表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超能力者一年生!  作者: アルリア
第二章
13/26

ちょっぴり勇敢な少年とちょっぴり臆病な少女の話

 13

 学校が終わって、制服のまま俺が駅前のちんまりとした広場を通りかかった時だった。待ち合わせなのか人がたくさんいた。


 見るとその中に桜がいた。花壇に座っている。

 桜は肩ぐらいまである真っすぐに下ろした髪型をしていた。全体的にまるっこい。薄茶色のコートを羽織った桜は少し大人っぽく見えた。マフラーをリボンのようにして首に巻いている。


 なんとなくぼーっとしているように見える。

 彼女は童顔だが瞳を伏せて手を膝上に置いてどこかを見ているその姿は普段とギャップがあり大人の女性らしく見えた。


 小学校のころの彼女が遠い過去から記憶として蘇って来て現在の彼女と重なった。

 小学校のころの桜はやたらと元気なやつで、動物とよく戯れていた。そしてどこか抜けているところがあった。


 猫に手を振っていたら手にしていたソフトクリームを落としてしまった話を思い出した。


「……………………」


 忘れていた色彩が蘇った。

 少しの間桜を眺めてしまっていたがその桜は飽きもせず通りの人々を眺めていた。

 ヒロはそのまま歩き出す。


 しかし、動いた時に桜と目が合ってしまった。

 桜の口が空いていて、ヒロに声をかけたそうにしている。


 ヒロはやり過ごすために歩き出す。

 桜は無視するヒロに声をかけられず、しかし、相変わらず声をかけたそうにしている。


「ヒロくーん……」


 おっかなびっくり僕に話しかけてきた。


「そんなに人を眺めるの面白い?」

「え?」


 桜は顔をほころばせた。


「うん。行き交う人っていろいろな人がいて楽しいんだ」


 ヒロは肩をすくめた。


「……暇人だね」

「そうかなぁ」


 赤茶色のレンガの上にヒロも腰を下ろしてみた。小さい駅前だけどそれなりに人通りは多くいろんな人が道を歩いていた。


 桜とは小学校まで同じだった。

 長い時間が経ったんだ。


 桜はヒロの話を聞きたがった。

 しかし高校のことも家族のことも僕は明るい話題を話せそうになかった。


 桜は女子高に通っているようだった。部活の話は面白かった。

 あのやたらと多い桜の家族の話を聞いてみたらまるで自分のことのように家族のことを話していた。


 話し始めたら彼女はやはり上妻桜だった。小学校のころから変わっていない。

 ヒロは彼女が何かの間違いで至条高校に入学することがなくて本当によかったと思った。彼女が至条高校で三年間過ごすなんてことになるという仮定を想像しただけでものすごい恐怖に襲われた。


 もしそうなったら何に変えても守らなくてはならないと思うほどには。

 ヒロたちは本当に世間話をした。


 ヒロが話の流れで最近粉物にはまりつつあるということを桜に話した。たこ焼きやもんじゃ焼き、お好み焼きだ。お好み焼きに米をサンドするお好み焼きサンドの話をしたら桜は笑った。


 そんな話をしたからか桜は


「とても美味しいもんじゃ屋さんがあるんだ。そこに行かない?奢りたいな」


 とはにかみながら提案した。


「いや、いいよ」

「お腹空いてない?」


 小首をかしげヒロに尋ねる。

 いや、そういう問題じゃない。


 古色騒然とした旧商店街。どこか懐かしいアジアンノスタルジーの雰囲気のする一角にそのお店はあった。店先に大きな招き猫があった。それはかなりの年代物だったがよく手入れしてあった。


 店内はもんじゃ焼きの大きなヘラ(どう見ても実用品でない)のオブジェが壁にかけられていた。座敷に座る。不思議な構造のお店で四方が開けていて風通しが良い。店主が綺麗好きなのか全体的に全時代の遺物チックなのに清潔な感じがした。


