依頼その16ー消耗品の二文字
完結後にも関わらず、少し改稿いたしました。既に読まれた方にはお詫び申し上げます。
油断なく銃を構えていた第二部隊の隊員たちが静かに下ろし、ホルスターに納める音だけが会場にこだました。
腕の中のギルバートだった遺体を、カーズはそっと横たえて立ち上がる。
「は、ははは! よくやった、カーズ隊長! これで貴様も心置きなく辞任だな」
壁際で腰を抜かしていたドネシクが、耳障りな笑い声を上げた。
「その必要はありませんよ。辞任するのはドネシク議会長、貴方ですからねえ」
第二部隊隊員の後ろから、小柄な老人がひょこりと姿を現した。
「何だと!?」
「バルミット商会を三大商会に入れるために強引な公共工事を行い、工事の受注をバルミット商会に優先的に流してたろ? 証拠は上がってるぜ」
ウェルドがぴらぴらと振るのは、号外で既に発行済みの新聞記事だった。
「そろそろナナガ国中に配られて、読まれる頃でしょうなあ」
新聞を持つ手とは反対の手でウェルドが顎を撫で、にやにやとした笑みを消した。
「権力振りかざして圧力かけりゃあ、何でも思い通りになると思うなよ。てめえが顎で使ってきたブン屋の力を思い知れや!」
新聞と共に腕を突き出し、ドネシクを指した。
ドネシクは馬鹿な、と言おうとして違和感に気付く。何かが自分の中にいる。何だ? という疑問が急にどうでもよくなった。
「お前の罪が国民に認識されたぜ。おめでとう。宿主殿」
ウェルドがぱちぱちと拍手するが、ドネシクの耳には入ってこなかった。
人々が認識して生じた罪から、妖魔が生まれる。生まれた妖魔は嬉々として内側からドネシクの精神を喰らう。喰らい、罪を助長しようと囁きかける。
自分を取り囲む者たち。何故こんなに偉そうな態度をとる。ドネシクはナナガ国の最高権力者だ。お前たちなど塵あくたのような存在だろう。ひれ伏し、言う通りにしていればいいのだ。
何故突っ立っている。こちらに向けているものは何だ。お前の首などすぐに飛ばせ……。
「がっ」
眉間に穴を空けてドネシクがどう、と倒れた。ウィークラーが硝煙を上げる銃をゆっくりと下ろす。バルミット商会会頭、ゼルスもまた隊員の手によって射殺されていた。
「貴方の最期を忘れませんよ。ええ、ええ。同じ権力の椅子に座る者としてねぇ」
笑みを消したラナイガが、重い声で誰にともなく呟いた。
ーーナナガ国国議会議会長ドネシク・ナルデルド、宿主となり第二部隊に射殺される。
三大商会の一つバルミット商会会頭ゼルス・リバルナー、同じく射殺。
新たにナナガ国国議会議会長へラナイガ・ケイプス就任。バルミット商会は三大商会から降格。空いた三大商会の席にはアングレイ商会が昇格。会頭ダグス・アングレイ。
人殺しの第二部隊、遺憾なく役割を果たす。元第二部隊隊長ギルバート、射殺ーー
朝日が昇りきらない夜明け前の酒場……正確には酒場になる予定である、作りかけの店でカーズはグラスを傾けた。真新しい木の香りに包まれた店内は、内装もほぼ出来上がり、開店を数日後に控えている。
カーズが肘をついているカウンターには新聞が乗せられていて、その記事を見るともなく眺めて酒を飲む。隣に座るレイブンもまた、優しげな顔立ちを憂いに染めて、その目を新聞に向けていた。
この新聞を持ってきた記者は、数分前に立ち去った。別れ際のカーズ短いやり取りをカーズは噛みしめる。
「元隊長が宿主たあ、流石はろくでなしのならず者部隊よ。お前らは所詮どこまで行っても嫌われ部隊だ。人殺しの最低野郎共だ。でなけりゃ宿主の家族は、妖魔に殺された被害者はやってられやしねえ」
新聞を渡したウェルドは、店の入り口前で煙草の煙と言葉を同時に吐き出した。
大事な人間が宿主になっちまってしまったという事実を、受け入れられる強い人間ばかりではないのだ。
外見がどうであろうと中身は最早妖魔でしないとしても、諦めきれない。その無念、憎しみ、虚無感が向かう先に第二部隊がある。
ウェルドはそんなどうしようもない人々に寄り添う。
「俺らは書くぜ。てめえらがどれだけ無慈悲で、残酷な殺人鬼なのかを。どれだけ無能で役立たずな人間の壁なのかを」
「望むところだ。だが……」
カーズは思う。皆がカーズたち第二部隊をならず者だの人殺しだの肉の盾だのと言う。しかしそれがなんだというのだ。
ならず者部隊、その通りだ。
暴力でしか存在を主張できない奴、借金まみれで首が回らない奴、誰からも疎まれて居場所がない奴、妖魔に憎しみを持つ奴、死に場所を求めている奴、カーズを含めてどいつもこいつもろくでもない奴等ばかりだ。
人々を守る英雄などではない。第二部隊は何処にも居場所がない屑の吹きだまりだ。
しかしこれだけは主張する。
カーズたち第二部隊は『消耗品』ではない。同じデザイン、同じ形で大量生産され使い捨てられる『物』ではなく、様々な顔と性格を持って生きる『人間』なのだと。
「「消耗品だけは言わせない」」
重なった声にカーズが目を見開き、ウェルドはしてやったりと不敵に口の端を吊り上げた。
「約束しよう。俺は金輪際、てめえらを『消耗品』とは書かねえ」
驚くカーズの顔を見て、これほど人間臭い『物』があるわけがないだろうと、ウェルドは喉を鳴らした。
「俺らブン屋は真実を曲げる糞野郎だ。正義面して、人が望むような記事を書く」
世間の下す認識は単なる事象に過ぎない。それは本質を語らない。
新聞などそんなものだとウェルドは思っている。
「それが俺の道だ。新聞という武器を振りかざして、堂々と虚言を吐いてやるから、覚悟しとけや」
短くなった煙草をカーズに向けて、ウェルドはくたくたのシャツに包まれた背筋を伸ばし宣言する。嫌われ部隊隊長と糞野郎なブン屋、どちらも最低の屑野郎、それでいい。
「ま、糞同士、同類のよしみで他のブン屋にも口きいといてやるよ」
くるりと背を向けてひらひらと手を振った。次にカーズに会うときは、正義の仮面をかぶったウェルドが第二部隊を糾弾する時か。
その時、この若い隊長はどういう反応をするのだろう。
きっとあの青い目を燃やし、真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。
鍛え抜かれた刃となった男を、言葉という武器でもって迎え撃ってやろう。
それを心待ちにしている自分を笑い、ウェルドは夜明け近くの薄明かるい空へ煙草の煙を吐き出した。
夜が明けて、いつものようにナナガの朝刊には第二部隊への誹謗中傷が並ぶ。
ただ一つだけ、小さな変化がある。
余りに小さな変化で、新聞を読む者も、酒場で好き勝手を言う酔っぱらいたちも、井戸端で噂話をする女たちも気付かない。
最低で屑だと世間が評する男と、最低で屑だと自覚する男、二人の男のやり取り以降、新聞記事から『消耗品』の文字だけが消えたのだ。
最後までお付き合い本当にありがとうございました。