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49 黒の怒り  その3

 夜の空を不規則に舞い踊っていた白片が、裏返るようにして人型に変化する。

 しかも、全てが一斉にその形と大きさを変え、中空に静止し背筋を伸ばす。

 勝利を囲む球状モニターは、画面を占領する白い浮遊物が敵の包囲と化す瞬間を映し出していた。

「え……!!」

 参照になる物が近くにない為、彼等の大きさは定かでない。もしかしたら、不二と同じか、それよりも大きい可能性もある。

 真っ白な体は衣との境界が曖昧で、長い足の一部を隠す白いひらひらは衣にも見えるが、花びらそのもののようでもある。表面の質感が足と全く同じだ。

 顔と頭髪の境界も、ないと言った方がいい気がする。

 蝶に似た幅広の四枚翅を背から生やし、半透明なそれを白以外の色で淡く染め上げている者もいる。

 赤、黄色、ピンクと、淡いなりにも暖色に傾いた色ばかりが目についた。目が受ける印象は、花の花弁だ。

 華奢な体つきは中性的で、少年少女というには手足が長く頭は小さかった。

 顔らしいものには、目が刻まれていない。

 と思った瞬間に、黒球が瞼のようなものによって、つり上がった両目を描き出す。

 妖精、精霊と見紛う者達が、それぞれ間近にいるヴァイエルを睨み据えたのだ。

 何故、全てが一斉に行われるのだろう。しかも、彼等の動作には、何故か個々の差異が欠けていた。

 人形なのか。直感的に、勝利はそう理解する。

「何だ? 薔薇の精にも見えるが、まるで作り物のような……」生気を欠いた。ライムとしては、そう続けたったのかもしれない。

 この数を集めながら、翅の色以外に個々の特徴というものが滲み出して来ないのは、包囲されたという事実以上に勝利達を圧迫した。

「何だか変、ですよね」

 昼に見た精霊を思い出し、勝利も同じ印象を抱いている事を強調する。コンビニの看板を拭いていた精霊には、全身から溢れ出る店への愛情があった。

 もしかしたら、精霊というものは純度の高い存在として、生物よりも欲望に欠け愛情の豊かな存在なのかもしれない。

 ならば、彼等から感じる圧迫感の正体は、薔薇精達が何かを大きく欠いていると看破した側の問題だ。

「どういう数だ? うっとおしい!! 俺に吸魔の相手をさせろ!!」

 体を捻り、ダブルワークが両腕を広げた格好で横に一回転する。

 拳が彼等を殴りつける、筈だった。

 しかし、薔薇精達の全員が巧みに躱してしまう。

 白い拳の衝突直前、人型が小さな白片に戻った為だ。

 風圧でも逆手に取ったのか、白く大きな拳の上下に花びらが逃げ、素手の攻撃を容易く回避する。

 そして、安全と判断した者から、次々と人型に戻っていった。

 突如、『やめて!!』とミカギの悲鳴がダブルワークのコックピット内を貫く。彼女の声が入るという事は、携帯端末を通話可能状態にしたまま、服のポケットにでも忍ばせているのかもしれない。『バ、バスケット……ごと……、させない、から……!!』

「ミカギ!!」

 ライムが叫ぶのと、チリの手元から光の筋が発生するのは、ほぼ同時だった。

 不二か。見間違いでなければ、あれは不二の起こした現象だ。

 ズームのかかっていない映像でも、光の直線に襲われた薔薇精達がその場からいなくなる様子が見て取れる。

 勝利は、口の中に発生する苦みの処理に手間取った。独自の好判断を素直に誉めてやりたいものの、美しい者達が光に焼かれ誰も殺していない中で消失するのだから、後味がいい筈もない。

 だが、主として何か声をかけるべき場面と理解はする。

「不二。……よくやった。そのまま、チリを助けてミカギさんとパスケットを護るんだ」

『了解した、主』

 携帯端末を口元から離し、勝利はダブルワークを包囲する双眸の群れと対峙する。

 元君恵の吸魔は、妖精達の包囲の外だ。

「ライムさん。虫の少年の翅だけを撃ち抜いた不二が、彼等にビームを直撃させる事を躊躇しませんでした。不二なりに、作り物とかそういう類の性質を、彼等に感じ取っているのかもしれません」

「確かに。それはあり得るな」ライムが頷いて、ダブルワークが再び両手で妖精達を散らすところを専用シート上から眺める。「ヴァイエルが三機全て出てくる事を、白スーツは想定していた筈だ。しかし、不二については何のデータも持ってはいまい。……さあ、次はどう動かす?」

『やれやれ。これは計算が狂った』

 ダブルワークのモニター正面に、金髪の男が現れた。

 またも、一切の前触れ無しに、だ。

 膝まで届く波打った長い髪、虹彩も瞳も真っ白な男は、白いスーツを着用していると確認するまでもなく、昼間の紳士だとわかる。

 薔薇精達が、中央から左右に割れた。

 聞き覚えるのある声で、男はダブルワークに、そしてライムと勝利に話し続ける。

『直接遭うのは初めてになるな。緑の縫修師達』

 口調は至って穏やかな上、表面上の印象は、小競り合いの仲裁に入ったあの正義漢のままだった。外見と口調、仕種などからは、人間や神々を容赦なく吸魔に変える闇の神と受け止めるには無理がある。

 確かに、紳士ではあるのだ。

 但し、濃色に染まった底無しの異質さを隠し持ったままの。

 吸魔の乾きさえ、あの男の秘密に比べたら温いものに感じる。男の背面をこそ、勝利は「闇」と名付けたい程だった。

 内なる傷が、勝利の中で再び疼く。湖守が警戒した通り、ダブルワークの中にいても、白スーツの波動を全て遮断する事は難しいようだ。

『ん?』

 映像の男が、不意に右手を向く。

 無音で急上昇する白スーツの下を、黒い巨機の左腕が横切った。



          -- 「50 黒の怒り  その4」 に続く --


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