 なるほど。女の子でもここが好きな人は好きになるな、とヒロは思った。

 上妻はなにやら張り切っているみたいだ。


「同級生とかと来ませんように…………」


 桜はメニューに顔を隠しながらごにょごにょ言っていた。

 アルバイト店員がカラッとした声で二人にお冷を配って注文を尋ねた。


「んん??桜?」


 眉をひそめ、接客用の話し方とほんのすこしだけ違った口調で店員の女の子は言った。


「はひ…………あ。真歌ちゃん」

「はっは~ん」


 にやりと真歌という女の子は笑う。


「なななななんで真歌ちゃんがこのお店の店員さんに??」

「そうかそうか~~桜も現役女子高生ということか~~」

「真歌ちゃんっ」


 うんうんと真歌が頷き続ける。そして真歌は桜の耳に口を近づけ内緒話風の仕草をした。


「この人と付き合ってるの?」


 こちらまで普通に聞こえている。なんとかメニューで顔を隠そうとしているが先ほどから顔を赤くしっぱなしだった。そんなに赤面されるとこっちまで顔が赤くなりそうだった。


「ち、ちがっ。ちがうよ。そんな。ヒロくんだよ」

「ああ~そういやいたなー思い出した」


 驚いた声を上げる真歌。


「ねぇ普段なにやってるの?」


 真歌がヒロに訊く。 ずっと楽しそうだ。

 ヒロはお冷を飲んだ。超能力、と答えるのが本当かもしれない。


「ええと、読書とか音楽とか。あと機械いじりとかダイビングとか…………オカルトとか」


 ふむふむと座敷にナチュラルについて頷く真歌。ショートカットの髪の毛が全体と調和している。

 どうでもいいがあんた店員じゃないのか……?

 まばらだった店内にガラガラと戸を開けてお客さんがなだれ込るように来店してきた。


「真歌ちゃ~ん。お願い~~」


 厨房から泣きそうな声が聞こえてくる。真歌はそわそわとして、仕方ないなと立ち上がった。座敷から離れる時に上妻に意味あり気な視線を投げかけた。


 上妻はちょっとふくれたような顔を真歌に返した。

 二人はお冷を飲んだ。上妻はコップ一杯飲み干した。それからヒロのコップも空になっていたので上妻が水を注いでくれた。気まずい空気が埋まるので助かる。熱いのは暖房のせいだけじゃなくて。


 とりあえずコートを脱いだ。

「友達?」

「えっ?あっ真歌ちゃん。家族だよ」


 にっこりと笑って説明してくれる上妻。


「(憶えてるけどなんかシャクだから憶えてないフリをしたんだよ)」


 上妻にはたくさんの家族がいる。

「このお店でアルバイト始めたの知らなかったよ~。このお店よく家族と来るの。だいたいみんなでジャンボシュリンプもんじゃを食べたりするの」


 先ほどのなにかを流すようにして上妻は話し続けた。

 桜が薄茶色のコートを脱ぐと白色を基調としたセーラー服が現れた。オレンジ色のアクセントが。桜はフレッシュ感がする。


「あついなー」


 パタパタと手を振って顔を冷やそうと試みている。

 桜は全体的にまるっこく肉がついているのでそういうふうに熱くなるんだろうかとヒロは考えていた。

 桜は十人が見たら八人が振り返るような容貌をしていた。


 お好み焼きは店主が運んできた。真歌が指示を出す声が厨房から聞こえてくる。かなり的確で無駄のないものだった。


 バイト始めたばかりじゃないのか……?

