり揺らしたりして嘲った様子で古宇利に二人の上位組が絡んでいる。言うまでもなく威圧的で高圧的だ。


 この高校は成績の悪い者への『かわいがり』を推奨しているのだ。一つの世界そのものからの暴力。

 ヒエラルキーの固定のためだけのくだらないことだ。


 山方たちは顔を半笑いのまま凍らせている。

 みんな下を向き始めた。


 何回も何回も繰り返されたことだ。うんざりするほどに。

 一体なぜこんなことをするのか疑問を誰と話しても下位組も上位組も教師も、つまりすべての人間が


「しょうがないじゃん。ゴミだから……」


 ということになっている。

 そして下位組だからゴミなのではなくやがて『僕のすべてがゴミなんだ』という思考に陥らされていくことにも腹が立つ。


 ヒロの友達はみんな冷水をぶっかけられたみたいに真顔で、機械みたいに硬直した。

 その人間らしさを、僕たちの良いところを根こそぎ奪っていく理不尽な行為に無性に腹が立った。


「おめぇらはいつまでもどんなに頑張っても陰キャラなの。これもう生まれた時から決まってることだから。証拠に糞ダセェー!」


 これは略奪行為だ。こいつらからヒロたちは奪われている。


「キモすぎ!」


 女子生徒の笑い声がけたたましく教室に散らばる。

 彼らの暴力はしつこく、こちらが疲れきってまともな判断ができなくなるまで続くのだった。


 一体誰の真似をしたんだ?決まってる。至条高校の教師たちだ。


  「陰キャラ脱出?お前が?むーりー!」


 下位連中は身を震わせたり、下唇を噛んだり、顔を赤くしたりして俯く面々。


「なんで生きてんのお前ら。恥ずかしすぎ!」


 ワタナベが鼻息荒く言う。

 上位組の生徒たちがこちらを見てあからさまに嘲笑する。隠すそぶりすらない。


 ヒロはこいつらのことを人間だと思えなかった。

 ヒロは伏せていた顔を上げ、ワタナベを正面から見る。


 最初の一歩が一番悪く一番いい。

 この感情は昂揚。


「お前らアウストラロピテクスの進化先がチンパンジーになっちまったみたいだな」


 苛立ちは声となって放たれた。

 ざわ…………!と教室の中がした。


 今度はワタナベたちが冷水をぶっかけられたように止まった。

 クラスメイトは例外なくヒロに面食らった。逆らうはずのない者が逆らったということだろう。何をされてもなすがままだったやつが急に反撃をした。


「知能が低いだけでこんなんでも生物的には人間やで」


 目元をくしゃくしゃにして古宇利が普通の会話のように言う。

 古宇利が援護射撃をしたことにヒロは意外に感じた。


「馬鹿だろ……お前ぇ」


 ワタナベはすぐに殴りかかってきた。想定の範囲内だった。とにかくバカの一つ覚えみたいにヒエラルキーを示したがる。

 上位生徒はワタナベの暴力ですぐに屈服するヒロを当然のように思っていて薄い笑いを浮かべているのみだ。

 僕は拳をタッキングで躱す。


 よし、正当防衛の権利を得た。内心でヒロは思う。

 ビチャ!


「(?)」


 同時にヒロの耳が何かの放射音と水滴の音を拾う。

 ヒロは躊躇いなく荒井の頬骨に拳を叩き込む。

 人の鼻を殴る感触。


「「え?」」


 ヒロと古宇利の声が重なる。

 ヒロは殴るのに力を最大限伝えるフォームの途中に古宇利の疑問げな声を聞く。


 ヒロに接近した荒井の巨体は派手にふっとばす

 。けっこうあっけなく倒れた。


「(カウンターがうまく入った感はあったが…………。)」


 そして先ほどの音は古宇利がワタナベの顔に唾を吹き付けた時に生じたものだったようだった。

 ワタナベの額に唾がついている。


 唾にひるんで重心が後ろに行っていたところにタイミングよく僕が拳を振り抜いたことでものすごいことになった。


 教室がさらにざわっとした。


 僕の目が古宇利のメガネの奥から見える理知的だがいつも何か面白いものを探しているあのと合った。

 古宇利は笑いながら目を何度も瞬かせた。


「ヒロも冬休みデビューか?」

「ああ。まぁいろいろあって」


 柴崎たちはぽかんとした様子で二人と倒れた荒井を交互にみるだけで精一杯だった。

 渡邉波のようにクラス内に動揺が走る。


「誰か起こしてやれよ」


 しかし、動きもしない。

 普段は調子のいい取り巻きは遠巻きに見ているだけで心配もしていなかった。


「 お前らの関係が知れる。無様だなっ!」


 僕は遠巻きに見ているとそして荒井を嘲笑った。


「荒井。助けてやったらどうだ?」


 冬休み前は荒井と渡邉は共にいたが、その荒井は今ただ殴られた渡邉を見て下卑た笑みを浮かべている。

 冬休み前に醜態を晒した荒井は教師からの信頼を失い25位から87位まで落ちていた。到底発言力のある立ち位置にはいなかった。 吐き捨てるようにヒロは言った。


「こんなやつらに今までずっと調子を乗らせていたのか」


 イライラする。なぜこんなゴミどもが権力を持ってるんだ。ゴミだから権力を持ってるのか?権力を持ったからゴミになるのか?


