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48 黒の怒り  その2

 黒い縫修機が反り返るように宙返りした後、立て直して減速、静止する。

『へぇー、こういう事するんだ』スールゥーの声は高く軽快に聞こえるが、語間から顔を覗かせているのは、間違いなくぐらぐらと煮え立った怒気だ。『不意打ち大成功とか思われたくないけど、数の不足を吸魔で補うとか、よく思いつくよね』

『頭いいんだ、敵の白スーツ』奇襲された縫修機内で、ツェルバも類似した行動に走る。黒組の二人は、顔立ちだけでなく沸点までもが酷似しているらしい。『じゃ。やろっか、倍返し』

『待ちなさい』

 若神の闘争心に、湖守が紐をかけ強く制止した。『吸魔が現れたなら、やるべき事は縫修と決まっている』

『えーっ!?』

 露骨な不満声が、ツェルバから発せられた。

 音声のみのやりとりでも、声に感情が乗ってさえいれば、発信者の表情を想像する事は容易い。黒組が吸魔戦を未だ手放したくないと考えている様子に、勝利は苦笑する。

『君達の相手は白スーツじゃないか。いいね、決して無理はしないように』

『はい』

 リーダーが白スーツと強調した事で、ツェルバはあっけなく退いた。

 ライムが、回避を繰り返すチリに変化がないと視認し、「ツェルバ、スールゥー」と呼びかける。「無事か? 二人共」

 ダブルワークの内部、球状モニターの正面左に、ややむっとした黒の縫修師が四角く映し出された。

『当たり前だろ。僕達を誰だと思ってるのさ?』奇襲を受けた際には呻き声さえ出せなかったというのに、ツェルバの強がりは健在だ。『ところで、あの吸魔、やっぱり君恵さんなの?』

『そのようだ』音声のみのまま、湖守が肯定する。『変異は、石塚君の目の前で起きたそうだ。込み入った事になってしまったが、ライム、彼女の縫修を君に頼んでもいいか?』

「はい」

 緑の縫修師が即答した。

 一方、相方の縫修機が、何故か表情ならぬ声を曇らせる。

『……彼女の神格なら、ほぼ問題無しか……。仕方ねぇ』

『じゃ、交代!!』

 スールゥーの両肩から、二基の射撃武器が分離した。

 ダブルワークも同型の飛行端末を左右に展開し、黒と緑、二機のヴァイエルがそれぞれの角度から一度、二度と光の矢を放つ。

 赤紫の炎獣が、再度の突進を試みようとしたものの、攻勢に怯んで足を止めた。

 その間に、二機は位置を入れ替える。

 今やスールゥーの静止位置に巨大な偉容を晒しているのは、黒ではなく緑の縫修機だ。

 今度はダブルワーク目掛け、吸魔が真下からの突進をかける。鋭い角に精神の奔流を注ぎ込み、敵ならば誰の腹を貫くのも同じ、と顎を引いて先端の尖った角を真上に向ける。

 シートに腰に沈めたまま、勝利は小さくかぶりを振った。

 彼女には、絶対に縫修が必要だ。たとえ、過去の二日間を更に失ったとしても。

 かつて君恵であった吸魔は、深い嘆きから一転、激しい憎悪を全身に巡らせ完全に自分を見失っている。怒りに飲まれた女性でも、不死の女神でさえなく、世界と、そして自分自身を呪う乾いた魔物に堕ちてしまっている。

 百合音の時と同様、実体というより炎の塊が形を得ており、君恵の場合は特に、五本もある角が硬質な武器となっていた。

 爪や牙、も無いとは言えない。未確認、なだけなのだから。

『後、これを見て』スールゥーが、仲間達に一つの録画した映像を転送する。『あの吸魔が現れる直前、金色の何かが映って消えた。そう、消えたんだよ』

「消えた?」鸚鵡返しに呟くライムの横顔が、眉をひそめる。「奪還すべき少年を目前にして。何が狙いだ……」

『その金色のに気を取られて、吸魔に隙を突かれたんだな』

 ダブルワークが納得すると、スールゥーが『そうだよ』とばつが悪そうに呟く。『別に、怖くなんかなかったさ。怖くなんか。……ただ、凄く嫌な感じはした』

『そうか。チリ、スールゥーとの距離を縮めておけよ。これが奇襲ってんなら、次手はもう……』

 緑の縫修機の言葉は、ここで途絶えた。

 勝利も声をなくし、突然始まった異変に小さく口を開く。

 ダブルワークの球状モニターが、夥しい量の白片に占領された。

 前触れのようなものを、勝利は一切見ていない。

 テレビのスポーツ中継がCMに切り替わる、そんな唐突さを伴い、白片は縫修機が捕捉可能な範囲全てに現れていた。

 ぼんやりと白く輝いて見えるのは、白片が自身で発光している為なのだろう。

 不意に、ダブルワークが舌打ちする。

『スールゥー!! チリとミカギにつけ!! 勝利、不二もだ!! ミカギとバスケットの中身を護らせろ!!』

「はい!!」

 呆然としている場合ではない、と言われるままに携帯端末で不二に命じる。

 白片は、花びらのようでもあった。

 自ら光を放つ白い花びらだ。

 しかし、普通に考えれば、風が巻き上げても届かない高度で視界を埋め尽くす花びらの横断など起こる筈がない。

 いよいよ始まったのだ、と勝利は悟った。

 白スーツの男が、動き出している。



          -- 「49 黒の怒り  その3」 に続く --


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