 相当優秀なんだろうか。


「ヒロくん。私たち小学校のときよくいっしょに潜ったよね」

 懐かしいなーとにこやかに未来。


「うん。一番びっくりしたのはウツボを体に巻き付けてこっちに来た時かな。楽しそうにさ」

 幼いころを思い出しながらヒロが言う。くすくすっと桜は笑う。


「僕はまだミドルライセンスのままなんだ。あれからあんまり潜れなくて。また潜りたいなって思ってるんだけどね」


「そうなんだね。一緒に潜りに行こうよ今度!」

「うん」

「私高校ダイビング部に入ったの」

「へぇ。高校にダイビング部なんてあるんだ」

「うん。ダイビング用の水深15mまで潜れるプールがあってね。そこでも練習できるんだ」

「それなら未経験の子でも練習がしやすいわけだ」

「高校から始めた私の友達もダイビングの楽しさの虜になってくれたの。嬉しいなって」

 毎日が楽しそうだ。

「ヒロくんは部活は入ってるの?」

「部活は入ってないんだ」


 コテをリズミカルに動かしながら応える。

 鉄板の上でいろいろな具を混ぜる。

 ジュージューという音ともに香ばしい匂い。


「でも共通の趣味を持つやつと知り合いになってさ。オカルト関係なんだけど。すごい変わったやつなんだけど、オカルトとかの趣味はすごい合うんだ。性格は正反対だけどね」


「そうなんだぁ。そうなんだぁ……超常現象のテレビ好きだったよね」


 そういうことを言われてドキッとする。あのころは真剣に霊の存在やUMAやUFOの存在を信じていた。なおかつそれを隠そうとせず周囲に触れ回っていた。自分は幽霊を見た。UFOを見たと1日に1回は言っていた。


「恥ず……」


 顔に手を当てて隠す。


「ふふふっ。いやーん」


 僕は最後に鰹節やマヨネーズをかけた。もんじゃ焼きが完成した。


 口の中にできたてのもんじゃ焼きの味が広がる。イカがうまい。めちゃくちゃ美味しかった。


「うーーんっ。おいしー」


 育ちのいい子猫のような血色のいい顔で桜が舌づつみを打った。


 美味しそうに食べる可愛い女の子と二人で食べているので美味しさが倍増する。

 黒い猫がやってきて座敷の上を歩き回って僕にまとわりついた。僕は猫にもんじゃ焼きをわけた。

 左右で違う色の目をした猫だった。


 ごろごろと桜に猫はなついた。桜は猫と子どもっぽく遊んでいた。


「上妻は昔っから子どもっぽかったっけ」


 ヒロが笑ってそう言うと上妻は抗議した。


「そっそんなことないよ。あのころから背だって15cmも伸びてるからっ成長期来ましたからぁっ」

「例のおバカは治った?」


 ヒロは少し意地悪して聞いてみた。それにうっと上妻がつまる。なぜそれを……というような顔をしている。


「そうなんだー……私いろいろやらかしちゃうんだ。私ってあのころからおバカが治ってないの」


 予想以上に落ち込んでしまった。


「上妻は別におバカじゃなかったよ。おバカに見えるだけで。頭の回転はあのころから良くて、今も頭はいいと思う」


 予想外の言葉を聞いたような顔をした。


「ありがとう」


 笑顔で言った。


「この前もそうだし、ずっと昔も私が本当に危ないときに助けてくれてたね」


 にこやかに語る桜。


 ふと上妻には今好きな男の子がいるのだろうかと思った。


「ねぇ上妻さ。今好きな人っているの?高校とかで。あ、女子高か……」

「えっ?えええ、わたわたしえっと」


 慣れていないのか予想以上にテンパっている。落ち着いてくれ……。


「いないよーっ?」


 なぜか顔を真っ赤にして上目遣いでこちらを見る桜。


「ああああの。ヒロくんはす、好きな人いるのっ?いやーん私今男子と恋バナしてる」


 頬に手を当て火照った顔を冷まそうとする桜。

 ヒロもつられて微笑んだ。それから今ヒロが心を占めていることについて話していく。


「………………今さ。すごく危なっかしいやつが身近にいるんだ。オカルト仲間のやつなんだけど。そいつ、すごく優秀なんだけどすごく変わったやつでさ、すごくプライドが高くて……そいつの友達を続けていけるか今不安だし、そいつが今後どうなっちゃうかどうかも心配なんだ」


 俯くヒロをじっと見つめる桜。

 未玖珠もそうだけど僕も人に頼るのが苦手だ。

 こんな説明で分かるわけないじゃないか。


「ヒロくん憶えてる?あのクリスマスの日のこと」


「?」

 くすくすと照れたように笑う未来。


「小学校最後の特別なクリスマス。私あの日のことを今でも覚えてる。ずっとずっとヒロくんにお礼を言いたかったの。私は本当にヒロくんに感謝してるの。あのクリスマスは…………嬉しかったなぁ……憶えてないの?」