「ヒロ分かっとうやん。人を拳で殴るのは効率が悪いけど傷害罪には一番なりにくいんや。ワイ人を殴ったことないから分からないんやけど」


 古宇利の少しズレた感情論を余り入れない事実に重きを置くスタイルはこの場において小気味いい。ここは蛇の巣だ。隙を見せた者から捕食される。 だから感情に鈍く……人のことなど考えては生きていけない………。


「銃で人を撃つよりかはずいぶんまともかな…………」


 ヒロは独り言のように呟く。二週間前のあの事件でヒロは人間に銃弾を撃ち込んだことがあった。

 それに生徒たちわざわつく。異常者を見るような目をしてくる。


「しかし、やっぱり仇敵のようなやつを、反撃されないだろうとタカをくくった覚悟もないやつに反撃してやるのは非常に気持ちがいい」


 あえて偽悪的に振る舞うヒロ。偽善を行えば即ち善。偽悪を語れば即ち悪。


「(しかし……………こいつらに勝てるならば悪でも構わない!!)」

「へぇーっ」


 古宇利がそう言うと悪意で目を血走らせたワタナベが立ち上がり椅子を蹴っ飛ばした。

 ラグビー選手のような体格の男だ。さっきは運良く勝てたがまともにやりあえば負ける。

 椅子が机や地面とぶつかって大きな音がする。

 今度は思いっきりヒロたちを睨んでいる。


「こえぇええっ」


 古宇利がワタナベに馬鹿にしたように言った。


 古宇利は本当に人を馬鹿にしきった神経を逆なでする顔を浮かべることができる。それをほぼ誰にでもやる。教師だろうが、アイドルだろうが、DQNだろうが、たぶん理事長にも、どっかの社長にも、親にもそういうことをするだろう。


