31 幸運と不運 その2
2017-05-18 縦書き対応。
「誰って…、そりゃあ……」
自分の論理の正しさを確信しているダブルワークが、後に続く筈のものを吐き出せず顔面を硬直させた。
ライムは、冷めかけた紅茶に口をつけると、首肯に代わって瞼を動かす。
「昨夜、勝利君は吸魔に襲われている。しかし奪われたのは、あくまで人間として過ごしてきた彼の時間だ」白い右手がテーブルの上に伸びるなり、人差し指と中指が空中に二本の縦線を描く。「つまり、第一、第二世代神としての彼の記憶は、内なるものとして平行した存在にありながらも難を逃れた事になる。人間としての彼が、埋没させていた神としての記憶を抑えきれなくなり始めているのも、その為だろう」
「だが、一番大事にしている部分に外から傷をつけられてるんだぜ。勝利自身に働いた不運。つまり、望まない方向に働いた不運、って事でいいんじゃねぇのか?」
「ならば、三日吸いに遭って尚、精神的にも個体としても崩壊を免れているのは何故だ? 相応の衝撃を受けてはいるが、存在に揺らぎがなさすぎる」
眼光鋭く、ライムが向かいに座る相方に迫った。多くの前例を知っているだけあって、ダブルワークから次第に反論の意欲が失われつつある事がわかる。
「…神としての時間を奪おうとした吸魔の勝率を下げた、のか。人間としての勝利が何を傷つけられるか、そういう事まで承知の上で」
ライムは、力強く頷いた。
「吸魔の襲撃一つとっても、回避の為の工夫がまるで感じられない。あれだけの高い神格ならば、護身目的で講じられるものも多い筈なのだが」
「ひでぇな。だったら神造神にとって、勝利って何なんだよ。随分と扱いがぞんざいじゃねぇか」
「私もそう思う。しかし。もしそれが、第一神格の望まない別の悲劇を回避する為の誘導だ、としたら」ダブルワークの前で、ライムは右の掌を裏返す。「面白い事実がある。現在、彼はこうして安定した状態で存在し続け、最も神格の高い私達二人が彼を担当する事になり、彼の住むアパートを訪れている。鍛冶神づきの湖守さんとも対面を果たした。…不運なのか? そういう巡り合わせにある彼が。私には、違うように思えてならないんだ」
短髪の相方が推論を拒絶したいのか、しきりと首を横に振った。
「待て。待て。…俺は一応、ノー・コメントって事にしておく」
「人間としての勝利君が五体満足である事からも、過去に大きな不運が彼を見舞っていない、という裏付けになる。大学を無事四年で卒業し、会社の倒産には巻き込まれているが、現在も尚多少の蓄えを残している。住んでいるアパートも無事だ。これは明らかに、吸魔に襲われる程の不運とは質の違うものではないのか?」
「つまり、第一神格を持つマサトシの一部は、人間としての勝利の幸運不運を上手い事調整している。完璧ではないにしろ。…そう言いたいんだな」
「ああ。私は、そう考えたいんだ」
メモを纏めるダブルワークを横目に、ライムはすっかり熟睡状態に入っている謎多き人物の寝姿を改めて上から下まで見下ろした。
気配だけなら、彼は十分に人間という定義に当てはまる。そう言ってやりたいのだが、幸か不幸か、彼は別物だ。
「けどよ。三日吸いに遭うって事は、闇と縁づくって事でもあるんだぜ。回避させた方がいいに決まってるのにな」
「ああ」と、ライムも難題に直面し、整った形の良い眉を寄せる。
獲物という観点に於いて、吸魔が、普通の人間たちと、神造神として人間に紛れている神々、いずれにより高い価値を見出しているのか。ライム達は未だ断定できずにいる。
判明している事は、あの黒い炎の怪物たちが、人間からも神々からも等しく連続する三日間を強引に抜き取って行く、という事だ。
ただの人間とわかっている相手でも、連中は捨て置いたりしない。そういった意味では、絶対数の多い人間の方を標的とするよう予め調整されている、と考えた方が無難ではあるのだ。
人間の時間を闇の世界に持ち帰らせ、吸魔の主達は何を企んでいるのだろう。
-- 「32 幸運と不運 その3」に続く --