 ちょっと拗ねたように言う桜。

 言いたいことの意図が掴めずに困惑するヒロ。

 記憶は降下していく。二人が共有する物語がある。


 二人だけしか共有していない桜にとって大切で自分を形作る一つとまでなるほどの鮮烈なエピソード。

 彼女の記憶では中居ヒロという少年が本から飛び出てきた王子様のように今日まで燦然と輝き続けた。無知な少女の見た幻想だったかもしれない。しかしあの日確かにはっきりと桜は感動しヒロに恋をしたのだった。


 

 クリスマスの朝。十一歳の中居ヒロは外を歩いていた。なぜ歩いていたのかは覚えていない。とにかく外を歩いていた。その日は休日だったが家の中で遊ぶこともなかった。


 そこは普通の住宅街から少し離れて、なぜかその1区だけ大きさ建物が並んで立っているところだった。でかい日本屋敷があったり、洋館があったりしてその時のヒロは近所だったのでそこを散歩するのが好きだったのだった。


 それにそこの近くには大きな公園もあって、そこの遊具はすごい面白かった。日が落ちても最後まで遊んでいる子どもの一人がヒロだった。そしてそこには桜もいた。


 小学五年生。上妻桜。中居ヒロ。

 大きな家々の中の一つに桜の家があった。


 桜の家は日本屋敷で庭がめちゃくちゃ広ければ建物の中も広かった。敷地面積もとにかく広く、外門、内門といくつも門があるくらいだった。


 ヒロはなんとなくあの家に住むのは殿様かヤクザなのかなと思っていたが桜の家だと知ってびっくりした。


 とにかく周囲とは違うのでその見た目の凄さにも惹かれるものがあった。桜とは同じ小学校の同級生だったこともあり仲良くなって、たびたび家に遊びに行った。そこで驚天動地級のものを見て、幼いヒロも感動するのだがそれは後の話だ。


 上妻家の人々もヒロによくしてくれた。

 ヒロは桜の家族に憧れを持っていた。


 十一歳のクリスマスの日。

 ヒロはいつものように公園で遊んでいた。


 朝から公園に行ったのだが冬休みだと言うのに誰もいない。長期休みはもちろん土日には必ず遊び相手がここにいるはずだった。


「クリスマスだから当然かぁ…………」


 桜の家も全員でパリまで旅行に行くというのは聞いていた。

 ヒロは一人で遊具の城を占拠してその上であくびをした時だった。


「むっ」


 ようやくこの公園に遊びに来たやつが現れたようだった。


「おーい!」


 一目見た時にそのショートカットの子が誰なのか分かった。ヒロは嬉しくなって手をぶんぶん振った。そしてその歩き方からなにかいつもと違うということに気がついた。


「桜ちゃん!」


「ヒロくん」


 桜はものすごく可愛くクラスでも人気がある方だ。クラスでトップの人気を誇るような女の子じゃないけど隠れ人気がすごい方だ。みんな口に出してはいないけど実は気になっている女の子。そんな感じだ。なんだろう。他の女の子とどう違うんだろうか。