 ヒロも薄ら笑いを浮かべて首をゴキリと鳴らし古宇利がふほほと言いながら拳を鳴らそうとするが鳴らず

「ポキポキ」と口に出す。


 まるでそれがゴングだったかのようにワタナベがタックルしてきた。

 渡邉は身長が高ければ体重も重い。体重差のゴリ押しで来るつもりだろう。


 腰をつかまれて教室の壁にぶつけさせられる。

 ヒロは覆いかぶされるようにして左腕を含む左上半身で押さえ込むように掴まれた。強い腕力の前にヒロは動けない。


  「死ーねっ」

 愉悦たっぷりに上からスクールカーストのトップの男の声がする。


 この状況に本能的な恐怖を覚える。

 学校の価値観をバックにとったスクールカーストの頂点の彼の言葉は世界の決定かのように感じる。

 お前はゴミだ!!と存在ごと否定されるようだ。


「(それは本当じゃない)」


 否定の嵐が吹き荒れ、大波にあおられ、渦に飲み込まれながら思った。


  渡邉は先ほどの失態を取り返すように殴打してくる。ヒロはボクシング選手のように腕で頭を守った。

 いかんせん体重差がありすぎる。両手で乱打してくれば渡邉が疲れてきて反撃のチャンスがあるかもしれない。


 ヒロの徹底した防御姿勢に業を煮やし倒しに来ればカウンターを狙ってみようとヒロは考えていた。

 右肘や右拳でヒロを殴る。


 そしてヒロをドアに叩きつけ、さらに殴打。

 クラスメイトの白い目。


「あーあ……」

「バカだな……」


 くすくす笑いが起こる。

 ここのしきたりに当てはめればヒロは情けないヤツでダメなやつでどうしようもないやつで、ゴミだ。


  「(それは本当ではない)」


 圧倒的な暴力のさなかにヒロは頭の中で繰り返した。


 もう超能力を使ってしまいこの馬鹿に身の程をわきまえさせてやろうかと思った時だった。

 古宇利がブレザーを翻し綺麗なハイキックをワタナベの頭にシュートした。


 ヒロがワタナベに殴られ続け沈められかけていてワタナベの頭の位置も下がっていて蹴りやすかったのだ。

 さぞ美しい名場面だったのだろうがヒロは自分のガードしている腕とワタナベの体に隠れてその瞬間を見れなかった。


 後から山方や柴崎から蹴りがワタナベの頭にめり込みふっとぶ光景を聞いた。

 ヒロはワタナベの「ぶぶっ!」という屁の音にも似たくぐもった音を頭上で聞いただけだった。


 実に溜飲が下がる。


 教室を舞台にしたラフファイトが終了した。


「イェーイ!!」


 ヒロと古宇利は歓声と共にハイタッチをする。


「(僕はともかく古宇利はこんなやつだったっけ?)」


 古宇利は安全圏から出てきて渦中に飛び込むタイプではなかった。彼はその分視点は冷静でより広い視野を持っていた。それがヒロの知る古宇利浄太郎だったはずだ。


 いや、考えてみればクラスメイトのことはろくに知らなかった。今まではそんな余裕が無かった。


 古宇利の顔立ちは変わっていて、鷲鼻ぎみの鼻に笑うと目元がくしゃくしゃになる感じでよく瞬きをする。漫画と読書とゲームが好き。それはヒロとの共通点。


 彼はよく強い者に逆らう。そいつがどれだけ偉くても強くても古宇利には関係ないんじゃないかとヒロが思うほどだった。


 なぜそんなことができるのか聞いてみたことがある。彼はこう答えた

 。

「あー世の中にはなぜか知らないけど1+1は2なのに「3だ!」とか言い出す人がいるんですよね。いやいやそれはおかしいでしょなぜならって僕は説明するだけでどれだけ相手が大勢でも地位の高い人でも1+1は2なんだから僕は反論できるわけですよ」


 このやりとりの時期はまだ六月だった。今思い出したが古宇利はクラスメイト全員に敬語を使っていた。

 なんというか彼の敬語は文字通りの敬語ではなかった。

『敬って』いない。


 馬鹿にしている感が全面に出た敬語だったのだ。

 事実後になって彼がヒロたちには普通の言葉を使ってくれるようになったころ言った。


「現代の日本でもっともよく使われる敬語の派生先はへりくだり語、奴隷語、偽証語、隔絶語というネガティブなもんなんや。敬語はいくつもの形態の派生先を持っとる。どうせ強要してくるんやったらワイは侮蔑語として使ったろう思って……敬語がもっとも善く使われてたんは昭和初期がピークやろな。歴史書の敬語は綺麗やった 」


 もうお分かりだろう。古宇利浄太郎はぶっ飛んだやつなのだった。

 他にも古宇利裸足伝説など高校七不思議レベルのおかしな人物なのである。


 度重なる不正は彼の性格をねじ曲げた。


「くくくっ」

「あはははははっ」


 教室というちっぽけな箱に哄笑が響き渡る。

 お互いがお互いのことを不思議に思っていた。


 古宇利はヒロに知的好奇心をいくらか抱いた。

 ヒロは未玖珠のやろうとしていることにどんな形になるか分からないが協力してもらいたいとうところがあった。


 理不尽には理不尽で対抗するしか僕たちはできない。


 僕たちは賢いわけでも力があるわけでもない。仲間もいない。そんななかでどうやって相手にまで配慮した解決策を採れるっていうんだ?


 山方たちスクールカースト底辺仲間が一斉に歓声を上げ、ヒロと古宇利は祭り上げられた。他の人間はポカーンとしているばかりである。


 わーわーと口々にヒロと古宇利を褒め称える仲間たち。入学して以来の鬱憤が解消された。

 下位生徒が上位生徒に一矢報いたのだ。


 ワタナベたちスクールカースト上位に一泡吹かせただけでなくヒロと古宇利が窓を開け放ち教室を覆っていた気持ちの悪い空気を吹き飛ばしたのだ。


「これからちょっとまずいことになるぜ」


 ヒロが首を傾け古宇利に話しかける。


 古宇利はそれを首肯した。

 そして彼はヒロに耳打ちした。


「俺最悪退学してもええねん」


「なんて言ったんだよ?」クラスの友達の一人が疑問を口にする。


「最後まで突っ走るから応援よろしくなーーっ」


 古宇利が叫んだ。僕たちは古宇利を肩に乗せて音頭をとり始めた。


「ふざけすぎだろーっははははは!」下位組の一人。

「ほんとに退学する覚悟があるのか?」


 ヒロが古宇利に訊く。

「まぁ若いしいいんじゃないかなこれは……ちょっとした青春やな。バカなことやってるなーって自覚あるけどな。まぁ馬鹿なことやってるっていう自覚があってもあそれをやってる時点で馬鹿なんやけどな」


 ヒロの学内順位は182の最下位。古宇利の学内順位は176位とワーストに近い。そういう意味で二人はスクールカーストの底辺なのだ。


 この二人は本気で学校のカリキュラムに合わせていたら一組レベルの頭脳は持ち合わせている。ただ学校の判断ではこの位置に置かれるにすぎない。


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