32 幸運と不運 その3
2017-05-18 縦書き対応、表現の修正。
「なぁ、ライム」記述内容を整理しつつ、下を向いたダブルワークが一拍置く。気の進まない質問がある時、彼は決まって同じだけの間を取りたがった。「勝利に縫修をする時がいずれ来るんだろうよ。その時、他の誰かに任せるとか、やっぱり考えねぇんだろうな。お前なら」
「無論だ。勝利君を担当しているのは私だからな」
「それがどういうリスクを背負う事になるか。わかってても、か?」
敢えて念を押すのは、決意の大きさを確認しているのではなく、彼なりの警告と制止だ。勝利の件について、今まで通りの仕事熱心であるな、と。
本来ダブルワークは、力を抜くタイプでも投げ出すタイプでもない。彼自身にとっても甚だ不本意な筈だ。担当する被害者の重さから、勝利への縫修に二の足を踏んでいるのだから。
正直に答えるべきだろう。
「ああ。私が彼の縫修を行いたい。そう考えている」
「いい加減にしろ!!」椅子を倒し、前傾姿勢のままダブルワークが立ち上がった。神経を逆撫でされた分、感情の高ぶりが物の扱いに出てしまっている。「憐憫からか? それとも贖罪のつもりなのか!? 自分の事からは目を背けやがって!!」
「今はよせ。勝利君が起きてしまう」
ライムは、右手の人差し指を自身の唇の前に立てた。
打音と罵声を派手に奏でられれば、間近にいる者は目を覚ます。案の定、青年の瞼が熟睡と覚醒の間で行く先に迷い、狼狽の痙攣を繰り返した。
寝返りもままならず「ふぅ~」と抵抗の息をつくに至って、人間に姿を変えている縫修機も渋々椅子を起こし座り直す。
「てめぇ、大事な話の腰を折ったな」すっと右手を伸ばした新緑髪の男が、客人の鼻を摘んだ。「これ以上、俺の運不運を勝手に調整するんじゃねぇ」
他愛もない友人の悪戯は、やめさせるまでもない。ひくつく被害者が目を開ける前に、哀れな鼻は指のピンチから解放された。
「彼が起きたら、勝利君に縫修の説明をしよう。残酷な事だが、謝罪すべき相手が私達ではないと理解してもらわなければならないからな」
「泣くぞ」
伊達眼鏡の奥で、ライムは瞼を閉じ、開けた。
「盛大に泣いてもらおう。神としての彼が縫修の勝率低下を避けたくなるよう仕向けるのが、今の段階では一番有効な方法だ。おそらく、上手くいく。本当の意味で誰も泣かずに済むようになるんだ」
「俺達との良好な関係を望んでるから、か。けどよ。人間の勝利には、耳と意識を共有するって関わり方しかできないんだぜ。…お前も、それでいいのか?」
ライムは、小さく頷いて返す。
「私の事はいい。彼の無力感を察すると胸が痛むが…」
「と言っていても、やるんだろ?」
「ああ」
人間の勝利に対し惨い扱いをと考えているのに、何故かパートナーがにやりと白い歯列を見せる。
「縫修が絡むと、お前は容赦ってものがなくなるな。…付き合うぜ。勝利を泣かすのも、いつかする事になる縫修も」
「仕事熱心だな、お前の方こそ」と持ち上げれば、「さっき、勝利が縫修の辛さを訊いてきた時、俺は何も答えられなかった。その心遣いに報いてやれるものといったら、行動くらいだろ」と、縫修機なりの優しさを大きな覚悟で包み込む。
当然、真顔だ。
過去と現在、未来にかかる負債全てを承知の上で、勝利に縫修をする恐ろしさを誰よりも正しく理解している者の一人、緑の縫修機が、己の存在をかけライムに付き合うと言っている。
勝利の為。そして、ライムの為に。
返してやれるものが言葉一つしかないとは、もどかしい。
「感謝している」
それが、今伝えてやれるライムの誠意だった。
二人に挟まれ椅子で爆睡している勝利は、ライム達の決意の重さなど知る筈もなく夢の中にいる。知らなくていいのだ、永遠に。
「んふぅ…」
そろそろ本格的に眠りが浅くなってきたのか。勝利が、まどろみの中で顔を歪め大きく息を吸う。
「ごめん、なさい…」どういう詫びなのか。突然、彼の謝罪癖が誰ともわからない相手に対し発揮された。「俺……」
聞いておこうと続きを待つものの、話す気配は全くない。
「なんだ。寝言か」鼻を摘んだ負い目でもあるのか、ダブルワークが体を傾け、「もう少し寝てていいんだぞ。時間の事は気にするな」と手放しかけた眠りの続きに誘ってやる。
勝利はその後、僅かに口を開け長い周期の寝息で命のリズムを刻み続けた。
-- 「33 吸魔の正体」に続く --