「??あれ?どうしたんだよ桜ちゃん。旅行に行ったんゃないの?」

「どうしよう……みんな私を置き忘れちゃったみたい……」青ざめた顔。


「嘘だろ?」

「でもみんな朝起きたら家にいないの……」


 桜はそう説明した。桜の家は大家族だ。確か十何人も兄弟姉妹がいたはず。

 桜がヒロのいる城のてっぺんまで登ってきた。


「みんな桜ちゃんを置き忘れて旅行に?」

「うん」

「今他の家族は今頃パリにいるの?」

「うん」


「ぷっあはっあはははは!」


 ヒロはおかしくなって笑い転げた。


「ヒロくんーっ」桜は泣きそうな顔になってぽかぽかとヒロを叩いた。


「はは。ごめんごめん。でもなんでそんなことになるの?普通忘れたりしないでしょ。物じゃないんだから」


 ちょっと意地悪だなとヒロは自分に対して思った。案の定しょげたようにして桜は応えた。


「お父さんもお母さんもみんなももしかしたら私のことまだ気がついてないかも………」


「そんなわけないじゃん。あのおやじさんとおふくろさんが桜ちゃんのこと忘れるわけないじゃん」


 本気で落ち込んでて悲しそうだったので桜の頭をわしゃわしゃと撫でた。さらさらの髪をわしゃわしゃするのは気持ちよかった。


 桜の頭を撫でるとすごいリラックスできる。


「そうかな……」


「どう考えてもそうだよ」

 ヒロは胸を張った。


「これでも人を見る目には長けている方なのさ。ま……春秋とか秀作とかは忘れてるかもしれないから文句言ってやんないとな」


 二人は桜のちゃらんぽらんの兄と科学狂いの兄だ。


「そうだね」桜は笑った。


 笑う顔を見るとヒロは落ち着いた。誰かがギスギスしたり怒ったり、悲しんだりしているとそれをなんとかせずにはいられなくて、そうして笑顔に変えることが出来る自分を誇っていた。なにしろそんなことができる人はそうそう周りにいないのだ。


同級生も年上でもこういうことが出来ない人がいる。それでみんなにも感謝されたり褒められる。


「で、他のみんなっていつ帰ってくるの?」軽い気持ちで聞いた。

「あのねあのね…………来年に帰るはずだったの……」胸元に両手を重ねて応える未来。


「………………まじ……?」


 こくんと頷く桜。 旅行は一週間の日程のようだった。さすがにヒロも事態の深刻さに気がついてきた。途方に暮れるとはこのことか。からっ風が遊具の城の頂上の中心にいる二人に吹いた。


「ヒロくん……あの、あのねこれからうちに遊びにこない?」


 寂しそうな顔だ。不安そうな未来を見て頭を掻いて応える。あの広い家に一人ぼっちというのは想像しただけでけっこう堪える。


「しょうがないなぁ……」ため息をつきながら言った。

「行こうよ」


 差し出した手をヒロがとると安心したような嬉しそうな笑顔を桜は浮かべた。桜の手は熱かった。柔らかい掌の感触。

 僕は女の子に手を引かれている状態が嫌で桜を追い越した。


 追い越しざまに桜は楽しそうな顔を浮かべた。ふにふにとした笑顔。

 たまに振り向くと不抜けた笑顔を浮かべてこっちを見ている。


 振り向いてもすぐ目が合う。僕が前を見ている間も未来は僕の後ろの頭しか見ていないんじゃないか?


  「ちゃんと気をつけて歩けよなぁ……」


 あんまり僕の顔しか見ていないのでそう注意する。


「えへへー」


 聞いているのかいないの分からない。


 上妻家。かなり大きな武家屋敷のような外観。しかし中は現代風の和洋混合の造りになっている。

 僕はもう何回も遊びに来ているのでかなり慣れたものだ。未来が鍵を取り出して横の入口の扉を開ける。

 普段はどの入口から入っても優しく、愉快に、時にはびっくりさせるような形で出迎えてくれるのだが、今日はそれがない。静かだ。


「ほんとにいないんだね……」


 桜はだんだん元気になっていった。一人ぼっちじゃなくなったおかげで明るさを取り戻したのだろう。

 僕やこの家の子どもは縁側の長い長い廊下を靴下でよく滑ったりしていた。いくつも襖が続き、それを開けると何部屋あるのか何畳あるのかわからないほど部屋が続いている。


 スパーン。スパーン。と襖を開けていく。


 家の中は全体的にクリスマスの飾り付けがしてあって、居間には大きなクリスマスツリーがあった。赤と緑の装飾やキラキラとしたモールや、気合いの入りすぎたわけわからない飾りがあちこちにあるけど誰もいないので余計に寂しく感じる。


