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第十七話

「何を……言ってるんですか?」


 玲香は目を丸くしていた。まるで言われたことが分からないとでもいうように。

 彼女の口は震えている。


「私が……壊してる?」

「そうだ」


 日向は肯定だけをそっと置く。


 彼女は苦しむように頭を抱え出す。小さくうめき声を発して、頭を振る。


「違う……」


 彼女の声が一段と低くなる。


「違う、違う……」


 すべてを否定するように頭をかきむしっている。


「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!」


 その言葉の連呼は、もう彼女が普通ではないことを示唆していた。


 世界が軋む音が聞こえる。彼女の感情に呼応して、泣いているかのようだ。


「やっぱり……」


 ポツリと彼女は口を開く。


「やっぱり日向さんも偽善者だったんですね?」


 後方から気配がした。反射的に日向は飛び退く。

 今まで立っていた場所に、フラワー・レッドが突っ込んできた。彼女の目は明らかに虚ろで、意識はない。

 操られているのだということが、即時に理解できる。


 フラワー・レッドだけではない。そこにいたすべての人間が日向のことを狙っていた。

 歪に曲がった足で立ち上がるから、彼女らの体は傾いている。それがまた異様に見えて、ホラーチックだ。

 ゾンビだらけの街に放り込まれたような気分になる。


 仕方ないかと息をついて、警棒を握る。襲ってくる人間たちを制するように振るった。できる限り骨を折らないように力を加減しながら。

 

 自分で言うのもなんだが、日向は強い。多分並みの怪人が束になっても勝てない。

 しかし、流石にこれは……量が多すぎる。


「あはははは! 偽善者は潰れちゃうんですよ!」


 操られた人間たちの猛攻を掻い潜りながら、日向は彼女の声を受け止めた。


「この空間はお前の条件提示が発動してるんだろ? 


 手を伸ばしてきた男の顔を、警棒の先で押し返す。


「だったらなんでオレは平気で立ってられるんだ?」


 答えは分かっている。日向は偽善者ではないからだ。正義でもない。自分は正義になりきれないことを自覚している。

 しかし、そのことを言う必要はない。今は彼女の考えを曲げるのが先決だ。


「……なんで、立ってられる?」


 玲香が自問するように呟いた。

 その間にも人間たちは日向に向かって襲ってくる。大きく跳躍して、その猛攻を躱す。


「……なんで、日向さんは無事?」


 彼女の瞳は不思議なものを見つめるような光を宿している。


 それを見やり地面に着地しながら、日向は答えた。


「空間はオレを“偽善者”だと思ってないからだろ。それを粛清しようとしてるお前のほうが偽善者じゃないのか?」

「私が……偽善者?」


 その言葉を発した瞬間、玲香の脚が曲がる。


 足元から崩れていき、彼女の身体が自壊していく。

 それはまずいと、日向は奥歯を噛み締めた。


 玲香のやったことは許されない。しかし、彼女が死んでいいわけではない。きっちりと生きたままやらかしたことを反省すべきだ。

 それが彼女のためにもなる。


──仕方ないか。


 諦観にも似た感情を抱きながら、警棒を消した。もう一つの武器である銃を取り出して、彼女に向ける。


 今回は寿命何年分になるだろうか。そのことを考えている暇もなかった。

 日向はしっかりと銃口を合わせてから、玲香の体を撃ち抜く。光の粒子が彼女の体を貫き、黒いゴシックドレスを吹き飛ばした。


 元のナース服へと戻り、玲香はその場に倒れた。周囲の人間たちも一斉に昏倒する。


 能力が切れた。彼女の自壊は止まった。荒い息をつきながら、良かったと胸をなでおろす。

 瞬間、心臓の音が高く鳴り響く。口から血を吐き、鼻から鼻血を出す。流石に寿命を削りすぎた。


 それでも……。それでも、無事なら良かったと思える当たり、自分はどうしようもないやつだと唾棄する。


『そこまでだ!』


 拡声器で響き渡った声は聞いたことあるものだった。周囲にサブマシンガンを携帯する軍人が一斉に日向と倒れた玲香を取り囲む。

 その彼らの後方から現れたのは、喜一だった。


 彼は拡声器を脇に捨てて、日向を見やる。


「今回の騒動、ヒーロー協会が裁かせてもらう。日向と玲香を第一級犯罪覚醒者として捕まえる」

「……ヒーロー協会? お前が?」

「……少し取引をしてね。いい研究サンプルを提供する代わりに、俺をヒーロー協会に入れてもらったんだ」


 こいつは一体何を言っている?


「初仕事がまさかこんなことになるなんてな。残念だよ日向」


 喜一の笑みが歪んで見えた。

 日向は悟る。こいつはどうしようもないクズだと。こいつこそすべての要因だと。

 ふらつきながらも、喜一を睨みあげた。

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