「ねぇ僕なんとも不思議な感じなんだけど。こんなにこの家が静かだったことあるの?」


 夜ならそれは静かになるのだろうけど、昼間にこの家が静かな状況に初めて遭遇した。桜は首を振った。


「普段はみんなが家にいてうるさいくらいなのに今日は本当に静かなのって不思議………別の家みたい」

 桜の家は大家族で子どもだけで十数人いる。大人もけっこういて総勢で何人なのかヒロは分からないぐらい大勢になる。


 ヒロがうろうろと動き回り桜はその後をついてくる。

 僕は探検心が湧いてきたのだった。誰もいない今がチャンスだった。思う存分探検できると思ったらワクワクしてきたのだ。


 パタパタと二人ぶんの子どもの足音と声が木の床を踏み鳴らす。


「ヒロくん鬼ごっこしよーよー」

「探検が先がいい」

「探検?」

「あのなんか天守閣っぽいところ僕行ったことないもん」


 外や真ん中に近い廊下からだいたい見えるほんとに真ん中の天守閣。

 そこまで行く。

 とたとたと急な階段を駆け上がり、立派な建物の中のかなり立派な場所を登ってゆく。

 屋根裏っぽいところで身を屈ませながら探検するのは楽しかった。


「けっこういい眺めだなぁ」


 こういうような城が欲しくなるほどだった。


「せっかくだから他の兄や姉たちの部屋に入ってみようよ」


 僕はずっと気になってしかたなかったがなかなかみんな自分の部屋に入れたがらないのだ。


「勝手に入るのはまずいよー。だめだって」


 そう言う桜を僕はを引きずる。


「気になるだろ。最後に入れてもらったのはいつだよ。それにその部屋のやつがいたら好きなところが見れないじゃん」


 実際のところ二人ともワクワクしながら知的好奇心を満たすために部屋を物色していった。

 探検だけで半日経った。それぐらい面白かった。


 やがて夕方のカラスの夕焼けの音楽にヒロは気がついた。ヒロが友達と遊ぶ時にはもうこれぐらいの時間には帰る。


「…………」


  桜の時計をちらとらと何でもないふうを装いながら見るような動き。


「んー……もうこんな時間だね……」

「…………そうだね」


 隠しきれてない。

 正直帰るより桜といた方が楽しいのでもうちょっといても良かった。

 僕たちは今桜の部屋にいた。この部屋にもクリスマスの飾り付けがしてある。


 西洋の人形やぬいぐるみがたくさんあった。もちろん勉強机があって、本とかが並んでいたんだけどそこにはダイバーのミニチュアフィギュアが飾ってあった。


 壁には数枚のダイビングのポスターが貼ってあった。僕たちは一緒に海に潜っていたので、あれやこれやの話をした。


 今流行りの女の子向けのカードダスもたくさん持ってた。


「ムシ〇ングとかやらないの?」

「あんまり……。ヒロくんだってラブ&〇リーやらないじゃんー」

「あんまり面白くないもん」


 僕たちはお互いがのめり込んでるカードゲームの良さを喧嘩になりそうなくらい熱心に話した。

 話を聞いているうちにラブ〇ベリーも面白そうだなと思ったけどあの筐体をお店でやるのは恥ずかしい。

 カードを眺めるのは面白かった。


 部屋の一角には野球グッズがいっぱい置いてあった。


「へー桜ちゃん野球好きなの?」意外だった。

「うん!そうなんだぁ」


 なんだか隔離するようにして置いてあるのが少し気になるけど、そうか。なるほど。僕も野球チームにでも入ろうかな。


 ボードゲームは勝ったり負けたりだった。オセロとか将棋より、勝ち負けがあんまりないゲームの方が桜は好きみたいだった。


 気づけば19時にもなっていた。外はもうとっくに暗くなっていた。

 さっきまで桜は喋っていたのに急に静かになった。やがて意を決したように言った。それでいて何気なかった。


「あ、あ、もうそろそろ帰らなくて大丈夫……?」

 僕は人生ゲームのコマを動かした。


「んーそうだなぁ……別に僕ん家に電話すれば泊まれるかも……なんて」

 今度は僕が未来を気にするように何気ないように言った。

「えっ?ええ!?…………でもお父さんとお母さん心配するよ!!」


「電話を入れとけば大丈夫だよ。いきなりだけど事情を説明すれば許可も出るだろうし」

「いっいいの!?」


 桜はパッと顔を輝かせた。

「いいよ。いきなりこんなことになったんだ。いいよ」


「ヒロくんって……優しいんだね。私にこんなに優しくしてくれるのって学校の友達じゃヒロくんぐらい」

 小首をかしげ不思議そうに気高いものを見るようにヒロを見る。目だって輝いている。


「じゃあ電話してくる」


「やったぁ。お泊まりだー。寂しかったんだぁ。居てくれるなんて夢みたい。ヒロくんヒロくんヒロくん」

 抱きついてくる。柔らかく甘い声。

「ええい、うっとうしい」


 僕は嬉しくなって未来の前ではヒーローを気取りたくなる。

 だが両親に電話したら無下に断られた。無力すぎだろ。俺。


 カタン、と受話器を置く。それから桜にカッコ悪い報告をしなくちゃならないのが本当に嫌だった。どれだけ落胆するか目に見えるようだったから。それでもしないわけにはいかなかったのでした。


「うん…………しょうがないよね。そうだよね。そうだよ。やっぱりヒロくんのお父さんとお母さんも心配するよ。でもありがと。私すごい嬉しかったし楽しかったよ」


「うん……」

 無理に明るく振る舞っているのがヒロには解った。嘘つきと責めてくれた方が楽だと思えるくらい健気だった。


「気をつけて帰るよ。あ……迷子になったらこの家から出られないな」


 僕の冗談に桜は驚いた顔をした。

 僕はあわてて舌を出した。

 それを見て桜は冗談だと気がついた。


 大きな猫のぬいぐるみを抱いた桜が力なく笑う。

「迷いそうなぐらい大きいしねこの家。とっぽちゃんと一緒に帰る?」


 両手でうさぎのぬいぐるみを僕に渡してくれた。僕はそれを少し撫でてから桜に投げ返した。


「普通に帰れるよ」


 部屋を出て歩き出した僕。


「ヒロくん」桜は僕の後を追って半歩部屋から出た形だ。廊下は当然暗く、部屋の明かりが漏れ未来の右半身を照らしている。


「明日も……遊べるかな?」


 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら桜はヒロに訊いた。桜から見たらヒロは暗闇に没している。

「いいよ。おっけー!」僕は元気よく応えた。


 庭先の砂利を踏む音だけがする。他の音は全部この屋敷が吸収しているかのようだった。

 難攻不落の要塞は時に脱出不可能な牢獄と化すのか。


 今日は月が出ていない。一歩桜の部屋から出ると廊下も外も寒々としていた。

 早く家に帰ろう。

 家に帰れば僕もクリスマスの料理にありつけるだろう。


 今日は一日桜の家に誰からも電話がかかってこなかった。

 ざく、ざくと砂利を踏む。

 さすがにおかしいんじゃないか?あのおやじさんとおふくろさんなら必ず電話ぐらいかけてくるはずだ。

 もしかして──なにか事故に巻き込まれたとか。


 外門を出て夜道。

 クリスマスの朝起きて家にみんながいなくなっているなんて相当な恐怖だろう。

 さっきから足元しか見ていなかった。足はやがて止まり、気がつくと僕は来た道を戻っていた。


 外門をくぐり、大道場の横を通り中庭へとと続く抜け穴を通る。僕のサイズならここを通り抜けられる。


「冷たっ」

 靴を脱いで廊下に上がったがすごく冷えている。


「冷たっ。冷たった。氷みたいに冷たいぞっ」


 余計なお世話かな。とどこかで思った。


 真っ暗な屋敷の中を進み、桜の部屋をノックして呼びかける。


「桜ちゃん」

 …………。返事が無い。


 廊下の窓から一階の部屋に明かりが灯っているのが見えた。


 広い居間だ。十何人も一緒に入っても狭いと感じないくらいの広さだ。

 そこでぽつんと桜はクリスマスツリーの下のソファでぬいぐるみに囲まれて、人生ゲームをしていた。

「いちに、さんよんご。あっロボが暴走して街が壊している。10が出たらなら倒して街の市長にランクアップ!…………10だ!わーひ!」


 変なマスに止まったらしい。

「次はとっぽちゃんの番」

 ぬいぐるみのとっぽちゃんは桜の横に鎮座している。

 カラカラとサイコロのルーレットを一人で回している。


「いちにーさんよんごろくなな。鳥人間コンテストに出場したが墜落して大怪我してしまったが!医療費五千万円。あー」

 一人でルーレットを回し、一人でコマを動かしていく。


 うさぎのぬいぐるみ、とっぽちゃんと黒い大きな猫のぬいぐるみと、白い小さな、でも太ったぬいぐるみと桜はボードを囲っていた。

 まるでそこに友達がいるかのように真月は振る舞う。


「いちにーさんよん。結婚しました。わーひ」


 そして自分の車のコマに青いピンを指して、

「ヒロくん」とぽつり。

 にへら。と頬をゆるませる。


 ガタン。

 居間に響いた大きな音に桜はビクッと震える。

 しかし何も起きない。桜の中で恐怖が大きくなっていく。


 ぬいぐるみたちと視線を交わす。

 …………ドアが微かに動いた。


「だっだれ?」

「よっ」


 大きなドアの下に立っていたのはヒロだった。


「ヒロくん……?」


 信じられないというようにヒロを見る。

 いつもと変わりない飄々とした表情。

 そしてぽりぽりと顔を掻いているヒロに桜は抱きついた。


「うわわっ。すぐ人に抱きつくよなー桜ちゃんって。誰かれかまわず抱きつかれちゃやられた方が困るって」


 嬉しいような気持ちになりながら言う。


「…………家族以外でそうするのはヒロくんだけだもん」

「ん?なんか言った?」

「ふふ。なーんにもっ」


 桜は純度百パーセントの無警戒と信頼でヒロの胸に顔を埋めた。心に染み渡る安心感でいっぱい。


「しょうがないから居てやるよ。この寂しがりんぼめー」


 ヒロはうりうりと頬をぐにぐにする。


「あぅ~~」


 桜は嬉しそうにされるがままだった。


 ヒロは親に電話をかけた時、念のため『誰の家に』泊まりたいかを言っていなかったのだった。ヒロがここにいることを親は知らない。だからヒロがこの日家に帰らなくてもここに親が迎えに来ることは不可能だ。


 あとでどう怒られるかは置いておいて。

 ヒロは抜け目なく、そこの問題はクリアーしていたのだ。



 その後上妻家の家族が全員帰宅し、ヒロはほっとしつつ、どこか寂しさを覚えたのだった。


【現在】


「上妻はごっこ遊びが得意だったよね」


「うん。ヒロくんの方が得意だったと思うけどヒロくんと一緒にやってると時間を忘れてみんなに呆れられるくらい続けてたよね。私トリケラトプスくんとサイくんの漫談が一番好き」


 好き、という言葉にヒロはドキッとする。はにかんだ笑顔が美しい女の子に桜は成長していたから。


「よく覚えてるなぁ恥ずかしー。今お好み焼きのヘラが心にグサーッて刺さったぞ」


 苦しむフリをしてどうにか照れを隠す。少しは恥ずかしい。人形を使った一人二役の漫談の真似事を当時よくやっていた。確かラジオの影響だったと思う。正しくはトリケラトプス先輩とサイ後輩なんだけどね。あんまり喋らないトリケラトプス先輩とペラペラ喋る調子に乗ったサイ後輩のかけ合いという名のネタを上妻は気に入ってくれていたようだった。際限なく調子に乗りに乗っていくサイ後輩が最後

「トリケラせーんぱいっ!ブスゥゥッ!!」

 とトリケラ先輩の角に指し抜かれるっていうのが共通のオチだった。


 …………うん。意味わからん。


「愚にもつかない遊びだった」


 お好み焼きはじゅうじゅうと香ばしい匂いを立ち込めさせる。


「そうかもしれないね。でもね。小学生の私にはヒロくんが魔法使いみたいに見えたの。ヒロくんのおかげで学校も楽しかった。不思議なことをなんでもできちゃう小説の中から出てきたみたいな不思議な人……みたいな」


 魔法使い。僕は今や本当の魔法使いに成った。紆余曲折経て、苦難の末に、寿命を十何年も縮めて。

 ……………って重たすぎ。

 こんなこと桜に言えるわけがない。


「実は僕ごっこ遊び中学一年生までやってたんだ」


「ヒロくんも!?」


 カミングアウトに予想外の返事が返ってくる。


「上妻もそれぐらいまでやってたのか。さぞ友達から変な目で見られただろうな」


「友達の前ではやりませんでしたー」


 僕友達の前でも普通にやっていました…………。


「ごめんサバ読んだわ。中二ぐらいまでやってた」


「人のこと言えないじゃん!」


「的確なツッコミ……この四年間遊んでいた訳ではないと言うことか……」

 二人はにこやかに談笑しながら、海鮮もんじゃ焼きを作るのに取りかかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